誕生日おめでとう!サガ、カノン!!
5月30日午前0時ぴったりに高らかにそれが唱和されると、同時にシャンパングラスのぶつかる音が弾け飛びあう。 「おめでとうございます、サガ!」 「おめでと〜!カノン!」 「ありがとう」 「サンキュ!」 サガとカノンはそれぞれに礼を言って、シャンパンに口をつけた。 「おい!、次はケーキだケーキ!。おい、アイオリア、ロウソクに火ぃつけろよ」 瞬く間に3杯のシャンパンを喉の奥に流し込んでから、デスマスクが思い出したように言った。ちょうどケーキの目の前にいたアイオリアが、慌ててケーキの上に立っている28本のロウソクに火をつけた。 「……何するんだよ?」 それを見ながら、聞くともなしにカノンが尋ねる。 「あ?、決まってんだろう?、このロウソクの火を吹き消すんだよ」 「誰が?」 「お前とサガに決まってんだろう。主役がやらないでどうするよ?」 思いっきり呆れ顔でデスマスクが言うと、サガとカノンはまた同時に目を丸くした。 「わ、私達がか?!」 「ああ、2人一緒にな」 頷きながら即答され、2人は絶句した。 「……私達はもう、そんな歳じゃないんだが……」 「歳なんか関係ないじゃないですか。貴方達は今まで、2人仲良く誕生日のロウソクを吹き消すなんて事、したことなかったでしょう?。その望みがやっと叶うんじゃありませんか」 ムウの言葉に、別にそんなこと望んじゃいないわ!と、サガとカノンは2人同時に心の中で呟いた。 「そうですよ、せっかくなんだから照れてないで、ね。だってこれはアイオロスとミロが、サガとカノンのために用意したんですから。ホラ、ロウソクだってちゃんと28本立ててるんだし」 シュラがムウの後を受けて2人にそう言いながら、ロウソクが28本立ったケーキを指し示す。夫達が自分達のために……と言う部分を強調されると、サガもカノンも弱かった。 「2人分なんだから56本にしろって、オレは言ったんだけどな」 そこに余計な茶々を入れつつ、デスマスクがつまらなそうに肩を竦める。無論、それは面白半分ではあったのだが、それゆえにデスマスクは最後までロウソク56本に拘っていたのだった。 「だから!そんなに立てたら、ケーキが穴だらけになるからダメっつったじゃんか!」 そのデスマスクに応戦したのはミロだが、もちろん言ってる本人は100%フォローのつもりなのだが、見方の角度を変えるとそれは微妙に失礼な言い草でもあった。 「まぁまぁ、とにかく早くしないと、ロウソク全部溶けちゃいますよ」 不毛な言い争いを軽くあしらうようにして流し、シュラはサガとカノンに早くロウソクを吹き消せと促した。 「明るいままじゃ雰囲気でないでしょう。電器消さないと……」 「シャカ、お前ボケッとしてないで電気消してこい!」 デスマスクが、隣に座っているシャカに命じる。 「君にそんなことを命じられる覚えはないが?」 偉そうに自分に命じるデスマスクに、負けず劣らず偉そうに応じて、シャカは知らんぷりで2杯目のシャンパンを飲み干した。 「何言ってんだ!、お前、準備ん時てんで役立たずだったろう!。つべこべ言わずに電気くらい消せ!」 言いながらデスマスクは、ペチン!とシャカの金色の頭を叩いた。何て言う怖いもの知らずなヤツだ……と周りは冷や汗をかいたが、デスマスクは相変わらずそんなことを気にしてもいないようだった。 シャカが何か反撃をするのでは?!と、一同は思わず息を詰めてシャカとデスマスクを見守ってしまったのだが、シャカも一応この場が祝いの席であると言うことを考慮したか何なのか、予想に反して反撃には出ず、言われるがままにおとなしく念動力を使ってリビングの電気を消した。 室内が真っ暗になり、ケーキの上に立てられたロウソクの炎だけが、煌々と揺らめく。 「ほら、サガ、カノン、早く立って立って」 周りに急かされるようにして、サガとカノンは渋々とイスから腰を浮かした。 「いいですかぁ〜、せーので一緒に吹き消してくださいね」 はいはい、とサガとカノンは諦めていい加減に返答を返した。 「せ〜のぉ……」 シュラの合図で、サガとカノンは一緒にロウソクの炎を吹き消した。双子として共にこの世に生を受けてから28年、サガもカノンもこんなことをしたのはもちろん初めてである。ロウソクの火が消えた瞬間、周囲からワッと拍手がわき、もう一度「おめでとう!」の唱和が起こった。 再びシャカの念動力によってリビングの電気がつけられると、サガもカノンも気恥ずかしそうに皆から視線を逸らしていた。だがサガはともかくとして、カノンなどはわざと仏頂面を作って浮かべていたが、本当は嬉しいのであろうことが見え見えで、それが妙に微笑ましさを誘うのであった。 「はい、それじゃケーキ切りましょうね」 ロウソクの火の消えたケーキをさっさと手元に引き寄せて、ムウがバースディ・ケーキに素早くナイフを入れた。いつの間にやらその隣には人数分のケーキ皿を持ったアフロディーテが立っていて、なかなかのナイスコンビネーションぶりを発揮していた。ふっつけ本番でもちっかり役割分担が出来てるあたり、さすがと言えばさすがであった。 「サガ、カノン、誕生日おめでとうございます。これは私どもからのプレゼントです」 サガとカノンが腰を下ろしてシャンパンを飲んでいると、アルデバランが2人の元へそそくさとやってきて、2人それぞれにプレゼントを手渡した。 「気を使わせてしまって、すまないね。どうもありがとう」 「おう、すまねーな」 それを受取りながら、2人はアルデバランとムウに礼を返した。 「誕生日おめでとうございます。これは、私達からです」 アルデバランの次にはシュラとカミュ夫妻が既に控えており、2人仲良く1つずつ手にしていたプレゼントを、サガとカノンそれぞれに手渡した。 「どうもありがとう」 「サンキュー」 それを受け取ると次にはアイオリアが、その後ろにはデスマスクやシャカまでもが控えており、気付いたらプレゼント渡しの列が出来上がっていたのである。 皆の気持ちは嬉しいが、大袈裟だわ滑稽だわで、サガもカノンも最後には引きつり笑いを浮かべるのが精一杯であった。 「おい、旦那達!。女房にプレゼントねーのか?」 切ったケーキをそれぞれに配り終えてから、最後にプレゼントを渡したアフロディーテが席に戻ると、コロナビール片手にケーキをパクついていたデスマスクが、思いだしたようにアイオロスとミロの方に視線を転じた。 主役の夫でこのパーティーの主催者であるはずのアイオロスとミロは、パーティーが始まった途端に妙に静かになっていて、うっかりその存在をすら忘れそうになっていたくらいであった。 「そう言えばアイオロスもミロも何も渡してないですね。まさかプレゼント用意してないんですか?」 知らず知らずのうちに進行役のようになっていたシュラが、これまた思いだしたようにアイオロスとミロに尋ねた。当の本人達はまるで他人事のようにプレゼント攻勢を眺めつつ、料理をパクついていたのだが、 「まさか!。そんなことあるわけないだろう」 即座にそれを否定したのは、アイオロスであった。 「じゃ、何で渡してやんないんだよ?」 不思議そうにデスマスクが問い返すと、アイオロスとミロは同時にニヤッと意味あり気に笑った。 「オレ達がお前達に混じってプレゼントあげてどうするよ?。そう言うのは、夫婦2人っきりになってからでいいんだよ。な?、アイオロス」 「そうそう、そう言うことだな」 同意を求めるミロに頷いて、アイオロスもしれっと答えた。 「へっ、な〜にが夫婦2人っきりになってから、だよ。何をプレゼントする気か知らないけど、よくもまぁそんな締まりのねえ顔でヘラヘラとそんなことが言えるもんだ」 面白くなさそうにデスマスクが吐き捨てる。 「ヤキモチはやめたまえ。みっともないぞ、デスマスク」 隣で黙々と料理をつついていたシャカが、ボソッと小声で呟いた。無論、さっきの電気の件の仕返しである。 「バッキャロ!、誰がヤキモチだ!。あいつらがケロッとした顔で恥ずかしげもなくあんなことを言いやがるから、片腹痛くなっただけじゃねーか!」 ちょっと痛いところは突かれていたのだが、デスマスクはそれを誤魔化すかのように声を張り上げると、またしてもシャカの金色の頭をベチッと叩いた。十二宮に住まうものの中でも、臆せずシャカの頭を叩くことが出来るものなど、このデスマスクを置いて他にはいないだろう。勇気があるのか単に何も考えていないだけなのか、はたまた天然バチあたり者なのか、第三者的には判断に迷うところであった。 「アイオロス達の言うことは最もですけど、でもここでお祝いのキスくらいはしてあげてもいいんじゃないですかぁ?」 そこへこれまたいいタイミングで、シュラが悪戯を思いついたときの子供のように目を輝かせながら、突拍子もなくそう言い放った。 「なっ?!」 プレゼント攻勢が落ち着いて、やっと食べるほうに専念し始めていたサガとカノンは、シュラのいきなりのそのとんでもない提案に、危うく持っていたフォークを取り落としそうになった。 「ああ、それはいいですね」 物静かに料理を口に運んでいたムウが、シュラに同意しながらアイオロスとミロの方へ視線を転じた。 「それいい、賛成!」 アフロディーテも止めとばかりに、手を叩いて同調した。全員の視線が一気にアイオロスとミロに集中する。 「う〜ん、まぁそれもそう……かも知れないな、ミロ?」 「そうだね、それくらいは〜……」 巧妙に煽られて瞬く間にその気になったアイオロスとミロは、口先では仕方ないなぁ〜などと言いながらも満更でもない様子で、早くもイスから腰を浮かしかけていた。 「バッ、バカッ!、いらんいらん!、そんなモンはいらんっ!」 慌ててカノンがそれを制止し、ぶんぶんと首を大きく横に振った。 「カノンの言う通りだ。別に無理にそんなことしてもらわなくても……」 サガもカノンに同意しつつ、それを制した。サガとカノンに言わせれば、これぞ正しく小さな親切大きなお世話である。何が楽しくて衆目の前で夫達から祝福のキスなどしてもらわねばならないのか?。サガ達にからすれば、よっぽどこっちの方を2人きりの時に回してくれ!と言いたいところであった。もちろん、言えるわけもないのだが……。 「まぁまぁ、そう照れないで。せっかくの誕生日なんですから、やっぱり祝いのキッスがなくっちゃ!」 「シュラの言う通りですね」 「はい、キッス、キッス!」 シュラの先導で、キッス、キッスの大合唱が起こる。バースデイ・パーティーと言うより、これでは完全に結婚式の二次会のノリである。予想外のとんでもない展開にサガとカノンが言葉を失っていると、完璧に外野に乗せられてしまったアイオロスとミロが、すっかりやる気満々で既に2人の横に立っていた。もうこうなってしまっては、何を言っても無駄である。サガとカノンは今日何度目かの、諦めの溜息をついた。 「誕生日おめでとう、サガ」 「誕生日おめでとう、カノン」 アイオロスとミロがそれぞれに祝いの言葉を贈り、妻の頬にキスをしようとした、正にその時 「ちょぉ〜っと待ったっ!!」 おもむろにイスから立ち上がったデスマスクが、大きな声で2人を止めた。ほぼ反射的にアイオロスとミロの動きが止まり、全員の視線が一気にデスマスクに注がれる。 「デスマスク、何だよお前、邪魔すんな」 抗議の声をあげたのは、事の首謀者であるシュラであった。 「邪魔じゃねーって。っつかよ、自分の女房に祝いのキスだなんて、ありきたりすぎて面白くなくないか?」 「はぁ?」 デスマスクの言っている意味がわからず、皆一様に訝しげな表情を浮かべる。 「だから、自分の女房になんて、誕生日にかこつけなくてもいつだってキスでも何でもできるだろう」 「???……それはそうだが、お前、一体何が言いたいの?」 この中ではデスマスクと最も付き合いの長いシュラですら彼の意図が読めず、眉を顰めて小首を傾げている有様である。付き合いの長さもさることながら、現在ほぼ恋人も同然のアフロディーテも然りで、となれば残りの横一直線上に並ぶ他の者達になど、到底その意図が測れるはずもなかった。 「こう言うときには、こう言うときにしか出来ないことをすんだよ」 意味あり気に言って、デスマスクはニヤッと唇の端をつり上げた。わけがわからず、当事者たる2組の夫婦はポカンとデスマスクを見ていた。 「だから、何?」 苛立たしげにシュラがデスマスクを促すと 「アイオロス、ミロ、お前等入れ替われ」 デスマスクはアイオロスとミロに交互に視線を走らせ、それを指示するように自分の顔の前で自分の手を交叉させた。 「はぁ?!」 アイオロスとミロが、同時に素っ頓狂なハモリ声をあげる。 「だから場所入れ替われっつってんの!」 「……何で?」 ミロのこの疑問は至極当然のものであったし、アイオロスの顔にも、もちろんサガとカノンの顔にも疑問符が浮かび上がっていた。 「ったく、揃いも揃って鈍い奴らだなぁ。いいか?、てめーの女房になんざキスしたって、別段いつもと変わりゃしねーじゃん、面白くもねぇ。だからさ、キスする相手チェンジしろよ」 「は?」 「だ〜から、キスする相手をチェンジすんの!。アイオロスがカノンに、ミロがサガに!」 「はいぃぃ〜〜?!」 デスマスクのその突拍子もない、とんでもないとしか言えない発案に、4人は思わず双児宮中に響き渡るほどの大きな声を張り上げた。 「あ、相手をチェンジしろって、何を突然そんな……」 明らかに動揺丸出しでミロがデスマスクに問い返すと、デスマスクはふふん、と鼻で笑って、 「別におかしかねえだろう?。サガはお前の義兄で、カノンはアイオロスの義弟なんだ。こう言うときってのはな、むしろ自分の妻より妻の兄弟の方を思い気遣い、祝ってやる気持ちが大切なんだとオレは思うわけよ」 まったくらしくないと言うか、似合わないことをデスマスクは意気揚々と言い、更にその先を続けた。 「だからここは、日頃の感謝の気持ちなんかと共にだな、ミロがサガに、アイオロスがカノンにお祝いのキッスをするべきだと思うんだな。これぞ真の誕生祝いだ!」 そこまで一気に言って、デスマスクは何故か得意げに胸を張った。サガとカノン、アイオロスとミロのみならず、その場にいた全員がほぼ同じ表情で唖然呆然と固まっていたのだが、やがて 「確かに、それも一理ありますね」 落ち着き払った口調と表情で、ムウがポソッと呟いた。 「うん、そう言われてみればそうだよなぁ」 次いでシュラも同意する。シュラにしてももちろん、デスマスクの言葉を額面通りになど受け取ってはいなかったが。 「な?、その方がいいって、絶対!」 当事者以外の人間がたちまち乗り気になったのを見て取って、デスマスクはダメ押しとばかりに皆に同意を求める。 「か、勝手に決めるな〜!!」 皆がうんうん、と頷いているのを見て、ハッと我に返ったカノンが、冗談じゃないとばかりにテーブルを叩いて立ち上がった。 「そうだ、何故そんなことを勝手に決められなきゃならん!」 この時ばかりはアイオロスも全面的にカノンに同調して、拒否の姿勢を示した。 「何だよアイオロス、お前さぁ、義弟を祝ってやろうとか言う気持ちないわけ?。サガさえよければそれでいいのか?」 デスマスクに痛いところを突かれ、アイオロスは思わずうっ、と声を詰まらせた。 「いらん!、オレはそんな祝いはいらん!。ミロだけでいい!、ミロだけでっ!!」 アイオロスが怯んだのを見て、カノンは更に語調を強くして言った。後半部分は平素であれば見逃されることなく言質を取られて速攻で突っ込まれたであろうが、今日に限ってはこの先に更に面白いことが待ち受けていると言う期待感があるせいか、幸か不幸か誰もそこに突っ込みをいれようとはしなかった。 「何もそんなに嫌がらなくても。家族だろう、お前達。ほれ、ミロとサガなんかもう平然としてるぞ」 デスマスクが腕を組んでサガとミロの方へ顎をしゃくる。アイオロスがサガに、カノンがミロに視線を転じると、デスマスクの言う通り2人は……ミロは少々バツが悪そうにはしていたが、その顔はとても嫌がっているようには見えず、確かに平然といえば平然としていた。 そう、幼いころからサガに懐きまくりのミロと、そのミロを猫っ可愛がりしてきたサガ、この2人にしてみれば、仮にそうなったとしても何の抵抗もないのである。 だが義兄弟とは言え、付き合いのまだまだ浅いカノンとアイオロスにとっては、家族だなんだと言われてもやはり抵抗バリバリの感は拭いきれなかった。 「いや、だからだな、その、確かに家族は家族なんだが……あ、いや、もちろん、祝ってやろうと言う気持ちがないわけではないんだが、やはりな、その、こう言うことはやっぱり自分の妻とする方が、その、自然と言うか何と言うかだなぁ……」 「だから、てめえの女房とは後でゆっくりキスでも何でも、好きなだけイチャイチャすりゃーいいじゃねえか。オレ達が言ってんのはそう言うことじゃないの!。やっぱりな、基本は家族愛!ってことが言いたいわけよ、わかる?。サガを愛するのと同じようにだな、義兄としてカノンも同じように愛してやらなきゃ不公平ってもんだ。それが家族ってもんなんだからな!」 支離滅裂なことを口走るアイオロスに、更に支離滅裂な論調で応じたデスマスクであったが、迫力で遥かにアイオロスに勝っており、その得も言われぬ迫力に押されたアイオロスはデスマスクの言葉の不整合性にも矛盾点にも全く気付かなかった。 「カノンもやっぱりここは義兄を敬ってだな、そしていつでもその愛情を受け止めてやる姿勢を持ってないとダメだと思うぞ。サガとミロを見習え!、いいか、家族愛だ、家族愛!」 柄でもない『家族愛』と言う言葉を連呼し、得体の知れない迫力と勢いでそれを推奨しているデスマスクであるが、要するに上手い具合に見つけた格好のネタをダシに楽しんでいるだけの話で、他の連中もちゃっかりそれに便乗しているのだ。 「お、お前等なぁッ……!」 カノンも危うくそのわけのわからないデスマスクのその迫力に押し込められかけたが、それでもまだなお抵抗の意志を見せて食い下がっていた。 だが…… 「よし、わかった。それじゃ私も義兄としての最大の愛情で、義弟(おとうと)を祝うとしようか」 「ア、アイオロス……?!」 遂にアイオロスが陥落してしまい、カノンは孤立無援になってしまったのである。この単純野郎!と内心で義兄に向かって毒づきつつ、 「おい、ミロっ!」 カノンは救いを求めて自分の夫を振り返るが、元々抵抗のなかった……と言うよりはかなり早い段階からむしろ乗り気に転じていたミロは、カノンの味方をするどころか「まぁまぁ、いいじゃない」などと引きつり笑いを浮かべている始末であった。 「サガ!、いいのかよっ?!」 結局ミロも頼りにならず、カノンは最後の望みをかけて実兄の方へ向き直ったが、 「私は別に構わんぞ。むしろ嬉しいくらいだが?」 これまた期待と正反対の返答を返され、カノンはガックリと肩を落とした。サガからすれば自分の夫が弟を慈しみ大切にしてくれるのは最大級に嬉しいことだし、元々義弟ミロのことは可愛くてしょうがないのだから、こちらも別段抵抗があるわけではない。この反応もまた、至極当然のものと言えた。 「よっしゃ、これで決定な!。ほら、早く入れ替わって入れ替わって!」 とうとうカノンも戦意を喪失したのを見て、自分の勝利(?)を確信したデスマスクは、一転して浮かれ調子でアイオロスとミロを急かした。何しろ、こんな面白いシーンなど、まず滅多に見れるものではないのだ。自分の目論見通りに事が運んだことに、デスマスクはご機嫌であった。 アイオロスとミロは場所を入れ替わり、ミロがサガの、そしてアイオロスがカノンの隣に、改めて立ち直した。カノンはあからさまに大きな溜息をついた。 「はい、キッス!、キッス!」 またシュラが口火を切って、キッス!、キッス!の合唱が始まる。しかも今度は手拍子付きである。明らかに自分達の楽しみを最優先している仲間達に、こいつらには本当に自分達を祝う気があんのか?!と、カノンが心の底から疑いを持ったことは言うまでもない。 「誕生日おめでとう!、サガ♪」 「誕生日おめでとう、カノン……」 それぞれに祝いの言葉を言い直し、アイオロスとミロはほぼ同時に義弟と義兄の頬にキスをした。元々切替えの早いアイオロスとミロの表情は等しく晴れ晴れとしていたが、それを受けた側の表情はと言えば、明と暗とにくっきり別れていた。容姿が同じなだけに、その明確な差違が、ギャラリーをより一層喜ばせたのだが……。 「っしゃぁ!、おめでとぉ〜う!」 わざとらしくデカイ声で叫んで、デスマスクは大袈裟に拍手をした。それに続いて、今日何度めかの拍手がワッと起こる。サガは満面の笑顔で「ありがとう」と応じていたが、嬉しいような嵌められて悔しいような、複雑な気分のするカノンであった。 「よし!、景気づけにもういっちょ行くかぁ!」 威勢のいい掛け声と共にデスマスクがシュラに目配せをすると、シュラがニヤリと笑いながら頷き、指をパチンと鳴らして何やら合図をする。そしてその合図を受けて立ち上がった面々が、おもむろにテーブルの下から何かを取りだし、一斉に主賓席の方へ向き直った。 サガとカノン、アイオロスとミロはクエスチョンマークを浮かべながらその様を見ていたが、やがて 「ハピバースデー、双子!」 とうとう簡略化されたその掛け声と同時に、サガとカノン、そしてアイオロスとミロは、突然冷たい液体を思いっきり顔面に吹きつけられたのである。 「うわっ?!」 「何だッ?!」 「痛っ!」 「冷てぇっ!!」 その液体の勢いと冷たさに、4人は思わず悲鳴を上げた。だがそれは容赦なく四方八方から浴びせかけられ、わけのわからないうちに気付いたら4人は頭からびしょ濡れになっていたのである。 「なっ、何しやがる、てめえらっ!!」 数十秒の後、その噴射が収まると、しばし4人は水を滴らせて呆然としていたが、一番最初に我に返ったカノンが即座に抗議の声を張り上げた。液体が顔にモロに直撃していたので目が開けられず、何をかけられたのかまではわかっていなかったが、肌に当たる感触からそれが炭酸飲料であることだけは察しがついた。 何故祝いの席で、しかも主役であるはずの自分たちがこんなモノをいきなり浴びせられなければいけないのか?。その理不尽さにさすがカノンも怒りを覚えずにはいられなかったのだが、 「シャンペン・シャワーだよ、シャンペン・シャワー!」 「はぁ?!」 デスマスクもシュラもカノンの睨みつけには全く動じず、ニコニコと楽しげに笑いながら空になった瓶を片手で弄んでいた。 「シャンペン・シャワーって……大リーグとかで優勝したときにやるアレか?」 思いだしたようにミロが言うと、首謀者・デスマスクと他の共犯者は楽しそうに頷き 「おう、日本ではビールかけるらしいけどな」 「とにもかくにも、めでたい席でやることなんです。誕生日パーティには、もってこいでしょ?」 どうやら主催者のアイオロス達にも内緒でこれを企んでいたらしい面々は、びっくりするほど上手く事が運んでご満悦の様子だった。 「お前等、何か大量に飲み物持ち込んでたと思ったら、これやるためだったのか?!」 呆れたようにアイオロスは言ったが、その口調は怒っているようなものではなかった。首謀・共犯者一同はニヤりと笑って、それを肯定する。やれやれ、とアイオロスが肩を竦めた。 「シャンペン・シャワーはわかったけどよ……」 もちろん、カノンもシャンペン・シャワーは知っている。めでたい席でやることと言われて当初の怒りは収まったものの、何の予告もなく突然ぶっ掛けられてびしょ濡れにされてしまっては、さすがに釈然としない思いはした。 「いくらめでたい席ですることだっつっても、これじゃシャンパンが勿体ないじゃないか。しかもドンペリだろう、それ」 シュラが手にしているシャンパンの空き瓶を指差しながら、別の意味でアイオロスが顔をしかめると、サガがそれに頷いて 「それにシャンパンなどかけられたら、体がベタついてしまうではないか!」 これまた見当違いの苦情を申し立てた。 「心配すんな、これ、中身は炭酸水だから」 「炭酸水?!」 「そ!。いくらオレ達だって、ドンペリをシャンペン・シャワーで大量に使うほど気前良くはねえのよ。だからドンペリの空き瓶に、炭酸水詰めてもらった特注品なんだな、これ」 「この特注品作るにあたり、グラード財団のお力をお借りしました〜」
得意げに語るデスマスクとシュラであったが、わざわざこんなことのために特注までしたのか?!と、サガもカノンもアイオロスもさすが呆れずにはいられなかった。この発想力と労力とをもっと他のことに向ければ、すごくこの世の役に立つことが出来るんじゃないか?、こいつら?と思わずにはいられないほどであった。 「と、言うわけで、炭酸水はまだまだたっくさんありますから……」 シュラが言うのに合わせて、共犯者達がテーブルの下から何ケースものドンペリ瓶入り炭酸水を引っ張り出した。 「パ〜っと行こうぜ、パ〜っと!」 言いながら、デスマスクが新たな瓶を手に取った。つまり、続きを盛大にやろう!と言うことである。 ここに来てサガ達は、ようやくリビングの床やら四方の壁やらに大きなビニールシートがかけられていることに気が付いた。今の今まで気付かなかったのはマヌケだったが、なるほど、このためにビニールシートを貼ったのかと、改めてデスマスク達の(こう言う部分限定の)用意周到さに呆れるを通り越して感心していた。 「料理がダメになりますから、あっち行ってやってくださいね、あっち行って」 シャンペン・シャワー第1波が始まったと同時に、クリスタル・ウォールでテーブルの上の料理を保護していたムウが、リビングの空いているエリアを指指した。どうやら彼は、高みの見物組を決め込む腹のようであった。 「よっしゃ!、行くぞぉ!。ホレ、主役&主催!、いつまでもボケッとしてんなよ!」 騒ぐ気満々でカノンの側に来たデスマスクは、景気付け!とばかりに新しく開けた炭酸水を、至近距離でカノンの顔にかけた。 「冷てっ!、こんにゃろう!、やりやがったなっ!」 瞬く間にその挑発に乗ったカノンは、すぐ側でのアイオリアが抱えていたケースの中から新たな一本を取りだし、勢い良くそれを振ると速攻でデスマスクに中身を浴びせかけた。 「あ、オレも!」 既に参加する気満々だったミロが、瓶を2本ほど抱えてカノンの後を追う。参加したい組が更に後に続き、たちまちのうちに戦火が拡大、大シャンペン・シャワー大会に発展するまで、1分と時間を要さなかった。 「サガ、アイオロス、こんなとこで何やってんですか!。さ、入って入って!」 高みの見物組に入っていたサガとアイオロスを、そうは問屋が卸さないとばかりに早々にシュラが呼びに来た。 「い、いや私は遠慮する!。こう言うのは、ちょっと……」 「主役のクセに何言ってんです?!。ダメダメ、早く入って、ホラ!」 尻込みをするサガの手を強引に引っ張り、シュラは半強制的にサガをバカ騒ぎの輪の中に引きずり込んだ。もちろん、サガが入ればアイオロスも入るということで、アイオロスにはノータッチであったのだが。 サガが輪の中に入るなり、たちまち祝福のシャンパン……ではなく、シャンパンに擬された炭酸水がサガの身に降り注がれる。その急先鋒は、何と実弟のカノンであった。当初難色を示していたはずのカノンは、今ではすっかりこの状況を最大限に楽しんでいた。カノンに倣い、次から次へと炭酸水を持った暴徒どもがサガを襲撃していたが、そのサガを身を挺して守ろうとして水浸しになっているアイオロスの姿が、奇妙に健気であった。 「やれやれ、どうせなら料理を食べてからにすればいいのに。せっかちですね」 高みの見物組・その1のムウが、まだ目の前に大量に残っている料理をのんびりつつきながら言った。因みに当初テーブルの上だけを保護していたクリスタル・ウォールは、今やそのエリアをテーブルの周囲全体に拡大され、料理と見物組をしっかり保護していた。 「君の旦那はこう言うこと大好きだからね」 高みの見物組・その2のアフロディーテが、ケーキを突きながら隣のカミュにチラリと視線を投げた。 「貴方の恋人もね」 高みの見物組・その3のカミュはクールに応じて、ワインの入ったグラスを傾けた。 「言っておくが、私はデスの恋人ではない。ただの幼なじみだ、誤解しないでくれ」 少しムッとしてアフロディーテが言い返すと、反対側のムウに「おや?、そうだったんですか?、それは知りませんでした」と切り返され、アフロディーテは絶句した。 「まぁ、楽しそうだからいいですけどね、特にカノンが」 アフロディーテが何かを言い返す前に、ムウはさらりと話題を元に戻した。目の前で繰り広げられているバカ騒ぎの輪の中にいるカノンは、炭酸水まみれになりながら大声で笑い、はしゃいでいる。完璧周りに乗せられているのだが、本人は知ってか知らずが心底楽しんでいるようである。 「カノンが喜べばサガとミロが喜ぶし、サガが喜べばアイオロスも喜ぶんだから、まぁ本願達成したってことでいいんじゃないのか?」 単純明快なその図式を口にして、アフロディーテは小さく肩を竦めた。 「確かにそれはそうですね」 ムウとカミュはアフロディーテのその言葉に頷き、安全圏で喧騒を楽しみつつ、争奪戦の心配が無くなった料理や酒をゆったりのんびり堪能したのであった。 因みに絶対高みの見物組に入ると思われていたシャカは、いつの間にか大騒ぎ組に混じっており、念動力を駆使して容赦なく四方八方から炭酸水攻撃を仕掛けていた。無論、その標的は主役の双子ではなくデスマスクであったのだが。
大騒ぎの夜が明けて、教皇主催(一応、そう言うことになる)のサガ&カノンの誕生会も無事お開きとなった。 夜通し飲み明かしたにも関わらず、1人の脱落者(=泥酔者)も出さずに大盛況のうちにそれが終了すると、つい先刻までのドンチャン騒ぎがまるで嘘のように、双児宮の中はシンと静まり返っていた。 「予想通りというか何というか、大騒ぎになったなぁ〜」 全員を見送ってから、キレイに片づけもすんだリビングに戻ったアイオロスは、やれやれと苦笑をしながらソファに座った。 「全員集合ってなった時点で、ああなっちゃうのはしょうがないさ。てか、元々オレ達だってそのつもりだったんだから、いいんじゃん?」 「まぁな」 今までが今までだっただけに、とにかく派手に大騒ぎしてサガとカノンを祝ってやりたかったのだから、ミロの言う通り確かにほぼ自分達の願い通りにはなったわけだ。それにこう言う機会でもないと特にサガなどは羽目も外せないし、何より今まで誕生日パーティーなどと言うものに縁のなかったカノンが大喜びしてくれたことが、アイオロスやミロを喜ばせ、満足させていた。正にアフロディーテがムウとカミュ相手に指摘していた通り、カノンの喜びはイコール、サガとミロの喜びであり、サガの喜びはアイオロスの喜びであったのだ。 「疲れただろう?。コーヒーでも淹れようか……」 アイオロスとミロに遅れてリビングに戻ってきたサガが、2人に声をかけた。 「ん?、ああ、いいよ。お前達の方が疲れたろう。コーヒーはいいから、先に2人で風呂に入っておいで。そして少し休んでから出かけよう。30日はまだまだ始まったばっかりなんだからな」 アイオロスに言われ、サガとカノンは思わず顔を見合わせた。 「アイオロス……ミロも、無理はしなくていいんだぞ。私達はもう、十分なことをしてもらったんだから」 サガの言葉に、カノンも珍しくしおらしげに頷いた。突然のことだったから最初はビックリはしたものの、夫達が自分達の為に催してくれた今日のこのパーティーは、サガにとってもカノンにとっても本当に楽しく、そして嬉しいものであったのだ。もうそれだけで、充分すぎるほどの贈物をしてもらったと2人は思っていた。 「何言ってんだ、これからが本番なんじゃないか!。無理なんかしてないよ、オレだってアイオロスだってスッゲー楽しみにしてきたんだからさ」 ミロが大慌てでソファから飛び降り、サガとカノンの元へ駆け寄る。 「そうだ。とにかく今日一日は私達に目一杯、お前達を祝わせてくれ」 アイオロスも立ち上がってゆっくり2人の側に行くと、ポンポンと2人の肩を叩いた。 サガとカノンは少し戸惑ったような顔でもう一度互いの顔を見合わせたが、やがて小さく微笑んで頷きあうと、 「ありがとう、アイオロス……」 「サンキュ、ミロ……」
精一杯の気持ちを込めて礼を告げると、自分の夫の頬に軽く触れるだけのキスをした。同居してても互いの目の前ではまず滅多にこんなことをしてくれない妻達なだけに、このキスは夫達を浮足立たせるほど喜ばせ、天にも昇る気持ちにさせたのだった。
その後、夫婦それぞれに分れて水入らずで甘く楽しく幸せで濃厚な誕生日の一日を過ごした双児宮夫妻であったが、その幸せも束の間、翌日から一家揃って大風邪をひきこみ、そのまま丸々三日間も寝込んでしまうと言うとんでもない事態に陥ってしまったのである。 教皇であるアイオロスとその補佐官であるサガが寝込んでしまったことにより、聖域の中枢機能がストップし、最終的に一週間以上に渡り聖域が大混乱を来たしてしまうと言うこの散々な結果は、正に誰も予測しえなかった大誤算であった。 |
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END
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さんく