「星矢、瞬、お前達も疲れただろう。そろそろ風呂に入って、休みなさい」 結局あの後、「面倒くさいから全員ここに呼んでしまえ」というアイオロスの大雑把な一言で黄金聖闘士全員に招集がかけられ、双児宮はホームパーティー会場と化す羽目となった。 いきなりのことで主のサガは大忙しとなってしまったが、青銅聖闘士達は大喜びであったし、黄金聖闘士達もまた可愛い弟子や後輩の来訪に喜び、双児宮は楽しく平和な喧騒に包まれていた。 夜も9時を過ぎたころ、パーティーもお開きとなり各々自宮に戻っていったが、その際シュラが紫龍を、カミュが氷河を連れ返り、双児宮には星矢と瞬のみが残っていた。 言うまでもなくこの二人は、今晩は双児宮に泊まる気なのである。 そしてアイオロスとミロも、未だ自宮に帰らずに双児宮に残っていた。 「それじゃサガ、一緒に入ろうよ!」 片付けを終えリビングに戻ったサガが、風呂に入れと星矢と瞬を促すと、そろそろ眠気を催してほけ〜っとし始めていた星矢が俄然元気を取り戻し、勢いよくソファから立ち上がってサガの元へ駆け寄った。 青銅達のこのオーバーリアクションはどうやら正真正銘『素』のようで、最初のうちは目を白黒させて驚いていたアイオロス達も、この数時間で大分そのペースに慣れ始めていた。 「一緒に入ろ、入ろ!」 星矢がサガの手を掴んでねだるように引っ張ると、サガは少し困ったような顔をしながら 「だが私はお前達の寝床の準備もしなければならんし……。瞬と二人で入っておいで」 やんわりとそう言って再度星矢を促したのだが、星矢は眉尻を下げると大きな瞳を淋しげに細めて、 「別にそんなことしなくてもいいよ。て言うか、後でオレも手伝うからさ。だから一緒に入ろうぜ、サガ」 と、子犬のような仕草で更にサガにねだったのだった。 「いいよ、それオレがやっとくから、一緒に風呂入ってやれよ、サガ」 見かねたわけではないのだが、星矢が絶対に引きそうもないことを見て取ったカノンが、助け船を出すようにサガに言った。 最も、サガ自身がまんざらでもなさげな様子を見せていたからでもあったのだが……。 「サンキュー! カノン!」 星矢は振り返ってカノンに礼を言うと、サガに向き直ってまたニッコニッコと微笑んで見せた。 こういう無邪気な笑顔に、サガはとことん弱かった。仕方がないな、と言いながらサガは、優しく微笑んで星矢の髪を撫でた。 あれじゃ子供に懐かれるわな……と、その光景を見ながらカノンは内心で苦笑していた。 「ほら、お前も一緒に行ってこい」 どうやら話がまとまったところで、カノンは自分の隣に座っている瞬の頭を叩いた。 だが瞬は星矢に負けず劣らずの大きな目をカノンに向けて見上げると、 「僕は……出来れば後でカノンと一緒に入りたいんですけど……」 やや遠慮がちに、そう言ったのだった。 オレかよ!?とカノンは思い、思わず目をパチクリと瞬かせたが、星矢よりは大人しめで控えめとは言え、根底の部分は瞬も星矢と同じである。ダメだと言っても(それより以前に、この状況でダメだなどとは言えないが)、無駄だろう。どうやら瞬は、自分が思っていた以上に自分のことを慕ってくれているらしい。というか、もしかしたら自分も瞬の中ではえらく美化された存在なのかも知れない、と、今更ながらに思うカノンであった。 ただ自分はサガに比べて子供の扱いに慣れていない。慕ってくれるのは嬉しいが、反面困惑する部分があることも否めなかった。 「それじゃ瞬、オレとサガは先入ってくるな!」 だがカノンがうんともすんとも言わぬうちに、どうやら話は決まってしまったようである。 そう瞬に言い置くなり、星矢はさっさとサガの手を引っ張って早々に奥の浴室の方へと姿を消してしまったのだ。それはカノンもミロもアイオロスも、一言の言葉すら差し挟めないほどの、見事な早業であった。 多少は慣れたとはいえ、やっぱり大人達はまだまだ青銅達のこのペースに完全にはついていけてないようだった。 「なぁ、ミロよ……」 唖然呆然としたまま数十秒ほど時間を流した後、アイオロスがミロを呼んだ。 「何?」 「何かあの星矢を見てると……昔のお前を見ているような気分なんだがな……」 アイオロスは先刻からずっと、特に星矢のサガに対する接し方というか甘え方に、どうにも拭いきれない既視感を覚えていたのだが、ここにきてようやく漠然としていたそれの正体がわかったのだった。そう、アイオロスのよく知る子供の時のミロが、正に今の星矢そっくりなのである。 えっ?!、とミロは声を詰まらせ、そのまま絶句した。 「へぇ〜、何となく想像はついてたけど、マジ? マジであんな感じだったわけ? こいつ」 だがしっかりそれを聞き止めたカノンが、チラリと横目でミロを伺いつつ、一転して楽しそうにアイオロスに聞き返した。そのカノンの隣に座っている瞬も、身を乗り出したカノンの陰からひょっこりと顔を出し、興味深げな視線をアイオロスに向けている。 「ああ、もうそっくり。訓練の時以外は年中サガにベッタリくっついて、甘え放題甘えてたな。で、サガもあんな風に甘やかしてたから……」 そうカノンと瞬に言いながら、当時のことを思いだしたのか、アイオロスは改めてミロの顔を見て、プッと吹き出した。 ミロはあからさまにムッと表情を歪めたが、それを聞いたカノンもアイオロスと同様に吹き出して、瞬も何やら笑いを堪えているような表情をしていた。 「言っとくけどアイオロス……」 まだ瞬がこの場にいる手前上、ミロもキレるわけにもいかず、こめかみをピクピクと引きつらせながら懸命に押さえた声を絞りだした。 「あの当時のオレはまだ7歳だぞ、7歳! 星矢達の半分くらいの年齢だったんだ、まだまだ子供なのは当たり前だろっ!」 ミロの言い分はもっともであったが、アイオロスも負けちゃいなかった。 「でもお前が13歳の時、もしサガが側にいたら、やっぱああだったんじゃないか? てか、変わらなかったろう」 今だって……と言う言葉だけはさすがにアイオロスも瞬の手前上飲み込んだが、堪えきれずに今度は声を立てて笑い始めた。カノンなど遠慮もせずに爆笑している有様で、ミロはますます憮然とした。 だが「そんなことはない!」ときっぱりはっきり否定しきれるだけの自信は、実はミロにもなかったのである。よって反論のはの字もできず、ミロは不本意ながらも黙らざるを得なかった。 「おい、瞬……」 憮然としたまましばらく沈黙していたミロは、やがて小さな溜息を一つつくと、控えめながらもしっかりと笑っていた瞬を、おもむろに呼んだ。 「は、はい」 「このこと他の奴に言うなよ。特に氷河にはな」 やはりミロにも黄金聖闘士としての、先輩としての、守りたいメンツというものはあるらしかった。 子供の頃の微笑ましき思い出話とはいえ、特に自分を一番尊敬(しすぎの感もあるが)してくれているであろう氷河に、このことを知られるのは、やっぱりミロとしてもバツが悪いのだ。 「はい……」 瞬は素直に頷いて笑いを収めたが、アイオロスとカノンはまだまだ遠慮なく爆笑中であった。 無理もない、氷河達青銅聖闘士の中に住んでいるミロ像と、自分たちが良く知るミロがあまりにも掛け離れているのだから、アイオロスにしてもカノンにしても、ミロが後輩達に対してメンツを守ろうとすればするほど、可笑しくて堪らなくなるのだ。特にミロの子供の頃を熟知しているアイオロスには、それが顕著であった。 そんな二人を横目に見、笑いながらも、なるほどアイオロスが星矢に対してあまりヤキモチを妬かなかったのは、ミロで既に免疫があったからかと妙に納得したカノンであった。 一方、よもやこんな形で自分の過去が青銅の前に晒され、気恥ずかしい思いをさせられるなどと思ってなかったミロは、予想もしていなかった火の粉が降りかかってきたことにますます不機嫌そうに仏頂面を作ったが、そんな顔をすればするほど、アイオロスにもカノンにもミロが大人げなく拗ねているようにしか見えていなかったことは、言うまでもない。 サガと星矢が風呂から出たのと入れ違いに、風呂に入ったカノンと瞬がリビングに戻ってくると、先刻までとは打って変ってリビングが静まり返っていた。 もちろん、人気がなくなっていたわけではない。アイオロスもミロも、カノンが風呂に入る前と同じく並んでソファに座っていたし、その正面にはサガもいたのだが、誰一人口を開くことなく座ったまま、シーンとしているのである。 リビングはまだまだピーピーと賑やかだろうと信じて疑っていなかったカノンは、意外さに思わず目を瞠った。 「どうしたんだ? 何静まり返って……」 ソファの方へ歩み寄りつつ、誰ともなしにカノンが尋ねると、たまたま一番最初に視線の合ったアイオロスが人差し指を一本立てて、唇の前に持っていった。静かに、という意味である。ほぼ反射的にカノンが口を噤むと、アイオロスは今度はその指をサガの座っている方向へ向け、そのまま下方を指差した。サガはちょうどカノンと瞬に背を向ける形で座っており、程なくしてカノンはサガの背後に立つと、ソファ越しにアイオロスが指し示した位置を覗き込んだ。 「あらら……」 小さな声でカノンは呟き、思わず唇の端から笑いを溢した。 星矢がサガの膝枕で、それはそれは気持ちよさそうに寝息を立てていたからである。 「いつから寝てんの?」 可能なかぎり声を潜めてカノンがサガに尋ねると、 「風呂から出て間もなくだ」 同じように声を潜めて、サガは答えながら微笑した。 それは常人であれば可聴レベルぎりぎりの声であったが、この場にいるのは全員聖闘士。その声はしっかりはっきりと全員の耳に届いていた。 正面に座っているアイオロスとミロも、ちょっと苦笑が混ざったような微笑みを浮かべて、静かにその様子を見守っている。 「はしゃぐだけはしゃいで、騒ぐだけ騒いで、これか」 やれやれ、と笑いながらカノンも肩を竦める。 時刻はそろそろ11時。そう言えば星矢は風呂に入る前から眠たそうにはしていたし、普通にしててもまぁ、子供は眠たくなるであろう時刻ではある。 その上時差もあるし、疲れもあるだろうし、あれだけはしゃいでいたわけだし、あっという間に寝こけてしまうのも無理もないといえば無理もないが、それにしても見事なまでの無邪気な傍若無人っぷりである。 「こうなっちゃうともう起きないよ、星矢は」 星矢の生態系を熟知している瞬が、カノンの隣で寝ている星矢を覗き込みながら、のほほんと暢気な様子で言った。 「だろうな」 星矢の安心しきったというか、幸せそうなというか、満足そうな寝顔を見ていれば、嫌でもわかる。カノンは瞬の言葉に短く頷くと、アイオロスやミロと笑いを交換しあった後に、 「もう客間に連れてって、ベッドに寝かしちゃえよ。このまま放っておいたら、朝までずっとサガの上で寝てるぜ、こいつ」 そう小声でサガに言った。 「別に膝の上で寝ていること自体は構わんのだが、こんなところでいつまでも寝かせておいて、風邪でも引かせてしまったら大変だからな」 サガの答えは論点が些かずれているような気がしないでもないカノンであったが、敢えて突っ込まずににおいた。 サガが目顔で合図をすると、正面のアイオロスも目顔で頷いてソファから立ち上がり、身動きの取れないサガに代わって膝の上で寝ている星矢の体を、起こさないようにそっと静かに抱き上げた。 「客間へ……」 合わせてソファから立ち上がったサガはアイオロスに小さく耳打ちしてそう促すと、星矢を揺らさないよう静かに歩き始めたアイオロスの半歩後ろについて、揃ってリビングを出ていった。 「アイオロスとサガ、何かまるで夫婦みたいですね」 常に見慣れぬアットホームな光景に、呆然としてアイオロス達を見送っていたカノンとミロは、楽しげな瞬のその声で同時に我に返った。 カノンが隣の瞬を見下ろすと、瞬はにこにこと邪気のない笑顔でカノンを見上げている。瞬はもちろんアイオロスとサガの関係を知らないので、他意もなにもなく思ったことを口にしただけだが、それが見事に的を射てしまったものだから、カノンとミロとしては内心では少々複雑なものがあった。 「それにしてもあいつ、あれで本当にハーデス倒したのかよ? 何かサガへの甘えっぷり見てる限り、イマイチ信じられなくなってきたんだがな」 人のこと言えるのかねぇ?と思いつつ、同意できる部分もあったので、カノンはミロのその言葉に思わず頷いた。 「僕達は一番誰かに甘えたい時期に、誰にも甘えられずにいたから……。僕にはまだ一輝兄さんがいたけど、星矢はお姉さんと引き離されちゃってたし、氷河も紫龍も天涯孤独になってたから、その反動もあるのかも知れません」 呆気に取られっぱなしのミロとカノンに向かって、やや含羞むように瞬が言った。 確かにそれはそうかも知れないが、それを言うならカノンやミロとて同じことである。最もだからと言って今更それを持ち出して比較しても仕方がないのだが。 「じゃ、今頃は磨羯宮や宝瓶宮でも同じような有様なのかねぇ?」 「紫龍と氷河はまたちょっとキャラが違うから……多分、星矢みたいには甘えてないと思います」 ミロが思わず口にした素朴な疑問を、瞬が苦笑混じりに否定する。 ミロはふぅ〜んと気の抜けたような返事を返したものの、内心では大差ない状態になってるだろうなとは思っていたのだった。 まぁその辺りの顛末は後でゆっくりカミュに聞けばいいやと、ミロはそれ以上は何も言わなかった。 「あれ? サガは?」 リビングに残った三人がのんびりアイスクリームなぞを食べていたところへ、アイオロスが一人で戻ってきた。 一番最初にそれを見止めたミロがアイオロスに聞くと、アイオロスは思いっきり苦笑をしながら肩を竦めた。 「星矢と寝てる」 「は?」 ミロとカノンの声が、ハモった。 「だから、星矢と寝てるよ。一緒に」 アイオロスは苦笑いをしたまま、事情を説明し始めた。 アイオロスが星矢を客間に運び、ベッドへ寝かした途端に星矢が目を覚ましたと言う。 まだまだ星矢は半分以上寝惚けていたが、それでもサガと一緒に寝る!と言って聞かず、遂に根負けしたサガがそれを承知し、結局客間のベッドで星矢に添い寝をしているのだそうだ。 それでアイオロスが一人で、こっちへ戻ってきたのである。 「最後は添い寝と来たか」 「ある意味、期待を裏切らない奴だな、あいつは」 何の期待を裏切らないんだかよくはわからないが、口々にそんなことを言うミロとカノンの顔を交互に見遣って、アイオロスはもう一度肩を竦めて見せた。 「でな、本当は星矢と瞬で客間のベッドに寝てもらうつもりだったらしいんだが、状況が変わっちゃったんで、瞬にはすまないけどサガの部屋で寝て欲しいそうだ。カノン、急いでベッドのシーツと枕カバーを取り換えてやってくれって、サガが」 今日は一日青銅達に振り回されていた形になっていたので、実は星矢と瞬を寝かせてから少しサガとゆっくりしようと思っていたアイオロスだったが(だからこそ、ずっと双児宮に止まっていたのだ)、見事にその目論みは外れてしまったようである。 アイオロスはサガの伝言をカノンに伝えると、そのままミロの隣に腰掛けた。 因みにミロが未だ帰らず双児宮に止まっているのも、アイオロスと同じような理由からであった。 アイオロスが座ったのと入れ違いにカノンがソファから立ち上がろうとすると、カノンの隣に座っていた瞬がその腕を掴んだ。 「どうした?」 「あ、あの……出来れば僕も一緒に寝たいです」 「え? 一緒に寝たいっても……三人は無理だと思うぞ、いくら何でも」 客間のベッドはダブルサイズの大きなものではあるが、いくら瞬も星矢も小柄とは言え、サガも一緒に寝ているのだからとても三人一緒に寝るのは無理である。 ……と、カノンは何の疑いもなくそう思ったのだが、瞬が言うところの『一緒に寝たい』というのはサガと星矢にではなくカノンに向けられた言葉であり、当の本人のカノン以外はその意味を正確に理解していたのだった。 「いえ、そうじゃなくて……」 素でボケをかましたカノンを瞬は困ったように見上げ、カノンの勘違いを訂正しつつ、言葉を繋いだ。 「僕はカノンと一緒に寝たいんです」 「えっ……?」 ここまでの瞬のカノンの慕い方からしてそれ以外あり得ないというのに、きっぱりはっきり言われるまで全く気付かなかったカノンも、大概間抜けであった。 「ダメ……ですか?」 「いや、ダメってわけじゃない……けど、さ……」 星矢の仕草が子犬なら、瞬の仕草は子猫である。 別に嫌だとかいうわけではないのだが、こんな風に子供に請われて添い寝をするなど、カノンにとっては正真正銘生まれて初めてのことなのだ。困るというより、どうしていいかわからないのである。 カノンは思わず正面に座っているアイオロスとミロを見たが、アイオロスは一緒に寝てやれと言わんばかりに笑っているし、ミロは少々不満そうな何とも言えぬ顔をしていたが、さすがに子供相手にダメだ!とは言えないのだろう。何か言いたげに口を開きかけはしたものの、結局一言の言葉すら発しないまま黙り込んだのだった。 瞬はカノンのTシャツの裾を掴み、じ〜〜〜っとカノンを見上げている。 そんな目を向けられては風呂の時と同様断れるはずもなく、間もなくカノンは引きつり笑いを浮かべながら、いいよと頷いたのだった。 瞬は不安そうな顔を満面の笑顔に一転させると、早くもソファから立ち上がってカノンの手を引っ張った。 「えっ!? もう寝るのか!?」 「もうって……そろそろ12時になりますよ」 12時などまだまだカノンにとってはバリバリ行動時間内だが、確かに子供にとってはお休みなさいの時間である。 正直、今から布団に入ったところでとても眠れそうになどないし、寝たくもないのだが、一緒に寝ると言ってしまった以上自分の都合で健全(であろう)青少年に夜更かしを推奨するわけにもいかず、仕方なくカノンは引っ張られるままにソファから立ち上がった。 「それじゃアイオロス、ミロ、お休みなさ〜い」 瞬は言葉を失って呆けているアイオロスとミロに手を振ると、カノンの手を引っ張ってスタスタと寝室の方へ向かったのだった。 アイオロスもミロもこの双児宮の住人ではないというのに、そんなことに気付いてもいないのか、全くお構いなしである。 「あ〜、悪ぃっ、アイオロス、ミロ、帰るときにリビングの電気、消してってくれ!」 リビングを出る間際にやっとカノンはそれだけを言い残し、私室の奥へと消えていった。 後に残されたアイオロスとミロは、狐につままれた時のような顔でその場に硬直していたが、やがて 「おい、ミロ……」 先に正気を取り戻したアイオロスが、隣のミロを呼んだ。 ミロは無意識のうちにカノンを引き止めようとでもしたのだろうか、ソファから半ば腰を浮かした状態で呆然としていたのだが、アイオロスのその声で我に返ると、脱力したようにすとん、と再びソファに腰を下ろした。そして返事をする代わりに、アイオロスの顔を見た。 「少しは昔の私の気持ちがわかったか?」 「………えっ?」 「お前達もああやって、さんっざん私からサガを取ったんだぞ。今ならお前も、あの時の私の気持ちがわかるんじゃないのか?」 アイオロスにそう問われたミロは、身に覚えがあるだけに何ともバツが悪く、しばし黙り込んだ後に、 「うん……何となく……」 と、歯切れ悪く答えたのだった。 ある意味、子供相手ほど厄介なことはない。 大人げない態度は取れないし、怒れないし、第一どこをどう足掻いても勝ち目がないからだ。 この如何とも言葉にしがたい、一種の敗北感にも似たやり場のないこんな気持ちを味わったのはミロももちろん初めてで、なるほど、自分たちが訓練生だった当時のアイオロスの気持ちがどんなものであったのか、今になってようやく実感できたような気がするミロだった。 主二人が既に居なくなった双児宮のリビングで、何となくわかりあってしまったアイオロスとミロは、乾ききった力のない笑いを交換しあい、疲労と落胆にがっくりと両肩を落とした。 こうして青銅狂騒曲に終始した一日はひとまず終わったが、一体これがあと何日続くのか、考えただけで疲労が倍増するアイオロスとミロであった。 |
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END
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