「明日買い物に行こう、カノン」

風呂から出て、リビングでテレビを見ながらダラダラとカノンが寛いでいると、いきなりサガにそう声をかけられた。

「買い物?」

カノンが聞き返すと、サガは頷き

「そうだ。お前の服や日用品をいい加減買い揃えねばな。いつまでも私の服を借りてる状態では、何かと不便であろう」

言いながら、カノンの隣に腰掛けた。

「それに今のままではお前は、一日中寝間着姿で家の中で怠惰に過ごす一方だからな」

サガ達聖域の黄金聖闘士が、冥界との聖戦後、現世に再び生を受けてから一週間程が経つ。サガもカノンも過去の罪を全て許され、聖闘士として改めて女神に仕えることとなった。同時に、双児宮で供に暮らすことを許されたのである。

双児宮には必要な家財道具は2人分揃っていたが(双児宮の主となったサガが、いつの日かきっとカノンと暮らせる日が来ることを信じて、かつて秘かに揃えていたものだった)、衣服や日用品はサガのものしかなかった。一卵性双生児あるサガとカノンは、身長も体重も全く一緒である。と言うより、髪の先から爪先に至るまで、姿形は全く同じ形を成している。なので衣服は何の問題もなくサガのものを共用できるし、実際カノンは今もサガのパジャマを着用しているのだが、サガの私服が堅苦しいのか何なのか、とにかく一向に着替えようとはせず、双児宮から出ないのをいいことに日がな一日パジャマのままで過ごしているのである。なので目下のところ、カノン自身はさほど不自由しているとも思っていないのだが、几帳面なサガには我慢が出来ない部分があった。

「他にもカーテンやシーツや、食器など色々買い揃えたいものがたくさんあるのだ。私も来週からは教皇宮に出勤せねばならんし、そうなるとなかなかまとまった時間も取れん。だから明日ついでにまとめて済ませたいと思っているのだが」

サガは正式に教皇・シオンの補佐役を任命され、来週から執務につくことになっていた。だがそれは、教皇職を正式にサガに後継させたいと言うシオンの意向を、サガが固辞した結果の妥協案であることを、カノンは知っていた。

「……それはいいけど……」

何となく歯切れ悪く答えながら、カノンはサガをじっと見た。

「……どうかしたのか?」

カノンの様子が変なのに気付き、サガが聞き返す。

「いいのかよ?。オレと一緒に出歩いたりなんかしてさ……」

カノンの返答に、何を……と言いかけて、サガは口を噤んだ。

サガが黄金聖闘士となって以降、カノンはその存在を黙殺され、日陰へと追いやられていた。サガの弟として他者にその存在が知れること、他者の目に触れることは絶対に許されなかったのである。万一、2人が共に居るところを第三者に見られでもしたら、サガは厳罰に処され、カノンはその命を奪われかねなかった。

「お前の存在はもう、女神に正式に認められた。それは即ち、聖域でも公に認められたと言うことだ。何を気に病む必要もないのだぞ」

そうは言ったものの、サガはカノンが戸惑いを見せる気持ちはわからないでもなかった。全く陽の当たらぬ場所から、陽の当たる場所へ、言わばカノンはいきなり引き摺りだされたようなものなのだ。長い間カノンを不当に締めつけていた鎖は既に解かれたものの、それによって染みついてしまった習慣と言うか意識、恐怖、そう言ったものは簡単に抜けるものではなかった。今までとは180度違った生活環境下に身を置くことになったわけなのだから……例えそれがいい方向へと好転した結果であったとしても……戸惑うなと言う方が無理なのかも知れない。

「でも……さ……」

「もう堂々としていていいんだ、カノン。お前はこのサガの弟、そして女神の聖闘士でもあるのだからな」

サガは笑顔を作って弟にそう言い聞かせると、そっとその青銀の髪を撫でた。その笑顔に安心したか、カノンの表情がホッとしたように和らいだ。

「どこまで行くんだ?」

今度は一転して嬉しそうに、カノンがサガに聞き返した。

「うん、色々あるから、アテネ市内まで行かないとだめだろうな」

「アテネ市内かぁ〜。13年ぶりだなぁ〜」

懐かしさに声を弾ませ、カノンが言うと

「そうだな、私も13年ぶりだ」

同じく懐かしそうに、サガも同調した。さがそれを受けてギョッとしたのはカノンである。

「13年ぶり……って、えっ?、サガ……もなの?」

「当然だ。私は13年間、聖域を一歩も出てはおらんのだからな」

事も無げに言うサガに、カノンは思わず絶句した。確かに、確かに言われてみれば、偽教皇になりすましていたサガが、ほいほい気軽に聖域を出ていようはずもない。

「どうかしたか?」

「……それって、ヤバくないか?」

「何がだ?」

「だって、サガもオレも13年ぶりだろ?。その間、市内だって随分変わってるだろうし、勝手がまるで違っちゃってて、何が何だかわかんないんじゃ……」

カノンが言うと、サガはちょっと考え込むように黙ってから

「大丈夫だろう。多少は様変わりしているだろうが、地理が大きく変わったわけでもあるまいし、そんなに青くなることでもなかろう」

平素のサガらしくもなく、少々気楽な答えを返して立ち上がった。

「明日は午前中のうちにはでかけるからな。服は後で用意しておくから、少し早く起きてきちんと着替えるのだぞ」

サガは一方的にそう言い置くと、まだ心配そうにしているカノンを残してさっさと風呂へ行ってしまった。どこのバカがパジャマのままで市内になど行くか!と思いつつ、神経質な割に変なところだけ大雑把な兄の性格にカノンは溜息をついた。





翌日、眠い目を擦りながらカノンは10時ちょっと前に起床した。

「遅いぞ、早く朝食を食べろ」

もうすっかり身支度を整えたサガに軽く叱られ、カノンはのろのろと席につくと遅めの朝食を食べ始めた。

「怒るくらいなら起こしてくれればいいのに……」

サガがコーヒーを入れてカノンの前に置いてやると、カノンは不貞腐れ気味に文句を言った。

「何を言っている、3回も起こしただろう。その都度、お前はちゃんと返事を返したではないか!」

「へ?、ウソ、知らないよ」

トーストを噛りつつ、カノンがそう言い返すと

「嘘などつくわけないだろう。大体3回目にはきちんと会話もしたのだぞ」

眉を顰めて、サガも言い返した。

「会話ぁ?」

「そうだ。卵はボイルとスクランブル、どっちがいい?と聞いたら、お前はスクランブルがいいと答えたではないか!」

言われて皿の上に目を落とすと、確かにスクランブルエッグが乗っている。だがカノンには、そんな会話をした記憶など全く残っていなかった。

「ええ〜?、オレそんなこと言ったっけ?」

不思議そうにカノンがサガに聞き返すと、サガは呆れて

「お前、まだあの寝ぼけ癖が残っていたのか……?」

マジマジとカノンの顔を見ながら呟いた。

カノンは幼いころより、ちょっとした寝ぼけ癖があった。別に寝てる間にベッドを抜け出て歩き回るとか、そう言う寝ぼけ癖ではないのだが、寝入りばなや起床の時に話しかけられたりすると、その時はきちんと会話をするものの、後で聞くと本人は全く覚えていないと言う、変な寝ぼけ癖なのだ。厄介なのはその時交わした会話が、きちんと会話として成立するものであると言うことだ。とても寝ぼけているとは思えないような、しっかりとした返事を返すものだから、起きている方はきちんと話が成立したものだと思ってしまう。だがカノンにはそんな記憶はこれっぽっちも残っていないから、後でこのように完璧に話が食い違ってしまうのだ。

カノンはイマイチ腑に落ちなさそうに首を傾げたが、そう言えば子供の頃にも何度かサガにはこの寝ぼけ癖を指摘されたことがあった。最も、こればかりはどんなことしても直しようがないし、大体がして自分の記憶に全くないことなのだから、直さなきゃとか言う危機感も全く持ちあわせていないカノンであった。

サガは小さな溜息をついてから、早く食べてすぐ支度しろ……と言い残し、ダイニングを出ていった。




「サガぁ〜。この服さぁ、何かちょっと苦しいんだけど……」

サガに用意されたローブを着たカノンは、窮屈そうに身を捩りながらサガに言った。

「苦しいわけないだろう?。私とお前はサイズが全く同じなのだぞ」

サガの私服はどれもサガのサイズに合わせて作られた、いわゆるオーダーメイドである。身の丈身の幅ジャストサイズで、1mmたりとも無駄な部分や足りない部分はない。他の者ならいざ知らず、この世で唯一サガと全く同じ体形をしているカノンに、サイズが合わないわけはないのだ。

「んなことわかってるって〜。そう言う意味の苦しさじゃないんだよ、何かこう、きちっとしすぎて着心地悪いって言うかさぁ〜」

こんな風にきっかりとしたローブを着るのは、カノンはそれこそ13年ぶりどころの騒ぎではない。元々カノンはサガと違って軽装を好む傾向が強く、ましてやここしばらくはずっとパジャマで過ごしていただけに、何か息が詰まるような窮屈さを覚えずにはいられなかったのだ。

「だらしなく寝間着姿でなんかいたからだ。すぐに慣れる。少しの間我慢しろ」

だがやはりサガはこう言うことには全く容赦はなかった。嫌だと言って脱いでみても、他に着るものがないだけに、ここはカノンとしても我慢するしかないのはわかっているのだが、この格好で今日一日を過ごすのかと思うと、さすがにうんざりせずにはいられなかった。
カノンがこの堅苦しさから少しでも逃れようと大きく息を吐きだした時、双児宮の玄関の扉が叩かれた。

「……誰か来たよ」

「すまんが出てくれ。裏口の鍵を締めてくるのを忘れた」

カノンは嫌そうに顔をしかめたが、サガは全くとりあわずに裏口の方へ行ってしまった。仕方なく、カノンは玄関に向かった。本当はまだ、来訪者の応対などはしたくないのだが……。

カノンが小さく玄関の扉を開けると、カノンもよく見知った人間がひょいとその隙間から顔を出した。

「ミロ……」

そこに立っていたのは、蠍座の黄金聖闘士・ミロであった。

ミロはカノンが中途半端に開けた扉に手をかけて、それを大きく開け放つと、今度は無言のままカノンのことをじ〜っと見つめて

「なぁ、お前は兄貴?、弟?」

そう唐突に聞いてきたのである。

「……弟だけど……」

何だこいつ?と思いながら、カノンは短く答えた。

「ふぅ〜ん、カノンかぁ〜。やっぱセパレートで出てこられると、見分けつかねぇな」

相変わらずカノンの顔をじっと見ながら、ミロは独り言のようにそう呟いた。

「何か用か?」

素っ気無くカノンが、ミロに用件を聞く。朝っぱらから(と言ってももう11時近いのだが)一体何の用があってわざわざ双児宮まで下りてきたのだろうか?。

「ん?別に用事って程でもないけど。サガは?」

「……居るけど?」

「入っていい?」

ミロに聞かれ、カノンは気は進まなかったが、結局ミロを私室の中へ入れた。どうやらサガに用事があるらしいし、となると無下に追い返すわけにはいかなかった。

「サンキュ」

気さくに声をかけて、ミロは中へ入った。勝手知ったる何とやらと言った感じで、ミロはどんどんと私室の中へ入っていった。カノンが慌てて、ミロを追いかける。

「ミロ」

2人がほぼ同時にリビングに入ると、ちょうどサガも裏口から戻ってきたところだった。サガがミロの姿を見て、軽く目を瞠る。

「サガ」

嬉しそうにサガの名を呼び、ミロはサガに駆け寄った。その後を、ゆっくりとした足取りでカノンがついていく。

「どうしたんだ?、ミロ」

いきなりのミロの訪問に、サガは何かあったのかと表情を固くする。

「ん?、いや別に……って、カノン、ちょっとこっち!」

サガの問いにろくすっぽ答えることもせず、ミロはいきなりカノンの方を振り返るとおもむろにその手を取って引っ張り、サガの隣に並ばせた。

「うわぁ〜、やっぱ2人並んでも見分けつかねえや。等倍コピーみたい。でも壮観だなぁ〜」

カノンが抗議の声を上げるより先に、並んだ(と言うか強制的に並べた)サガとカノンを交互に見遣って、ミロは感心したようにと言うか楽しそうにそう言って、にこにこと笑っていた。

「……ミロ、お前一体どうしたんだ?。いきなり訪ねてくるなんて、何か急事でもあったのか?」

ミロの訳の解らない行動に呆気にとられて言葉を失っているカノンを尻目に、サガは真顔でもう一度ミロに突然の訪問の理由を問い質した。

「別に。ただ遊びに来ただけだけど?」

「はぁ?!」

サガとカノンが、同時に声をあげた。

「だから、遊びにきただけだけど……」

あっけらかんと言われて、今度はサガまでもが呆然とした顔でミロを見た。

「いけなかった?」

「いや、別にいけなく……はないが……」

サガが複雑な表情を浮かべながら言うと、ミロはにっこりと笑って

「だってさ、サガがここに帰ってきたの、久しぶりじゃん。昔よく遊びに来たな〜って思い出したら、懐かしくて嬉しくなっちゃってさ、来ちゃった」

言いながら懐かしそうに、双児宮のリビングを見回した。

ミロが黄金聖闘士になったのは、まだそれこそ10歳にも満たない遊びたい盛りの子供の頃であった。8歳年長のサガとアイオロスは当時、幼い新人黄金聖闘士達の教育係兼世話係で、とりわけサガによく懐いていたミロは、双児宮に頻繁に出入りしていたのである。

「そうか……」

ミロに言われて、サガも当時のことを回想し、懐かしさに口元を僅かに綻ばせた。ミロや皆を欺いてきた13年間の罪悪感が、この時サガの心の中で頭を擡げたが、目の前のミロの屈託のない無邪気な笑顔は瞬く間にそれを消し去ってくれた。

ミロには全く他意はない。いや、逆にミロはサガが自ら閉じ篭もろうとして作っていた殻を、外から破ってくれたのである。サガと昔同様の関係を取り戻すために。

「でも……」

不意に、ミロの表情が曇った。

「ん?」

「もしかして、どっか出かけるとこだった?」

何となくそんな雰囲気を察したのか、ミロはサガとカノンをまた交互に見遣りながらそう聞いた。

「う……うん、ちょっと買い物にね」

言葉を濁らせつつ、サガが頷く。

「買い物って、どこに?」

「アテネ市内まで、ちょっと。カノンの服とか、買ってやらなきゃいけないから」

「ああ、やっぱこれ、サガの服か。それじゃ尚更、見分けがつかないわけだ」

白地のローブを着たサガと、薄いブルー地のローブを着たカノン。全く同じ服を着ているわけではなかったが、元々は両方ともサガの服だから、そこはかとなくサガっぽい雰囲気が出るのも無理はない……と、ミロは思っていた。

そう言う問題じゃないような気がする……とカノンは思ったが、面倒臭かったので口には出さなかった。

「でもさ、この格好でアテネ市内行くの??」

不審そうにミロに聞き返され、サガは眉を顰めた。

「……何かおかしいのか?」

「おかしいっつーか……これじゃさ、モロ聖域から来ましたって言ってるみたいなモンじゃん。スゲー目立つよ?」

ミロに言われて、サガとカノンは思わず顔を見合わせた。

「フツーの、一般人と同じカッコしてった方がいいと思うけど」

「普通の格好……と言われても、私にとってはこれが普通だし……。これがダメだと言うなら、聖衣着て行くしかないな」

「え〜?、じゃ、オレはパジャマぁ?」

結構真顔でそう答えられ、ミロは思わず頭を抱えそうになった。

「お前達、兄弟揃ってマジボケ?」

聖衣なんか着ていったら、目立つとか目立たないとか、普通だとか普通じゃないとか以前の問題だ。確かにこんな閉鎖された空間にいるのだから、多少感覚がズレるのも仕方ないかも知れないが、聖衣はないだろう、聖衣は。一方の弟の方も、サガに合わせているのか、それともこちらも世間知らずのマジボケなのか……多分、後者であろうなとミロは思った。どっちにしろ、どうやらこの兄弟は2人揃って少々天然の気があるようである。

ミロは腕組みをしてう〜んとしばし考えた後、

「サガとカノンってさ、サイズは全く同じなんだよね?」

サガの服を全く問題なく着こなしているところを見るとわざわざ聞くまでもなさそうだったが、ミロは確認の意味も込めてカノンの方にそう聞いてみた。

「ああ」

カノンが短く答えて頷いた。するとミロはいきなりずいっとカノンとの距離を縮め、本当に真正面至近距離に立つと

「身長はいくつだっけ?。オレと大差ないよね?」

自分より僅かに高い位置にあるカノンの目を見上げながら、そう聞いた。

「188……だけど……」

何となく気圧され気味に、カノンが答える。

「3cmか。ないに等しい身長差だな。ちょっとゴメンよ」

言うなりミロは、いきなりカノンの腰を両手で掴んだ。思わず、ぎゃっ!とカノンが悲鳴をあげる。

「おまっ……いきなり何す……うわっ!」

カノンが文句を言うも、お構いなしにミロはカノンの腰を撫で擦り、その曲線に添って尻から太股まで手を這わせた。

「くっ、くすぐったいっ!やめろ、ミロっ!」

堪らずカノンが悲鳴混じりの声を張り上げると、ミロはやっとカノンの体から手を外した。

「OK、わかった。ちょっと待ってて、すぐ戻るから」

ミロはそう言うと、サガとカノンの返事も待たずに双児宮を飛び出していった。

「なっ……何だよ?、あいつ!。ワケわかんない……」

ミロに撫でさすられた腰を押さえながら、カノンはぶつぶつと呟いた。その横でサガは呆気に取られていたが、やがてぷっ、と小さく吹き出すと、くすくすと笑い出した。

「全くあいつは、子供の時から全然変わらんな……。無邪気で元気で真っ直ぐで慌ただしくて……」

「……つまりそれは、全く成長してねぇってことじゃんか……」

「そうでもないぞ。生意気に人の気持ちの裏側を読みとるようになったらしい」

「えっ?」

カノンは短く聞き返したが、サガはそれ以上は何も言わず、ただ穏やかな笑みを浮かべているだけだった。

10分もしないうちに、ミロは片手に数着の衣服を、片手に靴を抱えて戻ってきた。

「はいっ、これ着て!」

「……何だよ?、これ」

「オレの服。サイズは大丈夫のはずだからこれ着ろよ。はい、サガも!」

言いながらミロは、Tシャツとジーンズをカノンに渡し、サガにもシャツとジーンズを放った。

「何故お前の服を着なければならんのだ?」

サガが不思議そうに渡された服を見ながらミロに聞く。

「それがいわゆる、フツーの服ってやつだよ。街の奴らはそーゆー服着てんの。それ着てれば変に目立ったりしないから」

「お前、それでオレの体ベタベタ触ってサイズ計ってたワケ?」

ミロの意図を理解したカノンが、軽く顔をしかめながらミロに聞いた。

「うん、そう。上はともかく、下はウエストとか腰回りとか、サイズ合わなかったら履けないからなぁ」

「だったら口で聞きゃいいだろ、口で!」

「お前、ジーンズのサイズ表示知ってんのかよ?」

そうミロに言い返され、カノンは返答に窮した。ほらみろとでも言いたげに、ミロはニヤリと笑った。

「とにかく、着替えなよ。ホラ早く」

ミロに急かされ、サガとカノンは渋々と渡されたミロの服に着替え始めた。





「……何か、襟元がちょっと……スースーするのだが……」

コバルトブルーの大きめのシャツに身を包んだサガは、着心地が悪そうに大きく開いた襟元を押さえた。

「サガはいつも、カッチリした服を着すぎなんだよ。慣れたらそっちのが全然楽だぜ」

「いやでも……私にはその、あまりこういう服は似合わないと思うのだが」

「そんなことないよ。サガくらいタッパあってスタイルよくて美人なら、何着たって似合うんだから」

自信満々にミロにそう言われ、サガは照れくささに頬を染めた。褒めてくれるのは嬉しいが、そうストレートに言われると言われた方が赤面してしまう。

「これ、楽でいいなぁ〜」

黒地のTシャツとジーンズに身を包んだカノンは、サガとは反対にこの服装がいたく気に入ったようである。
「サガ、オレ、こういう服欲しい!」

そしてカノンはサガの前に行くと、自分のTシャツの裾を掴みながらそうねだった。どうやらカノンは、すっかりとこのスタイルが気に入ったようである。

「……お前が欲しいと言うのなら構わんが……」

私服の趣味までとやかく口を出す気はないが、サガはちょっと困ったように眉間を寄せた。こういう感じの服が、どこに売っているのかサガは知らないのである。買ってやるにしても、どこに行けばいいのかわからないのでは話にならない。まぁ、市内に行けば何とかなるにはなるだろうが。

「そうだ、ミロ、お前時間あるか?」

ふと思いついたように、サガはミロに尋ねた。

「えっ?、時間?」

「ああ。もしその、時間があったら……急で申し訳ないのだが私達の買い物につき合ってもらえないだろうか?」

ミロは驚いたように目をぱちくりとさせて、サガを見た。

「それで、よかったらいつもお前が服を買っている店に、連れていってもらいたいのだが」

わけもわからず歩き回るより、ミロがいつも行っている店に連れていってもらうのが一番確実である。そう思ったサガは、いきなりで悪いと思いつつ、ミロに同行を頼んでみたのである。

「時間なんか余ってるケド……ついてっちゃっていいの?」

元々ここに遊びにやってきたミロである。この後の予定などあるわけもなく、はっきり言って暇だったのだ。

「ああ。お前の助言をもらいながらの方がカノンも服を選びやすいだろう。それに私もカノンも市内に出るのは13年ぶりで、不案内だしな」

「おう、そうだよ、一緒に来いよ、ミロ」

カノンも機嫌良く、サガに同意した。

「……うん!」

少し間を置いた後、ミロは嬉しそうに満面の笑顔で頷いた。


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