12月に入ったばかりのこの日、ミロが突然双児宮に押し掛けてきた。
朝と言わず昼と言わず夜と言わずこいつが前振りなしにウチに押し掛けてくるのはいつものことなので、オレもそのこと自体は慣れっこで気にも止めなかったのだが、今日に限ってはさすがにオレも驚かずにはいられなかった。
何故ならリビングに姿を現したミロが両手いっぱいに、でかくて嵩張る荷物を大量に抱えていたからである。
「お前、何だよその荷物!?」

呆気に取られているオレを尻目にミロは完全に自分の家感覚でその大量の荷物を無造作に床の上に置くと、

「クリスマス・ツリー一式!」

と答えてニッコリと笑った。

「は?」

「だから、クリスマス・ツリーだよ」

そう繰り返しながらミロは一番大きな箱を開けて、中からクリスマス・ツリーの土台を取り出してオレに見せた。
――ホントにクリスマス・ツリーだった。しかもかなりでかい。
そんな物をウチに持ってきてどうするつもりなんだ? ……と思ってオレがそれを聞くとミロは、

「クリスマス・ツリーなんだから飾るに決まってるだろ。もうすぐクリスマスなんだから」

嬉々とした様子で答えて、またニコッと笑った。
飾る!? 飾るってウチにかよ!? と、もう一度オレが聞き返すとミロは当たり前のように頷いて、リビングをキョロキョロと見渡し飾る場所を物色し始めた。
おい、オレの話をちゃんと聞け……。

「何でウチに飾るんだよ? 自分家に飾ればいいだろう自分家に!」

まぁ実質ここも半分ミロの家のようなものと言われればそうなんだけど、でも正直ウチにはミスマッチだと思うんだよな、クリスマス・ツリーなんかさ。

「天蠍宮(ウチ)じゃなくオレはここにこれを飾りたいんだよ。いいだろ? キレイに飾るからさ」

……いいだろ? と聞いておきながら実際は「答えは聞いてない」なのはわかってる。
ダメだと言ったところでもう飾る気満々のこいつがやめるわけがない。一度こうと決めたら絶対に聞かないからな。
というわけでオレはミロの説得は早々に諦め、こいつの好きにさせることにした。
少しの間ツリーを飾る場所を物色していたミロは、やがてツリー本体と飾り一式を持って窓際に移動した。どうやらそこに飾ることに決めたらしい。
まず本体のツリーを立てたミロは、次に無造作に袋を開けて次々にツリーの飾りを床に散らばせた。そんなミロを見てオレはこの有様でキレイに飾るとかどの口が言ったんだかと呆れずにはいられなかったが、これもいつものことと言えばいつものことなので文句を言う気力もでなかった。
サガがいたら目を剥いて怒っただろうが、運良くサガはいないし、却って来るまでに片付けさせておけばいいや。

「なぁミロ、それってお前ん家のツリー?」

ツリーの天辺につけると思しき星形オブジェを何故か凝視しているミロに、まさかそれをつける場所がわかんないとでも言うんじゃないだろうな? と思いつつ、そのツリーの出所を聞いてみた。

「まさか。ウチにツリーなんかあるわけないだろ。買ってきたんだよたった今、市内まで行って」

「はぁ!?」

今買ってきたって、おいおいわざわざアテネ市内まで行ったのか? ツリーを買うためだけに?。

「もしかしてそれを買う為にわざわざ?」

「そうだよ」

「しかも自分家に飾る為じゃなく、ここに飾る為に?」

「うん」

あっさりと頷いたミロは、やっと手にしていた星形オブジェをツリーの天辺にくっつけ始めた。

「何を考えてるんだ? お前は……」

「別に何も。ただもうすぐクリスマスだなって思ったら、何かウキウキしちゃってさ。クリスマス・ツリーの1つも飾ってみたくなっただけ」

だからって何でそれをウチに飾るんだよ……。

「クリスマスだからって浮かれるような歳でもないだろう。子供かお前は」

ミロくん20歳、実は子供っぽいところはてんこ盛りに残っている。
自分で言うのも何だが、多分それは誰よりもオレが一番よく知っていることではあるが、それにしたってクリスマスだというだけで浮かれまくるほど子供でもなかろうに――まさかと思うが、こいつ未だに寝ている間にサンタクロースが枕元にプレゼントを置いてってくれるとか信じてたりしないだろうな?。

「幾つになったってクリスマスってだけで何となく気持ちが弾むよ。そんなモンなんじゃない?」

ミロは飾り付けの手を休めることなく、しれっとした顔でそう答えた。おいおい、どうでもいいけど飾りのリボンが曲がってるぞ。

「そんなモンですかねぇ?」

オレが疑問符を投げ掛けるとミロは、そんなモンですよと笑いながら繰り返した。
だからリボン! 曲がってるってば。

「……ま、オレもこんなにウキウキするのは本当に久しぶりだけどね」

少ししてやっとリボンが曲がっていることに気付いたらしいミロが、ぎこちない手付きでそれを直しながら小さな声で独り言のようにボソリと呟いた。

「え?」

オレが思わず短く聞き返すと、ミロは不器用な手つきでリボンを直しながらちらりとオレの方を見て再び口を開いた。

「クリスマスが楽しかったことなんて、ほんの子供の頃にしか記憶にないからな」

なるほど……ミロははっきりとは言わなかったが、つまりそれは13年前までの記憶ってことか。
こいつらがまだ子供だった頃、サガが居てアイオロスが居て2人の厳しさと優しさに包まれ育まれていたのであろう、多分こいつにとっても一番幸せだった頃の記憶――。
ミロが聖域に来たのは3歳の時だと聞いている。その年齢では本人に当時より以前の記憶の確認を求めるのは無理な話だ。
聖闘士になるべく運命を定められて生まれて来た人間は、肉親との縁が極端に薄く、一般的に不幸と言われる生い立ちを背負っている者ばかりだ。もちろんミロも例外ではない。
本人は多くを語りたがらないし、それなりに事情を知っているはずのサガもやはり多くは語らないからオレも詳しいことは全く知らないが、極々平凡な一般家庭に生まれたわけじゃないことくらいはわかる。そうでなければ聖闘士になんかなっているわけがないからだ。
どのみち言いたくないものを無理に聞こうとも思わないから深く追求する気は元よりないが、つまりミロの中に残っている子供の頃の記憶というのは、即ち聖域に来てからの記憶以外にはないと断言してもいいだろう。
そしてミロが物心着いた頃に、こいつらの面倒を見ていたのはサガとアイオロスの二人だ。ミロにとって、いや、この聖域の黄金聖闘士殆ど全員に言えることだが、こいつらにとってサガとアイオロスは肉親同様の存在なのだ。
そのサガとアイオロスだって当時はまだ子供としか言えない年齢だったが、それでもあの二人のことだ、きっとクリスマスには親代わりのつもりでこいつらを喜ばせる為に一生懸命になっていたに違いない。
ミロの中にはその時の記憶だけが、今なお色濃く残っているんだろう。この13年間、決して色褪せることなく――。

でも僻むわけじゃないが、例え子供の頃だけでもクリスマスの楽しい記憶があるのは幸せなことだと思うけどね。
オレはクリスマスが楽しいなんて思ったことは生まれてこの方ただの一度もない。クリスマスなんて来なきゃいいって真剣に思ったことは何度もあったが、どこまで記憶を遡らせてもクリスマスが楽しかったなんてことはなかった。誕生日同様いい思い出なんか一つもなくて、あるのは全て忘却の彼方に捨て去りたいような苦い思い出ばかりだ。
子供の頃のオレは聖域郊外の粗末としか言えない掘建て小屋に、言わば幽閉された状態で生活をしていた。風が吹いたら一発で飛びそうなくらいのボロ屋なのに、周りに教皇が張った結界があったせいでそこから外には一歩たりとも出ることは出来なかった。まぁそれもほんの小さい頃の話で、ある程度成長してからはその結界もほぼ無用の長物で役に立たなくなったけどな。
その辺の事情はもう既に皆が知るところになっているが、とにもかくにも当時のオレは他者には絶対知られてはいけない存在だったから、そんな過酷な環境下で生きながらにして死んでいるも同然の生活を強いられていたわけだ。
当時のオレは教皇、いや聖域にとって忌むべき存在でしかなく、徹底的に隠匿されなければならない存在だった。そうすることによってしかオレもそしてサガも生きることはできなかった。今だからこそその事情も理解は出来るが、子供にそれを理解しろと強制したって無理に決まってるだろとは今でも思っている。
子供の頃は多分単純に淋しかったんだと思う。誕生日はおろかクリスマスにすらサガはオレの傍にはいてくれなくて、いつも一人だったから……。
その淋しさがいつしか自分の置かれている理不尽な境遇に対する怒りと屈辱、そしてサガへの憎しみに転化したんだと思う。
子供の頃はただ淋しかっただけのクリスマスは、成長するに従ってサガや女神や聖域への憎しみを増幅させるだけの日になっていったんだ。
そう、オレのクリスマスの記憶なんて、そんなことくらいしか残っていない。
別に今更恨み言を言うつもりはないし、少ないながらも楽しい思い出を持っているミロに対して嫉妬しているわけでもない。
過去は過去、今は今ととっくに気持ちの整理もつき、サガへの憎しみも聖域への恨みもとっくに消え去っているというのに、何故かあの当時の思い出はいつまで経っても消えてはくれず、今なお心の片隅に引っ掛かっている。
一度死んで新たな人生を歩んでいるというのに不思議なものだと思う。
オレはもう結界の中の粗末な家に閉じ篭もっていることも、サガへの恨みと憎しみを募らせるだけの時を過ごすこともなくなった。クリスマスに淋しい思いをすることもない、子供のように思いっきり楽しんでもいい、頭ではそうわかっていてもそれを素直に受け入れられないでいるのかも知れない。

「それに今年はカノンと一緒に過ごす初めてのクリスマスだしね」

無意識のうちに物思いに耽っていたオレは、ミロのその言葉で我に返った。顔を上げてミロを見ると、ミロもオレの方を見てちょっと照れ臭そうに笑っていた。
言われて初めて気がついた。確かにミロと一緒にクリスマスを過ごすのは、今年が初めてになるんだ。
ずっと一人が当たり前だったせいで、無意識のうちにクリスマスのことを頭の中から排除する癖がついてたんだろう。そんなことには考えが及びもしなかった。誰かと一緒にクリスマスを過ごす、なんてこと……。

多分、オレは今すごい複雑な顔をしてるんだろうと思う。オレの顔を見て微苦笑を浮かべているミロを見て、オレは何となく今の自分の表情に察しがついた。
かと言ってわざとらしく笑ってみせるわけにもいかず、そのままぼけっとその場に突っ立っていると、ミロは飾り付けの手を止めてオレを手招いた。
その手招きに従ってオレがミロの傍へ行くと、ミロは僅かに身を屈めて下からオレのことを上目遣いで見上げ、

「だからさぁ、カノンももうちょっと楽しそうにしてくれてもいいんじゃない?」

そう言って軽くオレのことを睨んだ。
もうちょっと浮かれてくれてもいいんじゃない? ってそんなこと言われても困る。
クリスマスってだけでテンションの上がる子供じゃあるまいし、第一オレは……

「なぁカノン……」

オレが返答に窮して絶句していると、ミロはふと表情を和らげ、オレを見る目を優しく細めた。

「過去の嫌な思い出はさ、これからの楽しい思い出で上書きしちゃおうぜ。今年、来年、再来年……この先クリスマスは何度だって訪れる。その度に楽しい思い出を作ってそれを積み重ねてけばいい」

こいつ、オレの内心を見透かしてたのか――。
オレはますます言葉を見失い、黙りを決め込むことしか出来なくなった。

「これからはオレがずっとカノンの傍にいる。今年も来年もその次のクリスマスも、これから先ずっとずっとオレはカノンの傍にいるから……だから一緒にそれを積み重ねて行こう」

ああ、そうか……そう言うことか……。
オレは今、やっとミロの真意を理解した。
ミロは単にオレの気持ちを見透かしていただけじゃない。こいつは最初からきちんと計算して、故意にこんな突拍子もない行動を起こしたんだ。
オレにこの言葉を伝えるために、そしてオレを過去の柵から解放するために――。
普段は単純で能天気で底抜けに明るくて物事なんて深く考えないこいつは、だが時折こんな風にさらりと小憎らしいことをしてくれることがある。
そんな時、決まってオレは何も言えなくなる。そういう時のこいつは、驚くほど的確に人の急所をついてくるからだ。
何か言わなきゃ、答えなきゃって思っても、言葉にならない感情ばかりがぐるぐると自分の中で渦巻いて結局沈黙を返すことしか出来ない。
8歳も年下の小僧を相手にオレが自分の未熟を思い知るのはこんな時だった。それでも悔しいという感情が生まれることはなく、それどころか妙な安心感というか心地よさのようなものを覚えるのが不思議だった。
オレが言葉に詰まって黙り込んだままでいると、ミロは再び表情を一変させていつもの人好きのする明るい笑顔を浮かべ、

「はい、これ」

言うなり手にしていたリボンの飾りをいきなりオレに押し付けた。

「なっ、何だよ!?」

反射的に受け取ってしまってから思わず声を上げるとミロは、

「一緒に飾り付けしようぜ。サガが帰ってくるまでに終わらせてサガのこと驚かそうぜ」

そう言ってオレの返事も待たず、急かすようにしてリボンを持つオレの手を引っ張った。
まったく猫の目のようにコロコロコロコロ言動を変化させやがって、こっちが考え込んでる暇すら与えてくれない。
多分これもワザとやってることなんだろうな。
まぁこっ恥ずかしい台詞の応酬になるよりはマシかな? 今何かこいつに何かを言ったら、オレも柄にもなく恥ずかしいことを言っちまいそうだし。
仕方がない、今日のところは何も言わずにお前のペースに乗せられてやるよ。お前の手先と同じくらいの不器用な優しさとヘタクソな気遣いに免じて……な。

 

でも……ありがとう、ミロ。
END
2015.12.19 改訂

【あとがき】

下らないSSですみません(^^;;)。
当日のネタも持ってはいたんですが、カノンは誕生日同様、絶対クリスマスにもいい思い出はないだろうと思って、ちょっとそのあたりのトラウマ的な部分と絡めて今回は直前ネタを書いてみました。
ひっじょ〜に下らない短い話ではありますが、一応「今年のクリスマスにはいい思い出を作ってね」という願いだけは込めてます(笑)。私の自己満足ですが……。


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