シュラとカミュの助力のお陰で、ミロとの半ケンカ状態はひとまず解消されたものの、それ以前の根本的な部分の問題はまだ残っており、相変わらずカノンの悩みの種となっていた。

『真正面からぶつかるな、上手く掌の上で遊ばせろってもねぇ……』

普通に先輩後輩、上司と部下などと言うきっちりした上下関係のある間柄ならともかく、恋人同士という立場に立つとそれもなかなか思うように行かない部分がある。あまり子供扱いはしちゃいけない、人前ではある程度相手を立ててやらなきゃいけない、相手の思考の先を読んで行動しなきゃいけない、しかも甘えさせてもやらなきゃいけない……全く年下の恋人というのは面倒臭いものである。

口八丁手八丁で人を思いのままに操ることは得意だったはずのカノンが、今はどっちかと言うとミロに振り回されている。カノン自身、そんな自分を漠然と自覚しており、情けなさを覚えることもあった。ある意味、もっと打算的な付き合いが出来れば話は別なのだろうが、ミロに対してだけはどうしてもそれが出来ない。それこそがミロを愛している証であるのだが、肝心なその点にはカノンは気付いていなかった。

「はぁ〜……」

無意識のうちに、カノンは盛大な溜息をついていた。

「どうかしましたか?、カノン」

それを聞き付けて、ムウがカノンに声をかけた。今日はカノンが日勤番、ムウが夕勤番で、つい今し方引き継ぎの申し送りを済ませたところだったのである。

「ん?、いや、何でも……」

カノンは曖昧に言葉を濁したが、

「またミロとケンカでもしたんですか?」

カノンの内心を見透かしたように聞き返しながら、ムウは小さく微笑んだ。

「ご期待に添えなくて悪いけど、ケンカなんかしてません」

面白くもなさそうに、カノンが投げやりに答える。

「そうですか?。それにしては随分と浮かない顔で、大きな溜息をついてましたね」

「オレにだって悩みの1つや2つはあります」

「それはそうでしょうけど、どうせミロが絡んでいることでしょう?」

ズバリと図星をつかれ、カノンは一瞬返答に窮した。ほらやっぱり、とでも言いたげに涼しい顔をしているムウに小面憎さを覚えたカノンではあったが、ムキになって言い返したところで何の意味もないので、そのまま沈黙で答えることにした。無論、ムウはその沈黙をそのまま肯定と取ったのだが。

「また何かミロが、あなたを困らせるようなことでもしました?」

「んなこた、年中だよ……」

ムウに重ねて問われ、カノンは諦めたように短く答えた。

「今回は何があったか知りませんけど、ミロの場合、あの裏表のない一本気な気性が災いして暴走することが殆どですし、それもあなたを想うがゆえのことです。あなたも気苦労が絶えないでしょうけど、まぁそれもミロの若さだと思って大目に見てやってください」

いつものことながら妙に大人びたと言うか、達観しきっているようなことを言うムウの顔をマジマジと見てから、カノンは唐突にムウに質問を投げた。

「なぁ、ムウ……お前とミロって、同い年だよな?」

「ええそうですけど」

「アルデバランもだよな?」

「はい」

「アイオリアとシャカもだよな?」

「ええ」

いちいち丁寧に答えながらムウが頷くと、最後にカノンははぁ〜とまた大きく溜息をついて、ガックリと肩を落とした。

「あのさぁ、そこにカミュを入れて並べてみても……どいつもこいつもミロと同い年とは思えないんだけど……」

「おや?、そうですか?」

ちょっと意外そうに、ムウがカノンに聞き返す。

「ああ、全然思えない。これってさ、お前等が落ちついてんの?。それともミロがガキなの?、どっち?」

端から聞いたらふざけているようにしか思えないだろうが、聞いている本人は大真面目である。ムウも一瞬、本気か冗談かの区別をつけかねて、目を2〜3回パチクリと瞬かせたが、どうやら本気らしいことを察して苦笑した。

「そう……ですね、生まれ育ってきた環境が環境ですから何とも言えませんけど、多分、ミロの方が年相応なんだと思いますよ。彼が一番、天真爛漫に育ったようですからね」

自分達はいわゆる一般人とは全く違う人生を歩んで来た。それだけに何をもって比較対象とするかがムウにも今一つよくわからないのだが、多分、どっちと言われたらミロの方が年相応に近いと言えるような気がするのであった。

「そっか、世のハタチってのは、あれが普通なのか……」

何となく釈然としない気もするが、ムウの言う通り自分達の諸々の特殊な事情を差っ引いてみれば、確かにあんなものかも知れないと納得できる部分もあった。

とは言え、ムウ達と同じ特殊な環境下に育ってきたくせに、俗に言う世の若者と同じように成長したミロは、ある意味では特殊と言えるのかも知れないが。

「でも、そうですね……ミロは特にあなたの前では我儘を言いますから、余計子供っぽく見えるのかも知れませんけど、案外私達の前ではそうでもないんですよ。あなたが年上と言うこともあって、あなたには思いっきり甘えてるだけなんです。まぁ適度に甘えさせてやってください」

楽しそうに笑いながらムウは言ったが、カノンは相変わらず浮かない顔のまま

「あんまり甘えられてもね……」

そう小さな声で、ボソリと呟いた。

「はい?」

「いや、何でもない、こっちの話」

カノンは一方的に会話を収めると、椅子から腰を上げた。

「じゃ、オレ上がるわ。あとよろしく」

「はい、お疲れ様でした」

ムウに労いの言葉をかけてもらって、カノンは教皇の間を出ていこうとしたが、

「あ、そうだムウさぁ……お前もやっぱりアルデバランとケンカしたりとかすんの?」

数歩歩いたところで立ち止まると、ムウを振り返っておもむろにそんなことを聞いた。

「ご期待に添えなくて残念ですけど、私達は今まで一度もケンカしたことはありません。多分、これからもケンカなんかすることはないでしょうね」

自信たっぷりの顔でしれっと答えて、ムウは小さく肩を竦めた。

「……ごちそーさま」

カノンは短くそう一言だけ残すと、ムウに向かってひらひらと右手を振りながら、教皇の間を後にしていった。






教皇宮を出て帰宅の途についたカノンは、ちょうど磨羯宮と宝瓶宮の中間点でシュラに出くわした。

「よう、カノン」

「よう、何だこれから宝瓶宮か?」

「ああ、今晩の飯は宝瓶宮で食うことになっててな。お前も来るか?」

シュラは相変わらず気さくにカノンに誘いをかけたが、カノンは一瞬考えた後にそれを断った。今日はサガが休みで家にいるので、恐らくはもう支度をしてしまっているはずだからだ。

何だ残念だな、と、さして残念そうでもない様子で応じて、シュラは小さく肩を竦めた。

「で?、その後どうよ?」

「その後って、何が?」

唐突にシュラに聞かれ、カノンが怪訝そうに聞き返す。

「ミロだよ、ミロ。その後、上手くやってるか?」

「上手くやってるも何も、別にフツーだよ。あれからあんまり会ってもないし」

何を聞いてくるかと思えばそんなことか……と、カノンは小さく溜息をついた。その後と言ったってあれから一週間も経ってないし、ここのところお互い仕事のシフトの都合でゆっくり会ってもいないのだ。はっきり言ってどうもこうもないし、問題の性質上、すぐに結果が出るようなものでもない。何しろ、カノン自身がまだあれこれ色々と考えあぐねている最中なのだから。

「そうかそうか、お兄様は何かと大変だねぇ〜」

だがシュラはそんなカノンの内心を見透かしたように、ニヤリと笑って言った。

「るせーな、人からかうんじゃねえよ!」

とは言うものの、先だってシュラに相談に乗ってもらった手前上、カノンもあまり強気な態度には出れないので、言って返す口調の強さは大体いつもの5割減くらいであった。

「別にからかってるわけじゃねーけどよ。ま、いずれにせよ、お前等がしっとり落ち着いたオトナの関係になれるか否かは、お前の手腕にかかってるってこった。いいか、手の上で遊ばせるんだぞ、手の上で。頑張れよな」

シュラはポンッ、とカノンの肩を叩いて無責任に激励すると、鼻歌交じりに宝瓶宮へ続く階段を昇っていった。

「ったく、お気楽に言ってくれるぜ」

ホント、オレの方の身にもなってみやがれ!と、カノンは心の中で悪態をついた。口で言うほど簡単に事が運べるなら、苦労などしやしないのだ。

それにしても……

「あ〜あ、ムウんとこと言いシュラんとこと言い、年に似合わずの落ち着きぶりだよ。。ホンット、超熟年夫婦みたいだぜ」

付き合いの長さが違うと言うのももちろんあるし、何より個性の差なのだろうが、いずれにせよ年中バタバタ大騒ぎの自分達とはえらい違いである。ベテランカップル(?)2組の落ち着いたラブラブぶりをほんの少しだけ羨ましく思いながら、カノンはどんどん小さくなっていくシュラの背中を、ボケッと見送っていた。


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