プレゼント、オレ!
そろそろ寝るか……とアイオリアがリビングのソファから腰を上げたその時、玄関の扉がものすごい勢いで開閉した音が響いて来た。
反射的にアイオリアが身構えたのと、明らかに慌てている様子がありありとわかるミロがリビングに飛び込んで来たのは、ほぼ同時だった。

「ミッ、ミロっ!?」

アイオリアが構えを解いて目を丸めると、ミロは肩で息をしながらホッと大きな安堵の吐息を零してからボソリと呟いた。

「よかった……間に合った……」

「は?」

間に合ったって一体何が? ……と、アイオリアの目が更にきょとんと丸くなった。

「もう寝ちまったかと思ったから」

「ああ、そういうことか」

日の出とともに起きて日の入りとともに寝る――というほどではさすがにないが、アイオリアは典型的な早寝早起きタイプで、夜勤や用事がない限り夜の10時頃には寝てしまう事が多かった。
今日のように仕事もプライベートの予定もない日に、日付が変わろうかというこの時間まで起きている事は結構珍しいのである。

「今日は偶々面白いテレビがやってたんでな。それを見終わって、正にこれから寝ようと思って立ち上がったところへお前が飛び込んで来たんだが……」

苦笑混じりにアイオリアは、つい最近友達から恋人になったばかりの相手を優しい瞳で見遣った。
もしミロが飛び込んでくるのがあと5分遅かったら、自分は確実にベッドの中で夢の世界へ旅立っていたことだろう。
そう考えると、ミロはジャストタイミングで飛び込んで来たと言える。

「それよりもどうしたって言うんだ? こんな時間にそんなに慌ててノックもせずに飛び込んで来て……何か緊急事態でも生じたのか?」

だがそれはそれとして、こんな風に事前に何の連絡もなくミロがここにやって来るのは決して珍しい事ではないが、今日の彼の様子は明らかにおかしかった。
特に不穏な空気などは感じられないのだが非常に慌てていることは一目瞭然で、何か不測の事態でも起こったのではないかと懸念を抱いたアイオリアは無意識の緊張で表情を硬くした。
だがミロはあっさりと首を左右に振って、

「いや、多分今お前が懸念しているような緊急事態じゃない。けど、オレにとっては緊急事態なんだ」

「は?」

「本当はもっと早くに来て、余裕を持ってするつもりだったんだけど……」

「何を?」

ミロが半分独り言のように言っていることの意味がさっぱりわからず、アイオリアは首を傾げて頭の周りにハテナマークを飛ばしまくった。
ミロはそんなアイオリアに悪戯っ子のような微笑を向けると、彼にわからぬよう小さく深呼吸をして、

「誕生日おめでとう!」

よく通る声で、唐突にアイオリアに言った。

「へ?」

唐突に祝福の言葉を贈られたアイオリアは、鳩が豆鉄砲をくらったような顔で間抜けな声を発した。

「だから誕生日おめでとうって言ってんの! 今日はお前の誕生日だろうが」

呆然とミロを見ていたアイオリアは、そう言われて驚いたように視線をリビングボードの上の時計に移した。
時計の針は、午前0時を僅かに1分超えたところを指している。

「あ……ああ!」

そう、時刻が午前0時を過ぎたということはつまり日付が改まっているということで、そして日が改まった今日8月16日はアイオリアの誕生日であった。

「お前、もしかしてその為にこんなに慌てて……?」

アイオリアが問うと、ミロは満面の笑顔で頷いた。
当のアイオリアに日付が変わった実感がまるでなかったせいでまったくピンと来なかったのだが、なるほど、ミロがこんな時間に慌てて天蠍宮から駆け下りて来たのは、誰よりも早く先に自分に『おめでとう』を言う為だったのだと、ここに来てアイオリアはようやく理解したのである。
嬉しさと若干の照れ臭さと、そんなミロを堪らなく愛おしく思う気持ちでアイオリアの胸中が満たされていった。

「ありがとう。何ていうか、その……わざわざ本当にありがとう。でも日付が変わってすぐなんて無理しなくても、朝起きてからでよかったのに」

ミロの気持ちは嬉しいが、別に日付が変わってすぐとかそんなことに拘って無理しなくてもよかったのにとも思う。
何しろ本人ですら誕生日を忘れていたくらいなのだから、慌てる必要などこれっぽっちもないのである。
だがアイオリアのその言葉にミロはまた首を左右に振って、

「ダメダメ、そんな悠長なこと言ってらんないよ。だって今年は絶対にオレが一番最初にお前に『おめでとう』を言うって決めてたんだもん。それなのにのんびり朝までなんか待ってたら、オレより先にアイオロスがお前と会っちゃうだろ。そしたらアイオロスに一番を取られちゃうじゃん!」

だから大急ぎで来たんだよ! とミロは力説した。
アイオリアは毎朝、兄のアイオロスとの朝トレを日課にしている。
アイオロスもまたアイオリアと同じく早寝早起きタイプで、この兄弟は見た目だけでなく生活サイクルもそっくりであった。
反してミロはお世辞にも朝に強いとは言えず、また寝起きも悪いため、朝の勝負では分が悪い――というよりもはっきり言って勝ち目がなかった。
朝まで待っていたらアイオロスが自分よりも先にアイオリアに会ってしまうのは確実で、これまた必然的に自分より先にアイオリアに『おめでとう』を言われてしまうに違いない。
ただの友人だった頃ならならいざ知らず、恋人となった今となっては実の兄弟とは言えアイオロスに先を越されてはミロの面目は丸つぶれである。
というわけでミロは誰よりも早く、つまり日付が変わると同時にお祝いをしようと決めてそれを実行に移したのだ。
先に自分で言ったようにミロは本当はもっと早くに獅子宮に来ておいて余裕を持って行動するつもりでいたのだが、うっかりゲームに夢中になってしまったが為にこんなギリギリに慌ただしく行動をする羽目になってしまったのである。

「何だそんなこと心配してたのか。でもそれは多分、無用な心配ってやつだったと思うぜ。ウチの兄さんは、自分の誕生日ですらきれいさっぱり忘れるような人だからな。弟の誕生日なんかいちいち覚えちゃいないよ」

アイオリアだって自分のことにも関わらず今の今まできれいさっぱり忘れていたのだからアイオロスのことなど言えた義理ではないのだが、この際それは棚上げである。
自分の誕生日を忘れるような人間が、弟の誕生日を律儀に覚えているわけがない。
アイオロスがはっきりしっかり確実に記憶しているのは、恐らく彼の恋人であるサガの誕生日くらいのものであろう。
これは断言してもいいくらいだった。

「そんなのわかんないじゃん! とにかく、絶対にこれだけは誰にも譲れなかったんだ」

日付が変わってすぐなら誰に遅れをとる心配もない。ミロはそう考えたのである。

「ありがとう、ミロ」

非常に単純で子供っぽくもあったが、ミロのそんなところがアイオリアには堪らなく可愛く、そして一層愛しさが募るのだった。

「礼を言うのはまだ早いぜ」

「え?」

「もう一つ、大事なことが残ってる」

「……何だよ? それ?」

またわけがわからなくなって、アイオリアは再度ハテナマークを頭の周りに量産した。
ミロが自分の誕生日を祝う為にここにこうして来てくれたこと、それ以上に大事なことなど何があるというのだろうか?。

「誕生日の大事なことと言えば、プレゼントだろ」

「ああ……」

単刀直入にミロに言われ、そういうことかとアイオリアは納得したが、別にプレゼントを期待する気持ちはアイオリアにはなかった。
そもそもアイオリア自身が物欲が乏しいというせいもあって、プレゼントということ自体に考えが及ばなかったのである。

「別にプレゼントなんて……オレはお前のその気持ちだけで充ぶっ…!」

充分嬉しい、他には何もいらないよ――と言おうとしたアイオリアの言葉をミロが全身を使って遮った。
文字通り飛びつくようにしてアイオリアに抱きついたのだ。しかも何の前振りもなく突然に。
思いきり不意をつかれた形になったアイオリアは後ろによろめいたが、それでもしっかりとミロの身体は抱きとめていた。
ミロのふんわりと柔らかな髪の毛が頬に触れ、そこから漂う優しい香りが鼻腔を心地よく刺激した。

「プレゼント、オレ!」

「はっ!?」

「だーかーら、プレゼント、オレ!」

そう繰り返しながらミロはほんの僅かに身体を離し、真正面同じ位置からアイオリアの緑の瞳を見つめた。
その緑の瞳に映ったミロの涼し気な薄青色の瞳には、熱っぽい光が揺らめいている。

「ミロ……」

「このプレゼントじゃご不満ですか?」

不満か? と聞きつつ自信満々の様子で、ミロは小首を傾げてみせた。
まだ幼さの残る美しい貌に、小悪魔の如き微笑みを乗せて――。

「いや……」

小さな呟きと同時にアイオリアが破顔する。
それは正に会心の笑みであった。

「不満なんかあるわけない。世界で一番の、最高のプレゼントだ」

ありがとう、喜んで受け取らせてもらうよ――。
心からそう言って、アイオリアはミロにキスをし、そしてその身体を強くしっかりと抱き締めた。
END
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2014.8.16 改訂

HAPPY BIRTHDAY アイオリア!

タイトルでそのものずばりネタバレしておりますが……(笑)。
そのタイトル 「プレゼント、オレ!」は、当時の某ツバメ球団の兼任監督の「代打、オレ!」が元になっています。
ネタとしてもありきたりですが、でもやっぱり一番のプレゼントはこれですよね(笑)。



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