「サガ……」

カノンがリビングを出ていくと、アイオロスはサガを追ってキッチンへと入っていった。

「ん?、どうした、アイオロス」

サガが肩越しに振り返ると、アイオロスはもう真後ろに立っていた。サガがその素早さに驚くより先に、アイオロスにその顎を取られて、瞬く間に口づけられた。サガはびっくりして一瞬目を大きく見開いたが、すぐにそれを閉じると体の力を抜いてアイオロスのするがままに任せた。

「……いきなりすまんな。けど、こればかりは、カノンにはしてやれないから……」

程なくして名残惜しそうにサガの唇を解放したアイオロスは、照れくさそうにそう言って頭を掻いた。サガはほのかに頬を朱に染めると、口元にはにかんだ笑みを浮かべながら僅かに俯いた。

「その、サガ……明日にでも、よかったら……」

「サガ〜、おやつもう一匹分追加〜!!」

アイオロスがサガにデートの誘いをかけようとした時、リビングから響いてきたカノンの声がそれを遮った。それを受けてキッチンを飛び出していくサガを見て、アイオロスは残念そうに溜息をついた。





カノンがリビングに戻ると、そこに居るはずのアイオロスの姿がなかった。どこに居るのか一発でわかったカノンは、わざと大声でキッチンのサガに声を掛けた。するとすぐにサガがキッチンから顔を出し、それにやや遅れて後ろからアイオロスが顔を出した。カノンが軽くアイオロスを睨むと、アイオロスはバツが悪そうに苦笑した。

「どうした?、カノン、一体誰が来……」

「サガぁ〜!誕生日おめでとぉ〜!!」

カノンの後からリビングに入ってきたミロは、キッチンから出てきたサガの姿を見止めると、嬉しそうに声をあげてサガの側へ駆け寄った。

「ミロ……わざわざ来てくれたのか?」

「あったりまえじゃん!。はいっ、これ誕生日プレゼント!」

ミロが張り切って持ってきた花束をサガに差し出した。

「何だ、ミロ、お前もバラの花束か……」

それを見て声をあげたのは、サガではなくてアイオロスだった。

「お前も……って?」

ミロがアイオロスを見ると、アイオロスは目線で二カ所を指した。ミロがそこに視線を移すと、リビングのテーブルの上には白いバラが生けてあり、サイドボードの上には赤いバラの花束が置いてあった。

「しかもお前、それアフロディーテのところからもらってきただろう」

自分のことを完璧に棚に上げてアイオロスが言うと、

「何でアイオロスがそのこと知ってんだよ?!」

驚いたようにミロがアイオロスに聞き返す。それはそいつも同じことをしてるからだ……と、カノンは内心で呆れながら呟いた。

「お前の行動パターンなどお見通しだ」

偉そうに言うアイオロスに、言えた義理かと思わずツッコミたくなったカノンである。

「アイオロス!」

途端にしょぼんとしてしまったミロを見て、サガが横目でキッとアイオロスを睨む。そうしておいてからサガはミロの手から花束を受け取ると、

「ありがとう、ミロ。嬉しいよ」

ミロの目を覗き込みながらそう言って、サガは優しく微笑んだ。途端にミロの顔がパッと明るくなる。

「やはりアフロディーテのバラは素晴らしいな。これも本当に綺麗だ」

ミロが持ってきた薄いピンクのバラを見ながら、サガが言う。色が異なれば自ずと趣も異なる。この3種類のバラは、それぞれの魅力で双児宮内を彩ってくれるだろう。

しかしアイオロスの気持ちもミロの気持ちも素直に嬉しいが、アフロディーテはいい災難だったなと思わずにはいられない。明日にでもアフロディーテに改めて礼を言いにいかねば……と決意する苦労性のサガであった。

「やっぱサガだよな!。サガならわかってくれるって、喜んでくれるって信じてたよぉ!」

ミロの表情が瞬く間に一転し、嬉しそうにそう言うなりサガに抱きついた。

「お、おい、コラ、ミロ……」

サガは花束を庇いつつ、子犬のようにじゃれついてくるミロを窘めたが、その顔は笑っていた。その横でアイオロスは、サガにじゃれつくミロをしかめ面で見ていた。さすがにこれだけは真似できないアイオロスが、大人げなくヤキモチをやいているらしいことは、一目瞭然である。

カノンはカノンで、アイオロスとはまた別の思いでその光景を眺めていた。

ミロは大変にサガに懐いている。カノンには対等なレベルで接してくるミロも、サガの前に出ると途端に子供のようになる。余りにも態度の違いがはっきりしているので、カノンは一度ミロの親友・カミュに何か理由でもあるのかと聞いたことがあった。

『ミロは聖域に連れてこられた時、ホームシックになってよく泣いてたんです。それをいっつも優しく慰めてくれたのがサガだったので、甘え癖が抜けないんでしょう』

カミュはそう言って、笑っていた。確かにカミュの言う通り、ミロのサガに対する態度も、サガのミロへの接し方も、昔から全く変わってないのであろう。

「お前ね、そー言うことすると花が潰れるぞって、さっきから言ってるだろうが」

カノンがサガに纏わりつくミロの首根っこを掴んで、サガからミロを強制的に引き離した。別にアイオロスのようにヤキモチをやいているわけではなかったが、放っておくといつまでもじゃれついてそうな勢いだったので、とりあえず止めに入ったのである。そうしないといつまで経ってもおやつにありつけないからだ。

「何すんだよ、カノン」

首根っこ掴まれた状態のミロは、ぎこちなく身じろぐとカノンに向かって抗議の声を上げた。

「お前が邪魔してると、いつまでもおやつが出来ねんだよ」

「へ?、おやつ??」

「そう。今サガが作ってんだよ。お前も食いたきゃおとなしくしてろ」

カノンの言葉にミロは目を輝かせ、大きく2度3度と頷いた。

「アイオロスもこっち!」

カノンは強めの口調でそう言って、アイオロスを手招きした。サガの側でサガがパンケーキを作るところを見ていたいと言うのがアイオロスの本音だったが、カノンの言葉に逆らいがたい何かを感じ取り、渋々とアイオロスもリビングに戻った。





30分後、ダイニングにサガの作ったパンケーキが4人分、ホカホカの湯気と共に甘い匂いを漂わせてていた。

「いっただきまぁ〜す!」

サガがコーヒーを淹れる間も待たずに、ミロは一番にそれに手をつけた。それに倣ってアイオロスも、パンケーキにナイフを入れた。

「うん、んまいっ!!」

一口食べたミロが、声を上げた。

「ああ、本当に美味いな……」

そして何やら感慨深げにアイオロスが同意する。そんな2人ににこやかに応じながら、サガは2人の前にコーヒーを置いた。

「あれ?、どしたの?、カノン。食わないのか?」

パクパクと食べていたミロが、自分のパンケーキをじっと見つめたまま手をつけようとしないカノンに気づいて、声をかけた。

「ん?、いや、食うよ、もちろん」

慌てたようにそう応じて、カノンはのろのろとナイフとフォークを取った。カノンの前にコーヒーを置きながら、サガは密かに息を詰めて、それを見守った。

一口食べたカノンは、そのまま数秒間動きを止めた後

「……変わってない……」

呟くようにそう言ってサガの方に顔を上げると、サガに向かって本当に嬉しそうに微笑んだ。カノンの笑顔にサガはホッとしたように小さく息をつくと、同じようにカノンに向かって柔らかな笑顔を返した。

「何?」

目の前のサガとカノンの様子に、いつもと違う何かを感じたミロは、隣のアイオロスに小声で聞いた。

「何でもない。おとなしく食え」

アイオロスも小声でそう返して、くしゃっとミロの頭を撫でた。ミロは一瞬怪訝そうな顔をしたものの、すぐにまた意識をパンケーキの方へ戻した。





「んまかったぁ〜。サガってこう言うの作るのも上手いんだね」

パンケーキをきれいに平らげたミロは、満足そうに笑いながらサガに言った。

「そうか?。そんなに褒められるほどのものでもないが、口に合ってよかったよ」

サガは笑顔で応じながら、ミロに2杯目のコーヒーを入れてやった。

「いや、本当に美味かった」

サガのパンケーキを初めて食べたアイオロスも、別の意味で感動することしきりであった。サガはちょっと照れくさそうに苦笑し、アイオロスにも2杯目のコーヒーを入れた。

カノンは黙ったまま特に何も言わなかったが、それは言葉にする必要がなかったからだ。何も言わなくてもカノンの気持ちは、サガには伝わっている。今のカノンは無条件でそれを信じることが出来ていた。

「ねぇねぇ、また作ってくれる?」

「ああ、いつでも来るといい」

「ホント?。やったぁ!」

サガとミロのそんな会話を横で聞きながら、誰の兄貴だと思ってんだ、こいつは……とつい呆れてしまうカノンであった。最も、どうにもこうにもミロを憎めないのはカノンも同じで、そう言う意味ではサガの気持ちが分からないでもなかった。

「ミロ、これを飲んだら帰るぞ」

すっかり寛ぎモードに入っているミロに、コーヒーを飲みつつアイオロスが釘を刺した。え〜っ、もう?と不満そうに言ったミロであったが、すぐにアイオロスの真意を察して頷いた。

「何もそんなに焦ることはないだろう。ゆっくりしていけばいい。お前達さえよければ、夕食を一緒にどうかと思っていたのだが……」

「えっ?!」

サガに引き止められ、アイオロスとミロは同時に短く声を上げた。

「大したものはないが、どうせ支度をするのだし……。一緒に作るから、良かったら食べていってくれないか?」

サガが言うとアイオロスとミロは思わず顔を見合わせた。

「でも……」

歯切れ悪く言いながら、アイオロスとミロは同時にカノンの方へ視線を移した。

何でオレの方見るんだよ?と思いつつ、2人の言わんとしていることが嫌でもわかったカノンは、

「サガがいいっつってだから、そうすれば?」

小さく溜息をついてから、素っ気無くそう言ってやった。アイオロスとミロの表情が、途端に嬉しそうなそれに変わる。ほんっっとに解りやすい奴等だ……と、カノンは呆れ、サガはくすっと笑いを溢した。

「それならば、私達が何か作ろう。今日はお前達の誕生日なのだし、サガはゆっくりするといい」

俄然張りきってアイオロスが言い出し、強制的に隣のミロをも巻き添えにした。だがそれを聞いたサガとカノンは、思わず顔を引きつらせて、同時にふるふると首を横に振った。アイオロスとミロの料理など、考えただけで恐ろしい!。サガとカノンでなくても、即座に遠慮したい代物なのである。

「冗談じゃない、お前達の作ったモンなんか誰が……」

文句を言いかけたカノンの口を、サガが慌てて塞ぐと

「ア、アイオロス、ありがとう……。その気持ちだけで充分だ。すごく嬉しいよ」

差し障りのない言葉でやんわりと断り、サガはややぎこちない笑顔をアイオロスに返した。そうか?とアイオロスは残念そうにしたものの、サガの笑顔と言葉に惑わされて本音の方は全くわからなかったようである。

「ねぇねぇ、それじゃあさ、他の連中も呼んでパーティにしちゃおうよ!」

「えっ?!」

ミロのいきなりの提案に、3人は一斉にミロを注視した。

「みんな呼んでさ、みんなで料理作ってさ、みんなでサガとカノンの誕生日祝おうよ!、ねっ?!」

子供のように目をきらきらとさせながら、ミロが言う。

「おい、ミロ、いくら何でもそれは……」

さすがにアイオロスが渋い顔をした。そんなことをしたら、サガとカノンを今日くらいは静かに過ごさせてやろうと言う当初の配慮が、全て無になるからだ。

「いいじゃん。オレ達がもう邪魔しちゃってるんだから、あと何人増えたって同じだろ?」

言われてアイオロスは絶句した。確かにそれはミロの言う通り、自分たちが今ここにこうして居る時点で、充分サガとカノンの邪魔をしているのだと言うことを、アイオロスは今更ながら再認識したのだった。

「材料持ち寄って料理はみんなで作るからさ、サガはゆっくりしててくれればいいんだ」

「いや……私達は構わない……が、こんないきなりでは皆に迷惑だろう。と、言うか、急すぎて無理なのではないか?」

ミロの気持ちは嬉しいが、些か急すぎると言うものであろう。皆それぞれに都合というものがあるだろうし、さすがに今からと言うのはかなりの無理がある。サガが控えめに苦言を呈したが、ミロは全く意に介さなかった。

「だいじょぶだよ。だって最初みんなでパーティーやろうって言ってたんだもん。でも今年くらいはサガとカノンと2人きりにしといた方がいいんじゃないかって思って見送ったんだけど、こう言う状況になったらいっそのことパ〜ッとやっちゃった方がいいじゃん。オレとアイオロスだけじゃ、後でみんなに恨まれるモン」

こう言う状況を作り上げた張本人の1人がよく言うぜとカノンは思ったが、表面に浮かんだのは満更でもない笑顔であった。

「ねぇ、いいだろ?、サガぁ〜……」

ミロ得意のおねだり(?)攻撃に、遂にサガも折れた。

「……わかった。そう言うことならお前の言葉に甘えよう。だがくれぐれも無理強いはするんじゃないぞ。皆、都合というものがあるのだからな」

子供に言い聞かせるときのようにサガはやんわりと釘を刺したが、ミロは大きく頷きはしたものの、どこまでしっかりとそれを聞き入れているのかは甚だ疑問であった。

「うんっ、わかった!。それじゃオレ、今からみんなに声かけてくる!」

サガの許しを得て水を得た魚のように元気を増したミロは、大張切りで席を立つとダイニングを飛びだしていった。

「……何ちゅう慌ただしい奴だ……」

呆れたようにカノンが呟いた直後、光速に近い勢いで飛びだしていったミロが、また光速に近い勢いでダイニングに戻ってきた。何だ?!と思う間もなく、ミロはいきなりカノンの側に来て有無を言わせずにその手を掴んだ。

「一緒に行こ!」

言うなりミロは、カノンの返事を待たずに半ば強引にその腕を引っ張り、カノンを連れてまた光速に近い勢いで双児宮を飛び出していった。

「バカだね、あいつは……。主役の1人を連れていってどうするんだ」

呆気にとられてそれを見ていたアイオロスが、やれやれと肩を竦めながらそう呟いた。サガは妙に楽しげに、くすくすと笑っている。

「全く、サガは昔からミロを甘やかし過ぎなんだ。本当に良かったのか?、却って迷惑なんじゃ……」

サガの方に振り返ってアイオロスが申し訳なさそうに言うと、サガは首を左右に振った。

「そんなことはない。さっきも言ったが、私達は全然構わないのだからな」

「すまないな。お前達の邪魔をしてしまったみたいで……」

「いや……私はありがたいと思っている。何より、カノンが喜ぶからな」

「カノンが?」

アイオロスは意外そうに目を瞠った。

「あれは……物心ついた時から今まで、私以外の人間に誕生日を祝ってもらったことがないのだ。しかも私が一緒にいてやれたのも、ほんの幼い頃の話だし……。海底にいた間のことは知らんが、あれのことだ、口が裂けても海闘士達にそんなことは言わなかったろう。だから……」

サガはそこで言葉を切り、カノンの今までに思いを馳せるかのように目を伏せた。

「……そうか……」

アイオロスは、出会って数ヶ月のカノンのことはまだよくはわからない。知っているのは、サガと双子の兄弟として生まれながら、たった1人の兄と引き離され冷遇され続けてきたという事実だけだ。どんなに考えてみても、カノンが受けたであろう悲しみや苦しみ、悔しさの全てを、アイオロスが理解することはできない。だが双子の兄であるサガにはわかるのだ。例えカノンが、何一つ言葉にしなくても。

「そう言うことなら、今年は集まった人間で盛大にやることにしようか」

努めて明るくアイオロスが言うと、サガは顔を上げ、アイオロスに笑顔を返して頷いた。

「さて、それでは急いで片づけねばな」

一体何人来てくれるかはわからないが、とにかく皆が来るまでにはきれいに片づけておかねばならない。サガは立ち上がり、テーブルの上の汚れた食器を手早く片づけ始めた。

「手伝おう」

アイオロスも立ち上がり、サガを手伝い始める。

「いいよ、アイオロス、大した量ではないのだから手伝う必要はない。座っていろ」

「いいじゃないか、たまには手伝わせてくれ」

アイオロスはサガの手にしていた食器まで取ると、何故かちゃっかりサガを伴ってキッチンへと向かった。ここにカノンが居たら、テメー1人でやりやがれとでも言われて蹴りの一つも食らったであろうが、幸いにして今双児宮にはサガと自分の2人だけだ。要はアイオロスは、何かにかこつけてサガとぴったりと寄り添っていたかっただけの話なのである。

サガにしてみれば却って邪魔なだけなのだが、こうなるとアイオロスには何を言っても無駄なので諦めて好きにさせることにした。

そしてアイオロスは、結果としてサガと2人きりになる時間を自分にくれたミロに、この時ほんのちょっとだけ感謝していた。


END


【あとがき】

う〜ん、何じゃこりゃ?!って感じの話ですね。

双子誕生日話を書いたのはこれが2本目ですが、いずれもカノンちゃんに重点を置いて書いてみました。ホントかよ?ってツッコミ入れられそうなんですが、とりあえず誕生日には全くいい思い出などないであろうカノンちゃんに、ほんのちょっとでも幸せな思いをさせてあげたいなぁ〜なんて思ったので……。当初思ってたのと全く違う話になっちゃったのには愕然としましたが、実はこれもいつものことだったりもします。要は力量が全然足らん!と言うことなのですが(^^;;)。

聖闘士星矢は書き始めたばかりなので、随所に不慣れが滲み出てますが(言い訳です・笑)、寛大にお許しいただけると幸いです。これからもっと精進いたします。



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