「サガ!」 「アイオロス!!」 己の小宇宙を高めることに全神経を集中していたオレとシュラは、サガとアイオロスがこの天蠍宮に来ていたことに全く気付いていなかった。 シュラのヤツを叩きのめしてやろうとした瞬間、2人に間に入られて、オレは慌てて出しかけた拳を止めた。 「何をやってるんだ?!、カノン!!」 ああ?!、見りゃわかるだろう!。このバカに教育的指導ってやつを施してやろうとしてんだよ!!。 「ちょうどいい、サガ、聖衣貸せっ!!」 聖衣なんかなくてもこんな小僧に負けはしないが、多少分が悪いことも事実だ。聖衣着た相手に殴られると、結構効くからな。とにかく、サガが双子座の聖衣を脱いでくれさえすれば、オレは聖衣を身に纏えるのだ。これで互角……いや、オレの勝利は間違いない!。最強と言われている双子座のオレ達にケンカを売ったこと、あの世で後悔させてやるぜ。 「バカなことを言うんじゃない!。くだらないケンカはやめないか!」 「お前もだぞ、シュラ!!」 オレはサガに叱りつけられたが、一方ではシュラもアイオロスに叱りつけられていた。 「お言葉ですがアイオロス、カノンは貴方を侮辱したのです。貴方の名誉にかけても、オレがここで引くわけには行きません!」 「何言ってやがる?!。元はと言えばてめーが兄貴をバカにしたからだろう!。オレだって後にゃ引けねえんだよ!」 「カノン!、止しなさい!!」 「シュラ!、お前も止めろ!!」 どうして止めるんだよ?!。さっさとその聖衣脱いでくれよ、オレはこいつと決着つけるんだからっ!!。 「アイオロス、カノンは貴方のことを筋肉バカと愚弄したのですよ!」 シュラが食ってかかりそうな勢いで、アイオロスに言った。 「サガ、シュラのやつはサガのこと、甘いだの何だのと散々バカにしたんだぜ!」 シュラに勝手なことばかり言わせておけるか。オレもサガにシュラの暴言をチクッてやった。サガは大きく溜息をついて、おもむろにペシンとオレの側頭部を叩いた。痛ぇっ!何すんだよ?!。 だが叩かれたのはオレだけではなく、シュラもアイオロスに脳天に拳骨を食らっていたのだ。……あっちの方が痛そうだな……。 「何をもめているのかと思えばくだらない。しかも聖衣を纏って私闘など、言語道断だぞ!」 くだらない……って、オレは兄貴の為にやってんだぞ!。それに聖衣を先に纏ったのは、シュラだ!。オレは今もって尚、生身のままじゃねえかよ!!。 「シュラ、お前も悪いんだぞ!」 アイオロス、お前もじゃなくてお前が悪いと言い直せ!。オレは悪くないぞ!。 「しかし、アイオロス……」 「カノンが怒るのは当たり前だ!。サガはな、カノンにとって誰より大事な兄なんだぞ!」 誰より大事なってのは大袈裟なような気もするけど、まぁいいや。もっと言え、もっと叱りつけろ、アイオロス!!。 「いや、それを言うならシュラが怒るのは当然だ。シュラにとってアイオロスは実の兄も同然、いやそれ以上に大事な存在なのだからな」 んだと?!。何でお前がシュラの肩を持つんだ、サガ!!。 「すまなかったな、シュラ。弟の非礼を許して欲しい」 そして何と、サガはそう言ってシュラに頭を下げたのだ!!。ちょっと待て、サガ!。何でお前が謝るんだよ?!。お前が……いや、オレ達が謝る必要なんて、これっぽっちもねえんだぞ!!。 「いや、それはこっちのセリフだよ、サガ。カノン、悪かったな。シュラのこと、許してやってくれ」 そう言って今度は、アイオロスがオレに向かって頭を下げた。いやその、まぁ、それは当然のこととしてだな……でも何かちょっとこれっておかしくないか?。 頭を下げるアイオロスを見ながらシュラもおたついていたが、どうやら内心はオレと同じような感情を持っているらしく、その表情は何とも言えず複雑だった。 「カノン、シュラの言う通り、アイオロスは心・技・勇・体揃った素晴らしい聖闘士なんだ。私など及ぶべくもない」 サガはオレの両肩に手を置き、不意に優しい目になって、オレの目を覗き込みながら熱っぽくそう言った。おい、ちょっと待て!。お前自身がそんなこと言うんじゃねーよ!。シュラがますます図に乗っちまうだろう!。ってか、オレはサガがアイオロスに及ばないなんて認めないぞ!!。 「シュラ、サガはな心・技・勇・体・知、そして天使のような優しさをも兼ね備えた完璧な聖闘士だ。オレなど遠く及ばない」 だがサガに続いて今度はアイオロスが、シュラに向かって熱っぽくサガを語った。てっ、天使ぃ?!。天使って何だよ、天使ってのは?!。そりゃ、サガは神のような……とは言われていたけど、天使なんてのは初めて聞いたぞ。それは格上げなのか?、格下げなのか?!。 サガとアイオロスはオレとシュラに互いのことを熱っぽく語ったかと思ったら、今度は顔を見合わせて照れ臭そうにって言うか、含羞んだ風に笑いあった。サガなんか、頬がちょっと赤くなってるぞ!。アイオロスなんか、何時にも増して顔がニヤケてっぞ!。って言うか、何なんだ、お前らはっ!!。 オレとシュラは、知らず知らずのうちに顔を見合わせた。何でオレ達、こいつらの惚気合戦聞いてなきゃいけないの?。 一気に戦う気力の失せたオレは、小宇宙を燃焼させるのを止めた。シュラの小宇宙も一気に萎んだところを見ると、どうやらオレとご同様らしい。そりゃこんなの見せられた日にゃ、脱力するなってのが無理な話だ。 「何だ、もう終わりか、つまんね〜」 その声にふと我に返って周りを見渡してみると、いつの間にやら十二宮の黄金聖闘士達が全員、この天蠍宮に集結していた。拍子抜けしたようにそう言ったのはデスマスクで、顔にもありありと「つまらん!」と書いてある。何?、いつの間にこんなにギャラリー増えてたの?!。 今になって気付いたオレが、集まった連中の顔を見渡していると、ふと視界にあからさまな安堵の表情を浮かべているミロと同時に、カミュの姿が入ってきた。 ……ン?、ちょっと待てよ、そもそも、大元の元の原因はカミュだったんじゃ……。 「さぁ、下らん小競り合いはこれで終わりだ。皆、自分の宮へ帰りなさい」 アイオロスとの2人の世界から抜け出したサガがギャラリーに向かって言うと、全員それぞれに苦笑やら、冷笑やら、呆れ顔やら、憐れみ(?)の視線やらをオレ達に投げ掛けて、天蠍宮を去っていった。でも何でオレ達が、あいつらの冷笑やらを浴びなきゃいけないんだ?。そうだよ、大体がしてオレは全くの無関係だったんだぜ!。それこそ部外者もいいとこだったのに、何でこんな目に……これって明らかにとばっちりって言うんじゃないのか?!。成り行きとは言え、今自分が置かれている状況を再認識し、オレは愕然とした。 何かもう、一気に疲れた。それでなくても夜勤明けで疲れてたのに……何でこんなことになっちゃったんだろう?。 今までのこと全てが馬鹿馬鹿しい以外の何物にも思えなくなったオレは、疲れた心と体を引き摺って、双児宮へ帰ろうとした。もう、ウチ帰って風呂入って寝る……。 「待ちなさい、カノン」 だが、疲弊しきっている可哀相なオレを、サガが引き止めた。んだよ?、もう解放してくれよ。 「下らんことで十二宮内を騒がせたんだ。当然、ペナルティは受けてもらうぞ」 は?、ペナルティ?!。 サガとアイオロスはまた顔を見合わせて頷き合うと(もういい加減にしろっての)、 「シュラとカノンは明日、教皇宮の風呂掃除をするように」 アイオロスがオレとシュラに、厳然と言い渡した。 「風呂掃除ぃ〜!?」 図らずもオレとシュラの声がハモッた。風呂掃除って、あの教皇宮のくそだだっ広い風呂を掃除すんのかよ?。オレとシュラで?!。 「その通りだ。ちょうど明日は教皇の間の風呂掃除の日なのでな」 事も無げにサガが言う。……あのな、あそこの風呂が無駄に広いのはお前だってよぉ〜っく知ってるだろう!。2人がかりで掃除したって、かなり大変なんだぞ!。 「ちょ、ちょっと待てよ!。何でオレ達があんなとこ掃除しなきゃなんねんだよ?!」 「言っただろう。ペナルティだ」 そりゃないぜ、サガ。何でペナルティが風呂掃除なんだよ?!。ゴ、黄金聖闘士が風呂掃除……って、超情けなくないか?!。そりゃまぁ、自分家だったらともかくだけどさ!。 「これくらいのペナルティでもくれてやらなきゃ、懲らしめにならんからな」 懲らしめって……オレは懲らしめを受けなきゃならん覚えはねえぞ!。 「ケンカ両成敗だ。おとなしく掃除しろ」 偉そうにアイオロスの野郎が言う。ケンカ両成敗って、それは違うだろう!。元はと言えばお前のマヌケな一番弟子が全部悪いんだし、一番最初にケンカしてたのはオレじゃなくてだな…… 「そうだ!、ケンカ両成敗ってんなら、カミュだって同罪だぞ!。元々、オレは関係なかったんだからなっ!。ケンカしてたのは、シュラとカミュなんだ!!」 そうだよ、こいつらがくっだねぇケンカして、でもってミロの野郎が騒ぎ立てるから、結果としてオレが巻き込まれる形になったんだ!。 「わかってる。カミュはすぐに天蠍宮を元に戻すことと、天蠍宮の掃除をすること。ミロに迷惑をかけたんだ、ちゃんと詫びなさい。いいな」 サガに言われ、カミュは素直に頷いた。くっそ、こんにゃろ、サガの言うことは素直に聞きやがって……って、えっ?!カミュその程度?!。ズルイよ、生温いよ!、張本人なんだからカミュに教皇宮の風呂掃除させろよ!。 当然の権利としてオレは異議を申し立てたのだが、 「実際暴れたのはお前とシュラなんだ!。つべこべ文句を言わずにおとなしく言うことを聞きなさい!」 結局サガにそう一喝されて、二の句を継がせてもらえなかった。 「明日は教皇宮の風呂番の雑兵に臨時休暇をやろう。風呂番もなかなかに大変な仕事だからな、たまにこう言う休みがあってもよかろう」 「ああ、その通りだ。やっぱりサガは優しいな」 妙に嬉しそうにそう言って、アイオロスはサガの肩を抱いた。だからヤメロってのに!。 シュラは呆然としたままその場に立ち尽くし、何を言うこともできなくなっていた。オレはほんのちょっとだけ、今のシュラの気持ちがわかるような気がした。 アイオロスはオレとシュラにもう一度風呂掃除の念を押すと、サガと仲良く連れ立って天蠍宮を下へ下りていった。おい!、お前の宮はこの上だろう!!。何で当たり前のような顔して下に行くんだ、下にっ!!。 後に残されたオレとシュラは、しばらくその場に茫然自失に近い状態で立ち竦んだ。 何でこんなことになっちゃったんだろう……。オレは自分がとてつもなく可哀相に思えて、さすがに悲しくなってしまった……。
本当はバッくれてやろうと目論んでいたのだが、世の中そんなに甘くなかった。 「なぁ、シュラ〜……」 タイルにデッキブラシをかけながら、オレは罰当番仲間のシュラに声をかけた。 「ん〜?」 シュラもデッキブラシをかけながら、気の抜けた返事を返す。これが天下の聖域の黄金聖闘士の姿かよ、我ながら情けない。 「何かさ、すっげー馬鹿馬鹿しくない?」 「……ああ、全く同感だ」 オレ達の昨日のケンカって、結局何だったんだろう?。自分のことでケンカしたわけでもないのに叱られて、オマケに別に見たくもないサガとアイオロスのラブラブショーを見せられた揚げ句、行き着く先がこれじゃ、オレもシュラも虚しさを覚えずにはいられないよな。 因に、シュラとカミュは殆どなし崩し的に仲直りをしたらしい。元を正せばこいつらのケンカがオレの今日のこの悲劇を招いたわけだが、今となってはもう、何を言おうが後の祭りでしかないと、オレは往生際よく諦めることにした。 「カノン、オレ、昨日言ったこと撤回するわ」 シュラがデッキブラシをかける手を休めて、唐突に言い出した。 「何?」 オレも手を休めて短く聞き返すと、 「お前より……アイオロスの方がサガバカだった」 シュラはデッキブラシの柄に顎を乗せて、呆然としながら呟いた。さすが、あの光景を目の当たりにしたらシュラでも考え方を改めざるを得なかったらしい。だがそれはオレも同じだった。 「オレも撤回する。お前より、ウチの兄貴のがアイオロスバカだ」 オレ達は同時に深〜い溜息をついた。 だがそれはより一層虚しく、教皇宮のクソバカ広い風呂場にこだまするだけであった。 |
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END
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【あとがき】
何の予告もなく、シュラ×カミュ入れちゃってすみません(^^;;)。 |