今日もカノンは昨日と同じように、天蠍宮を訪れた。

「よっ!ミロ!」

「……今日はご機嫌みたいだな、カノン……」

玄関を開けると、そこには満面に笑みをたたえたカノンが立っていた。昨日とうって変わって、ご機嫌であることは一目瞭然である。何てわかりやすいヤツだ……と、ミロは呆れ半分で吐息した。

「で?、どしたんだよ?、随分早ぇじゃないか。宴会は夜からだぞ」

まだ昼にもならないうちにやってきたカノンに、ミロはいつもより早い訪問の理由を聞いた。サガと無事仲直り(?)したのであろうことは、昨日アイオロスに強制的に双児宮に帰されたカノンが、天蠍宮に舞い戻って来なかったことでもわかっていたし、何より目の前のカノンの表情がありありと語っているので、わざわざ聞く必要などなかった。

「ちょっとさぁ、ウチ来いよ」

「はぁ?!」

「ウチ来いって。見せたいモンがあんだよ」

言うが早いかカノンはミロの腕を掴んで引っ張り、ミロの返答も待たずに走り出した。

「おっ!おいっ!、何だよ?!。ちょっと、待っ……カノン!」

いきなりのことに慌てたミロが抗議の声を上げるも、カノンは一切お構いなしにそのままミロの腕を引っ張って天秤宮〜処女宮〜獅子宮〜巨蟹宮を一気に駆け抜けた。

「なっ……何なんだ、何なんだお前はぁ〜……」

双児宮のリビングについたところで、やっとカノンはミロの手を放した。有無を言わせず強引に双児宮まで連れてこられたミロは当然恨めしそうにカノンに文句を言ったが、相変わらずカノンは上機嫌で、ミロの文句などどこ吹く風と言った感じである。昨日からカノンに振り回されっぱなしのミロは、深い脱力感に襲われた。

「これこれ」

言われてミロは、カノンが指差した先に視線を移した。

「あれっ?、プレステ2……」

ミロは軽く目を瞠った。そこには双児宮にはないはずの、プレステ2がど〜んと置かれていたのである。しかも、どこをどうみてもピッカピカの新品だ。

「……もしかして、サガが買ってくれたのか?」

それ以外は考えられないなと思いつつ、ミロはカノンに尋ねてみた。カノンが大きく頷くのを見て、やっぱりと思ったものの、ほんのちょっとだけ意外な気もしていた。

「へぇ〜、サガがねぇ〜……」

リビングのテレビに接続されたばかりであろうそれを見下ろしながら、ミロがボソッと呟いた。ミロもカノン同様、サガがこう言うものには完璧に疎いことを知っていたので、やはり少しビックリしたと言うのが正直なところだった。

「お前がサガに言ってくれたんだって?。オレがこれ欲しがってるって」

カノンに言われ、ミロは一瞬、えっ?と言う顔をしたが、すぐにあの時のことかと思い当たった。

「っつーか、こないだ教皇の間でサガと一緒になってさ。帰り道でお前が天蠍宮に入り浸ってるワケ聞かれたから、多分これが目当てだって言っただけなんだけど」

その時の記憶を手繰りながら、ミロは言葉を続けた。

「そう言や、その後あれこれと聞かれたな。機種の名前とか、どこで売ってんのかとか……今にして思うと、あの時オレから情報仕入れてたんだな〜、サガ」

あの時は気にも止めていなかったが、なるほどそう言うことだったのか……と、ここでミロも初めて合点がいった。

「お前、にっぶいなぁ〜。気付けよ」

呆れたようにカノンに言われ、ミロはムッとした。

「るさい!。オレが言っておいてやったおかげだぞ、感謝しろ!」

ミロはカノンを睨みつつ、軽くカノンの胸をどついた。へいへい、とカノンがいい加減な返事を返す。

「そうだ!サガさぁ、オレに謝ってたぞ〜。いつもカノンが迷惑かけてすまないって。可哀相に、サガに苦労ばっかかけてこの愚弟は……」

「……何故謝る必要がある……兄貴……」

ミロに迷惑をかけているなどと言う意識をこれっぽっちも持ち合わせていないカノンは、兄のその言動が腑に落ちなかった。

「昨日サガがいなかったのは、これを買いに行ってたからだったのか?」

カノンは軽く首を振ると、簡単に昨日の経緯をミロに説明してやった。ミロはそいつぁ良かったな、と応じながら、何だやっぱりカノンの勘違いと早とちりと誤解だったんじゃないか……と、昨日の受難の一日を振り返った。結局自分の苦労は何だったんだろう?と改めて思ったが、考えれば考えるほど空しくなるので、考えるのを止めることにした。

「……あれ?、そう言えばサガは?」

ミロがはたっ、と思い出したように、リビングを見回した。今日、ここに来てからサガの姿を全く見かけていない。これだけぎゃーぎゃー騒いでいれば、サガのことだ、在宅していれば必ず出てくるはずなのだが……。

「ン?、オレがやったプレゼントとデート中」

「は?、プレゼントとデート中???」

わけのわからないことを言うカノンに、ミロは思いきり顔をしかめた。

「あれだけしてもらったら、オレだって兄貴に何かしてやらねーとマズイからなぁ〜」

楽しげに笑いながら、カノンが言う。

「……それはお前にしては珍しく、大変いい心がけだけだとは思うけどさ、言ってる意味がわかんねーんだけど」

ミロが顔をしかめたまま首を傾げると、カノンはしたり顔でニヤリと笑った。

「ウチの兄貴が一番喜ぶモンっつったらあれっきゃねーだろう。アイオロスだよ、アイオロス」

「アイオロスぅ〜?!」

「そ♪。昨夜兄貴が風呂入ってる隙に人馬宮行ってさ、アイオロスに言っといたんだよね。今日一日、兄貴貸してやるから好きにしていいぞ〜って」

「はぁ……」

「したらアイオロスの奴さぁ〜、朝っぱらからバラの花束持って兄貴迎えに来てやんの。あれ、ぜってーアフロディーテんとっからかっぱらってきたんだぜ。兄貴もさ、それもらって顔赤くしてさぁ〜、嬉しそうにしてやんの。で、喜んで出かけてったぜ」

「はぁ……」

「もう、オレってば最高のプレゼントしてやったよな〜って感じ」

得意満面で言うカノンを、ミロは呆然と見つめていたが、やがてあからさまに大きな溜息をつくと

「お前……それって元手全くかかってなくないか?!」

思いっきりそう突っ込んでやった。サガがカノンにしてやったことと比べると、雲泥の差があるように思えてならない。

「ウチの財務は兄貴が握ってんだ!。オレは自由にできねーんだぞ、元手なんかかけられるわけねーだろう!。要は気持ちだ、気持ち!!」

だがカノンはこれまた全く気にもせず、あっさりとそう切り返した。体よく『気持ち』を力説するカノンに、ミロは軽い頭痛を覚えた。

「も1つ言っていいか、カノン。それはサガにアイオロスをプレゼントしたんじゃなく、アイオロスにサガをプレゼントしたって言うんじゃないのか?。逆だ、逆っ!!」

「あぁ?!別にどっちだって同じだ。要は兄貴が喜びゃそれでいいんだから」

自ら最高のプレゼントと確信しているカノンに、もう何を言っても無駄であった。確かにお互い喜ぶには喜ぶだろうが、何かが根本的に間違っているような気がしてならないミロであった。

「でもさぁ、それじゃ今日の宴会どうなんの?。サガ不参加ぁ?」

今日一日好きにしていい、とカノンの許可の下で出かけたのであれば、そう簡単に帰ってくるはずもなく、恐らくは今日一日をそれこそフル活用するに違いない。だがアイオロスはともかくとして、サガは今日の宴会の主役の片割れなのである。主役不在では宴会の意味をなさないではないか。ミロが不満そうに口を尖らせると、

「あの兄貴が、そう言う約束をすっぽかすと思うか?。アイオロスが何言ったって、ぜってー宴会までには帰ってくるから、心配すんなって」

カノンは余裕綽々でそう答えて、意地悪そうに唇の端をつり上げた。ミロはカノンの真意をこの時点で全て理解し、唖然とした。

上手い言葉で誘導しておきながら、その実ちゃんとこのことを計算に組み込んでいたのだ、カノンは。宴会は夕方6時から……となるとサガのことだ、遅くとも5時には帰宅するだろう。つまり実質アイオロスがサガと2人きりで居れるのは、半日程度と言うことになる。ミロはカノンの小悪魔的なずる賢さに、呆れるを通り越してただただ感服するしかなかった。

「ま、それならそれでいいけどよ。で、結局お前は、これをオレに見せたくてオレをここまで引っ張ってきたワケ?」

とにもかくにも、昨日がカノンにとって多分今までで最高の誕生日になったようだし、サガにとってもそこそこであったろうことはわかったので、それについては素直に良かったなと思うミロであった。そして気を取り直して、ミロは改めてカノンに自分を無理やりここに引っ張ってきた理由を尋ねた。

「そうそうそれなんだけどさぁ〜、兄貴も大概マヌケだからさ、肝心なモンがなくて困ってんだよ」

「肝心なモン?」

「そう。兄貴、本体しか買ってくれなくてさ、ゲームソフトがないんだ、ソフトが。だから遊ぶに遊べないんだよ!」

切羽詰まり気味の口調で、カノンはミロに訴えた。

「そりゃそーだろうなぁ」

「ったく兄貴のヤツ、本体だけあれば遊べると思ってんだから、おめでたいっつーか、世間知らずにも程があるぜ」

サガもカノンにだけは世間知らずだなんて言われたくないだろうなと思ったミロであったが、これも口には出さずに内心で呟くだけに留めておいた。

「っつーワケで困ってんだ。お前んとこのGT3(※)、くれっ!」※グランツーリスモ3

言いながらカノンは、ミロに向かって手を出した。

「なっ、冗談じゃねぇ!。誰がやるかっ!」

ミロが大慌てて首を左右に振る。

「え〜、いいじゃんか、ケチ!」

「どあほうっ!。あれはな、オレがわざわざ日本の氷河に頼んで、発売日に買ってもらって送らせたやつだぞ!。そう簡単にやれっかよ!」

「お前、カミュの弟子をそんな下らない用事でこき使ってんのかよ?。カミュに怒られるぜ」

「カミュの弟子はオレの弟子も同じだ。それにっ!、あいつのキグナスの聖衣は、オレの血で甦ってるんだかんな。これぐらいしてもらったって、バチはあたんねーよ!」

「ひっでー奴だな〜、お前」

「お前にだけは言われたかねーよっ!!」

血圧急上昇しそうな勢いで、ミロはカノンに怒鳴った。確かに、ミロでなくともカノンにだけは言われたくないであろう一言である。

「ちぇ。じゃ、貸してくれるだけでいいからさぁ〜、頼むよ、ミロ」

カノンは顔の前で両手を合わせ、ミロを拝む真似をした。

「……貸すだけだぞ」

渋々ながらミロはレンタルを承知した。何だかんだ言いつつも、結局ミロもカノンにはちょっと弱いところがある。

「サンキュ、ミロ!。じゃ、オレここで待ってるからさ、持ってきてくれよ」

「今か?!」

至極あっさりとカノンに言われ、ミロはまたもや声を張り上げた。

「もちろん。だって兄貴もいないしさ、夕方まで暇なんだもん」

それなら……と言いかけて、ミロはその先の言葉をグッと飲み込んだ。カノンも主役であるだけに、ならば宴会の準備を手伝えとはさすがに言えなかったB

「だったら何でさっき天蠍宮に来たときに言わねえんだよ!。またオレに双児宮と天蠍宮を往復しろってのか?!」

「忘れてたんだよ。いいじゃん、大した距離じゃねえだろ?」

「大した距離だよっ!!」

完璧に人事のように言うカノンに、ミロは精一杯の抵抗をした。絶対にこれは人に物を頼む態度ではない!。

「このままじゃ何もできねーんだもん。つまんねーよ」

ちょっと拗ねたように唇を突きだして、カノンは恨めしそうにミロを見た。するとミロは、またもや返す言葉に詰まってしまう。全く昨日と言い今日と言い、カノンの言動には振り回されるばかりである。

「あ〜、もうメンドくさいっ!」

突然ブチ切れたようにそう叫ぶと、ミロはいきなりカノンの手を取った。本当に突然だったのでカノンは手を引っ込める間もなく、気づいたときにはもうしっかりと手をミロに掴まれてしまっていた。。

「天蠍宮に来い!。んで、今日はそのままずっとウチで遊んでろ!」

カノンを連れてまた天蠍宮に戻るのも不毛な気がしたが、変に往復させられるよりはマシである。ミロはそう言って、さっきとは逆にカノンの腕を引っ張って歩きだした。

「え〜?!、だってウチにあるのに……」

不服そうにカノンは文句を言ったが、今度はミロが聞く耳を持たない番だった。

「どっちでやったって同じだっ!。何かある度呼び出されたんじゃ堪ったモンじゃねぇ」

どうせまた昼頃になったら、腹が減っただの何だのと言って呼び出されるに決まっている。無駄に煩わされてまた振り回されるくらいなら、いっそのこと、サガが帰ってくるまで天蠍宮に置いておいた方がまだしもマシと言うものだ。

「んなことしねえよっ!」

「信用できるか!」

どうにもカノンを放っておけない自分の変な苦労性を呪いつつ、ミロはぶ〜ぶ〜文句を垂れるカノンの腕を引いて十二宮の階段を駆け上がっていった。


END

【あとがき】

「Golden Triangle」様主催の双子誕生日企画に載せていただいた作品です。
聖闘士星矢で小説を書いたのはこれが正真正銘初めてだったので不慣れな部分も多く、実は3本のポツを出してやっと書き上がったのがこれでした。それでもこの程度というのがお恥ずかしいかぎりですが、この企画へ参加させていただいたお陰でサイトを作る決意もついたし、またこれを読んでくださったたくさんの方が当サイトを訪れてくださり、本当に嬉しく思っています。