その日、アイオロスが自宮でのんびりとした夜を過ごしていると、隣宮のミロがシケた顔をして訪ねてきた。

「アイオロス、ちょっと聞きたいことがあって来たんだけど……」

またか……と思いながら、アイオロスは読んでいた雑誌を閉じた。前にも同じようなことを言って入ってきて、いきなりサガの性感帯を教えろだのとんでもないことを聞かれた記憶のあるアイオロスは、些かうんざりした面持ちで溜息をついた。

「今度は何だ?」

気乗りしない風ながら、アイオロスがミロに先を促した。

「あのさぁ〜……サガってここにしょっ中泊まってってるよね?」

「はぁ?!」

思わずマヌケな声をあげて、アイオロスはミロの顔を見た。

「……しょっ中……と言うほどでもないが……」

どこを基準にして『しょっ中』と言うのかはわからないが、アイオロスの主観的にははっきり言って『しょっ中』などとはとても言えないレベルであった。

「どれくらいの頻度で泊まってる?」

「は?」

「だから、週に何回……とかさぁ……」

一体何を聞きたいのかさっぱりわからないアイオロスであったが、どうせろくなことじゃないなと言う見当は既についていた。

「仕事の都合とかカノンのこととかあるから、マチマチなんではっきりとはわからんが……週に1〜2回くらいかな、平均すると……」

アイオロス的には毎日でも泊まっていって欲しいのだが、いや、極論すれば人馬宮に住んで欲しいくらいなのだが、なかなかそう言うわけにいかないのが現実だった。

「そか、週に1〜2回かぁ〜。カノンがウチに泊まる頻度と同じぐらいなんだなぁ……もっと泊まってるかと思ってたけど」

そのカノンが原因でお泊まりの日数が減ってるんだ!とは思ったものの、アイオロスはそれを口に出さずに胸の中に止めた。

「で?、結局お前は何を聞きたいんだ、何を」

全く持って埒の明かないミロの物言いに、アイオロスは呆れ顔を前面に出して聞き返した。

「いや、その……泊まった翌日の朝、のことなんだけどさ……」

「はぁ?!」

夜のことを聞かれるのかと無意識に身構え、警戒心を強めたアイオロスだったが、予想外のミロの返答に先にも増して素っ頓狂な声をあげた。

「翌朝ってどうしてる?」

「……どうしてる……って……何が?」

「先に起きるのはどっち?。サガ?、それともアイオロス?」

質問を重ねられるごとに、何が何やらさっぱりとわからなくなっていく。アイオロスは首を傾げつつ、目をパチクリとさせた。

「……そうだな、サガの方が先に起きるが……」

「で?」

「で?……って?」

「だから、サガ、起きたら何してんの?」

ミロがそう言いながら、ずいっとアイオロスに詰め寄った。

「何してる……って言われても、私は大抵寝てるから詳しいことは知らんが……多分、シャワーを浴びて……」

「シャワー浴びて?、それから?」

「朝食の支度をしてくれて……それが終わると、コーヒーを持って私を起こしに来てくれるが……」

ミロの迫力に気圧されつつ、そう答えながらアイオロスの顔は無意識のうちに緩んでいた。

「やっぱり朝飯の支度はサガがしてくれんの?!」

「あ、ああ」

「で、アイオロスを起こしに来てくれんだね?!」

「あ、ああ……」

だからさっきからそう言ってるだろう……と思いつつ、アイオロスはこれまた口に出すのを思い止まった。

ミロはまるで睨みつけるかのごとく、しばしじ〜〜〜っとアイオロスの顔をみていたが、やがて

いいなぁ〜〜〜!!!!

そう絶叫して、ガクッと肩を落とした。

「なっ、何だっ?!」

アイオロスが驚いて、ミロを凝視する。ミロはうな垂れたまま、大きな溜息をついた。

「……何がいいなぁ〜、なんだ?」

アイオロスがミロに聞き返すと、ミロは入った来た時以上にシケた顔をアイオロスに向かってあげた。

「オレ、そんなことしてもらえたこと、ナイ……」

ミロはそう一言言うと、またガクッと肩を落とした。何がじゃ?とアイオロスは思ったが、すぐにカノンのことを言っているのだと言うことに気がついた。

「お前、カノンに朝飯作ってもらったこと一度もないのか?」

ミロがこっくりと頷くのを見てから、これは愚問だったとアイオロスは思った。家事一般、何から何までサガ任せのカノンが、そんなことをするはずないことを、アイオロスもよく知っていたからだ。実際、カノンは何も出来ないとサガの口から何度も聞いているし、そう言いながらも甲斐甲斐しくカノンの面倒を見ているサガを、アイオロス自身何度か窘めたことがある。最もそれは、カノンの世話に手間と時間が取られることにより、自分がサガと過ごせる時間が減ってしまうという弊害があるからなのだが。肉親なわけだし仕方がないといえば仕方がないのだが、何よりもカノンの世話を最優先させるサガを、アイオロスはヤキモチ混じりの歯痒い思いで見ていることしばしばであった。あれでは兄ではなく、殆ど母親である。カノンには強く自立を促したいアイオロスであったが、これまで薄幸だったあの兄弟の関係を考えるとそうも言えず、またサガ自身が非常に嬉しそうにカノンの世話をやいているのでこれまた何も言えないのである。

それでもカノンがミロと付き合いだして、ミロと時間を共にすることが多くなってきたので、ここ最近ではアイオロスも随分と遠慮なくサガを独占できるようになり、それはそれで喜んでる今日この頃であった。

「じゃ、どうしてるんだ?、お前らは」

前に相談事があるとミロが飛び込んできた時には、どうしてもカノンがその気になってくれないと嘆いていたのだが、それも今となっては昔の話。あれから間もなく、ミロも本懐を遂げることが出来、今ではすっかりラブラブ、とアイオロスも安心していたのだが……。

「どうしてるって……遅いときは昼まで一緒に寝てるし、そうでなくともオレの方が先に起きることが多いかな。オレも朝寝坊だけど、カノン、それ以上だから……」

13年も海底にいたせいで、きっと体内時計が狂ってるんだろうとミロが言う。それだけでもなさそうだとアイオロスは思うのだが、、そのあたりは突っ込んでも無意味なのでやめておくことにした。

「で、起きてからシャワー浴びて、飯食いに行く」

「外にか?」

「うん、ごくごくたま〜にウチに買い置きしてあるモンとかで済ますこともあるけど、大抵外に食いに行くか双児宮に行ってサガに飯作ってもらう」

そこまで聞いて、アイオロスは思わずこめかみを押さえた。時々、サガが大慌てで帰って行ってしまうことがあるのだが、なるほどこいつらのせいだったのかと今更ながらに納得したアイオロスであった。

「何でもかんでもサガに頼るな!。サガはお前達の母親じゃないんだぞ!」

全く言語道断である。この2人が揃ってサガに依存しまくるお陰で、自分も少なからず煽りを食っていたのかと思うと、腹立たしさを覚えずにはいられなかった。

「アイオロスはいいよなっ!。サガとイイコトした翌朝にはサガがちゃ〜んと朝飯作ってくれてさ、眠気覚ましのコーヒーまで持って起こしに来てくれるんだもんな!。もうすっかり新婚気分じゃん、あ〜、ウラヤマシイこった!」

ミロが片眉をつり上げてアイオロスに言ったが、はっきり言ってこれは八つ当たり以外の何物でもなかった。

「お前にそんなこと言われる筋合いはないぞ。サガは私の恋人なんだ!、別におかしくも何ともない!。そんなに羨ましいならカノンにそれを頼めばいいだろう!」

アイオロスの言い分は最もであった。

「頼んで『うん』って素直に言ってくれるような奴なら、とっくに頼んでらぁ!。大体、カノンに料理ができるんなら苦労しないんだよ!。ぜんっぜん出来ないから困ってんじゃないか!」

カノンが何も出来ないことは知っていたが、そこまで徹底して何もできないのか……と、アイオロスは呆れた。半分はサガに甘えてるだけで、本当は少しくらいなら家事もできるんじゃないかと疑っていた部分もあったのだが、そう言えば確かに以前サガも、「今まで13年間、どうしてきたものやら……」と苦笑混じりに嘆いていたことがあったと、アイオロスは思い出した。

ただこれまでのことはともかく、今現在に限ってはカノンが何でもサガに頼り切って、自分では何もしようとしないところに問題があるとも思うのだが。

「じゃカノンに作ってもらおうなんて思わず、お前が作れ」

いい加減面倒臭くなって、アイオロスが適当にそう言い放つと

「オレだってろくすっぽ飯なんか作れねえよ!」

ミロはミロでとてもじゃないが威張って言えるようなことではないことを、偉そうに言って返したのである。

「じゃあ、諦めろ、割り切れ!。お前の恋人はそう言う奴なんだから。ってか、最初からそんなことわかってたはずだろが!。それでもカノンに惚れたんだろ?。今更サガと比べて文句言うな!。飯作ってくれないことくらい、我慢しろ!!」

一気にそう捲し立てて、付き合ってられんとばかりにアイオロスはそっぽを向いたが、そこまで言った途端にミロがしゅん、となってしまったので、また慌ててミロの方に向き直った。

「でもさぁ、おかしいよね、サガとカノンって双子なのにさ……。フツー、同じこと出来てもおかしくないよね?。なのに何でこんなに何でもかんでも違うのかな?。見た目は全く同じなのに……」

直後、素朴ながらもかなり難しい質問を返されて、アイオロスは返答に詰まる。

「双子……ったって別個の人間なんだし、性格だって特技だって違うのは当たり前だぞ」

些か短絡的ながら、サガに出来ることはカノンにも出来る、と思い込んでいる節のあったミロにとっては結構大問題なのかも知れないが、これ以外アイオロスにも答えようがなかった。

「それはわかってるけどさ……こう言うところくらい似ててくれてもいいのに……」

唇を尖らせ、ミロがぶちぶちと文句を言った。

「オレだってさ、カノンとイイコトした翌日には、カノンにコーヒー持って起こしに来てもらいたいよ。でもって起きたらカノンお手製のブレックファーストがダイニングに並んでてさ〜、一緒にそれを食えたら幸せだよな〜なんて思っちゃうよ……」

その状況を脳裏に描きつつ、夢見る乙女のような目をしながら語っていたミロだったが、すぐにまた現実に立ち返って表情を一転させると諦めの溜息をついた。

「アイオロスはいいよな〜、いっつもサガにそうしてもらえてさ〜。双子の片割れ同士を恋人に持ってるのに、随分と違うよな。羨ましいよ、ズルイよ……」

狡いなどと言われる覚えもないアイオロスだが、何となくミロの気持ちがわからないでもないような気はしていた。先に言った通り、双子だから何でもかんでも同じと言うわけではないのだが、ミロにとってはやはり気にかかる部分は多いようだ。だから何かと言うと、すぐに自分とサガとのことを聞きたがるのだろう。まぁ、普通の兄弟であっても何かと相手のことは気になるだろうし、それが一卵性の、見た目全く同じ双子ともなれば、その心理がより強く働くのも当然といえば当然かも知れなかった。

「だったら一度、ダメ元でカノンに頼んでみろよ。何だったら最初はお前も一緒に起きて2人で飯の支度するとかしてさ、こう徐々に慣らしてくような感じで……。人を羨ましがってばかりいても、解決できるような事でもない。自分達で努力しなきゃな」

アイオロスの助言は最もらしく建設的ではあったが、それによってカノンが少しでもサガの手から離れるきっかけになればいいなと言う、希望的観測がちょっと含まれていた。

「無理だよ。カノンの寝起きの悪さは天下一品なんだ。下手に起こしたりしたら、猛獣並に手に負えなくなるんだから、朝早く起きて飯作ってくれなんて言えやしないよ」

うっかりカノンを起こしてしまって何度か痛い目を見ているミロから言わせれば、現実問題それはまず無理な話であった。

「じゃあ、もうお手上げじゃないか。やっぱり諦めろ」

もうどうしようもない、とばかりに、アイオロスが片手をひらひらと振った。あれもダメ、これもダメでは為す術が無い。つまるところ、ミロがサガとカノンを比べたりせず、己が恋人の性格をよくよ〜く理解したうえで諦めればすむことなのだ。

「サガもカノンと同じだったら諦めもつくんだけど……」

いや、もちろん実質カノンよりもサガの方が、ミロだって付き合いが長いのだから、マメで面倒見のいいサガの性格はよくわかっている。カノンと同じなわけないと思いつつ、それでも一縷の望みを託してミロはここを訪れていたのだが、その希望はやはり無残にも打ち砕かれた。

それを聞いて冗談じゃない、そんなことまで強要されて堪るか!!とアイオロスは内心で憤慨した。大体がしてミロ自身、思いっきりサガにあれこれ頼りまくっているくせに、その辺りの自覚に乏しいものだから困りものである。

「勝手なこと言うな。サガはサガ、カノンはカノンだ!。前にもそう言っただろう?」

馬鹿馬鹿しいと思いつつ、かつて一度ミロに言ったことのあるごくごく当たり前の説教を、アイオロスはミロに繰り返した。

「だからそれもわかってるって!。でもさ……何でサガのマメマメしさのほんの一部だけでも、カノンの方に行かなかったのかなぁ〜って思って。双子だって思うと尚更なんだよなぁ〜。アイオロスだって、もしオレと立場が逆だったら、きっと同じこと思うと思うけど?」

確かにそう言われるとそうかも知れないが……だがぐうたらなサガなどとても想像のつかないアイオロスにとっては、やはり実感としてはあまり沸いては来なかった。

「だからと言って、お前、カノンと別れる気は毛頭無いんだろ?」

何だかんだと不満を口にしたところで、ミロはカノンにぞっこんだ。ミロはミロなりに思い描いている理想の未来図と言うものがあるようだが、現実がそれとかけ離れていてもそんなことには考えが及ぶべくもないはずだった。

「当ったり前じゃん!。何でそっちに話が行くんだよ!」

案の定、ミロは憤然としてそう言い放った。

「だったら、それでいいじゃないか。あれこれ文句を言ってみたところでどうなるもんでもないんだ、高望みしても虚しいだけだぞ」

そう言われるとその通りで、ミロも鼻白まざるを得なかった。

「お前、カノンと居れればそれだけで幸せとか宣ってただろう?。それならそれでいいじゃないか、何事も初心忘れるべからず。その気持ちを大事にしていれば、自ずとそんな不満は消えていくぞ」

とアイオロスは言ったが、この場合些か言葉の使い方が間違っているような気がしないでもない。まぁ、それでも充分ミロには効果があったようだ。そうか、そうだよね……と納得したように頷いて、ミロは小さな笑顔を作った。

「でもまぁ、この先望みがないわけでもないけどな。いずれにせよ、あまりサガばかり頼りにしてちゃ無理だけど」

「えっ?」

「つまり、カノンだって必要に迫られればやらざるを得なくなるってことだ。カノンにしてもお前にしても、今は何かって言うとすぐにサガを頼るから、その意識が薄いんだ。少しは自分たちで何とかしていかないと、いつまで経ってもこのままだぞ」

年長者らしい説教を口にしたアイオロスだが、その裏にはかなりの打算があったりした。無論、そんなことを知る由のないミロは、アイオロスの言葉に感銘し、大きく深く頷いていた。

「そうだね、その辺りからオレも少し努力してみるよ。ありがとう、アイオロス!」

素直にアイオロスの助言を受け止めたらしいミロは、何やら決意を新たにしたようで、そう元気に宣言すると来たときとは打って変わって力強い足取りで人馬宮を飛び出していった。あんなにしょげ返っていたくせに、一転してすぐに元気を取り戻してしまう辺り、単純だ単純だとは思っていたが、本当に単純というかお手軽な奴である。

「……そんっなにカノンに朝飯作って欲しいのかね?、あいつは……」

やれやれと肩を竦めて、アイオロスは1人言ちた。まぁ、今のミロの宣言通り、少しはサガ離れする努力をあの2人がしてくれればアイオロス的には万万歳なのだが、

「ま、それは無理だろうな……」

ほんの僅かに抱いた期待を、アイオロスはすぐに心のゴミ箱へと直行させた。期待するだけ、恐らくは無駄と言うものだろう。

あの2人がサガ離れできる可能性よりもむしろ、カノンが気紛れを起こしてミロの望みを叶えてやってくれる可能性の方が高いくらいで、同じ期待をするならそっちに期待をした方が、より現実的なような気がするアイオロスであった。



【あとがき】

何のとりとめもないショートストーリーでしたが、何となくロスサガ&ミロカノンの朝の風景を想像してたら、こんな感じかな〜?と思って書いてみました。まぁ、何でもかんでもサガ様に甘えまくるミロとカノンと言うのは、私の脳内特有の偏った妄想ですけどね(笑)。
でもって自分で書いてて、ちょっと身につまされる思いがしていたり(^^;;)。
実家寄生組の私は常日頃、何から何までを母に頼りっぱなしなもんで、はっきり言って家事一般殆ど何もできません。しかも自慢じゃありませんが、料理はからっきしです。弟の方が料理の腕は格段に上です(って当たり前ですけど、ウチの愚弟、調理師免許保持者なので・笑)。


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