「なるほど、経緯はよくわかりました」 ムウはアイオロスから説明を聞いて、満足そうに頷いた。 「それで、その……やっぱりこの聖衣の改造をお前に頼んだのは、ミロなのか?」 「ええ、そうですよ。あ、サガ、腕を上げたり伸ばしたりしない限り上衣は上がりませんから、腕を外しても平気ですよ」 ムウはミロの仕業をあっさりと肯定しつつ、相変わらず不自然な体勢を取っているサガに笑顔を向けながらそう言った。 「何故ミロは……いや、その、ミロもそうなのだが何故お前もあっさりとミロの依頼を受けてしまったのだ?。今度は私達にその経緯を説明してくれないだろうか?」 「ええ、もちろんそのつもりです」 サガの依頼を受け、ムウは事の次第を3人に説明し始めた。 「……と、言うわけです。貴方達に無断だと言うことは存じてましたが、女神に念書まで取り付けられては、私も断る術がありませんから。苦渋の選択をせざるを得ませんでした」 ムウは女神の念書の存在と、自分には一切の非がないことをさり気なく主張しつつ、双子座の聖衣を改造した事実の一部始終を語った。 「あんっの、バカ……」 テーブルに肘をついて頭を抱え、カノンは呻いた。カノンと言えどミロの所業に呆れずにはおれず、サガに至っては最早、溜息以外に口から出るものがなかった。 「でもまぁ、ミロもカノンのおヘソを見たい一心でしでかしたことですから。考えようによっては、一途と言うか、可愛いと言えなくもないですね」 完璧に楽しんでいるムウは、脱力するサガとカノンをこれまた嬉しそうな様子で見つめ、手間賃代りにミロからもらった最高級の玉露(もちろん、女神がミロに手土産として持たせたものである)を美味しそうに啜ると、冷めないうちにどうぞとそれを3人に勧めた。 「お前……ミロにヘソも見せてやったことないのか?」 それを聞いたアイオロスが、意外そうに、しかもどことなくミロに同情しているっぽいようなニュアンスを含んだ口調でカノンに言った。 「んなワケあるかっ!!。あいつには……」 カノンはガバッと顔を上げ、食ってかかるような勢いでアイオロスにそこまで言ってから、慌てて口を押さえた。勢いでついうっかり、とんでもないことを口走りそうになったのである。 「それはありませんよ、アイオロス。ミロはカノンの身体を、頭のてっぺんから爪先まで、前後左右余すところなく知り尽くしているそうですから」 だがカノンが寸でのところで言葉を止めたのにも関らず、ムウが顔色一つ変えずに、更にとんでもなく際どいことを、まるで挨拶でもしてるかのようにさらりと言ってのけたのである。 「なっ……なっ、お前、何をっ……」 これにはカノンも顔を真っ赤に染め、言葉を詰まらせた。そして何故かサガまでもが顔を赤くして、俯いている。 「ミロがそれはそれは嬉しそうに、そう言っていましたからねぇ」 とどめとばかりにムウは言って、にっこりと微笑んだ。カノンは完璧に言葉を失い、テーブルに撃沈した。 「子供だ子供だと思ってたが、そうか、あいつももうしっかりと男になって……痛てっ!」 変なところに感心しているアイオロスの腕を、顔を赤くしたままのサガが思いっきり抓った。 「それにしてもあいつ、何でこんな手の込んだことしてまでカノンのヘソを見たがったんだかな?」 サガに抓られたところを擦りながら、素早く立ち直ってアイオロスは改めて疑問符を投げた。見ようと思えばカノンのヘソくらい難なく見れるし、それどころかあーんなことやこーんなことだってできる立場にありながら、わざわざ日本に行って女神の念書まで取り付けて、内緒で聖衣の改造など頼む必要などどこにあったのか、アイオロスにはわからなかったのである。 「双子座の聖衣は露出度が少なすぎると嘆いてましたから。何でもこう隙間からチラッと見えるのが、結構そそるんだそうですよ。チラリズムがどうとか、力説してましたね」 ムウの説明に、サガとカノンは更に脱力感を強くしたが、アイオロスだけはどこか納得したように頷いていた。 「事情は分かった。とにかくムウ、二度手間どころか三度手間をかけるが、まずはこの双子座の聖衣を元通りに戻してもらえないだろうか……」 事の次第は判明したが、何はともあれ、まずは改造されてしまった聖衣を元に戻すことが先決である。サガは改めて、ムウに聖衣の修復を依頼した。 「もちろん、持ち主であるあなたのご依頼をお断りする理由はありませんが、ミロはともかく女神の方はよろしいんですか?。何でも結構乗り気でいらしたそうですが?」 「女神には私の方からお詫びととも話をしておくから……。とにかくこれでは気になって聖衣を纏っていることもできん」 「わかりました。元通りにして差し上げましょう」 「すまんな、ムウ……」 サガはムウに向かって小さく頭を下げた。 「カノン、ミロを呼んできなさい。事の真相が判明した以上、放っておくわけにはいくまい。少しきつく叱らなくてはな」 ほぅっ、と一息ついてから、サガはカノンにミロを連れてくるように命じた。常日頃はどちらかと言えばミロに甘いサガではあったが、さすがに今回ばかりは大目に見るわけにはいかなかった。 「何も言わんわけにはいかないだろうが、ミロも悪気があったわけじゃないんだし、あまり強く叱りすぎるなよ」 これまた珍しく、アイオロスがサガに寛容を促した。いつもだったら逆で、頭ごなしに叱りつけるのはアイオロスなのだが、ミロのお陰で思いもかけぬ棚ボタに預かったアイオロスは、実のところミロにほんのちょっとだけ感謝してたりもしているので、今回ばかりはかなり同情的になっていたのだった。普段、サガはあまり怒ったりすることはないが、一度怒るとなまじ頭がやたらめったら良くて切れるだけに、そのお説教がかなりきつく辛辣なものになることをアイオロスはよく知っていた。 「そうは言うが、またこんなことをされては堪らんからな。ミロに悪気がないことは私とてよくわかってはいるが、理由が個人的すぎるというか下らなすぎる。それによってムウにも迷惑をかけたし、何より女神の手まで煩らわせたとなっては軽く注意する程度ですませられることではないだろう」 「まぁそれはそうだけど……」 そう言われると、アイオロスとしてもこれ以上の弁護のしようはなかった。 「兄さん……ミロを叱るのはちょっと待ってくれないか?」 今の今までテーブルに撃沈したまま黙りこくっていたカノンが、突然顔を上げてサガに言った。 「何故だ?」 やはりカノンとしてはミロを庇いたいのであろうが、今回ばかりは不問に付してやるわけにはいかなかった。 「勘違いしないでくれ。叱るなって言ってるわけじゃないんだ。ただ、オレに考えがある。まずはオレがあいつ懲らしめてやっから、兄さんはその後でたっぷりとこてんぱんに絞ってやってくれ」 カノンは意地の悪い笑みを浮かべ、もう少しの間気付いていないフリをしてくれと改めて3人に頼んだ。 カノンが何をする気なのかはサガにも具体的にはわからなかったが、何かしらの考えがあってのことだと言うことは理解できたので、ここはひとまずカノンに任せることにしたのだった。 翌日。 教皇宮の夕勤番のミロは、ウキウキとしながら勤務終了時間を心待ちにしていた。今日、自分と交代して夜勤番に入る聖闘士はカノンである。自分が苦労して双子座の聖衣に細工を入れてから5日、やっと待ちに待ったこの日が来たのだ。 ミロが上機嫌で申し送り用の日誌を書いていると、待ち望んでいたカノンが姿を現した。もちろん、きちんと双子座の聖衣を着用して。ミロは期待に胸を弾ませた。 「カノン!」 「ようミロ、お疲れさん。交代するぜ」 いつも通り……いや、心なしかいつもより優しい笑顔で、カノンが言った。 「あ、ゴメン、今日ちょっと忙しくて日誌まだ書き終わってないんだ。もう少し待っててくれるか?」 もちろん、これはミロの時間稼ぎだった。少しでも長くこの場に留まって、一刻も早く自分の苦労の成果のほどを拝みたいのである。ミロは日誌を書くふりをしながら、チラチラとカノンの様子を窺った。 カノンには別段変わった様子は全く見られない。どうやら聖衣に改造を施されたことには気付いていないようだ……と、ミロは内心でほくそ笑んだ。 「あ、カノン、ちょっと悪い。そこの本棚の上にある、先月の月報取ってくんない?」 もちろんこれもごく自然にさり気なく、カノンに腕を上げさせるためのミロの作戦である。 「ん?、ああ……えーっと、これか?」 ミロに言われるがまま、カノンは真横の本棚に腕を伸ばした。いかな長身のカノンでも、最上段の棚から物を取るには腕を目一杯伸ばさなければ届かない。カノンは体はミロの方に向けたまま、右腕だけを上げて件の月報を手にした。 腕が上がったと同時に、聖衣の上衣が持ち上がり、生肌とヘソがチラリと顔を出すはずだ。ミロは期待感に胸膨らませ、カノンの腹部を注視した。 『……あれっ?!』 だが、その予想は見事に裏切られた。細工を施してもらったはずの腹部は、1mmの隙間も開かず、ピタリと密着している。そう、元の形のまま……。 おかしい……間違いなく、ムウに細工をしてもらったはずなのに……そしてそれを、この目でも確かめたはずなのに……ミロが瞬きもせずカノンの腹部を穴が開くほど見つめていると、 「残念だけど、お前の期待してるようなことは起こらねえぞ」 カノンがそう言ったと同時に、突然バコンッとミロの脳天に衝撃が走った。カノンが手にしていた月報で、ミロの頭を叩いたのである。 「カッ、カノン?!」 ミロは目を白黒させながら、殴られた頭を擦った。目の前のカノンは、今までとはうって変わって険しい表情で、腕組みをしながらミロを見下ろしていた。 「このバカッ!。てめえのしでかしたことは、もうとっくの昔にバレてんだよ!!」 カノンはキッとミロを睨みつけた。 「……えっ?」 すぐには事態が飲み込めず、ミロは数秒の間視線を泳がせていたが、やがて 「そ、それじゃ……」 既に事が全て露見してしまっていることを理解し、ミロは顔を青くした。 「こんっっの、どあほうっ!!!」 直後、カノンの怒声が頭の上から降ってきた。ミロは思わず肩を竦め、身を縮めた。 「てめぇは何ちゅうことをしでかしてくれたんだっ!。よりにもよってオレ達の聖衣にとんでもねぇ細工をしやがって!。サガ、カンカンだぞ!!」 カノンは縮こまるミロを、更に怒鳴り付けた。 「それじゃ……サガがもう気付いちゃったの?」 恐る恐る顔を上げて、ミロがカノンに聞き返す。 「ああ、昨日バッチリアイオロスに見つけられたよ!」 「ア、アイオロスに?!」 「そうだよ、このボケ!。大体、そう言うところがお前はバカだっつんだよ。いいか、この聖衣はな、オレよりもサガの方が圧倒的に着る回数が多いんだよ!。バレねえわけねえじゃんかっ!!」 カノンは手にしていた月報で、もう1発ミロの頭を叩いた。 「それで、直しちゃったの?」 「当然だっ!!。あんな変な細工された聖衣、着られるわけねえだろう!!。サガがすぐにムウに直させたよ」 「そんなぁ〜〜〜!!」 悲壮な叫び声を上げて、ミロはイスから立ち上がった。 「バカ野郎!。お前が内緒でこんなことしてくれたお陰で、オレまでいらぬ嫌疑をかけられてサガに怒られたんだぞ!。こんな超大バカなことにばっか脳みそ使いやがって!」 「だって、だってさぁ……」 「だってもくそもねえ!!」 カノンは今度は拳骨でミロの頭を殴った。 「ったく、もうちょっとマシな理由でもあるってんならともかく、理由聞いたら下らねえ以外の何物でもねえじゃねえか!。しかもご丁寧に女神に念書までもらってするようなことか?!」 「だってさぁ〜、ジェミニの聖衣ほど露出度少ない聖衣、ないじゃんか!。アクエリアスの……とまではいかなくとも、もう少し露出度があれば、オレだってこんなことしなかったよ!」 「アホか、お前はぁっ!!。聖衣の露出度云々、一体何の関係があるっつーんだ!」 「あるよ!。せっかく纏ってる人間が綺麗なのに、全部隠しちゃったらつまんないじゃん!」 真剣に反論し返してくるミロに、カノンは頭が痛くなる思いであった。 「だからって、何でこんなとこにこんな変な細工する必要があるんだっ!。てめー、平和ボケして脳ミソにカビ生えてんじゃねえのか?!」 カノンが腹部を指差しながら、より一層声高に叫んだ。 「カノンのヘソが見たかったんだ!」 「いっつも見てんだろう!。足りねえとでも言いたいのか?!」 「それとこれとは話が別だよ!。聖衣の隙間からちょこっと見えるのが、また格別なんだってば!。それが見たかったのに、そのために苦労したのに、全部無駄になったじゃないか!!」 「超どあほうっ!!。お前は自分の恋人の腹を、他の男の目にまで晒す気だったのか?!」 興奮してぎゃーぎゃーと抗議するミロに、カノンはピシャリとそう言った。カノンに言われた途端、ミロは驚きに目を思いっきり大きく見開き、再び顔色を青くした。 「……あ……」 「やっと気付いたか?、マヌケ」 サガとアイオロスのことまでは頭にあったものの、その他のことはまるっきりすっぽりと抜け落ちていたことに、ここに来てようやくミロは気付いた。言われてみれば、カノンが聖衣を纏っている姿を見れるのは自分だけではないのだ。そのことを、本当に今の今までミロは考えてもいなかったのである。 「お前にとってオレはその程度?。オレのヘソが他の男の目に触れても、お前平気だったわけ、ふぅ〜〜〜〜ん……」 かなり芝居がかった物言いで、思いっきり嫌みったらしくカノンはミロに言ってやった。 「そんなこと絶対にない!。そんなん、絶対ダメ!!」 ミロは物凄い勢いで、ぶんぶんと首を左右に振った。 「そっか、その危険性があったんだ……あっぶねぇ〜……」 そして今更ながらにやっとその危険性を認識し、ミロは冷や汗をかいた。 「よかったぁ〜、サガのに気付いたのがアイオロスで。アイオロスだったら、条件はオレと同じだもんな」 カノンにとっての自分が、即ちサガにとってのアイオロスであるわけだから、そう言う意味では大事に至っていないと言うことで問題はない。ミロがホッとしたようにそう呟くと、また頭の上にバコンと月報が命中した。 「何がよかっただ!。アイオロスなんぞを無駄に喜ばせやがって!!」 多分、いや、間違いなく今回のことで得をしたのはアイオロスただ1人である。カノン的にはそれも許せないことだった。 「とにかく、まかり間違っても二度とこんな馬鹿な真似しないよう、お前にはキッツイお仕置きが待ってっかんな。覚悟しろよ」 カノンは唇の端を吊り上げ、邪悪に笑った。 「キッツイお仕置き……って?」 ミロの背筋に寒けが走った。カノンの言葉が脅しでも何でもないことを、ミロは肌で感じ取ったのである。 「まずはサガのお説教フルコースだな。サガが手ぐすね引いて待ってるから、こってりと絞られてこい」 早くもミロは恐怖に身を強張らせた。サガは殴ったり蹴ったりと言う乱暴なことはしないが、そのお説教のハードさは並大抵ではない。心理的苦痛が肉体的苦痛を遥かに凌ぐことを、ミロも良く知っていた。 「それから……」 「まだあるの?!」 ミロが悲鳴に近い声で叫んだ。 「当然だ。この程度で済むと思ったら、大間違いだ」 この程度……サガの説教はこの程度とは言わない……とミロは思ったが、カノンも情け容赦なかった。 「向こう一ヶ月間、お預けだからな。オレに触るなよ」 「………………えっ、えええええ〜〜〜〜ッッッ!?!?!」 一瞬の間の後、十二宮中に響き渡るのではないかと言うような大声で、ミロが絶叫した。 「……るさい!」 指で耳栓をしながら、カノンが顔をしかめた。 「おっ、お預けってお預けって……カノンそれって、エッチお預けってこと?!。一ヶ月もっ?!」 「………ああ、そうだ」 直裁的なミロの表現に、カノンはこめかみをピクピクと震わせた。 「そっ、そんな、そんな殺生なぁ〜〜〜!!」 「何が殺生だ!。これでもまだ、生易しいくらいだぞ」 「生易しいじゃないよ、生殺しって言うんじゃないか、それっ!!」 あんまりにあんまりな仕打ちである。サガのお説教フルコースどころの騒ぎではない。ミロにとって、これ以上はないと言っても過言ではないくらい、酷な仕置きであった。 「当然の報いだ。恨むんなら、自分のバカさ加減を恨むんだな」 だがカノンは全く聞く耳を持たず、ミロからプイッと顔を背けた。 「ゴメン、ゴメンよ、カノン。もう二度としないから、せめて一週間……いや、3日に縮めてくれよ!」 ミロは殆ど涙目で、必死にカノンに訴えた。 「……二ヶ月に延ばすか?」 「カッ、カノン〜〜〜!!」 身から出た錆とは言え、一ヶ月も大好きなカノンに触れられないなど、ミロにとっては地獄の業火に身を焼かれるも等しいくらいの厳罰であった。もちろん、それがよくわかっているからこそ、カノンもこの手に出たのだが。 「ごめんなさい〜、もうしないから〜〜〜」 「ダーメ。ゴメンで済めば警察いらないの」 言うなりカノンはミロの首根っこを掴んで、ひょいとその身体を持ち上げると、スタスタとドアのところに歩いていった。 「はい、これにてお前の今日の仕事は終わり。サガが待ってるから、早く行ってたっぷりと怒られてらっしゃ〜い」 カノンはポイッとミロを部屋の外へ放ると、にっこりと微笑んで小さく手を振り、バタンとドアを閉めた。 「カッ、カノン〜〜〜カノンちゃぁ〜〜〜ん!!」 教皇宮に、ミロの悲痛な叫び声とドアを叩く音が虚しく響き渡った。
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END
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【あとがき】
これまた時間がかかった割に、単なるおバカちゃん全開話で申し訳ないです(だいち様、重ね重ね申し訳ございません)。 |