4歳の誕生日にアイオロス兄さんが連れて来てくれた『友達』は、十数年の時を経た今、『恋人』となってオレの隣にいる。
いや、今現在は隣にいないんだけど。
初対面は女の子と間違うほど可愛らしかったミロは今では立派なイケメンに成長したが、オレの中には今もまだあの時の可愛いミロが残っていて、でも今は今でまた別の可愛さがあると言うか――結構わがままなところもあって振り回されることも多々あるのだが、そんなところもまた可愛かったりするのだからオレも大概重症なのかもという自覚は少なからずある。
お互い黄金聖闘士として運命を定められてこの世に生を受けた以上、出会い方が違っていたとしても『仲間』『戦友』になっていたことは確実だろうが、『恋人』という関係になれていたかどうかはわからない。ああいう出会いだったからこそ今があるのかも知れないし、別の出会いであったとしてもルートがちょっと変わるだけで結果は同じだったかも知れない。
たらればを考えたらキリがないけれど、懐かしい思い出と共についそんなことを考えてしまっている今日はオレの21歳の誕生日だ。
今はまだ獅子宮に一人でいるのだが、もちろんミロとデートの約束は取り付けてある。もうそろそろ来る頃かな? とオレがリビングボードの時計に目をやったのと、獅子宮の私室のドアが開閉する音が響いたのはほぼ同時だった。
あ、来た――と思ってリビングの出入口に視線を移すと、その視界に真っ先に飛び込んできたのはミロではなく、何とアイオロス兄さんだった。
いや、正確に言うと、ミロの手を引いたアイオロス兄さんだった。
「兄さん? ミロ!?」
兄さんが連れて来たミロを見て、オレは思わず素っ頓狂な声を張り上げた。
そんなオレに向かって兄さんは、
「誕生日おめでとうアイオリア。兄さんからのプレゼントだ」
と早口で言うなり、引っ張ってきたミロを身体ごとオレの正面へ押しやった。
兄さんのそのセリフはオレの記憶の中の16年、いや今日でちょうど17年前のものと全く同じで、シチュエーションまでもがほぼ同じだった。そして極め付けと言うか、真正面に立つミロの豪奢な金髪の天辺には、真っ赤なリボン(しかも昔よりかなり大きい)が結いつけられている。
これってもしかして……いやもしかしなくても――とオレが考えていると兄さんが、
「思い出したか?」
オレにそう問いかけながら、ニヤリと笑った。
……やっぱりね。
「うん、思い出した。というか、今ちょうど思い出してたところだった」
兄さんのこの行動は、オレの心の中を読んだのか? としか思えないような正にドンピシャのタイミングで、オレとしては苦笑するしかないところだった。
「懐かしいだろ?」
「うん」
「ま、肝心のこのプレゼントの方が育ちすぎて可愛くなくなっちまってるけどな」
言いながら兄さんは、天辺のリボンを上手く避けてミロの頭をくしゃりと撫でた。
「オレが嫌だって言ってるのにガン無視して無理やりこんなモンくっつけた挙句、強引に引っ張ってきておきながら可愛くないとか、失礼極まりないと思わないのかよ?」
ミロが結いつけられたリボンを指差しながら兄さんをきつく睨みつけ抗議の声を上げたが、残念だけどミロ、そんなことしても多分、いや絶対ウチの兄さんには効かない。蚊に刺された程度にも感じてないと思うぞ。
「失礼も何も本当のことだからな。お前昔は本っ当に可愛かったんだけどなー、アイオリアに初めてプレゼントしてやった時とかなー、お人形さんみたいだったんだけどなー」
ほらやっぱり……。
ミロも可愛い顔はしてても黄金聖闘士だから怒ればそれなりに迫力のある恐い表情にはなるんだけど、何しろ兄さんはあのシャカに睨みつけられても平然としてられる人だからな。悪いけどミロが睨んだ程度じゃ、本当に痛くも痒くもないっていうかこうして笑い飛ばされて終わりなんだよね。
この兄さんを眼光だけで怯ませることができるのなんてこの世の中でただ一人、サガだけだ。
まぁそれも別の意味でなんだけど――。
でもとりあえずそれはそれとして、
「昔も今もミロは変わらず可愛いよ。でも兄さん……」
「うん?」
「今更プレゼントしてもらわなくても、ミロはもうとっくにオレのものなんだけど?」
さりげなくミロの腕を掴んでオレの方へ引き寄せながら、今更だよと兄さんに言ってみる。そうは言ってもミロを物扱いしているわけではもちろんなく、オレにとって唯一無二の掛け替えのない大事な存在って意味なんだけど。
オレが言うと兄さんは小さく肩を竦めて、
「そんなことはわかってる。ただお前に初心を思い出させてやろうという親心と、ノスタルジックな気分を味わわせてやろうと思ってやっただけだ」
「……物は言いようだね」
何の初心なんだかとは思ったものの、そこを追及する気はオレにはなかった。オレと兄さんは思わず顔を見合わせ、同時にプッと吹き出した。
「ありがとう兄さん。オレ、これまで以上にもっともっとミロを大切にするよ」
次の瞬間、仏頂面のままはっきりと頬を赤らめているミロを見て、自分がらしくもない歯の浮くようなセリフを無意識に言ってしまったことに気づいた。けど、時既に遅し。自分でもすごい恥ずかしくなったけど、出してしまった言葉はもう引っ込められないのだから諦めるしかない。
嘘言ってるわけじゃないどころか正真正銘の本音だし、オレの場合は言おうと思って言えるようなことでもないから、恥ずかしいけどまぁいいかと前向きに考えることにした。
「お前達二人、きっといい友達になれるだろうと思ってああいう形で引き合わせたんだが、まさか恋人になるとはな。あの時は思ってもみなかった」
兄さんは不意に表情を改めると、オレとミロを交互に見遣りながら感慨深げに言った。それを聞いて、今度はオレとミロが顔を見合わせる。
「ミロ」
「うん?」
呼ばれたミロが兄さんの方へ顔を向けると、兄さんはまた突然、今度はミロの金色の頭を抱くようにして自分の方へ引き寄せ、ミロの額に自分の額をくっつけた。
ミロが驚いて目をまん丸に丸め、オレも兄さんのその予想外の行動に不覚にも一瞬だけ固まってしまったのだが、兄さんはそんなオレ達の様子を意に介しもせず、ミロの額に自分の額をくっつけたままとても優しく穏やかな声でミロに言った。
「お前もアイオリアのこと、大事にしてやってくれ。これからもずっとな。頼んだぞ……」
な? と兄さんがミロに念押しをすると、ミロは目を丸めて呆然とした様子のまま、だがはっきり「うん……」と答えて小さく首を縦に振った。
ミロの返答を聞いた兄さんはくっつけていた額を離し、もう一度ミロの髪をくしゃくしゃと撫でながら破顔した。
兄さん、もしかしてそれが言いたくてわざわざこんなことを――? オレが兄さんに真意を問おうとすると、その空気を察したのか兄さんは、
「それじゃあな、アイオリア。ミロと仲良くいい誕生日を過ごせよ」
一方的にオレにそう言い置くなりオレの返答もろくに聞かず、来た時同様さっさと獅子宮を出て行ってしまったのだった。
兄さんの言動があまりに忙しないというか自由気まますぎてオレもミロも呆気に取られることしかできなかったが、とりあえず兄さんは兄さんなりにオレの誕生日を祝ってくれたのだということだけは理解できた。
だからと言って何もあそこまでミロに密着する必要はないだろう――と思わずにはいられないが。
オレにヤキモチを妬かせたかったのか、単に何も考えずに行動してただけなのかは定かじゃないけど、とりあえずこの件は明日にでもサガにチクっておこう。兄さんの気持ちは本当に嬉しく思ってるけど、それはそれ、これはこれだから。
「すまなかったな、兄さんが何か色々無茶ぶりしたみたいで」
一息ついたところでオレはミロに向き直り、多分兄さんがミロの言うことや意思をガン無視してやったのであろうあれやこれやを改めてミロに詫びた。
「まったくだ……」
再び仏頂面を浮かべて、ミロは額に落ちかかってきたリボンの裾を掴んでこれ見よがしにひらひらさせながら軽くオレを睨んだ。
「でもさっきも言ったがそれ結構……いや、かなり可愛いぞ。昔もすっごい可愛かったけど、今も負けず劣らず可愛い」
オレが言うとミロはまたしても頬を赤らめて絶句したが、すぐに「からかってんのか?」と聞き返しながらオレを睨んできた。
「そんなわけないだろ。本気で可愛いって思ってるんだよ、素直にオレの言葉を信じろ。ただ……」
「ただ、何だよ?」
「さすがにもう女の子には見えないけどな」
初めて会った時、本気の本気で女の子と見紛うくらいミロは可愛かった。当時の可愛さと今の可愛さはまったく質の異なるものだが、ミロが可愛いという事実だけは今も昔も変わることはない。
「見えるとかほざいたらぶっ殺して差し上げるところだったぞ」
「それは勘弁」
こめかみをひくつかせているミロに向かって、オレは思わず両手を上げて降参のポーズをとった。それを見てミロはこれ見よがしに大きな溜息をついてから、おもむろにオレに言った。
「もうそろそろいいだろ? 解いてくれよ」
「は? 解くって何を?」
「これだよこれ! 頭のリボン! 主役のお前が解いてくれなきゃ、オレいつまでもこのままでいなきゃならないだろ!」
頭の上のリボンを指差して、ミロが苛立ちを露わに声を張り上げる。超渋々承諾したどころか有無も言わせてもらえずにこんなことされたんだろうに、変に律儀なところがあるミロはこのリボンを自分で解こうとはしなかった。そんなところがまた可愛いんだが、これを言ったら間違いなく機嫌を損ねるので言わないでおく。
「あ、ああ、うん。でも何か、解いちゃうのが勿体ない気もするんだがな」
「お前はオレにこんなものをくっつけたまま街に出ろっていうのか? 天蠍宮からここまでこの格好で降りてくるだけでも恥ずかしかったってのに!」
天蠍宮からここまでって言っても間には天秤宮と処女宮しかないし、天秤宮に童虎は居ないしシャカには見つかったところで大抵いつも目を瞑ってて見えてないしな。そういう問題じゃないってのはわかるけど、別に問題はないよなとしかオレには思えない。これも言わない、いや言えないけど。
「それにお前、この格好のままのオレを連れて歩けるわけ? 恥ずかしくないの?」
恥ずかしくないわけではないが連れて歩けないわけでもないんだよな、正直言っちゃうと。
「わかった、解く。でもその前に写真撮ってもいいかな?」
「ダメ」
「え? だってせっかくだし記念に残しておきたいんだけど……」
「ダメ。やだ」
「1枚でいいからさ」
「ダメったらダメ! スマホにじゃなくお前のその目に焼き付けとけ!」
せっかくこんなに可愛いんだから写真に残しておきたいのに、敢えなく却下。しかも秒速で。もうちょっと粘ってもよかったんだが、この様子じゃ絶対に首を縦に振ってくれなそうだし、誕生日にこんなことで喧嘩したくないし、諦めるしかないのか……勿体ない……。
オレはもう一度ミロをガン見して言われた通り今のこの姿を目に確りと焼き付けてから、観念して頭のリボンに手をかけた。
裾を引っ張るとリボンは簡単に解け、結われていたミロの一房の金色の髪がキラキラと輝きながら舞い散るように落ちた。リボンが解かれて頭が軽くなったのか、ミロはふぅ、と小さく吐息してから頭を左右に振ると、今度は真正面からオレに向き直っていたずらっ子のような笑顔を閃かせた。直後、まるで飛びつくようにして勢いよく抱きついて来たミロを、オレが慌てて受け止める。
オレの腕の中に収まったミロは耳元に唇を寄せ、こんな祝福の言葉を囁いてくれたのだった。
「HAPPY BIRTHDAYアイオリア。これは最上級のプレゼントだ、一生涯大事にしろよ」