A JACK IN THE BOX
局地的なすったもんだと大騒ぎの末、ようやく始まった双子の誕生パーティーは、元気いっぱいの青銅聖闘士の少年達の飛び入り参加により賑やかさは増したものの、それでも和やかに穏やかに万事滞りなく進行していった。
主役のサガとカノンはもちろんのこと、参加者全員がそれぞれにこの宴席を楽しみ、双児宮は平和で華やかで明るい雰囲気に包まれていた。
その雰囲気が文字通り一変したのは、シュラとミロが精神的に多大な苦労をして確保して来たケーキを、全員で賞味していた正にその時だった。

「こんばんは〜! サガ、カノン、お誕生日おめでとう〜!」

和やかだった双児宮のリビングの空気が一瞬にして凍り付き、そこにいた全員が硬直した。
双児宮に、突然沙織が現れたからだ。
しかも右に教皇シオン、左に天秤座の童虎、背後に執事の辰巳を付き従えて。

「ア、ア、女神!」

沙織と一緒に暮らしている、もしくは四六時中顔を突き合わせている星矢達は全く動じることはなく、『あ〜あ、来ちゃったよ』とでも言いたげな顔をしただけで平然としていたが、黄金聖闘士達はそういうわけにはいかない。
一番最初に正気を取り戻したサガが、狼狽も露に大慌てで立ち上がった。
僅かに一瞬遅れてカノンも立ち上がり、右へ倣え状態で全員が次々に席を立った。
一同は大急ぎで沙織のまえに参集すると、膝を折って恭しく頭を下げた。

「いやだわ、そんなに畏まらないでちょうだい」

沙織は笑ったが、そんなこと言われても無理である。

「女神、一体いかがされたのですか?」

「いかがされたって、何が?」

「いえ、突然のお越しだったもので、何か火急の事態が生じたのかと……」

サガとカノンがナイスコンビネーションで沙織に問うと、沙織はきょとんと首を傾げて、

「やあね、そんなんじゃないわ。貴方達の誕生日のお祝いに来ただけよ」

と言って、一層高い声を立てて笑った。
やっぱりそうか、と全員が異口同音で内心で呟いた。
多分そうであろうことはわかってはいたが、単にそれをすんなりと認めたくなかっただけの話だったのである。

「お家へ帰ったら、氷河も瞬も貴方達の誕生パーティーに行ったっていうんですもの。しかも星矢と紫龍も一緒だっていうじゃない? 沙織だけ仲間外れなんて酷いわ」

氷河も瞬も、もちろん星矢も紫龍も、沙織には誘いをかけてはいない。
この席に沙織を誘うということは、つまりは仲間内、友人同士のプライベートな集まりに上司や教師をを連れて行くのと同然であることをわかっていたからである。
聖闘士にとって女神の化身である沙織は信仰と守護の対象ではあるが、言うまでもなく友人や仲間という関係ではない。
日本で生活の大半を共にしている星矢達以外の聖闘士が、沙織と気楽に接することが出来るはずもなく、当の沙織本人が何と言おうが、場が壊れてしまうであろうことは避けられなかったからだ。
ただ行き先を告げずに出て来るわけにもいかなかったので、城戸邸の者にはその旨きちんと言い置いて来たのだが、まさか追いかけて来るとは思っておらず、氷河と瞬にとってこれは完全に計算外の出来事だった。

「仲間外れだなど、とんでもございません。女神はお仕事でご多忙と伺っておりましたので……」

咄嗟にそうフォローを入れたのは、シュラであった。
シュラは青銅聖闘士達をここに連れて来た言わば張本人である。フォローを入れないわけにはいかない。

「ええ、それはそうなんだけど、今日はいつもより早くお仕事が終わったの。でも帰って来たらみんなこっちに行ってるって言うし、それなら私もと思ってすぐにシオンに連絡して迎えに来てもらったのよ」

ね? と同意を求めて沙織が振り返った。
シオンは厳かな笑みを唇の端に浮かべて黙って頷きを返したが、内心では少なからずいい迷惑だとは思っていた。
今日双児宮でサガとカノンの誕生日パーティーが催されていることは、無論シオンも先刻承知していることだった。
多分お義理ではあるだろうが、シオンも童虎とともに事前に出席を打診されていたからである。
だが自分は聖域の最高権力者であり、童虎にしても立場的には自分とほぼ同等。
見た目だけは若くてもとても若者達の輪に溶け込むことは出来ないし、お互い余計な気を使い合って楽しさが半減することもわかりきっていたので、敢えて出席を遠慮していたのだ。
執務を終え、唯一気を置けない間柄である童虎とのんびりまったりと酒を飲んでいたところで、いきなり沙織に一方的に呼び出されたのである。
いくら教皇であるとはいえ、迷惑に感じるのは当たり前だろう。
同時にサガとカノンは、ますますいたたまれない思いを味わうことになった。

「だから、私もパーティーにまぜてちょうだいね」

沙織は無邪気に、にっこりと微笑んだ。
当然のことながら、嫌だと言える者などこの場には一人として存在しない。

「はっ、恐縮でございます。わざわざ私どもの為にご足労をおかけしまして、何とお礼とお詫びを申し上げていいか……」

「あら、そんなこといいのよ、気にしないで。どちらにしても私、近々貴方達を日本に呼ぶつもりだったんですもの」

「は?」

サガとカノンが同時に顔を上げると、

「辰巳」

今度は沙織は辰巳を振り返って、短く何かを促した。
辰巳は「承知いたしました」と心得顔で一礼するとリビングの出入口に取って返し、扉を開けた。
すると大小各種の箱やスーツケースなどを抱えた人間が、ゾロゾロと列を為して双児宮へと入って来たのである。
これには全員呆気にとられ、目をまん丸く見開いて言葉を失った。
唖然呆然と見つめる黄金聖闘士達を尻目に、次々と運び込まれてリビングの一角に積み上げらていくそれらは、明らかに衣装箱であった。
イヤ〜な予感が、この時サガとカノンの脳裏を過った。
引っ越し業者さながらのような見事な手際で、衣装箱の『搬入』が済むと、

「はい、これは私からのプレゼント。貴方達に渡そうと思って、用意してたのよ」

沙織はニッコリと満面の笑みで、積み上げられた衣装箱を指差した。
やっぱり……と、サガとカノンは内心で同時に頭を抱え込んだ。
日本で育った夢見る乙女の沙織は、美形双子のサガとカノンがお気に入りで、二人で生着せ替えをすることにすっかり楽しみを覚えている。
衣装箱の中には沙織好みのお揃いの服がぎっしりと詰まっているであろう事は、見るまでもなくわかりきっていることだった。

「ア、女神……一体これだけの荷物を、どうやってここまでお持ちになられたのですか?」

巨大な脱力感に苛まれているであろう双子に代わり、アイオロスが沙織にこの大量の荷物をどうやってここまで運んで来たのかを尋ねた。
正直、聞きたくない気がすると言うか聞かなくても見当はつくが、それでも聞かないわけにはいかなかったからである。

「え? もちろんシオンと童虎に超能力で運んでもらったのよ」

予想に違わぬ返答を得て、サガとカノンは目の前が真っ暗になる思いだった。
沙織が居なければ、きっとシオンと童虎の前に平伏して謝り倒していただろう。
本人達は正に心臓を鷲掴みにされた思いだった。正直、勘弁してくれと思った事も事実だ。
そして運搬係をさせられたシオンも童虎も、他の黄金聖闘士も、そして星矢達青銅聖闘士も、もう苦笑いをすることしかできなかった。

「お誕生日プレゼントだから、張り切って選んだのよ。貴方達に気に入ってもらえるといいんだけど」

だがそんなことなどこれっぽっちも気にしていない――というよりわかってない――沙織は、一人どこ吹く風であっけらかんとしていた。
気に入ってくれると嬉しいなどと控えめなことを言いながらも、サガとカノンに視線を戻した沙織のその目は、「今着ろ、すぐ着ろ、早くしろ!」と饒舌に訴えている。

「お手伝いしましょう」

沙織の着替えろオーラを感じ取ったムウとカミュが、サガとカノンの前に歩み出た。
沙織に逆らえる者など、この聖域には存在しない。たとえ「女装をしろ」などという無理難題を言われたとしても、甘んじて受け入れねばならないのである。
ここはさっさと双子に着せ替え人形になってもらい、沙織を満足させて早々にお引き取りいただくのが賢明というものだった。
ポン、とサガの肩を叩くムウと、カノンを見遣るカミュの目には、濃い同情の色が浮かんでいた。
だが――

「あら、それはダメよ」

沙織が慌てたように、ムウとカミュを制止した。
二人は思わず「は?」と沙織を振り返った。

「お言葉ですが女神、これだけたくさんございますとサガとカノンも着替えるだけでも大変でしょうし、少しでもお手伝いをした方がよろしいかと存じますが?」

「ダメダメ。だって貴方達の分もあるんですもの」

「はぁ!?」

ムウとカミュは、異口同音に素っ頓狂な声を張り上げた。

「っていうか、サガとカノンのだけじゃなく、ちゃんと全員の分あるのよ。ホラ」

沙織はもう一つ山になっている衣装箱の一角を指し示した。
運び込まれた物全部がサガとカノンの物だと思い込んで他人事を決め込んでいただけに、全員またしても唖然呆然である。

「だってこうしなきゃ不公平になっちゃうでしょう? そりゃ今日はサガとカノンの誕生日だから多少量に差はつけたけれど」

別に全然不公平じゃないんでー、とか、ゲッ! マジかよ勘弁してくれよ! とかそれぞれ心の中で思っていたが、やはり誰一人としてそれを口に出すことは出来ず、

「我々にまでお気遣いをいただき、感謝の言葉もございません」

とアイオロスが全員の内心を反転させた社交辞令を代弁した。

「あらいいのよ気にしないで。だって私の愛情はみんなに平等なんですもの、これくらいは当然のことよ」

だが当然沙織にそんな社交辞令や建前が通じるわけもない。
アイオロスの謝礼を額面通りに受け取り、ますます気を良くして沙織は笑みを深めた。

「それに私の黄金聖闘士は美形揃いだし、しかも色んなタイプの男性が揃ってるから、お洋服も選び甲斐があるんですもの」

だからと言って、全員20歳過ぎの男を集団で着せ替え人形にするのはどーよ? と、自称まともな神経の持ち主である黄金聖闘士達は、大層疑問に思わずにはいられなかった。
この年頃の乙女心ほど、不可解な物はない。

「あ、星矢達はこっちに来て手伝ってちょうだい。箱とかスーツケースに、それぞれ誰の物か名前を付けてあるから、選り分けて渡してね。あ、サガとカノンの分はいいわ。私がチョイスするから」

もう完全に沙織の独壇場であった。
星矢達は大きく溜息をつきながら、それでももう慣れてますと言わんばかりの様子で沙織の指示に従い、黄金聖闘士達も渋々と、だが表面上はそれをおくびにも出さずに沙織の言うことに黙って従った。

「はい! それじゃサガとカノンは最初はこれを着てね♪」

沙織が差し出した服を、双子は笑顔を作って受け取った。
但し、その笑顔は沙織以外の人間が見たらはっきりとわかるほどに、引きつっていた。



こうして誕生パーティーにかこつけた仲間内の楽しい飲み会は、沙織の登場により企業のお義理宴会へと一転した。
いつの間にか主役は双子から沙織へと入れ替わり、その沙織を喜ばせる為に黄金聖闘士一同が何着も服を着替えてファッションショーをさせられる羽目となってしまったのである。
サガとカノンの20代最後の5月30日は、こうして本来の目的を大きく逸脱した形で終わりを告げることになったのだった。

翌日――。
事態がとんでもない方向へ転がってしまったそもそもの原因を作ったミロとシュラは、アイオロスにこってりと油を搾られることになった。
ミロはともかく、言わばそのミロの尻拭いの為に知恵と力を貸してやったシュラは、はっきり言ってとばっちりもいいところである。
だがシュラは兄貴分としてずっと慕い続けて来たアイオロスに逆らうことは出来なかった。
ミロは時折ブーブー文句を言っていたが、シュラはろくに言い返すことが出来ず、理不尽な説教を受けつつ昨日に引き続き我が身の不運を嘆き、心の中で一人涙を流すのが精一杯であった。
因みに、シャカだけはまったくお咎めナシである。
言っても無駄だからという説が濃厚だったがいずれにしても、今回シャカが一番美味しいところを総取りしていったことだけは間違いないようだった。


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77777HITリクエスト、どうもありがとうございました。
ゆば様、大変長らくお待たせすることになってしまいまして、申し訳ございませんでした。
どんなにお詫びをしてもしたりないほど、長々とお時間をいただいてしまいました。
本当にごめんなさい、心よりお詫び申し上げます。

「お買い物」もしくは「雨」というシチュエーションのリクエストでしたので、双子の誕生日と絡めて書いてみたのですが、その割に双子の出番が数なく、双子の誕生日というよりシャカの『はじめてのおつかい物語』のようになってしまいました。
というより、『シュラの受難物語』かも知れません(^^;;)。
シャカは徹底的に変な人だし、シュラは散々な目にあってるし、この二人には申し訳ないことをしてしまいました。最初から最後までドタバタでなんだこりゃ状態になってしまって面目次第もございません。
とてもご期待に添えるものを書けたとは思えないのですが、ほんの一部分でもお楽しみいただける部分がございましたら幸いです。

リクエスト本当にありがとうございました。



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