「お疲れ様〜!!」
サガが教皇宮から出ると、そこには意外な人物がいた。カノンとミロである。 「カノン……ミロ……」 まさかこんな時間に2人がここに居るなど思ってもみなかったサガは、さすがにびっくりしてその場で足を止めて突っ立ったまま、つい2人を凝視してしまった。 「ったく、毎日毎日遅っせえよな」 そう苦笑いしながら、カノンとミロがサガの側に歩み寄る。 「どうしたんだ?、お前達……」 サガもぎこちない笑顔を作って,2人に向ける。 「サガを待ってたんだよ」 「私を?」 カノンとミロが、同時に頷いた。 「この寒い中、30分も待ってたんだぜ。あ〜、寒ぃ」 嫌みったらしくそう付け加えたカノンであったが、顔は完全に笑っていた。 「すまなかったな。帰り際に、教皇様がいらして……」 そこまで言って、サガは一旦言葉を切った。2人への感謝の気持ちとか、色んな感情が瞬時に混じって、胸が詰まってしまったのである。すぐには言葉が見つからず、サガは黙りこくってしまった。 「どうしたの?、サガ」 急に黙り込んだサガに、怪訝そうにミロが尋ねる。いや、何でもない、と応じてから、サガは気を取り直して 「教皇様から伺った。2人とも本当にありがとう……」 努めてはっきりとした口調で、短く、だが精一杯の感謝の気持ちを込めて2人に言った。 何の前置きも説明もなく、いきなり切り出された形になったが、カノンもミロももちろんサガの言いたいこと、伝えたい気持ちは充分よくわかっていた。 「気にしないでくれよ。未来の義兄貴になるアイオロスとサガの為だもん。オレ、一肌でも二肌でも脱いじゃうよ」 ミロはいつもの通り軽い調子でさらりとそれを受けたが、カノンの方はサガに改まって礼を言われたのが照れ臭いのか何なのか、苦笑とも微笑とも取れる何とも複雑な笑みを唇の端に浮かべて肩を竦めただけで、結局サガに対しては何も言葉を返さず、 「何が未来の義兄貴だ、バカ!」 それを誤魔化すかのように、調子のいいことを言っているミロの頭をコツンと小突いた。弟の下手な照れ隠しに、自然とサガの口元が綻んだ。 サガは、このことについてはそれ以上何も言わなかった。カノンにしてもミロにしても、そしてアイオリアも、これみよがしな礼の言葉や感謝の意を期待しているわけではない。その3人の厚意に最大限に報いる術は、このまま黙って素直に3人の気持ちを受け入れることだと、サガは理解したのだった。 「それはそうとお前達、何故こんなところで私を待っていたのだ?。双児宮で待っていればよかったろう?」 それはさておき、サガは何故カノンとミロが2人揃ってわざわざこんなところで自分を待っていたのか、改めて尋ねた。何もこんな寒空の下、外でなど待っていなくても、自分に用事があるのなら双児宮で待っていればいいだけの話なのである。 「おお、そうだ。のんびりしてる時間なんかなかったんだ、ミロ!」 言われて思いだしたように、カノンがミロをせっついた。 「時間がない?」 「そうそう、時間がないんだ。サガ、ちょっと付き合って!」 カノンに言われミロも思い出したようにそう言うが早いか、いきなりサガの手を取ると、有無を言わせずにその手を引っ張って走り出した。そしてカノンがその後に続く。 「えっ?!、ちょ、ちょっとミロ?!」 いきなりの事態に事態にサガが驚いて抗議めいた声を上げたが、ミロはお構いなしにそのままサガの手を引っ張って十二宮の階段を駆け下り始めた。
「遅いぞ、ミロ」 宝瓶宮の主・カミュは、ミロとカノンがリビングに駆け込んでくるなり、痺れを切らしたようにソファから立ち上がった。 「ゴメン!。だってサガがなかなか出てきてくれないからさぁ〜」 言い訳をしながら、ミロがカミュに向かって手を合わせる。どうやらミロ達がここにサガを連れてくることを、カミュも承知済みであったようだ。 「一体どういうことだ?」 1も2もなく引っ張られて来た先が宝瓶宮とは、サガはますますわけがわからなくなる一方で、思わず表情を険しくしながら今度はカミュにその理由を尋ねた。 「サガ、すみません……ちょっと失礼します」 「は?」 だがやはりカミュもその問いには答えず、礼儀正しくそう言ってサガのすぐ側に寄った。ちょっと失礼しますって何を失礼するんだか、これまたさっぱりわけがわからず、サガは目を丸くした。 カミュはザッとサガの全身に目を走らせると、 「うむ、聖衣がちょっと……」 そうボソリと呟いてから、今度はサガのやや後方にいたカノンを呼んだ。 「カノン、サガの聖衣を何とかしてください」 聖衣?!。一体何をしようとしているのか、やっぱりわからないサガは、やや呆気に取られた状態でカミュとカノンとを交互に見ていたが、カノンは全く動じる気配すら見せておらず、はいはい、といい加減な返事を返してからいきなりくるっとサガの方へ向き直った。 「こっちに来い、ジェミニ」 カノンがまるで犬か猫でも呼ぶかのように、聖衣に向かって呼びかけると、双子座の聖衣は閃光と共にサガの体から離れ、カノンの身に装着された。 「なっ?!、いきなり何をする?!」 いきなり連れ込まれた宝瓶宮でこれまたいきなり聖衣を脱がされ、半裸を晒す羽目になったサガは、未だ自分の置かれた状況が飲み込めないままに声を張り上げた。 「お風呂に入りましょう」 だが返ってきたのは、カミュからの全く見当違いのその一言であった。 「はぁ?!」 素っ頓狂な声を上げてサガがカミュをマジマジと凝視したが、カミュは相変わらず表情一つ崩すことなく平然としていた。何故、何故宝瓶宮で風呂になど入らなければいけないんだ?!と、サガは考えを巡らせたが、一向にその場を動く気配を見せないサガに業を煮やしたか、カミュが先ほどのミロ同様、いきなりサガの手を掴むと、サガを強制的に風呂場に連行したのである。 「ちょ、っとカミュ!。一体どういうことなんだ?。説明しろ!!」 サガがカミュに説明を求める声が響き渡ったが、当然カミュからは何の答えも得られず、サガは結局わけのわからないままカミュと風呂に入ることになったのだった。
「待って下さい!。サガの髪がまだ濡れています。そのまま外に出たら、風邪をひいてしまいますよ」 こちらも着衣を身につけたカミュが、慌ててサガとカノンを追いかけて脱衣所から飛び出してきた。外って、まだこれからどこかへ行くのか?!と、うんざりしながらサガがカノンの横顔を見上げた。 「ああ、大丈夫大丈夫。これくらいのことで風邪引くようなタマじゃねぇ。大体、サガの髪なんか乾かしてたら夜が明ちまうだろうが!」 面倒くさそうににそう言うと、カノンはカミュの心配を意にも介さず、そのままサガを連れてさっさと宝瓶宮を後にした。 「おい、カノン、一体これは……」 宝瓶宮を出て階段を駆け下り始めたカノンに、サガが懲りずに理由を聞こうとしたのだが、 「いいからいいから。おとなしくついてきて」 カノンは強引にそれを遮り二の句を継がせず、結局答えらしい答えを得ることができぬまま、引っ張り回され続けるサガであった。
「何なんだ?!お前達は一体〜〜〜?!」 アイオロスが帰宅して間もなく、人馬宮に揃ってやって来たアイオリアとシュラと、最初は和気藹藹と酒を酌み交わしていたはずが、何故かその和やかな席が数十分前から一変、現在は修羅場のような状態になっていた。 「じっとしててください!。アイオロス!!」 アイオロスの髪を乾かし、整えながらシュラがアイオロスを叱りつける。 「じっとしてろったって……」 「ああ、もう兄さん動かないでってば!」 アイオロスがシュラの方に向きかけると、今度はアイオリアに叱りつけられる。シュラが髪を整える一方で、アイオリアはアイオロスの服装を整えていた。と言っても、無理やり着せたシャツのボタンを止めているだけだが。 「だぁから、こんな夜中に何で髪の毛や服を調えなきゃならないんだよ?!」 風呂はともかくとして、あとは寝るだけと言うこんな時間になって、何で髪の毛をきっちり調えたり、私服(しかも新品の)に着替えたりしなければいけないのか、アイオロスには皆目見当がつかなかった。 「すぐにわかります!。あーあー、もう、暴れないでくださいってば!」 しかしシュラもアイオリアも結局何の説明もせず、頭の周りに「?」マークを飛ばしてじたばたと暴れるアイオロスを小宇宙を込めて押さえた。 「シュラ!、もう磨羯宮を抜けたって!」 突如、アイオリアがシュラに向かって慌てたように言った。はぁ?!とアイオロスはマヌケ面でマヌケな声を上げたが、それを受けたシュラも同様に焦り出す。 「ヤバイ!、どうしよう、髪の毛半乾きなんだけど〜……」 言うなりシュラは、持参してきたらしいムースをガッと手に取り、直接アイオロスの頭の上に泡を吹きかけた。 「冷てぇっ!」 その泡の冷たさにアイオロスがつい悲鳴を上げたが、シュラはそんなことはお構いなしに泡をアイオロスの髪にグシャグシャと擦り込んでから、丁寧に手櫛で撫で付けた。 「これでよし!」 仕上げにいつもの赤いバンダナを巻いて、シュラは満足気に頷いた。 「シュラ!、もう人馬宮に着いたって!」 先刻より更に焦りを増したアイオリアが、大慌てでシュラを促す。どうやら誰かと小宇宙で通信しているらしいことはわかったのだが、それが誰なのか、一体何を話してるのか、誰が人馬宮に着いたと言うのか?。 だがそれを聞く間もなく、アイオロスはアイオリアとシュラに両側から腕を取られ、わけもわからないまままた無理やりその場から連れ出されたのであった。
カノンとミロ、そしてカミュに引き摺られてきたサガは、人馬宮に着いたところでようやく立ち止まったカノンに、説明を求めて詰め寄った。 「ああ、もうすぐわかるよ」 「何だと?!」 「お〜い!、アイオリア!シュラぁ!!」 ミロが人馬宮私室のドアに向かって、大きな声で呼びかける。アイオリア?、シュラ?とサガが不思議に思っていると、直後、ドアがバーンと勢い良く開き、 「おわっ?!」 そして中から、アイオリアとシュラに半ば強引に押しだされる形でアイオロスが飛び出してきたのである。勢い余って前につんのめったアイオロスは、真正面にいたミロに抱きつくような形で捉まり、辛うじて無様にすっ転ぶのを回避した。 「おい、オレの方に押し出してどうすんだよ!」 ミロが玄関口にいるシュラとアイオリアに向かって、文句を言った。 「しょーがねぇだろう?。正面に突っ立ってたお前が悪いんだ!」 シュラが文句を言い返すと、ミロはぶすっとしてアイオロスの方へ視線を移し、 「アイオロス、オレにしがみついたってしょうがないだろ?。ホラ、あっちあっち!」 好きでしがみついたんじゃないわい!と言い返そうとしたアイオロスだったが、ミロにその身をひっぺがされてクルリと体を反対方向に向けられると、その真正面に立つ人間を見て思わず息を飲んだ。 「サ、サガ?!」 そこにはサガが、やはりアイオロスと同じようにきょとんとしたまま立っていたのである。横には聖衣を纏ったカノンが立っていたが、もちろんどっちがどっちか見分けられないアイオロスではない。更に反対側にはカミュも立っていたが、既にアイオロスの視界は両脇にいる2人の存在を漠然としか捉えていなかった。 「これは……一体……」 アイオロスとサガは、見つめあったままただ呆然とするばかりであったが、 「せぇ〜のぉ〜!」 『誕生日おめでとう!!アイオロス!!』 ミロの掛け声に続いて唱和された「おめでとう!」の言葉で、アイオロスもサガもハッと我に返る。と同時に、いつの間に用意していたものやら、パンパンパンッと一斉にクラッカーが鳴らされた。 「……え?」 アイオロスが、鳩が豆鉄砲を食らったような顔で、アイオリア達の顔を見回した。 「え?、じゃありませんよ、アイオロス。誕生日です、誕生日!」 「は?」 「だから、兄さんの誕生日じゃないか!。11月30日!」 状況がまるで飲み込めてないアイオロスに、シュラとアイオリアが苦笑混じりに説明した。 「30日……そうか、もう……」 既に日付変更線を越えていることにやっと気付いたアイオロスは、だがまだどこか他人事のようにボソリと呟いた。 「てなワケでぇ〜、誕生日プレゼントは……」 「サガです」 シュラとカミュとが見事なコンビネーションで言うと、カノンが乱暴にサガをアイオロスの方に向かって押した。それに合わせてミロがアイオロスの背中を押すと、ちょうど6人が見守る中央でアイオロスとサガがぶつかる形となった。反射的にアイオロスが、サガの体を抱き留める。 「やっぱりねぇ〜、アイオロスに喜んでもらうにはこれしかないですからね」 サガがアイオロスの腕の中に収まったのを見て、シュラがニヤリと笑う。 13年間死んでいたアイオロスにとって、今年の誕生日はある意味特別なものである。13年分まとめて、派手に盛大に祝ってやろうじゃないかと決めたシュラ達6人が、協議の末に選び抜いたプレゼントがこれであった。 アイオロスはあまり物欲が強い方ではなく、また美食家でもなければ食い道楽でもないため、プレゼントは物質的なものよりも気持ちの面が最重要視された。となると導きだされる答えはただ1つ、アイオロスが愛して止まないサガしかいない。 もちろんカノンは、「今更サガをくれてやったところで意味ないだろう」と難色を示したのだが、実弟アイオリアの「いや、ウチの兄さんはそう言うの喜ぶよ」の一言で、即決となったのである。 だがそこまで張り切って決めたはいいが、肝心のサガが当日仕事、しかもサガ自らがそれを望んだと聞いては、計画そのものを断念せざるを得なかった。だが兄の気持ちを思うとどうしても諦めが付かなかったアイオリアが、藁をも掴む気持ちでカノンに何とかしてくれるよう頼み込んだのだ。 と言ってもカノンの言うことなどサガが素直に聞くわけもないから、カノンは考えた末に外からサガのガードを切り崩す作戦に出たのである。 それが何とか成功し、晴れてこうしてアイオロスの1番喜ぶプレゼントを贈ることが出来たと言うわけだ。。 「でもま、それだけでも何ですし〜、人馬宮ないし双児宮じゃ新鮮味の欠片もないですから、グラード財団のご協力を得て、アテネ市内のホテルのスゥィート・ルームを取ってます。久しぶりに2人でゆっくりどうぞ」 抱き合ってまだ呆けたままの2人の側にシュラが歩み出て、アイオロスのシャツの胸ポケットにそのホテルのカードキーを差し込んだ。 「チェックインは済ませてありますからね」 「お前がか?」 「まさか、カノンとアイオリアですよ。チェックインとチェックアウト、違う人間じゃまずいでしょ。いや〜、カノンとサガは双子だからともかく、アイオリアとアイオロスもそっくりで良かったですよ。これ以上に完璧な替え玉はありませんね」 カノンはともかく、アイオリアとアイオロスでは顔形はそっくりでも体格と瞳の色が違う。アイオリアの方がアイオロスより小柄なのだ。しかもアイオロスはサガよりも少し大きいが、アイオリアはサガより少し小さい。またアイオロスの瞳は薄い青だが、アイオリアの瞳の色は濃いめの緑である。その辺りの差異があるので完璧とは到底言えないのだが、それもカノンとアイオリア、2人が並ばないようにして、かつアイオリアがなるべく瞳を伏せてさえいればいいだけの話である。なのでフロントでのチェックイン等々は全てカノンが済ませ、アイオリアは少し離れた位置でそれを待っているだけだったので、ホテルの人間はアイオリアとアイオロスが入れ替わっても、恐らく全く気付かないはずである。 「ってもおい!、サガは明日……いや、もう今日か、は仕事だぞ?!」 ようやく状況が飲み込めたアイオロスが慌ててそう言ったが、声にも顔にもはっきりとした落胆が浮かんでいた。アイオロスとしては飛び上がって喜びたいほど嬉しいのだが、仕事という現実がド〜ンと立ちはだかっている状態ではそれは無理と言うものであった。 「大丈夫だよ、兄さん。カノンがサガの仕事、代わってくれたから」 「えっ?!」 アイオロスが視線を転じると、カノンはアイオロスと目が合った瞬間に、仏頂面を浮かべてぷいっと顔を背けた。 アイオロスは、カノンの横顔を信じられない思いで見つめた。 アイオロスは、カノンが兄・サガと自分の関係は認めていつつも、自分に対して単純ならざる思いを抱いていることを知っていた。嫌われていると言うのとはまた違うようだが、強いて言えば嫉妬に近い感情は持たれているようで、平素は素っ気無いわ愛想はないわ可愛くないわの三拍子で、お世辞にも良好な関係とは言い難かった。 そのカノンが、自分の為にサガの代わりを買って出てくれた……。アイオロスの胸が、じ〜んと熱くなったことは言うまでもない。 アイオロスが確認を求めるように腕の中のサガを見ると、サガは小さく微笑んで黙って頷きを返した。意外に頑固で言い出したら聞かない性格のサガも、さすがに今回ばかりは素直に弟の厚意を受け取ることにしたようである。アイオロスの表情が、瞬時に明るくなった。 「ありがとう……カノン……」 再び視線をカノンに戻し、アイオロスが礼を告げる。カノンはそんなアイオロスをチラッと横目で見てから、 「バ〜カ、礼を言うならてめえの弟に言いやがれ。オレは、アイオリアの頼みを聞いてやっただけなんだから!」 悪態をついて返して、また視線を背けた。いつもであれば「憎たらしい!」と思えるカノンのこんな態度も、今日ばかりは照れ隠しが見え見えで可愛くすら思えてしまうアイオロスだった。 「ありがとな、アイオリア」 「よかったね、兄さん」 アイオロスからの礼を受け、アイオリアも照れ臭さに頬を染めたが、それでも嬉しそうに笑っていた。 「それにしても……」 今までアイオロスの腕の中におとなしく収まっていたサガが、ここに来てやっと口を開いた。そしてアイオロスから少し身を離すと、 「何もこんな乱暴なことをしなくてもよかろう。普通に連れてきてくれればいいではないか」 自分たちを取り囲んでいる6人を見渡しながら、呆れ果てたように言って溜息をついた。みんなの気持ちは嬉しいが、わけがわからないまま身ぐるみ剥がれて風呂に叩き込まれるは、引っ張り回されるはでは、サガでなくても辟易して当然である。別に普通に一緒に来てくれ、でよかったではないかと思わずにはいられない。わざわざこんな手の込んだことをする必要がどこにあったのか、サガには今でもわからなかった。 「だってそれじゃ面白くないでしょう?」 にこやかにそう応じたのは、シュラである。もちろん、発案者もこのシュラであった。 素直にサガに「プレゼントになってくれ」と頼んだ方が早かったであろうことはわかってはいたが、そのまま「はいどうぞ」ではありがたみが少ないし、それなりの演出をつけてやらねば面白くも何ともなかったからだ。 「面白い、面白くないの問題じゃなかろう」 サガが思いきり綺麗な眉を顰めたが、シュラはまぁまぁ、とそれを笑い飛ばしただけで、意にも介さなかった。そんなシュラの様子に、サガはこれ以上の常識論を唱えるのを諦め、また溜息をついた。 「そんなことより、サガ。貴方まだ肝心なこと言ってないでしょ?」 「肝心なこと?」 「そう、アイオロスに」 シュラに指摘され、サガは思いだしたようにあっ、と小さく声を上げた。ここまでのドタバタで、そんなことすっかり忘れていたのである。サガは、さすがに少々バツの悪い思いで、アイオロスを見上げた。 「ん?、どうした?サガ」 アイオロスの方もわかっていないようで、様子のおかしいサガに小首を傾げて聞き返す。 「あ……誕生日……おめでとう……」 言い忘れていたと言うこともそうだが、何より人目があると言うことで気恥ずかしさ倍増のサガは、顔を真っ赤にして俯きながら、聞こえるか聞えないかのような小声でボソボソとアイオロスにそれを告げた。 「あ……りがとう……」 だがもちろん、それはしっかりとアイオロスの耳に届いていた。気恥ずかしいのはアイオロスも同じであったが、それ以上に、嬉しいという気持ちが遥に勝っていた。弟達や仲間の優しさが、思いが、そして何よりサガが側に居てくれることが、アイオロスには何よりも嬉しかった。 「てなワケでもいっちょ!。誕生日おめでとう、アイオロス!」 ミロの音頭で、全員がもう一度一斉におめでとうを唱和する。アイオロスはそれに照れ笑いで応じ、サガも嬉しそうに微笑んだ。 「はいはい、それじゃ我々はここまでと言うことで。あとはサガとどうぞ、ゆっくり過ごしてください。あ、でも夕方までには帰ってきてくださいね。盛大なパーティを用意して待ってますから」 シュラがそう言いながら塞いでいた道をあけて2人を促すと、カノンが「さっさと行け!」とアイオロスの背中を蹴飛ばし、アイオリアが優しくサガの背を押した。 乱暴に……と言ってもアイオロスだけだが、背中を押しだされた2人は、一瞬立ち止まって苦笑を交換しあった後、仲良く並んで歩きだした。 後ろから、手ぇ繋げ、手!と言うミロの声と、いや、せっかくだから肩を抱くんですよ!と言うシュラの声が追いかけてきたが、 「それはお前達の見てないところでゆっくりな!」 それにアイオロスが振り返って軽く手を振って答えと、ごちそうさまぁ〜と言う2人のハモり声が響いてきた。直後、ベチンベチンと言う音が響いてきたところを見ると、恐らくカノンがミロとシュラをひっぱたいたのであろう。音の具合からして、相当強くひっぱたかれたに違いないとサガは察しをつけて、思わずやれやれと肩を竦めた。並んで歩くアイオロスもどうやらそれがわかったらしく、声を殺して笑っていた。そんなアイオロスの横顔を、サガは愛おしげに目を細めて見つめた。
アイオロスとサガが人馬宮を出ていく背中を見送りつつ、カノンが疲れ切ったように呟いた。 「みんなありがとう。ウチの兄さんのために……」 2人の後ろ姿が完全に視界から消えてから、アイオリアが改めてカノン達に頭を下げた。兄の喜ぶ顔を見て心底嬉しかったのだろう、それが満面の笑みとなってアイオリアの顔に浮かんでいた。 「別に礼を言われる筋合いのもんでもないな。ウチの兄貴もあれで結構喜んでるんだから、お互い様ってやつだ」 わざと素っ気なくそう言って、カノンは肩を竦めて見せた。 「そうそう。アイオロスに喜んで欲しくてやったことだ、礼を言われることでもない。それにオレは……アイオロスの喜ぶ顔が見れただけで、幸せだ……」 アイオロス信者のシュラが、感極まって言葉を詰まらせた。カノンはそんなシュラに呆れ顔を向けたが、恋人のカミュはやはり無表情のまま、さりげなくシュラに寄り添った。 「でもカノン、ホントは面白くないんじゃないのかぁ?」 ブラコンカノンの痛いところを突っついて、ミロが悪戯っ子のような笑みを浮かべながらカノンの顔を覗き込んだ。 「バカ!ふざけたこと言ってんじゃねえよ!」 間髪入れずにカノンが、ミロの頭を叩いた。叩かれた頭を押さえて踞るミロを見て、他の3人が声を立てて笑った。その笑い声が、主不在の人馬宮に響き渡った。 カノンはそんな3人を面白くなさそうに一瞥してから、サガとアイオロスが消えていった闇の方へ再び視線を戻す。 本人絶対に認めたくはなかったが、カノンの中に確かに少々複雑な思いがあることは事実であった。
「サガ」 そうしてしばし無言で歩いた後、白羊宮を抜けたところでアイオロスが急に立ち止まり、そのまま数歩先に行ってしまったサガを呼び止めた。 「どうした?、アイオロス」 サガも足を止めて、アイオロスを振り返る。 「なぁ、サガ……ここまで来たらもう大丈夫だよな」 「……何がだ?」 突然意味不明のことを言い出したアイオロスに、サガが怪訝そうな目を向ける。 「お祝いのキス、くれ♪」 「はぁ?」 「お祝いのキスをくれ。あの時と同じように!」 あの時、とは、14年前の誕生日のことを言っているに違いない。と言うか、それ以外にはあり得ない。やはりアイオロスもあの日のことを思い出していたようだが、どうもサガとはとんでもなくかけ離れたところに思いを致していたようだ。 「ここでか?!」 こんな中途半端な場所で、唐突にとんでもないことを言い出したアイオロスを、サガは目をまん丸く見開いて凝視した。 「そう、ここで!。誰も見てないんだ、いいだろう?」 そう言う問題じゃない、とサガは思ったが、アイオロスの顔は真剣そのもので、とても冗談を言っているようには見えなかった。 「……もう少し我慢できないのか?」 心底呆れてサガが言った。どうせこれから2人きりの時間がたっぷりあるのだ、何もこんなところでキスを強請らずともいいではないか。 「今がいい!」 だがアイオロスは子供のように駄々を捏ねて、一向に引こうとしなかった。 「……どうしてお前は時々、そんな子供じみた我儘を言い出すんだ?」 サガは困ったようにアイオロスを見返して、そう軽く窘めたが、やはりアイオロスには通じなかった。増してアイオロスに縋るような目で見つめられては、その時点でサガに勝ち目はない。 「全く……しょうがないな……」 サガは誕生日だ誕生日、今日は特別だ……と自分にも言い訳をして、小さく溜息をつくと、覚悟を決めてアイオロスの元に戻った。 そして誰もいるわけがないとわかっていながらも、つい周囲をキョロキョロと見渡してそれを確認してから、そっとアイオロスの両頬に手をかける。 「誕生日、おめでとう」 もう一度その言葉を、今度は精一杯の想いを込めてはっきりと告げながら、サガはゆっくりとアイオロスの頬を引き寄せ、その頬にキスをした。 |
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