Happy Birthday to You
そして5月30日当日。
ミロに言われた通り、『素直で可愛い弟をやる』ことがサガへのプレゼントだとさっさと割り切をつけたカノンは、今日は一日思いっきりサガに甘えてやることにしたのであった。
カノンが態度を変えたことでサガの機嫌も直り、無事に仲直りを果たした二人は朝から肩を並べてアテネ市内へと繰り出したのだが、そう言えば兄弟二人で一緒にアテネに出かけるなど考えてみれば初めてのことである。
それは言うまでもなくカノンが理不尽な隠棲を強いられていたせいであるが、まさか29歳にもなった今になってこんな風に街中を、誰の目を気にすることもなく歩ける日が来るとは思ってもみず、サガもカノンも少なからず感慨を覚えずにはいられなかった。
大半の人間にとってこんなことはごくごく普通のことで、とるに足らないことだろう。
だがカノンにとって、いやサガにとっても、そんなごく普通のことがこの上なく幸せなことだった。

すっかりと開き直ったカノンには、最早『遠慮』という二文字は頭の片隅にすらなかった。
アレが食べたいコレが食べたい、アレが欲しいコレが欲しいと、思いつくままにまるで子供のようにサガにねだり、文字通り甘えまくったのだが、サガの方は満更でもなく――というよりもカノンに甘えられれば甘えられる程嬉しそうに、カノンが欲しがるものをねだられるままに次々買ってやっていた。
どうやらミロがカノンにしたアドバイスは、的確ドンピシャだったようである。
その光景は恐らく二人の事情を良く知る者が見ても苦笑を誘われるものであっただろうが、二人にとってはこの上もなく幸せな時間で、他人の目にどう映ろうが他人にどう思われようが知ったことではないのだ。
直前まであんなにゴネていたことをきれいさっぱり忘れたかのように、カノンはサガに甘えまくり、公然とサガを独り占めにして、兄弟二人きりの、そして初めての誕生日らしい誕生日を目一杯満喫したのだった。

楽しい時間は矢のように過ぎ去り、最後にホテルで豪華なディナーをとった双子が服やら靴やらゲームやら両手に山のような荷物を抱えて自宮へ帰宅した時には、時刻はもう夜の10時をとっくに回っていた。
二人が抱えて来た荷物の9割は、言うまでもなくカノンがサガに買ってもらった物である。

「は〜、疲れた〜」

荷物を無造作に置いて、カノンはどかっとリビングのソファに腰を下ろした。
ほぼ丸一日歩き回っていたからというより、久しぶりに人のたくさんいる街中に出て人当たりして疲れたという感じだが、いつもより遥かに強い疲労感を感じる。
オレも衰えたもんだと、カノンはちょっと情けなくなった。

「コーヒーでも入れようか」

ぐったりとソファに身を沈めているカノンを見て微苦笑を溢し、サガはそう言ってテーブルの上にきちんとまとめて荷物を置き、キッチンの方へ踵を返した。
カノン以上に人混みに慣れていないはずなのに、サガからは全くと言っていい程疲労感が感じられない。

「待って、サガ!」

背を向けたサガを、カノンが慌てたように呼び止めた。
サガは足を止め、再びカノンの方を振り返る。

「何だ?」

サガが問い返すと、カノンは慌てたようにソファから立ち上がってサガの傍に小走りに駆け寄った。

「どうした?」

真正面に立ったカノンを、サガが訝しげに見つめる。
カノンは僅かに躊躇うような素振りを見せた後、

「あのさ、オレ、もう一つ欲しいものがあるんだ」

「えっ?」

今度はサガがびっくりしたように目を瞠った。

「欲しいものって……何か買い忘れて来たものがあるのか!?」

「いや、買い忘れたって言うんじゃなくてさ。っつか金で買えるものじゃないんだけど」

「はっ?」

わけがわからず、サガが間抜けな声をあげる。

「でもそれ、オレが一番欲しいものなんだよね。それをまだ、もらってないんだけど……」

「一番欲しいもの?」

「わかんない? オレの一番欲しいもの」

意味深に問いかけながら、カノンは小首を傾げてみせた。
サガは一層眉間を寄せ、数秒程考えこんだ後、不意に何かに気付いたようにハッと表情を動かし、

「……いや、一応わかった……と思う」

僅かに顔を俯けて小さな声で答えた。
その頬には心無しか薄らとした紅みが差している。
そんなサガの様子で、カノンは自分の意図がちゃんとサガに伝わっていることを確信した。
サガはそのまましばらく俯いていたが、カノンは敢えて急かすような真似はせず、のんびりとサガからの返答を待った。
やがてサガは伏せていた顔を上げてはにかむように微笑すると、ゆっくりとカノンに身を寄せ、

「これ……だろう?」

確信している口調で問い返しながら、両腕をカノンの背に回した。

「当たり」

嬉々として答えたカノンはサガの身体を一層強く抱き寄せ、唇を塞いだ。
深く口付け、じっくりとそこを味わってから、カノンはサガの唇を解放した。
サガは軽く息を整えるように小さく吐息をすると、僅かに潤んだ瞳をカノンに向け、

「お前、疲れているのではなかったのか?」

「平気。今ので一気に体力も気力も回復したから」

現金なカノンの返答に、サガは今度は呆れたように目を丸めた。

「まあいい。今日はお前の望みは何でも聞いてやると言ったのは、この私だ。好きにすればいいさ」

別に誕生日にかこつける必要もなかろうとサガは思うのだが、カノンが望むのなら仕方がない。
だがそれはそれとして――

「カノン、こんなことは今更言うまでもないが……」

「ん? 何?」

「これは壊れ物だからな。丁寧に、大事に扱えよ、いいな」

珍しく冗談めかしてそう言ってから、サガは意地悪っぽい微笑を浮かべた。
カノンは一瞬、鳩が豆鉄砲をくらったように目を丸めた後、

「もちろん、充分肝に命じております」

同じく冗談めかして応じてから、本当に壊れ物を扱うかのようにそっと静かにサガの身体を抱き上げ、そして頬に触れるだけの軽いキスを落とす。
くすっと小さく、サガが笑い声を溢した。
つられるようにしてカノンも笑ってから、サガの耳元に唇を寄せ、そして囁いた。

「最高のプレゼントと誕生日をありがとう、サガ」

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HAPPY BIRTHDAY SAGA & KANON!

誕生日プレゼントはお約束中のお約束ですみません。
プレゼントとして相手が欲しいのは、口に出して言ってないだけでサガも同じです。
弟が一番欲しいプレゼントがお兄ちゃんで、お兄ちゃんが一番欲しいプレゼントも弟というベタベタな双子が個人的に大好きなのです。



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