「おや、随分とすごい荷物ですね」
3人が山のような荷物を抱えてテレポートで聖域に戻ってくると、ちょうど白羊宮から出てきたムウとばったりと出くわした。ムウは荷物に埋もれそうになっている3人の姿を見て目を瞠ると、直後楽しそうにくすくすと笑いだした。 「その様子だと、アテネ市内まで行かれてたようですね、サガ」 ムウは笑いを収めると、見間違うことなくサガに声をかけた。 「ああ。いざ2人で暮らすとなると、色々入り用の物も多くてね。ついあれこれ買い込んでしまって、この有様だ」 サガはややぎこちなく笑顔を作って、そう答えた。 「カノンの物ですか?」 「全部ではないけどね」 「そうですか……それはよかったですね、カノン」 言いながらムウは、穏やかな微笑みをカノンに向けた。その言い草で何となくムウにまで子供扱いされたような気がしてカノンは面白くなかったが、この出立ちで偉そうに言い返しても説得力の欠片もないので、カノンは愛想笑いとも呼べないような小さな笑みを唇の端に浮かべただけで、だんまりを決め込むことにした。 「でも何故ミロが一緒なのです?」 サガに視線を戻して、ムウはサガにミロが一緒にいるわけを尋ねた。 「ああ、ちょうど出掛けにミロが来てくれたのでね。頼んでついてきてもらったんだよ。ミロなら市内に明るいから……」 「そうだったのですか」 当たり障りのないことしかサガは言わなかったが、サガが言葉にしなかった部分をも読み取って、ムウは満足そうな顔で頷いた。 「……どうしたのです?、ミロ。人の顔をじっと見て……」 その時、カノンの横で同じように大量の荷物を抱えたミロが、不思議そうにじっと自分の顔を見ていることに気付いて、ムウが訝しげにミロに尋ねた。 「ムウさぁ……今、全然迷うことなくサガに話しかけたよね?」 「それがどうかしましたか?」 「この2人の見分け……つくの?」 ムウにそう聞きながら、ミロはサガとカノンを交互に見た。もしムウと自分の立場が逆だったら、はっきり言って自分は、まだこの2人を的確に見分けることはできなかっただろう。声は一緒でも喋り方や口調がまるで違うので、口を開いてくれればすぐにわかるが、ただ黙って立っていられたらそう簡単に、ましてや一発でなどとても見分ける自信はなかった。 「わかりますよ。サガが伊達メガネなんかかけたりするわけありませんしね」 まだ伊達メガネをかけたままのカノンの顔を見ながら、ムウが心なしか楽しそうに言った。 「別に好きでかけてるわけじゃねえ。ミロがかけろっつったから、かけてるんだ!」 憮然としながらカノンが言うと、 「お前がジロジロ見られるのが嫌だっつーから、知恵貸してやった上にわざわざ買ってやったんじゃねえか!。文句言うなよ!」 ミロも負けじとカノンにそう言い返した。 「頼んだ覚えはないぞ!」 「結構気に入ってるクセに、偉そうに言うなよ!」 「やめないか、2人とも!!。人の宮の前でみっともないだろう!」 ギャーギャーと言い合いを始めたカノンとミロを、サガが叱りつける。サガに叱られカノンとミロはとりあえず黙ったものの、お互い面白くなさそうにぷいっと顔を背けあった。その様子を見て、またムウがくすくすと笑いだした。 「それはそれで、充分似合ってますよ、カノン」 笑いながらムウが言ったが、これは明らかにバカにされてるとしか思えないカノンであった。 「でももちろん、それだけが理由ではありませんけどね」 「へっ?」 カノンとミロが、同時に背けていた顔をムウの方へ向けた。 「小宇宙ですよ。サガとカノンでは、微妙に小宇宙が違いますからね。それを感じればすぐにわかります」 穏やかに微笑んで、ムウは同意を求めるようにサガの方を見た。サガはちょっと困ったような何とも言えない表情を浮かべ、曖昧気味に笑った。 「違う……かなぁ?」 ミロは半信半疑の目で、横のカノンを見上げた。少なくとも、今ミロが感じている2人の小宇宙は、全く同じものであった。 「自分の小宇宙を研ぎ澄ませて、よく感じ取ってみればわかりますよ」 ムウの顔には相変わらず穏やかな笑みが浮かんでいたが、何となく未熟者と言われているみたいで釈然としないミロであった。 「ははは、それじゃこいつには無理だ。そーゆーこと、鈍そうだもんな」 まるでミロの内心を読み取ったかのような絶妙のタイミングで、カノンが笑い声をあげた。 「んだと?!お前に鈍いなんて言われたくないぞ!」 「鈍い鈍い。だって朝来た時、開口一番オレに向かって『お前は兄貴?弟?』なんて聞いてたじゃん。てんで見分けついてないでやんの」 「何おう!。言っとくけどな、きっとオレだけじゃねーぞっ。お前ら見た目だけは全く一緒なんだから、そう簡単に見分けられっかよ!」 「ムウはちゃんと見分けてるじゃんか。きちんと小宇宙感じ取ってさ」 「それはムウが変なんだ!」 「やめろと言っているだろう!、お前達!!」 数分と置かずにまた下らない言い合いを始めた2人を、サガが再び叱りつける。本当は2人の頭を叩いて黙らせたいところだったのだが、両手が塞がっているのでそれはままならなかった。 またサガに叱られ、そっぽを向き合ったカノンとミロをチラリと見てから、ムウは小さく肩を竦めた。 「これから双児宮にお戻りですか?」 気を取り直してムウは、サガにそう尋ねた。 「ああ。お前はどこかへでかけるのか?」 「夕食の買い物に行こうと出てきたのですが、ちょうど良かった。サガ、あなたにお話があったのです」 「私に話?」 「ええ、シオン様から言伝を預かっているのです。後で双児宮に伺おうと思っていたのですが、今ちょっとお時間をいただけますか?」 「あ、ああ。もちろんだ」 サガはムウに頷いて見せると、 「お前達はこれを持って、先に双児宮に帰っていなさい」 カノンとミロの方へ振り返って、自分の持っている荷物を2人に差し出し、先に帰宅するよう言った。 「えっ?!この上まだ荷物持たせるのかよ?!」 文句を言ったのはカノンである。それでなくても自分もミロも抱えきれないほどの荷物を持っているのに、更にサガの分まで増えたのでは堪ったものではない。 「……持てるかなぁ?」 カノンの後について、ぼそりとそう呟いたのはミロである。 「持てません。もう、手一杯!。人をこき使うこと考えないで、サガが自分でもってくればいいだろ」 カノンは抵抗の姿勢を見せたが、当然のことながらそんなものがサガに通用するわけもなかった。 「つべこべ文句を言わずに持って帰りなさい!。私もすぐに戻るから」 それは全く聞き入れられず、結局カノンとミロは渋々サガの荷物を引き取った。はっきり言って、この姿はとても他人に見せられるものではない。 「双児宮が下から3番目の宮でよかった」 カノンは思わず呟いた。こんな格好で十二宮の上まで上りたくなんかない。 「すみませんね。ちょっとお兄さんをお借りしますよ」 すまないなどと思ってもいないくせに、ムウはご丁寧にカノンにそう言って、また楽しそうに笑って見せた。 「はいはい。どうぞどうぞ」 カノンはせめてもの仕返し、と言うわけでもないのだろうが、わざと投げやりにムウにそう答えてやった。 「ミロ、帰るぞ」 「おう」 そしてカノンはミロと2人、更に増えた荷物を両手両脇に抱えて、白羊宮を通り抜けるべく中へと入って行った。 「ミロとカノン、どうやら気が合っているようですね……」 楽しげに憎まれ口を叩き合いつつ、遠ざかっていく2人の後ろ姿を見送りながら、ムウが言う。 「気が合っている……と言うのかな?、あれは……」 苦笑いを浮かべながら、サガは疑問符をつけた。何しろあの2人、今日だけで何度下らない小競り合いをしたかわからず、その都度怒ったり窘めたりと、サガは結構大変だったのである。 「ええ。まるで昔からの友達のようですよ。出会って間もないとはとても思えないくらいです」 だがムウに言われて、サガは改めて気がついた。そう言えばカノンとミロは、聖戦の直前に出会ったばかり。まともに接したのは、恐らくは今日が初めてである。最初こそぎこちない感はあったものの、僅か半日でそれはすっかり消え失せていた。まだ数時間しか一緒にいないはずなのに、既にカノンとミロの間からはそんなことはこれっぽっちも感じられなくなっている。そして何よりサガ自身も、いつの間にかあの2人が一緒にいるのを当たり前のように受け入れていた。ムウの言う通り、まるでずっと昔からの友達同士であったかのように。 「ミロはカノンにとっていい友人になるでしょう。きっと、一番の友人にね」 ムウの言葉には、確信に満ちた響きがあった。 「だと……嬉しいのだがな……」 小さくそう応じて、サガは白羊宮を出て金牛宮へと続く階段を上り始めた2人を見ながら、僅かに目を細めた。ムウは何気なくその横顔を見上げ、瞬間、ハッと小さく息を飲んだ。 そこにはムウも初めて見る、『兄』の顔をしたサガがいた……。
用事を済ませ、双児宮に帰ったサガは、予想もしていなかったリビングの惨状に愕然となった。 「おう、サガ、お帰り!」 「お帰りぃ〜!」 「お帰り、じゃない!。何だ、この散らかり方はっ!」 買ってきた洋服が散乱している状態のリビングを見渡し、その真ん中でまだ荷物をごそごそ漁っているカノンとミロに、その理由を問いただした。 「いや、ミロの服探してんだよ。全部オレのと一緒に入れてもらっちゃったからさ」 あっけらかんとカノンが答える。 「たかが服を数着探すのに、何故こんなに散らかす必要があるんだ?!」 サガが重ねて問うと、カノンはそれがさぁ〜、と言いながら眉を寄せた。 「こいつ、自分で買った服よく覚えてねんだよ。それでわけわかんなくなっちゃってさ」 「しょーがねえじゃんか、デザインが似通ってんだもん!。そう言うお前だって、覚えてねーじゃん!。お前が覚えててくれれば話は早かったのにっ!」 「アホかお前はっ!。オレのはこんなに大量にあんだぞ!。いちいち覚えてられっか!」 カノンはポコリとミロの頭を叩いた。 「もうメンドくさいからさぁ〜、適当に持ってけよ。サイズは一緒なんだから問題ねえだろ?」 「ん〜、そうしよっかな。あ、でも赤いTシャツを一着選んだのは覚えてる」 「赤いTシャツぅ〜?。オレも買わなかったっけ?」 「よく覚えてないけど……」 「赤ね、何かさっき出したような覚えが……」 サガの存在など完璧に忘れてしまったかのように、カノンとミロはまたとっ散らかしている服の山を漁り始めた。 サガは軽い頭痛を覚え、こめかみを押さえて小さく頭を振った。 「カノン、私が頼んだ荷物はどうした?」 「そこのソファの上」 カノンはポイポイと服をかき分けながら、振り向きもせずにソファの方を指差した。サガがソファの方へ行ってみると、カノンの言う通りサガが預けた荷物が数個、無造作に置かれてあった。サガは思わず、深い深〜い溜息をついた。 「あった!」 「こっちもあったぞ。じゃどっちかはオレのってことか。お前選んだのどっち?」 「だからあんまよく覚えてないんだって」 「ったくしょーがねぇ奴だな。じゃもう、お前が見つけた方持って帰れ」 散らかりまくったリビングでやいのやいのとやっている2人は、それはそれで結構楽しそうで、結局サガはそれ以上何も言えなくなってしまった。 先刻ムウが言っていた通り、ミロはきっとカノンのいい友人になってくれるだろうと、この時サガもそれを確信することが出来た。それは素直に嬉しいと思うし、ミロには感謝することしきりであった。 最も、28歳のカノンが20歳のミロと同レベルに見えてしまうところだけは、多少複雑な思いを感じざるを得なかったが。目の前でミロと悪態をつきあっているカノンは、はっきり言ってサガがどう贔屓目に見ようとしても、とてもミロより8歳も年長であるようには見えなかった。殆ど同年代の友達と一緒で、よっぽどミロと同い年のムウの方が落ち着いて見えるくらいである。確かに子供の頃からミロはやんちゃでムウは物静かではあったが、大人になってもその性格の違いは変わっていないどころか、よりその差が顕著になっているように思える。ムウが実年齢より落ち着いていると言うのは事実だが、同時にミロが子供の部分を残しているのも事実である。どっちがいいとか悪いとかの問題ではなく、単にパーソナリティの違いというやつなのだが、8歳も年上のカノンがミロと同じレベルとなると、それはそれで問題があるような気がしないでもない。 とは言え、カノンがこんな風に屈託なく楽しそうに笑っているところなど、それこそもう20年近く見ていない。そう思うと何を言う気も失せてしまうのだ。カノンが喜ぶならそれでいい……結局帰結する先はそこであることに気付き、我ながら甘くなったものだな……と、サガは内心で苦笑した。 サガはソファの上に置きっぱなしの荷物を手にすると、相変わらずリビングを散らかしまくっている2人に声をかけた。 「私はこれを片付けてくるから……お前達も落ち着いたらちゃんとここを片付けるのだぞ」 言ったところで聞きゃしないだろうと思いつつ、一応サガはそう釘を刺した。はぁ〜いと言ういい加減な返事が、2人から同時に返ってきたのに僅かに肩を竦めてから、サガはリビングを出た。 とりあえずミロの分(と思われる)服を選り分けると、カノンはそのままリビングの床に仰向けに横になった。 「はぁ、ここも片付けねえと、またサガに怒られるなぁ〜」 寝転がったままカノンがボソリと呟く。こうして落ち着いてから改めて見てみると、共犯がいるとは言え我ながら派手に散らかしてしまったもんだと、さすがにカノンも思わずにはいられなかった。几帳面できれい好きのサガが、いつまでもこの状況を見逃してくれるわけもない。サガが戻ってくるまでに、少しはマシになるよう片付けておかなければ……。そうは思うものの、さすがに13年ぶりに市街地へ出て、人混みに紛れ、人の視線に晒されたカノンは、想像以上に疲弊していた。寝転がった途端、ずっしりとした身体の重さを自覚し、すぐにその身を起こすことが出来なかったのだ。 「ミロ、お前もここ片付けんの、手伝えよ」 カノンが共犯者を見上げながらそう声をかけると、横に座っているミロは何やら物言いたげな視線で、じ〜っとカノンの顔を見ていた。 「……何だよ?」 「カノン、ちょっといい?」 言うが早いか、ミロはカノンの方に身体を寄せ、寝転がっているカノンの胸の上に、いきなりこてんと頭を落とした。と言うよりも、心臓の音を聞くような格好で、カノンの胸に耳を押し当てたのだ。 「何やってんだ?、お前は……。オレの心臓なら快調に動いてっぞ」 今日一日一緒に居て、ミロのこの突拍子もない行動にカノンも少しは慣れ、あまり動じはしなかったものの、やはりその意図というか目的は掴めない。溜息つきつつ、胸の上のミロに聞き返すと、 「んなこたわかってるよ。違うよ、小宇宙だよ、小宇宙」 カノンの胸の上で、くるりと顔の向きだけを反転させて、ミロが答えた。 「小宇宙ぉ?」 素っ頓狂な声を上げて、カノンも首の角度だけを上げて、ミロを見た。 「そう。さっきムウが言ってたろう?。サガとお前、微妙に小宇宙が違うって。ホントかなぁ?って思ってさ、今それを確かめようかと思って」 今現在、ミロが感じているカノンの小宇宙は、ミロが既によく知っているサガの小宇宙と全く同じものだった。だがさっきムウは、もっと自分の小宇宙を研ぎ澄ませてよく感じ取ってみれば、サガとカノンの小宇宙の微妙な差がわかるはずだと言った。ミロはそれを実践してみようとしていたのだ。 「無理無理、お前にゃ無理だろう」 頭っから決めつけてカノンは笑い飛ばしたが、 「ムウにできるものを、オレに出来ないわけがないんだよ!。いいから、じっとしてろよな!」 ミロは偉そうにカノンに命じて、カノンの胸の上で自分の小宇宙を燃やし始めた。 問答無用でこの頭を叩き落としてやろうかと思ったカノンであったが、どうやらムウに負けず嫌い精神を触発されたらしいミロが思いの外真剣な様子なので、もう勝手にしてくれと言った感じで、カノンは諦め半分でミロの好きなようにさせることにした。 そしてミロはカノンの胸の上に頭を乗せたまま、数十秒ほど自分の小宇宙を燃やしていたが、 「あっ!ホントだっ!!」 いきなりそう叫んで、ガバッと身を起こした。 「なっ……何だ?!」 それに驚いて、カノンがミロの顔を見ると、ミロはまたこてんとカノンの胸の上に頭を落として 「うん、確かに違う。ホントに、ホントに微妙〜にだけど、サガと違うよ!」 嬉しそうに言って、ミロは更に強く頭を擦り付けた。ムウの言う通り、こうしてしっかりと感じ取ってみると、確かにカノンからはサガと違う小宇宙を感じられる。 「だからお前はくすぐったいってのに〜……」 軽く文句を言いながら、カノンはこつんとミロの頭を小突いた。カノンにとっては別段どうでもいいことなのだが、ミロはその違いを感知できたことに異常に喜びを覚えているらしい。天井を見上げながらカノンは、やれやれとまた小さく溜息をついた。 「これでこれからはサガとカノン、ちゃんと見分けつけられるな」 自信ありげにミロが言うと、 「オレ達に会うたびにいちいちこうしてひっついて、小宇宙燃やして感知する気か?。まっぴらごめんだぞ」 カノンはうんざりしたようにそう答えた。んなことするわけないだろ!もう離れてたって大丈夫だよ!とミロは言い返したが、それを受けてカノンは、それじゃまだ当分は見分けられねーなと意地悪なことを考えていた。。 「でもさ、やっぱ基本はサガと同じなんだよな。何かこうしてっと安心する……」 子供の頃、よく馴染んでいたサガの小宇宙と酷似したカノンの小宇宙を感じて、ミロは懐かしそうに呟く。カノンに言わせれば、何もかも全てをサガと分け合って生まれてきたのだから、そんなことは当たり前としか思わないのだが、ミロにはミロなりの、何かこう感慨深いものがあるらしい。それを察して、カノンは敢えてそのことは口にしなかった。 「……ミロ、わかったんならもういいだろ?。離れろ、重いんだよ」 目的は達したと言うのに、自分の胸の上に頭を乗せたまま離れようとしないミロに、業を煮やしてカノンが言った。 「おい、ミロってば!」 だがミロは黙ったまま、一向にカノンの上から頭をのけようとしない。 「おいッ!、ミ……」 半身を起こそうとして、ピタリとカノンはその動きを止めた。微かなミロの寝息が、耳に届いたからである。マジかよ?!と思いながら、カノンは起こしかけた身体を脱力したように再び床へ横たえた。僅か30秒前には起きていたというのに、この電光石火のような寝つきの早さは一体……。すごい特技を持った奴だとカノンは半ば呆れ、半ば本気で感心した。 「……ったく、人を枕にして寝るんじゃねぇ、クソガキ」 とか何とか言いつつも、カノンは寝ているミロを叩き起こそうとはしなかった。 「……マジ重いよ、このバカ!」 ほんの少し身を捩れば済むことなのにそれをしようともせず、カノンはただ天井に向かってぶつぶつと文句を言い続けた。 少しは片付いてるかと思いきや、リビングは先程自分が出ていった時と違わぬ惨状を留めたまま、しかもその服が散乱しているド真ん中で、カノンとミロが折り重なって眠っているのである。サガでなくても、そりゃあ絶句してしまうであろう。 自分が片付け物をするのに奥へ引っ込んでからも、しばらくはわいわいとやっている2人の声が響いてきていたのだが、片付けに没頭しているうちにいつしかそれも耳に入らなくなっていた。なので全くこっちの様子には無頓着にしていたのだが、まさかまさかこんな事になっていようとは……。全く予想の範疇にもなかった事態に、サガはしばし呆然とその場に立ち竦んだ。 カノンもミロも、疲れているのはわかる。ついその疲労感に任せてうたた寝してしまうのはやむを得ないとしても、何もこんなに散らかったリビングの床にごろ寝することもないだろうに。それ以前に、よくこんな散らかりまくった状態の中で寝れるものだと、ある意味サガは感心した。多分、自分にはとてもできない。 どうするかとサガは数秒ほど思案を巡らせた。2人とも黄金聖闘士なのだから大丈夫だとは思うが、このまま捨て置いたら風邪をひいてしまう可能性もないとは言いきれないし、いずれにせよ1度起こしてから改めて寝直させるしかないだろう。 ミロがカノンを枕代わりにしている状態なので、まずはミロを何とかしなければいけない。とりあえずミロを自分の寝室に運んでから、カノンを起こして自室に引き上げさせようと、サガは散乱した服をかき分けて2人の側へと行った。 そしてミロを抱え上げようと手を伸ばしたサガは、途中でピタリとその手を止めた。
軽い寝息を立てながら眠っている2人の邪気のない寝顔を間近で見た瞬間、サガは仮に一時でも2人を起こしてしまうことに大きな躊躇いを覚えたのだ。 程なくしてサガは自室から毛布を2枚手にして戻ってくると、起こさないように気をつけながら、そっとそれを2人の身体にかけた。 そしてまたそっと2人の側を離れると、物音を立てないようにしながら、散乱している服を片付け始めたのだった。 |
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END
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【あとがき】
また無意味に長くなってしまったよーな(^^;;)。お兄ちゃんなサガ様と、思いっきり甘えるカノンちゃん、それにプラスしてカノンちゃんと仲良くなる第一歩を踏み出すミロ……と言うのが一応テーマだったんですが、何か玉砕したような気がします。 私の場合、基本的に最初から最後まで段階を踏んで話を考えて行くと言うよりも、書きたいシーンがあって、そこから肉付けしていくと言うやり方で話を書いていることが多いもので、路線があっち転がりこっち転がりすることが多いんですが、今回も見事にそのパターンにはまりました。こう言うことしてるから、全体のボリュームを見誤るんだよ(^^;;)>自分 今回どのシーンが一番書きたくていたのか……それは読んでくださった皆様のご想像にお任せいたします(笑)。 |