Happy Birthday to Milo
天蠍宮(ウチ)の玄関のドアが来客者を告げるノックの音を響かせたのは、オレが明日の誕生日デートに備えて早めに寝ようと寝室に向かいかけた時だった。
もしかしてカノンが来たのかな? いや、でもカノンだったらノックなんかせずに入って来るし、カミュやアイオリアにしても然りなので多分違う。
律儀にノックなんかするのは……サガかムウあたりかな?。

「誰?」

いずれにしても聖闘士であることだけは間違いないので、オレは小宇宙でそう呼びかけてみた。

「こんばんは、ミロ。氷河です」

「氷河!?」

すぐに小宇宙で返事が来たが、十二宮にいる黄金聖闘士の誰かだと信じて疑ってなかったオレは、予想外のその来訪者に些か驚かされた。
何で氷河がこんな時間にウチに来るんだ? カミュのところにでも来たついでか? いや、でもカミュには今日の昼間に会ったけど、氷河が来るなんて一言も言ってなかったしな。
ていうか、いくら聖闘士とはいえ、非常時でもないのに子供がこんな夜中に出歩いてちゃダメじゃん。

「お前どうしたんだ? こんな夜中に。とにかく早く中に入れよ。寒いだろ」

と言ってオレは氷河に入室を促したが、言ってしまった後になって最後の一言は蛇足だったと気付いた。
氷点下ウン十度の場所で、ノースリーブのTシャツ1枚で平気な顔して暮らしてたような氷属性人間に向かって言う言葉じゃなかったな。

すぐに玄関のドアが開閉した音が響き、程なくして氷河がリビングに姿を見せた。
が、オレは氷河より、氷河が連れてる人間の方を見て度肝を抜かされた。

「カ、カノンッ!?!?」

思わず名を呼んだその声がものすごく上ずってしまったことに自分でも気付いたが、そうは言ってもこれは驚くなという方が無理な話だった。
だって氷河に連れられて来たカノンの頭に、ウサ耳がくっついてんだもん……。

「あの、ミロ、お誕生日おめでとうございます!」

唖然呆然として次の言葉が出てこず、絶句したままのオレに向かって氷河が言った。

へ? 誕生日? 誕生日ってそれは明日……ん?。

言われて時計を見ると、確かに時刻は午前0時を回っている。
つってもほんの2分くらい過ぎた程度だけど、でも確かに日付は11月8日、オレの誕生日当日になっていた。
――てことはそのカノンはもしかして?

「それで、あの……誕生日プレゼントです」

と言って氷河は、どうやらここまでずっと手を引っ張って連れて来たらしいカノンをオレの方へ押し出した。
あ、やっぱりそうだ、プレゼントだったんだ! とオレは思ったが、件のプレゼントであるカノンは可愛いウサ耳姿にまったく不釣り合いな、超々々凶悪な仏頂面でオレを睨みつけている。
これだけカノンが不機嫌オーラをバンバン発してるところを見ると、どうやら相当無理矢理ウサ耳をくっつけられて、かなり強引にここに連れて来られたんだろう。
カノンがあっさりこんな格好してくれるわけはないし、ま、想像には難くない。

ただそれはそれとして、あれっ? あれあれあれ? 何で氷河がこのプレゼントを持って来てくれたわけ?。

「もしかして気に入りませんでした……か?」

何も言わないオレに不安を覚えたからしい氷河が、カノンの背後から顔を出して恐る恐ると言った感じでそう聞いて来た。

「えっ!? いやそんな事ない! 全然ない! けど……」

「けど?」

「何でお前がその……カノンをプレゼントにくれたわけ? しかもオレの希望通りの装飾付けて」

確かにオレ、可愛いカノンをプレゼントに欲しいなーっていうリクエストメールは出した。
でもって目の前のカノンは表情を除けばそのリクエスト通りではあるんだけど、でもオレがそれ頼んだの、アイオリアだったはずなんだけど?。

それなのに何で氷河が?。
アイオリアがオレのメールを氷河に見せたとは考えづらいし、まして自分に来たリクエストを氷河に押し付けたとも思えない。
氷河がオレの心を読んだとしか思えないんだが、この状況。
もしかしてこいつ、マジで師匠のカミュですら使えない読心術を使えるんじゃ……? とオレはあれこれ推察したが、氷河から返って来た答えは実にあっさりとした、そして拍子抜けするものだった。

「メールにそう書いてありましたから、その通りにしただけですよ」

「は? メール?」

メール? ああ、確かにこいつからも事前にお伺いのメールはもらってたな。

「はい。オレがミロに出した『誕生日プレゼント何がいいですか?』ってメールの返信に、プレゼントはカノンがいいって書いてありました。カノンをリボンかウサ耳か猫耳でうんと可愛くして、プレゼントしてくれって」

あー、はい、確かにそういう返信メールした覚えはありますが。
――アイオリアに。

「え? てことはまさかオレ、メール返信する相手間違えた?」

ここでオレは、ようやく自分がしでかしたらしいミスに気がついた。

「まさかもクソもねえ。完全に相手間違えたんだよ、このバカ! 脳みそスカスカ野郎!」

カノンが小さいけどドスの利いた低い声で、恫喝するようにオレに言った。
ありゃりゃりゃ、やっぱりオレの間違いか。やっちまったなー、これはちょっとマズったかな?。
でもま、いいや。つかもうしょうがない。済んじまったことは取り返しがつかないんだから、ごちゃごちゃ言い訳しても始まらないもんな。

「それにしてもお前、よくメール解読出来たな。アイオリアへの返信のつもりだったから、オレ普通にギリシャ語で打っちゃってたのに」

さっさと気を取り直して、オレは氷河に聞いた。
氷河とは割と頻繁にメールのやり取りをしているが、当然の事ながらギリシャ語でやり取りをしているわけじゃない。
一応オレの方が日本語も英語も普通に使えるんで、このどっちかを使っている。
まぁ氷河もギリシャ語がまったくわからないってわけではないらしいけど、でもギリシャ人同士が母国語で交わしてるメールを誤訳せずに解読するのはさすがに難しかったんじゃないだろうか?。

「リーディングとヒアリングは出来るんで、何とかなりました。喋る方はまだちょっと難しいけど」

「ペガサスに答え合わせしてもらってたらしいけどな」

相変わらずぶっすーーーーと仏頂面したまま、カノンが氷河の返答にボソッとツッコミを入れた。
ああ、そう言えば日本には星矢が居たか。
あいつにとっちゃギリシャ語も日本語も等しく母国語みたいなもんだから、あいつ通せば問題ないもんな。

ま、それもとりあえず横に置いといて、と。

オレは改めて目の前のカノンを見た。
カノンは腕組みして相変わらずスッゲー仏頂面でオレのこと睨んでるけど、でも、

超 カ ワ イ イ !

思わず絶叫して、オレはカノンに飛びついた。

「すっげー! 想像してた以上にイケてる! 超イケてる! メッチャクチャ可愛い!!! 何この可愛さ、マジ最高っ!」

カノンはオレの行動を予期していなかったらしく、飛びつかれた瞬間ビックリしたように全身を強張らせた後にオレから離れようともがいたが、オレがそう簡単に離すわけがない。
『バカ! 子供の前で恥ずかしいことすんな!』って耳元で小声でカノンに怒られたけど、オレ、そういうの全っ然気にしないから、恥ずかしいなんてこれっぽっちも思わないんだよね。
だから無問題。

「このウサ耳超可愛い! モフモフしてて気持ちいい! って、え? 何これ? あ! ちゃんと尻尾も付いてんじゃん! こっちもスゲーいいモフモフ! 気持ちいいー!」

「バカッ! ケツを撫で回すなっ!」

「ケツじゃないよ、尻尾だよ。だってスゲー気持ちいいんだもん、モフモフ」

「うるせえ! サガみてえなことしてんじゃねえよ!」

カノンの抱き心地とモフモフの触り心地の良さをオレが目一杯堪能していると、遂に切れたらしいカノンが強引にオレの腕を振り解くが早いか、オレの頭を容赦なく(ではなかったみたいだけど)叩いた。

痛ってぇ〜…………って、え? サガみたいなこと? サガみたいなことって言ったよね、今。
何々? サガもカノンのこの尻のモフモフ触って喜んでたの?。
と、オレが叩かれたところを擦りつつ、カノンに聞き返そうとした時、

「喜んでもらえたみたいですね」

タイミングを見計らったように氷河が口を開いた。
その声には、明らかに笑いを堪えているような微かな震えがあった。

「ああ、そりゃもう! 最高のプレゼントだよ。ありがとう、氷河」

氷河に心から礼を言いながら、オレはめげずにもう一度カノンを抱き締め、耳と尻尾をモフモフした。
カノンはいい加減呆れたか諦めたか、これみよがしの深い溜息をついただけで今度はオレを振り解きも引っ叩きもしなかった。

「たださ、リクエスト通りの最高のプレゼントをもらっておいてこんなこと言うのも何だが、お前ギリシャ語で返って来たメールを見て、間違って送られて来たことに気付かなかったのか?」

こうしてちゃんとオレのリクエストに応えてくれたってことは、別におかしいとも何とも思わなかったからではあるんだろうけど、でも普通いつもと違う言葉で返事が返って来たら少なからず不審に思って相手に確認するんじゃないのかね?。
しかもオレはこれまで日本語か英語でしか返信してなかったわけだしな。

「さっきサガにも似たようなこと聞かれましたが、最初は確かにあれ? って思ったけど、忙しかったか何かで普段の癖が出てギリシャ語使っちゃったのかなって思ったんで、特に気にしてませんでした」

予想外に大雑把な答えが返って来て、オレは思わず目を丸くした。

「サガにも言われたって、それじゃお前、もしかしてそれまで間違いに全然気付いてなかったの?」

「はい。サガに言われるまでは全然」

「……その前に気付いてたら、キグナスだってこんなモン用意したりはしないだろ。それくらい察してやれバカ!」

またカノンが小声で、オレの耳元にそう囁いた。
囁いたっていうか、怒られたっていうか、つかさっきからバカバカバカバカって……曲がりなりにも自分の恋人に向かって、しかもその恋人の誕生日当日に少し言い過ぎじゃありませんか? カノンちゃん。

それにしても、氷河も見かけによらず案外抜けてるところがあるんだって、オレも今日初めて知った。
抜けてるっていうか、この場合は年相応の可愛らしさと言ってやった方がいいのかな?。
こいつの場合、美形過ぎて王子様然としてて隙がなく見えるから、ちょっとくらい抜けてるところがあった方がむしろバランスが取れていいかも知れないな。

「とにかく、本当にありがとう氷河。すっげー嬉しいぜ、サンキュー!」

もう一度オレが言うと、氷河は心から安堵したような、そして本当に嬉しそうな笑顔を見せてくれた。
オレ、こいつの師匠じゃないけど、この時ばかりはちょっぴりカミュの気持ちがわかるような気がした。
こんな弟子じゃ、そりゃ可愛くて仕方がなくなるよな。

「それじゃオレ、帰ります」

氷河は満足そうに頷いた後、急に姿勢を正してそう言った。

「へ? 帰るってどこへ?」

「もちろん日本にですよ」

「日本に帰るって、今からか!?」

オレはビックリして思わず聞き返した。
てっきり宝瓶宮に帰るって意味で言ってるのかと思ったら、日本かよ!?。

「はい。今日は平日なんで、これから学校行かなきゃいけませんから」

「平日? 学校? ……あ、そうか! 日本は朝か!」

ここと日本の時差のことすっかり失念してた。
そうだ、日本は普通に平日の朝なんだよな。
でもってこいつは日本で女神を護衛しつつ普通の中学生やってるから、平日は朝からちゃんと学校行かなきゃいけないんだ。
学生ってのも大変だよな。

「カミュに顔見せて行かないのか?」

「はい。カミュのところに行ったらきっと長居しちゃうと思うんで、今日はこのまま帰ります。また近いうちに来ますんで、カミュによろしく伝えてください」

そっか、こいつ今日は本当にオレだけの為に学校行く前にわざわざ来てくれたんだ。
マジで可愛いっていうか、いじらしいことしてくれるじゃん。
さすがのオレも、感動してちょっとジーンと来た。

「わかった、伝えておく。お前に会えなくて残念がるだろうから、なるべく早いうちにまた顔見せに来てやってくれ」

「はい、わかりました。それじゃ……」

「あ、氷河!」

踵を返しかけた氷河を呼び止め、オレは一旦カノンから離れて氷河の傍に行った。

「はい?」

「今日はホントのホントにありがとう」

最後にもう一度礼を言って、オレは氷河の頬にキスをした。
もちろん軽く触れる程度のだけど、オレのせめてもの感謝の気持ちだ。
唇を離して氷河を見ると、氷河は顔を赤くしてびっくりしたように固まっている。
あははは、氷属性人間でも顔はちゃんと赤くなるんだな、マジ可愛いじゃん。

「気をつけて帰るんだぞ」

最後に頭をくしゃっと撫でてやると、固まってた氷河の表情が一気に和らいだ。
はい! と氷河がオレに向かって返事をすると、

「キグナス」

今度はカノンが氷河を呼んだ。

「はい?」

「女神のお手を煩わせてしまったこと、よくお詫び申し上げておいてくれ」

は? 女神? 女神がどうしたって?。
話が見えなくてオレはカノンと氷河を交互に見たが、カノンも氷河もオレには何の説明もしてくれなかった。

「沙織さんは楽しんでやってましたから大丈夫だと思いますけど、でもカノンがそう言ってたって伝えておきます」

「ああ、頼んだぞ」

「はい。それじゃミロ、カノン、失礼します」

「またな」

「気をつけろよ」

氷河はオレとカノンに向かってぺこりと頭を下げ、小走りにリビングを出て行った。
玄関のドアの開閉する音を聞いた後、オレはカノンの傍へ戻り、

「女神にお詫びって、何のこと?」

帰り際の氷河に言っていた事の詳細を改めて聞いてみた。
するとカノンは先刻より更に険しい目つきでオレを一睨みして、

「これだよこれ! これは女神がわざわざ用意してくださったそうだ。しかも特注でな!」

頭のウサ耳カチューシャと尻にくっついてる尻尾をそれぞれ指差しながら、カノンが言った。

「え? 女神が?」

「ああ、そうだ! それもこれも、お前がよりにもよって日本の青銅の小僧にアホメール送ったのが悪いんだぞ!」

そんなこと言ったって間違っちまったもんはしょうがないじゃん。
でも氷河が女神も楽しんでやってたって言ってたのはそういうことか。
確かに女神はこういうのお好きだって聞いてるし、だったら別に大きな問題はないじゃん……と思ったけど、これは言わないでおこう。

「それにしても……」

ま、その辺のことはホントもうどうでもいいや。
済んじまったことをとやかく言っても始まらないし、オレに限って言えば願いが叶って万々歳なわけだしな。
欲を言えばカノンに仏頂面じゃなく笑顔を浮かべて欲しいんだけど……今の段階でこれ言ったら本格的に機嫌損ねるからやめとこ。

「……何だよ?」

「やっぱ可愛いっ!!」

仏頂面でも何でも、やっぱ可愛いよカノン!。
ここにはもうオレ達二人きり。誰の目を気にする必要もなくなったので、オレは再度カノンに飛びつき、目一杯その身体を抱き締めた。

「お前、目ぇ腐ってんじゃねえの!? こんなモンくっつけた28歳の男のどこが可愛いんだよっ!」

「28だろうが30だろうが40だろうが、可愛いもんは可愛いよ。マジ、超可愛い! すっげ似合ってる! やっぱオレの目に狂いはなかったよ、最高!」

「寝言は寝て言えこのバカ!」

お世辞でもなんでもなく、オレは本気の本気で可愛いって思ってるからずーっとそう言ってるのに、何で信じてくれない上にバカバカ連呼するかね?。
今日、この短い時間にカノンに何回バカアホって言われたかな? オレ。

「いいか、最初に言っておくがな……」

もう最初じゃないと思うけど……ま、いっか。

「オレは好きでこんな格好してるわけじゃないんだからな! そこんとこ勘違いすんじゃねえぞ」

「カノンの顔見りゃイヤイヤだってのは最初からわかってたけどさ、それでも最終的には承知してくれたから今この姿でここにいてくれるわけだよね?」

そう自分で言ってて気がついた。
カノンがノリノリでこんなことやってくれるなんて、天地がひっくり返ってもありえないよな。
カノンのこの様子からして全力で拒否ったんだろうけど、氷河の奴、どうやってカノンを説得したんだろう?。

「オレはな、最後まで一言も『うん』と言った覚えはねえんだよ。つか、最初から最後までずーっとイヤだっつってたんだ。それをサガがオレの意思ガン無視して、勝手にキグナスにOK出しちまったんだよ! それでオレに無理矢理こんな格好させやがったんだ、有無を言わせず強制的にな!」

「へ? サガが? 何で!?」

つまりそれって、氷河がカノンの説得に成功したっていうわけではなく、サガがお兄ちゃん特権を行使してカノンを力技で押さえつけて捩じ伏せてくれたってことだよな。
サガが相手じゃカノンが拒否しきれなかったのも無理はないけど、でも何でサガがそんな盛大な援護射撃してくれたんだろう?。

「さっきキグナスも言ってたと思うが、メールが間違って送られていることに真っ先に気付いたのはサガだ。だからサガはキグナスに『このメールは間違いだから気にしなくていい』って、最初はこの話自体をなかったことにしてくれようとしたんだよ。ところがあいつに必死に食い下がられたら、途端にコロッと掌返してあいつの味方につきやがったんだ!」

「必死に食い下がったって、氷河が?」

「そうだよ! キグナスがあんまり必死なんでサガの奴すっかりほだされちまって……オマケに相手は、サガがガキの頃から猫っ可愛がりしてるお前だ。こんだけサガが寝返る条件が揃ってりゃ、オレに勝ち目なんかあるわけないだろ! その挙げ句がこのザマだよ!」

「そりゃまぁ、確かにサガは年下には優しいけど……」

猫っ可愛がりとまで言われるとそれちょっと違うと言いたくなるけど、でもサガが年下に優しいのは事実だ。
そのサガが氷河の味方についたのは、当然と言えば当然の事かも知れない。

「優しいなんてレベルじゃねえ! あいつのはな、子供に甘いっていうんだよ! お前らお子様黄金組も含めてな!」

お子様黄金組って、もしかしてオレ達20歳(一部もう21歳)組のこと?。
えー? 中学生の子供と同レベル扱い〜!? それはねえだろさすがに。
えらい言われようだけど、でもこのプレゼントが実現したのはサガの助力があったればこそだったっていうことはよくわかったよ。

ん? ちょっと待てよ? てことはこれってもしかして、ものすごく結果オーライってことになるんじゃないか?。

メールを氷河に間違えて送っちまったこと、最初はさすがにちょっとマズったかと思ったけど、でもその間違いメールのお陰で氷河が行動を起こしてくれたわけで、でもってコレを頼んだのが氷河だったからサガも強力に援護射撃してくれたわけで――まぁ今のカノンの言い草だとアイオリアでもサガは援護射撃してくれた気もするけど、そもそもアイオリアだったらここまでしてくれたかどうかが疑問だしな。
面倒くさがってスルーされた可能性の方が高い。
となると、相手を間違えてなければこのプレゼントは実現すらしなかったかも知れない。

結果オーライどころか、超グッジョブだったかも、オレ。

カノンにしても、不機嫌にはなってるしすごく怒っているようにも見えるけど、もし本気で怒ってたらこの程度で済むわけがない。
それより以前に本気の本気で嫌がっていたら、いくら子供に頼み込まれた上にサガに強制されたからと言っても、カノンは絶対こんな格好はしてくれないはずだ。
つまり、積極的ではないにしてもコレを許容できる余地がカノンの中にあったってことで、更に言うなら何だかんだ言ってもカノンはオレのことちゃんと愛してくれてるってことだよな。
こんなにプンスカ怒ってるくせに、言葉とは裏腹にオレの腕の中から逃げようとしてないのも何よりの証拠。
テレ屋さんだから、はっきりそうだとは言ってくれないけどね。
だから嫌々でも渋々でもサガに脅されたからでも、理由付けなんて何だっていい。
口では何と言おうと、カノンがこんな格好してプレゼントになってくれたのは紛れもなくオレの為なんだから。
それがわかっただけでオレは充分幸せ、すっげー嬉しい。

嬉しくて嬉しくて、オレは更に力をこめてカノンを目一杯抱き締めつつ、耳と尻尾のモフモフの感触を存分に堪能した。
これマジ最高! ずっとこのままで居たいけど、でもそろそろ先に進みたいって気持ちも膨らんで来た。
ただこれをあっさり脱がせるのは超勿体ないんだよな。でも脱がさないと先へは進めないし、あーでも一度脱がせたらもう二度とくっつけてくれないだろうし……うーん、どうしようかな?。

――と、オレが真剣に悩んでいると、

「おい、耳と尻尾をあんまり乱暴に撫で回すんじゃないぞ。汚れたり毛が抜けたりしたら困るんだからな」

「へ? 困るって何が?」

オレはそう聞き返しながら、ほんの少しだけ身体を離して(でも回した腕は外さない)カノンを仰ぎ見た。
そんなに乱暴にモフってるつもりはないけど、でも仮に汚れたり毛が抜けたりしてもオレがもらったものなんだから特に問題はないんじゃ……?。

そう言ったらカノンは思いっきり眉根を寄せて、

「これはな、今日が終わったら再利用する予定があるんだ。だから汚すな、毛を抜くな、綺麗に使え!」

「は? 再利用!?」

再利用って、何に再利用するんだよ?。
もしかしてオレが望んだ時にはいつでもカノンがこれを装着してくれるとか、そういう素敵な再利用をしてくれるつもりなわけ?。

オレは思わず期待に胸を膨らませたが、世の中そんなに甘くはなかった。

「月末にアイオロスの誕生日が控えている事は、お前も知ってるな?」

「うん、知ってるけど」

星座は違うけど、同じ月の生まれだからね。アイオロスの誕生日はちゃんと覚えてるよ。

「そのアイオロスの誕生日に、サガにコレをくっつけてアイオロスの奴にくれてやるんだよ」

全く予想だにしてなかったぶっ飛びの解答がカノンの口から出て来て、オレは思わず目を丸くした。
えっ? それって要するに、アイオロスの誕生日にサガを可愛くデコレーションしてプレゼントしてあげるってことだよね?。
それにこの耳と尻尾を再利用すると、そういうことなわけだよね?。

「……へぇ〜、珍しいね、カノンがアイオロスの喜ぶことしてあげるなんてさ。どんな風の吹き回し?」

自分でも厭味っぽいかなと思ったけど、言わずにはおれなかった。
いつもアイオロスにヤキモチ妬きまくりで憎まれ口ばっか叩いてるカノンが、誕生日にアイオロスが盛大に喜ぶプレゼントを贈ろうとしてるなんて、俄には信じ難い事だったからだ。

「別にアイオロスなんぞを喜ばせるつもりなんてこれっぽっちもねえよ。ただ単に、サガにオレと同じ目に遭わせてこっ恥ずかしい思いさせてやりたいだけだ! どんなに恥ずかしいか、サガに思い知らせてやる!」

ああなんだ、そういうことか。
アイオロスの為じゃなく、サガに嫌がらせするのが目的か。
何かカノンの心境に著しく変化が起きるような出来事でもあったのかと思ったけど、そんな事あるわけないよな。
それならまぁ、納得できなくもないけど、

「でもカノンの動機と目的はどうあれ、結果的にアイオロスが超喜ぶことになるのだけは間違いないと思う」

その事実だけは揺らがないよな、絶対に。

「それは、まぁ、そうなんだけど……。それがちょっと癪に触るのは事実だが、この際目を瞑る事にする。とにかくオレは、サガにオレと同じかそれ以上に恥ずかしい思いを味わわせてやらなきゃ気が済まないからな」

でもカノンも一応その事はわかってたみたいで、これはカノン的には苦渋の決断っていうやつらしい。
でもそう上手く行くかなぁ?。
今回は偶々すべてが上手い具合に(オレにとって)プラスの方向へ転んでくれたからこういう結果になったけど、次も同じようにいくとは限らないからな。
いずれにしても、サガにこれをくっつけてもらうのは至難の業だと思うぜ?。

「んな事はお前に言われなくてもわかってるよ。一応手は考えてある。心配すんな」

いや、別に心配はしてないんですけどね。
それより手は考えてあるってどういうことか、そっちのが気になるんだけど……何かイヤーな感じがするのは気のせいか?。
いずれにしても、これ以上は追求しない方がいい気がする。特に今は。

とりあえず今日のところはこの話は忘れよう。はい、忘れた。

「それはそれとしてわかったけどさ、今はその事はひとまず棚上げしておいてよ。とりあえずあと24時間は、ね?」

そう、今日はオレの誕生日なんだから、カノンにはオレだけの事考えて欲しい。
予定では明日っつか今日の朝から一緒にいるつもりだったけど、氷河が気を利かせて日付が変わると同時にカノンをプレゼントしてくれたお陰で数時間一緒に居れる時間が増えたんだ。
サガへの嫌がらせ計画の話なんかしてる場合じゃない。
せっかく氷河がくれた時間、大事にしなきゃな。

険しかったカノンの表情が、ふっと和らいだのがわかった。
どうやらカノンもオレの気持ちをわかってくれたみたいだ。

「わかった。あと24時間……正確には23時間30分くらいだが、その間はもう文句を言わずにおいてやるよ。感謝しろ」

ものすごーく上から目線でそう言われたけど、慣れているので気にしない。
これもカノンなりの愛情表現だって、よくわかってるから。

「サンキュ。でもカノン、あともう一つだけ……」

「何だ?」

「オレ、カノンの口から一番肝心な言葉をまだ言ってもらってないんだけど?」

オレが言うとカノンは、あ! というような顔をした。
ここに来るまで余りに慌ただしく事が運んだせいで、カノンもすっかり忘れてたみたいだ。
自分から催促するのもアレだけど、でもやっぱり一番言って欲しい人にこのまま忘れられたら悲しいからな。

カノンはバツの悪そうな顔をしていたが、急にその表情を一転させ、オレに向かってニコッと微笑んだ。
それはカノンの笑顔を幾度となく見ているオレですら、見とれずにはいられないほどの美しさだった。

不覚にもポーッとなって見とれていると、カノンはその天使の微笑みを今度は悪戯っ子の笑みへと一変させ、オレの腕を振り解いていきなり両手でオレの髪を鷲掴みにした。

「痛えっ!」

結構強い力で髪の毛を掴まれて、オレは思わず悲鳴を上げた。
なっ、何だよ? いきなり何すんだよカノン!?。
さすがに文句を言おうとオレが口を開きかけると、カノンは悪戯っ子の笑みを更に深め、

「これでお前もお揃いだ」

「……へ?」

わけがわからず、オレは我ながら間抜けな声をあげてしまっていた。
お揃い? お揃いって何が?。
自分で自分の姿は見えないので、オレは現状を一生懸命想像してみた。
カノンが両手でオレの髪の毛を掴んでるわけだろ? でもってこの位置でこの角度で掴まれるってことはつまり、今のオレの髪はいわゆるツインテール状態になってると思われる。

――って、あ!

なるほど、そのツインテールをウサギの耳に見立てて、『お揃い』って言ってるワケか。
オレのは垂れ耳ウサギになってると思うので、厳密にはお揃いと言い切れない気もするけど。
時々こういうお茶目な事っつか、子供っぽい事するんだよな、カノン。
もちろん、オレはカノンのこういう子供っぽいお茶目な一面もこよなく愛してるわけだけど、でも出来ればもうちょっと優しくやって欲しかったかな。
結構痛いんですけど、コレ。

痛いからちょっとだけ手の力抜いてくれ……とオレが言おうとした矢先、カノンがまたもや唐突に掴んでいるオレの髪を引っ張った。
だから痛いっ! とオレが声を上げる正にその寸前、オレのおでこに柔らかくて温かいものがふわりと触れた。
一瞬、オレの頭が真っ白になった。

オレのおでこに触れた柔らかくて温かいものは、カノンの唇だった。

それはすぐにおでこからほっぺに移動し、そして最後にオレの唇へと重ねられる。

「誕生日おめでとう」

程なくして離れたカノンの唇から、欲しかった言葉とともにカノンがオレに優しく美しい微笑みを向けてくれた。

それはカノンがオレだけに見せてくれる、最上級の笑顔だった。

そしてこの笑顔がオレにとって何にも代え難い、これまでの人生最高の誕生日プレゼントになった事は言うまでもない。

post script
ミロ、誕生日おめでとう!

今回はいつもよりもおふざけモード全開(とはいえ、本人は真面目に書いたのですが)で、少々色物的なコスプレネタを書いてしまいました。
188cm、28歳♂のバニーちゃんなカノンは、超々大雑把に分類すると女装コスプレに近いとも言えますので、この手のネタが苦手な方には大変申し訳ない話になってしまいましたが、どうしても書きたかったので書いてしまいました。

プロットに残してあった元ネタはオーソドックスに『カノンにリボンつけてプレゼントにする!』だったのですが、これを書き始める直前に某レンタル店の店頭で見た某元総理孫のCDのPOP&ジャケットと、これまた書き始めるちょっと前にO.Aされた某仮面ライダーの某キャラのハロウィンコスプレを見て「いいじゃん! アリなんじゃん!」と思って少々路線を変更させていただきました(笑)。
特に某元総理孫はこの時点で32歳。『28歳カノンはまだまだイケる! 大丈夫だ問題ない!』と思い実行に移した次第です。
それに今は三十路四十路のイケメンタレントにとどまらず、人間を守るヒーローですらウサ耳つけてる時代なので(注:アレはウサギじゃなくて亀です)、そういうものかと寛大な目で見ていただけると嬉しいです。

ついでに蛇足ですが、自前の垂れ耳ウサギなミロは、ウサギというよりセーラースコーピオンかキュアスコーピオンなイメージだよなぁ……と思いつつ書いておりました(笑)。

今回はいつもとちょっと手法を変えて、カノン視点とミロ視点の双方から書いてみたのですが、いかがだったでしょうか?。
先に書きましたようにネタが少々色物なので、いつもより読んでくださった方は限られると思うのですが、ここまで来てくださった方は大丈夫な方々だったという事で、少しでもお楽しみいただけていたら嬉しいです。



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