思春期の麻疹
その夜、天蠍宮にやってきたカノンに、ミロは昼間の珍妙な出来事の一部始終を語って聞かせた。
ミロから話を聞いたカノンは、やはりきょとんと目を丸めた後に、思いきり吹き出して大爆笑し始めた。

「そんなに笑うなよ。こっちは最後まで何が何だかさっぱりわかんなくて、まだすっきりしないんだからさぁ」

カノンが笑わずにいられないのもわかるが、いくらなんでもここまで爆笑しなくてもいいではないかと思う。
何しろ当事者たる自分は、こうした未だにモヤモヤしたものを払拭出来ずにいるのだから。

「……んなこと言ったって、笑うなっつー方が無理な話だろ?」

言いながらカノンは、目の端に薄らと浮かんだ笑い涙を人差し指の先で拭う。
そこまで笑うかことか? とミロは呆れた。

「ったく、一体あいつ何を考えて何しにオレのとこに来たんだか、ホントわけわかんねーよ」

「何考えてって、そんなもん、いっそ清々しいくらいに明瞭じゃないか。あんまりにわかりやすすぎて、笑いが止まらねえよ」

「はぁ!?」

ミロは思いきり疑問符をつけて、眉を顰めた。

「何だお前、ホントのホントにわかんないのか?」

わかんないからこうして首を傾げてるんだろうと思いつつ、ミロは憮然としながら頷いた。

「サガだよ、サガ」

「サガぁ!?」

何でここでサガの名が出て来るのか、その関連性がまるでわからずに、ミロは思いっきりハテナマークを飛ばして眉間を寄せた。

「あいつがサガに懐きまくってるの、お前だって知ってるだろ」

「そりゃ知ってるけど……」

かつて殺し合いをした者同士とはとても思えぬほど、星矢はサガを慕い、サガは星矢を可愛がっている。
その様子はまるで年の離れた兄弟か、親子のようでもあった。
だがサガは童虎を除いた黄金聖闘士の中の最年長者で、下の者の面倒を見る事には慣れている。
実際自分だって、子供の頃にはさんざんサガに面倒を見てもらい、それこそ今の星矢と同じような感じでサガに懐いていたのだから。

「あいつはね、サガの事が大好きなの」

「……それもわかってるけど」

相変わらずハテナマークを浮かべたまま首を傾げているミロの察しの悪さに苦笑をして、カノンは先を続けた。

「だから気になるんだよ、オレ達の事が。ってか、年下の立場であるお前の事がな」

「は?」

「身近なところをザッと見渡してみても、それなりに年齢差が開いてるのはオレ達くらいだからな。ペガサスとしちゃ、参考になるのはオレ達くらい……ってか、お前しかいないんだよ」

「何でオレ?」

「ホンットに物わかりの悪い奴だな。オレとお前の立場を、そのままサガとペガサスに置き換えて考えてみりゃわかるだろ」

「……あ」

溜息をつきつつ出されたヒントで、そういうことか! と、ミロはようやく合点がいった。
だが合点はいったが、次には新たな疑問というか、驚きが浮上して来る。

「てことは、星矢ってもしかして……えっ?」

混乱しているミロに向かって、カノンがニヤリと笑って見せる。
カノンのその笑顔で、ミロは自分がやっと正解か、あるいはそれに近い事に気付いたのだと言うことがわかった。

「う、嘘だろ!? だってあいつとサガって、オレ達以上に年離れてるじゃん! 確か倍以上だぜ、倍以上!」

「あいつ幾つだっけ?」

「まだ13歳……だったと思うけど」

「てことは年齢差15か。確かに倍以上だな」

のほほんとした様子でカノンは答えたが、ミロの方は信じられないとばかりにポカーンと口を開けてカノンを見ている。

「いや、でもさぁ、さすがにそれはちょっと考えづらくないか? 尊敬してるとか、せいぜい憧れてるとかさ、そんな感じなんじゃないの?」

「その程度の理由でお前は、今日のあいつの不可解な言動の数々の説明がつくと思うわけ?」

意地悪く聞き返され、ミロはまたしても返す言葉を失った。
確かにカノンの言う通り、尊敬とか憧憬のレベルで、年の差云々の話を根掘り葉掘り聞かれるのは不自然だ。

「星矢がサガを……へぇ〜……」

まだ少し信じ難くもあるが、やはりそれ以外考えようのない事も事実だった。
呆然と呟いてミロはきょとんと丸めた目を瞬かせた。

「納得したか?」

「うん、まぁ一応」

なるほど、それで年の差カップルである自分達のことが気になって仕方がなかった訳かと、ミロもようやく納得した。

「てことはさ、あいつはつまりその、横恋慕してるってわけ?」

「横恋慕なんて言えるほどのものでもないだろうけどな」

相変わらず軽い口調で言って、カノンは肩を竦めた。

「でもオレにあんなこと根掘り葉掘り聞いてきたってことはさ、星矢の方には少なからずその気があるってことなんだろ、やっぱり。アイオロスからサガのこと、取ろうとでもしてんのかなぁ?」

「そんなことまで考えちゃいないだろ」

どこの昼ドラだよ、と茶化して、カノンは笑う。
反してミロの方は、ますますしかめつらしい顔になっていった。

「考えてなかったら、あんな行動に出ないんじゃない?」

「そうでもないさ。多分、本人もよくわかってないまま行動してるだけだろ」

「よくわかってないって、何が?」

「自分の気持ちがだよ」

「はぁ??」

文字通り、ミロは「?」を連発した。

「今のあいつには、漠然と『何か気になる』くらいの自覚しかないんだよ。まるっきり無自覚ってわけじゃないから、余計に言動がおかしくなるのさ。ま、あいつも思春期真っ直中ってことだな」

そう言ってカノンは、また声を立てて笑った。
別に星矢のことをからかっているつもりはないのだが、あまりに初々しい星矢のその言動が新鮮すぎて面白くて堪らないのである。
遠い昔に過ぎ去ってしまった自分の殺伐とした思春期を思い出すと、尚のこと星矢の純真さが際立って見える。
それは目映くもあり、むず痒くもあった。

「ふぅ〜ん、そんなもんかねぇ?」

カノンとはまた違う方面で殺伐とした思春期を送ったミロには、そのカノン曰くの思春期特有の複雑な心情というものが今ひとつ実感できなかった。

「てことはもしかして、サガが星矢の初恋の相手になるってわけ?」

「ん〜、まぁ端的に言うとそういうことになるんだろうな」

初恋という言葉に再び背中にむず痒さを覚えつつ、カノンはミロの言葉を肯定した。
星矢本人に聞いたわけではないから、正真正銘サガが初恋の相手かと問われると断言はできない。
もしかしたらサガよりも先に淡い恋心を抱いた相手はいたかも知れないが、ミロから聞いた星矢の言動から推察する限り、その可能性は低いようにカノンには思われた。
いずれにしてもサガが『星矢の初恋の相手』か、それに近い位置にいることは、ほぼ間違いないだろう。

「ふぅ〜ん……」

何やらはっきりしない顔でミロは二〜三度小さく頷くと、不意に何かに思い当たったように表情を動かし、

「でもさ、星矢がそれをはっきり自覚したらどうなっちゃうのかな?」

「はっきり自覚?」

「そう。星矢が『サガのことが好き』ってはっきり自覚しちゃったら、やっぱりその気持ちをサガ本人に伝えようとするのかなって。もっと言うと、サガをアイオロスから取ろうとしたりするのかなって」

サガとアイオロスの関係は、もちろん星矢も知っていることである。
星矢にとってサガはあらゆる意味で別格の存在であろうが、アイオロスのことは純粋に尊敬しているし大好きだと星矢自身が公言している。
そしてその言葉に嘘偽りがないことは、誰の目から見ても明らかであった。
だがもし星矢がサガへの気持ちを自覚し、本気でサガを求めた場合、星矢はその尊敬する大好きなアイオロスを、言わば敵に回す事になるのだ。

「こればかりは絶対とは言い切れないが、多分、それもないだろ」

言葉とは裏腹に、カノンの口調はどこか自信に満ちていた。

「何で?」

「ペガサスのは、あの年頃の子供が罹る特有の麻疹みたいなモンだからな。もしかしたら、それと自覚もしないうちに終わるかも知れないぜ」

だからサガを巡ってアイオロスとどうのこうのなんてことは、まずないだろうな――とカノンは言った。

「でも逆に子供だからこそ、怖いもの知らずで一気に突っ込んでく可能性もあるんじゃないかな」

「まぁ、ないとは言えないだろうけど」

さすがに子供は子供の心理がよくわかる――などと失礼な事を思いつつ、

「仮にそうなったとしても、残念ながらサガの方が本気にしないだろうから、ちょっと道筋が変わるだけでたどり着く先は同じだろうよ」

あっさり言い切って、カノンは肩を竦めた。

「無理、かな? やっぱ」

「そりゃ無理だ。いくら何でも13歳じゃ、ホントのホントに子供じゃないか。例えどんなに熱烈なアタック食らったところで、本気になんか出来るわけがない」

「それは、まぁ……」

と言いつつも釈然としない様子のミロに、カノンは言った。

「よし、それじゃ1つ想像力を働かせて考えてみろ。例えばそうだな――キグナスがお前に『好きです、愛してます、付き合ってください!』って言って来たとする。お前、それを本気にするか?」

氷河は確か14歳。
自分との年齢差は6歳で、実際カノンと自分の年齢差よりも少ない。
だが――

十秒ほど考えて、ミロはフルフルと首を左右に振った。

「難しいっつか、無理だと思う。氷河が18……いや、せめて16くらいになってれば、少しは本気にするかも知れないけど」

「だろ? それと同じだよ」

わかりやすい例えをあげてもらって、ようやくミロは納得した表情で頷いた。

「お前の言い方を借りるなら、ペガサスとサガの場合はそうだな……ペガサスが20か、せめて18くらいになってれば、話は少し違って来たかも知れんが、さすがに13歳じゃなぁ。まかり間違って本気で相手にしようものなら、サガの神経の方が疑われかねんだろう」

そりゃまぁ……と曖昧に答えた後、ミロは更にカノンに尋ねた。

「それじゃ星矢が今、18〜20くらいになってさえいれば、可能性は少なからずあったってこと?」

「少なからずというより、限りなくゼロには近いけど、ゼロではないって程度の可能性くらいはあったかもな」

「そんなに少ないの!?」

頷くカノンに、それじゃやっぱり可能性ゼロと言われてるのと変わらないじゃないかと、ミロは思った。

「やっぱ10歳以上開いちゃうとキッツイかぁ〜。増してサガと星矢は、15歳も開いてるんだもんな。確かに星矢はともかく、サガの方が無理だよな」

「15歳差っても、ペガサス20歳、サガ35歳とかだったらそれはそれでまた話は変わって来たかも知れないが、単純に年齢差だけの問題ってわけでもないし、いずれにしてもこんな仮定の話はしててもキリがないぞ」

「キリがないってことはわかってる。でも単純に年齢差の問題だけじゃないっていうのは、どういうことだよ?」

ミロはカノンのその含みを感じさせる言葉に、引っかかりを覚えた。

「とことん物わかりっつか、察しが悪いね、お前」

呆れたように目を丸めた後、カノンは苦笑混じりの微笑を零し、

「サガにはアイオロスが居るだろうが」

「そんなことは知ってるよ」

「アイオロスが居る限り、年齢差があろうがなかろうが、ベガサスだろうがそれ以外の人間だろうが、関係ないってことなの。つまりアイオロス以外の人間は、皆等しく可能性はゼロに近いってことだ」

「へ?」

今度はミロがきょとんと目を丸め、ポカンと口を開けてカノンを見た。

「将来的に別れる日が来るかも知れんが、目下のところサガの目にはアイオロスしか見えてないからな。他の人間なんざ、それこそ目の端にも入らねえんだよ。つまり現状は、アイオロスと同じ土俵に上がる事すら出来ないってわけ。これじゃ年齢差以前の問題、ハナっから勝負にもなりゃしないだろうが」

「……サガって、そんなにアイオロスの事好きなの?」

これは随分と失礼な問いであったが、ミロにとっては素朴な疑問であった。
もちろん、二人が愛し合って恋人同士になったのだという事はわかっているのだが、何と言うか、アイオロスは常日頃から人目も憚らずサガへの愛を口や態度に出しているが、対照的にサガの方が淡々としているので、アイオロスの想いが一方通行気味に見えてしまう事が多々あるのである。

「何でもストレートに口や態度に出すアイオロスと違って、サガは自分の感情はあまり表に出さないからわかりづらいけどな。内心は笑っちまうくらいアイオロスにベタ惚れなんだよ、ウチの兄貴は」

我が事のように断言するカノンを、ミロはポケッとしたまましばし見つめた後、

「さすがに双子、サガの気持ちをよくわかってるね」

心底感心したように、言った。

「好きでわかってるわけじゃない!」

怒気を含んだ口調で吐き捨て、カノンはプイッとそっぽを向いた。
強度ブラコンのカノンには色々と複雑な思いもあるのだろうが、今は単に照れているだけのようである。
何だか微笑ましくて、ミロはつい小さな笑いを零してしまった。

「こんなこと言ったらアイオロスに怒られそうだけど、もしアイオロスが居なければ、あと5年後くらいには星矢にも望みがあったかも知れないってことか」

「怒られるどころか、まかり間違ってそんな事言おうものなら、脳天に容赦なく拳骨食らわされるぞお前……。ま、そんなことはどうでもいいとして、アイオロスが居なければ少なくとも今より可能性はあっただろうってことはオレも否定しない。特にペガサスの奴は、何て言うか色んな意味でアイオロスに似てるしな。今すぐは無理でも、将来的な可能性は飛躍的に上がってたとは思うぞ」

「ああ、言われてみれば確かにそうかも」

ミロもカノンの言う事に同意して、頷いた。
それは容姿だけの話ではなく、何と言うか、気性とか性格とか目には見えない部分――強いて言うなら全体の雰囲気のようなものが、星矢はアイオロスに似ているのである。

「サガが星矢をすごく可愛がってるのって、そのせいもあるのかな?」

「さぁな。ないとは言い切れないけど、元々あいつは子供には甘い性格してるから、関係ないかも知れん。それはお前だって身に覚えあるだろう、嫌というほど」

「ん〜、そりゃサガにはオレも子供の頃、すっごい可愛がってもらったけどさ……」

さり気なく含まれた厭味にこれっぽっちも気づく事なく、ミロは子供の頃を回顧しながら過去形で言った。
厭味を天然でスルーされたカノンは、ミロのあまりの無自覚さに呆れるを通り越して感心したが、言ったところで無駄なので内心で溜息をつくだけに留めたのだった。

「とにかく、ペガサスだって今はまだせいぜい淡い恋心未満程度なんだろうし、さっきも言ったけどそれって思春期特有の麻疹みたいなもんだし、多分このままで終わると思うぞ。で、あと数年もすりゃ、ちゃっかり自分にピッタリな相手を見つけてるだろうさ。余計な心配やお節介はするだけ無駄だ」

「心配してるわけじゃないし、お節介やくつもりなんかないけどね。つか、そんなことしたら本気でアイオロスに殺されるだろ、オレ」

「はははははっ! そりゃそーだ」

即座に肯定して、カノンは楽し気な笑い声をたてた。

「それにしても何つーか、少年、青くて可愛いじゃんか」

別にカノンは星矢を馬鹿にしているわけではなかったが、自分自身には経験のない事だけに、甘酸っぱい気持ちを覚えずにはいられなかったのである。

「そう面白がってやるなよ。星矢は星矢なりに、きっと真剣なんだろうからさ」

「んなことはわかってるよ。でもあまりに初々しくて微笑ましくてな。サガにも教えてやりたいくらいだぜ」

「それだけは絶対にやめてくれよ。星矢だって可哀想だし、サガだって困るだろ」

「バーカ、冗談に決まってるだろ。マジに取るなよ」

冗談を本気にして眉をひそめたミロに向かって一層楽しそうに笑いながら、カノンはミロの猫っ毛を一房掴んで引っ張った。

「痛てっ! 強く引っ張るなよ」

「そんなに強く引っ張っちゃいねえよ」

文句を言うミロを軽くあしらって、カノンは掴んだ髪に戯れるように指を絡ませる。
カノンが自分の髪の毛の感触を好んでいる事を知っているミロは、何も言わずにされるがままに任せていたが、少ししてからやや遠慮がちに口を開いた。

「なぁ、カノン」

「ん?」

「ついでと言っちゃなんだけど、オレも一つ、カノンに聞きたい事あるんだけど」

「何だよ?」

髪の毛を弄びながらカノンが聞き返すと、ミロは、

「もしオレがカノンより10歳以上年下だったら、カノン、どうしてた?」

「は?」

「もしオレが、8歳じゃなく10歳とか12歳とか年下だったら、カノンはオレのこと好きになってくれた? こうやって付き合ってくれた?」

一転して真剣な顔で問われ、カノンは目をパチクリと瞬かせてミロを見返した後、

「お前さっきのオレの話、聞いてなかった?」

そう言いながら、あからさまな溜息をついてみせた。

「さっきの話って?」

「っていうか、お前自身だって答えを出してるだろうが」

「は!?」

話が微妙にループしている事に気づいていないらしいミロに、カノンは軽い目眩を覚えた。

「実質的な年齢差よりも、問題なのはその時の相手の実年齢だっつったろうが。だからお前が今のままの年齢でオレが30とか32とか、オレが今の年齢でお前が18とかだったら、無問題。それ未満だったら無理! お前だって似たような事、ペガサスに言ったんだろうが。なのに何で今更そんなこと聞くんだよ」

「あ……」

そっか、と、ミロは思い出したように呟き、わざとらしくポンと手を叩いた。
直後、パァッと表情を明るくすると、

「てことはさ、オレはもう20歳になってるんだし、どこをどうすっ転んでもカノンはオレを愛してくれたってことだよね」

小首を傾げるような仕草でカノンの顔を覗き込み、ミロはニコッと笑った。

「いや、そこまでは言ってないんですけど……」

見事に超前向きな解釈をしたミロに、カノンは思わず呆れて目を丸める。
確かに要約するとその通りなのかも知れないが、少なくともカノンの方はそこまで意図して言ったことではなかったからだ。

「でもそう言ってるのと同じ事じゃん」

断言され、カノンは絶句した。
文字通り言葉を失っているカノンに、ミロは嬉しそうに抱きつくと、

「オレ、星矢にそれを聞かれた時に思ったんだ。オレはカノンが10歳上でも15歳上でも、例え20歳上だったとしても、今と同じようにカノンの事を愛したと思う。っていうか、その自信はある。でもカノンはどうなのかな? って」

さすがに20歳はちょっとな……とは思ったものの、浮かれているミロには何を言っても無駄なので、カノンはそのことには突っ込みを入れなかった。

「実際オレとお前は8歳しか離れてないんだから、考えたって無駄だろ」

「だからそれを言ったら身も蓋もないんだけどさ」

素っ気ないカノンの言葉に、ミロは苦笑する。

「ただやっぱ、そう言われちゃうとちょっとは気になるよ。どんなに好きでも、年齢が理由でスタートラインにすら立てないのは悲しいからな」

そこまで言って、ミロはふと星矢の気持ちに思いを馳せた。
星矢が今後、サガに対して今より一層強い想いを抱いたとしたら、そしてそれを星矢自身が自覚してしまったら――と。
そう考えるとカノンの言うように、このまま『思春期特有の麻疹』で終わるのがベストなのだろうと思わずにはいられなかった。

「だからカノンにも聞いてみたかったんだ、この事。所詮は仮定の話だから、10歳離れてたら相手にしなかったって言われても、ショックでもないしね」

これはほんの少し強がりが入っていた。
例え仮の話であっても、やっぱり面と向かって否定をされたら複雑な気持ちにはなっていただろう。
カノンの方は終始冷めている様子だが、それでも色好い(方に分類される)返答を得て、ミロは内心で安堵と喜びに胸を撫で下ろしていた。

「満足しましたか?」

「そりゃもう」

厭味混じりのカノンの問いに、ミロは無邪気に即答した。

「そいつはよかったね」

投げやりに言いながら、カノンは自分の肩口に乗っているミロの頭をポムポムと叩いた。
わかってはいたし慣れてもいるが、この天然クンにはやっぱり厭味とか皮肉とかいうものは一切通じないらしい。
それを改めて実感したカノンだった。

「それなりに真剣に悩んでたんだろう、星矢には悪いけど……」

「ん?」

「あいつが今日、オレのところに来てくれてよかった。そのお陰で普通だったら絶対に聞けないような事を、こうやってカノンに聞けたんだからな」

ミロとしては、これは思いがけない収穫だったと言えよう。
最も、一方のカノンとは多少認識のズレはあるようだが。

「あいつわけわかんない、何しに来たんだ!? っつって、思いっきり怪訝な顔して首を右に左に傾げてたのは、どこのどなたでしたっけ?」

「最初はね。でも終わってみたら何て言うか、オレにとっては結果オーライ! みたいな」

「何が結果オーライだよ、勝手にオチつけやがって……」

カノンは思いっきり呆れてみせたが、ミロはそんなことはお構いなしに、僅かに顔を上げてカノンを伺い見ると、えへへっと悪戯っこのように笑って見せた。
そうしてからミロは再びコテンとカノンの肩口に頭を落とし、そして背に回した腕に力を込めてカノンを抱き締める。
何をそんなに喜んでるんだか……と一層呆れながら、それでもカノンは知らず知らずのうちにミロの背に自分の両手を回していた。

ミロと交わした一連の会話の中で、いつもは心の奥底にしまっているはずの本音をうっかりと口にしてしまっていたことに、カノンは気づいていなかった。
普段まず滅多に聞く事の出来ないカノンの本音を、思いもよらない形で聞く事が出来たことにミロは喜んでいたのだが、もちろんカノンはその事にも気づいていない。
だが気づかれなくていい――とミロは思っていた。
それに気づいたら最後、カノンの機嫌が一気に最低気圧にまで落ち込む事がわかっているからである。
それが素直になれないカノンの、精一杯の照れ隠しである事も、もちろんわかってはいるけれど――。

意外でしかなかった星矢の訪問と、最初は珍奇でしかなかった彼の言動が、この日のミロに思わぬ幸運をもたらせてくれた。
星矢自身の、恐らくは実ることはないであろう淡い初恋のことを思うと、少しだけ心苦しい気持ちにもなるが、いずれ思春期の甘酸っぱい思い出として、今日の事を笑って語り合える日が来るだろう。
その時星矢の隣に居るのは誰か――それは今のミロには見当もつかない。
だがその日は必ず来るであろう事を、ミロは無条件に信じる事が出来た。
そしてその時自分の隣には、今と変わらずカノンが居てくれるであろうことも――。

post script
男の子は思春期には、素敵な年上の人(普通は女性ですけど・笑)に強い憧れを抱きがちだと言います。
そしてそんな思春期の淡い初恋は、大抵成就せず……というより単なる憧憬なのかそれとも恋心なのか、本人の判断がつかぬままにいつの間にか終わってしまいがちなものでもあります。
星矢はそんな思春期真っ直中。気になる相手が出来たら、きっと本人もわけがわからない状態で思いつくまま行動しちゃうんじゃないかと思って、この話を書いてみました。

でも終わってみたら、単にミロとカノンが無駄にイチャイチャしてるだけの話になってしまいましたけど(;^_^A。



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