しかしどうにもこうにも腑に落ちなかったサガは、すぐに双児宮へは帰らず、天蠍宮を上に昇り人馬宮のアイオロスの元を尋ねた。 「サガ!」 突然の恋人の訪問に、アイオロスは喜びの声を上げ、玄関先でサガを抱き締めた。 「バカ!人目についたらどうする?!」 ベチン!とアイオロスの頭を殴って、サガはアイオロスを引き離した。 「別にいいじゃん。私達の仲は聖域公認だ。別に誰の目を憚ることもないだろう」 しれっと言うアイオロスを玄関の中に押し込めて、サガは常になく乱暴に人馬宮の玄関のドアを閉めた。 「何が公認だ!。お前には恥ずかしいとかみっともないとか言う感情はないのか?」 「あるよ。けどサガと仲良くしてるところは誰に見られたって恥ずかしいとは思わないし、みっともないとも思わないけど」 きっぱりと言い放つアイオロスに、サガは頭が痛くなる思いであった。アイオロスのこう言うところは、ミロと同じである。先刻ミロが双児宮を訪れた時に目の当たりにしたばかりだが、ミロも結構人目を憚らずにカノンに抱きついたり頬にキスしたりして、よくカノンにどつかれているのだ。 「まぁいいや。とにかく中に行こう!」 アイオロスはサガの手を引いて、鼻歌交じりに私室の中へと入って行った。サガをリビングにまで連れてきたところで、ここなら文句はないだろう、とばかりにアイオロスは恐ろしいくらいの素早さでサガを抱き締め、文句を言おうとサガが開きかけた唇を、強引に自分の唇で塞いだ。 「んっ……」 サガが苦しそうに身じろいだが、アイオロスはお構いなしにサガの唇を貪ると、そのままの勢いでサガをソファに押し倒そうとした。だがその時に出来た一瞬の隙に乗じて、サガはアイオロスの逞しい胸をグイッと押し返し、その身を離した。 「バカッ!、私はこんなことをしに来たんじゃない!」 アイオロスをキッと睨み上げ、サガは声を張り上げた。 「えっ?!」 怒るサガにきょとんとした目を向け、アイオロスが短く聞き返した。 「ちょっとお前に相談に乗ってもらいたいことがあって来たんだ」 「私に?」 サガとイイコトしようと言う目論みは思いっきり外されたものの、相談があると言われたアイオロスはそれはそれで嬉しそうであった。 「一体どうしたんだ?。お前が改まって相談なんて……」 サガをソファに腰掛けさせ、自分もほぼ密着状態でサガの隣に腰掛けると、アイオロスはちょっと浮かれ気味の口調でサガに相談事とやらを尋ねた。 「相談……と言うほど大袈裟なものでもないのだが……」 サガは今日のこの変な出来事を、簡潔にアイオロスに話した。アイオロスは目をぱちくりさせながらそれを聞いていたが、 「一昨日のことは……私の記憶違いとも思えないのだが、どうもミロとの話が合わないのだ。カノンも言っていたが、ミロはその、嘘をつけるような性格ではないし、私も話をしていてミロが言っていることは本当だと思ったし……」 どう思う?とサガに意見を求められ、アイオロスは即答した。 「それはサガの記憶違いではないよ。一昨日はアイオリアが夕勤番で、カノンと交代したんだ。帰りにあいつがウチによって晩飯食ってった時にそう言ってたんだから、間違いない」 アイオロスもそんなに記憶力が優れているほうではないが、さすがに一昨日のことくらいははっきりと覚えている。 「となるとますますミロの言ってることと違ってくるな……。あいつはもう一日前のことと勘違いでもしているのだろうか?」 「いや、それも違うだろ?。だって一昨昨日はミロが夕勤番で、夜勤のシャカと交代してただろう。私達もたまたま残業で、その場に居合わせてたじゃないか」 そうだ、そして仕事の明けたミロと3人で帰ったんだった、と、サガも思い出した。そしてそのまま3人で双児宮まで下り、休みだったカノンを交えて4人で夕食を摂ったのだった。 「……それじゃ全然辻褄が合わないではないか……」 自分たちの記憶違いではない、でもミロの言っていることも嘘ではない、となると一体事の真相はどこに隠れていると言うのか?。さすがにサガにもわからなくなってしまった。 2人はしばし考えこんだが、間もなくアイオロスが思い出したように声を上げた。 「あ!、わかった……」 「何がわかったのだ?!」 思わずサガは、アイオロスの方に身を乗り出した。 「夢だよ!」 「……夢?」 「そう、ミロは夢を見たんだ!」 アイオロスの言っている意味がすぐには理解できず、サガは目をぱちくりとさせながらアイオロスを見た。 「あいつがカノンと交わした約束ってのは、あいつが見た夢の中でのことだったんだよ」 「夢の中……って、そんなバカな……。いくら何でも、夢の中と現実の区別くらいはミロにだってつくだろう?」 俄には信じられなかったサガがそれを否定すると、アイオロスはいいや、と首を左右に振って 「あいつ、ガキの頃からそう言うクセあったじゃん。ホラ、いつだったか……お前に遊園地に連れてってもらう約束をしたんだって言い張ってたことがあったろう」 アイオロスに言われて、サガが古い記憶を手繰り寄せる。ものの10秒もしないうちに、サガはその時のことを思い出した。 「ああ、そう言えば……」 その時もサガにはミロとそんな約束を交わした覚えなど全くなく、随分と戸惑ったのだった。 「結局さ、よくよ〜く話を聞いてみたら、夢の中でお前とその約束をしたらしいってことがわかってさ、2人で苦笑いしたじゃないか」 「そうだ、そう言えばそんなことがあった」 完璧にその時のことを思い出して、サガは思わず笑いを溢した。その夢の中で交わした約束を現実のものと信じて疑っていなかったミロに、それは夢の中の話だよと言うのも可哀相で、結局サガはミロにその約束を信じさせたまま、ミロやカミュ達黄金聖闘士候補生を遊園地へ連れて行ったのである。 「それだけじゃなくて、何だっけ?、ケーキ買ってくれる約束したとか、何か2〜3回か4〜5回、同じようなことがあったろう?」 「ああ、あったな」 そしてその都度、サガはミロの願いを聞いてやっていたのだ。 「多分、今回のもそれだろう。いや、絶対間違いないよ!」 確かにそう考えれば辻褄が合うし、合点が行く。だが…… 「でもミロはもう子供じゃないぞ。20歳にもなってるんだ、一応大人だぞ。もう夢と現実を混同するようなことはあるまい」 5〜6歳児だったあの頃とはさすがに違うのだ。いくら何でもそれくらいの区別はミロにだってつくはずだとサガは思う。 「あいつの場合、デカくなったのは図体だけだ。中身はまだまだ子供っぽいところがあるぞ。て言うか、天然入ってるしな。あいつならこれくらいしでかしても不思議じゃない。そんなこと、サガだってよくわかってるはずじゃないか」 常日頃からミロを一番子供扱いしているのはサガである。本人、自覚全くナシなのだが、ミロへの接し方はミロが本当に小さかったころと比べても大差ないくらいだと、それをずっと間近で見てきたアイオロスは思っている。 「それは、まぁ……」 そう言われると身も蓋もないサガであった。 多分、カノンが『日本の野球が観てみたい』と言ったことが、ミロの脳裏に焼き付いていたのだろう。それじゃ近いうちに……とでも思ってた時に、きっとミロは夢を見たのだ。夢の中でカノンが来て、約束を交わして、そして自分が床につくところまでか何かをきっとミロは夢に見たのだろう。恐らくここで夢と現実とがシンクロしたのではないかとアイオロスは思う。もちろん全て憶測だが、かなり事実に近いはずだとアイオロスは確信していた。 「そうか、そう言うことだったか……」 アイオロスの言うことはいちいち最もで、こうなるとサガもそれを納得しないわけにはいかなかった。ミロの過去の実績をまたありありと思い出し、サガはくすくすと声を立てて笑った。 「これでカノンも安心するだろう。すぐに帰って教えてやらねばな」 言いながらサガはソファから立ち上がった。 「ええ?!、もう帰るのか?!」 「カノンがやきもきしながら待ってるからね。急いで戻ってやらないと可哀相だ」 「そんなぁ〜……またカノンかよ」 アイオロスが抗議めいた、と言うよりは悲痛めいた声を上げた。これからサガとゆっくり夜を過ごそうと思ってたのに〜〜〜!と、アイオロスの心は滝のような涙を流していた。 「ありがとう、アイオロス。お前のお陰で謎が全て解けたよ。カノンも喜ぶ」 アイオロスの抗議の声も意に介さず、サガはにっこりと微笑んでアイオロスに言った。 「……礼なら言葉じゃなく、ここにくれ!」 カノンのことが意識の中に入ってくると、サガには何を言っても無駄である。それならばせめて……と、アイオロスは頬をサガの方に突きだし、ここここ!!と指差してサガにキスを強請った。 やれやれ、やっぱりこう言うところはアイオロスもミロと全然変わらない、と内心で溜息をついて、サガは軽くアイオロスの頬にキスをしてやった。 「で?、謎は解けたとしてどうする?。このこと、ミロに言った方がいいんじゃないのか?」 サガのキスをもらってひとまず満足したアイオロスは、改めてサガにそう尋ねる。さすがにミロの実年齢を考えるともう可愛い可愛いで済まされる話ではないので、ミロ自身にこの寝ぼけ癖と言うか、夢見癖を教えてやったほうがいいのではないかとアイオロスは思った。 「いや、それはカノンの判断に任せるよ。もう私があれこれ面倒を見ることでもないからな」 見てるじゃんか……と思いつつ、アイオロスはその一言は口に出すのを止めておいた。 「よし、それじゃ行こうか」 言いながら、アイオロスもソファから立ち上がる。 「行く……って、どこへ行くのだ?」 「決まってるだろう?。双児宮だよ」 当たり前のようにそう言って、アイオロスは笑顔を向けた。 「良かったぁ〜。オレ、マジで健忘症になったかとヒヤヒヤしたぜ。そっか、あのバカ夢で見たのか」 心底ホッとしたようにカノンは言い、次いで楽しげに笑い始めた。 「カノン、後のことはお前に任せるが、どうするつもりだ?。ミロに本当のことを言うか?」 サガがカノンに尋ねると、カノンは小さく首を横に振った。 「いいよ、別に。あのバカ、マジで嬉しそうだったし、そんなこと言ったらさすがに可哀相だから」 ミロのことをバカとか言いつつ、やっぱりミロが可愛いらしいカノンであった。口は非常に悪く、正直だけど素直ではないカノンの、これは精一杯の愛情表現の証でもある。 「でもなぁ、放っておいたらいつまた身に覚えの無い約束をさせられるか、わかったもんじゃないぞ。そろそろ自覚させてやった方がいいような気もするがな」 かつてのサガと全く同じようなことを言うカノンに、アイオロスが遠慮なく言った。 「別にいいよ、放っておけば。これからは身に覚えの無い約束は、全部あいつの夢と解釈すればいいだけの話だし、オレが叶えてやれる範囲のことだったら大目に見てやるさ」 無理難題をふっかけられたら、その時に考えるとカノンは答えた。今のところ、自分にとっても害になるようなことではないし(ちょっとビックリはしたが)、傍迷惑と言うわけでもないので(サガはちょっといい迷惑だったが、もちろんカノンの頭の中にはそんな意識はこれっぽっちもない)、別に無理に直させる必要もないと思うカノンであった。 「さて、真相が判明したところで、オレも明日の用意すっかな」 経緯はどうあれ、自分の願いも叶ったことに違いはないカノンは、憑き物が落ちたようにすっきりした顔で立ち上がり、旅行の用意をすべくさっさと自室に引き上げてしまった。 振り回された形になったサガとアイオロスだが、慣れっこのサガは別に何を言うでもなく、一方のアイオロスは呆れ顔で肩を竦めた。 「お前達って見た目以外は似てないと思ってたけど、やっぱ双子なんだな」 サガも昔、今日のカノンと同じようなことを言っていた。自分が叶えてやれる範囲の願いであれば構わない、そっとしておいてやれと。この双子、見た目だけでなくミロに対する接し方と言うか、甘やかしぶりまでが瓜二つである。 「思うところは全く違うがな」 アイオロスの言葉の先にあるものを読み取って、サガは苦笑しながらそう答えた。自分の場合は保護者意識だが、カノンの場合は恋人への情愛である。表面に出るものは同じであっても、根本にあるものはまるで違うのだ。最も、この場合根本まで同じでは困るのだが。 「それにしてもいいなぁ〜……あいつ……」 大人げないこと甚だしかったが、この時アイオロスは結構真剣にミロを羨ましいと思っていた。本人無自覚のまま夢の中の約束を現実のものとしてしまい、こんな人騒がせで迷惑なことをしでかしても全くお咎めナシと言うのは、ミロならではの役得というか何と言うか……つくづく幸せな奴である。 「真似をするなよ」 本気でミロを羨ましがっているアイオロスに、サガは容赦なく釘を刺した。こんなことを言うのも変だが、ミロだから笑って済ませられるのであって、アイオロスが同じことをしてもダメなのである。 「わかってますよ〜だ」 今更ミロの真似をしたところで、ワザとだと言うことはバレバレである。それに人には向き不向きと言うのがあり、残念ながらアイオロスにはミロの真似はできなかった。仏頂面して口を尖らすアイオロスを見ながら、サガは忍び笑いを漏らした。 「明日は私1人だし……よかったら夕食を食べに来るといい」 サガはさり気なくアイオロスにそう言うと、空になったアイオロスのカップに新しいコーヒーを注いでやる。サンキュー、と軽く応じた後、いきなりアイオロスは弾かれたように顔を上げた。 「サガ……そ、それって……」 数秒置いてサガの言葉の真意をやっと理解したアイオロスは、目をうるうるさせそうな勢いでサガの顔を見た。サガは頬を僅かに朱に染めて、黙って頷いた。途端、アイオロスの表情がパァッと明るくなる。久しぶりに誰にも煩わされない、邪魔されない静かな夜を、サガと共に過ごせるのである。 夢見てくれてありがとう!ミロ!! 現金なアイオロスは、心の中で喜びの叫び声を上げていた。 |
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END |
【あとがき】
実はこれ、先だって「サザエさん」を見ていて思いついたネタです。 |