その日、サガは何年かぶりに風邪をひき、自宮である双児宮で伏せっていた。

2〜3日前から少々体の調子が悪かったのだが、昨夜から発熱し、遂に今日一日寝込む羽目になったのだ。
こんな風に風邪で寝込むなど、もちろん黄金聖闘士になってから初めてのことである。

現在、ここ聖域には射手座の黄金聖闘士・アイオロスと、双子座の黄金聖闘士である自分、2人の黄金聖闘士しか居ない。他の星座を守護する黄金聖闘士は、今はまだ単なる候補生に過ぎず、しかも全員幼かった。かく言うサガもアイオロスも、まだやっと13歳と言う年齢なのだが、黄金聖闘士として幼い候補生達の訓練から日常生活までの面倒を見ることを責任として課せられていた。

確かに最近、その黄金聖闘士候補生達の訓練やら面倒やらで多忙を極めてはいたが、自己管理には気をつけていたつもりだっただけに、まさか自分が風邪で寝込むなど考えてもみなかったサガである。今日も実のところ多少の無理をしてでもいつも通りに仕事をこなすつもりでいたのだが、朝の時点では結構な高熱が出ていてどうにもこうにも体が言うことを聞かず、アイオロスにも強く休むよう言われて、ほぼ無理矢理に近い形で休むことを余儀なくされてしまったのだった。

候補生達の訓練と面倒は全部アイオロスが引き受けてくれたので、サガはアイオロスの言うことに従って今日1日の大半をベッドの中で過ごした。とは言え、何しろやんちゃ盛りの子供が9人……2人で面倒を見ててもかなり大変なのに、今日はアイオロス1人でかなり手を焼いているのではないだろうか?。最初のうちはそれが心配でたまらなかったサガだが、ベッドの中でヤキモキしてても仕方がないので、観念して何も考えずに眠ることにしたのだった。

薬を飲み、少々無理に食事もしてゆっくり休んでいたお陰か、日没と共に熱も下がり、体の痛みや怠さも随分と楽になっていた。

夜になってサガは、やっとベッドから起きあがることが出来た。薬の力もあったとは言え、1日の殆どを眠って過ごしたせいか、今になって妙に目と頭が冴えてしまい、サガはパジャマを新しい物に替えて薄い上着を羽織ると、読みかけていた本を片手にリビングへ移った。

キッチンからよく冷えたオレンジジュースを持って、サガがリビングに戻ったその時、双児宮私室の玄関の扉がやや控え目にノックされた。

十二宮各宮の私室はかなり広く造られているので、実のところ小さな音は奥までは伝わりづらい。だがそこはやはり黄金聖闘士、常人であれば恐らく聞こえないであろう小さな音でも聞き漏らすことはない。そのノックの音も、サガの耳にはしっかりと届いていた。

誰だろう?。サガはまだほんの少し重さの残っていた体を沈めていたソファから立ち上がり、玄関の方へ向かった。

サガが玄関ホールに着いたとき、また扉がノックされた。

「はい」

サガが急いで玄関のドアを開けると、そこにはアイオロスが立っていた。

「ア、アイオロス?!」

だがサガは、目の前に立っているアイオロスの出で立ちに思わずビックリして、思いっきり目を見開いた。

「やぁ、サガ……」

照れ臭そうにと言うか、バツが悪そうにサガに笑みを向けたアイオロスは、何と両脇に黄金聖闘士候補生であるミロとカミュを抱きかかえ、背中に弟・アイオリアを背負った状態で、そこに立っていたのである。よく見てみると、アイオロスの足元にはシャカまで居る。

その何とも言えぬスゴイ格好にサガは目を丸くし、アイオロスをやや呆然と見ながら目をぱちくりとさせた。

「……ど、どうしたのだ?、アイオロス!」

少しして我に返ったサガが、アイオロスに尋ねた。普段だったら今頃はちょうど子供達を寝かしつけている時間のはずなのに、何故アイオロスがその子供達を抱えてここにいるのだろうか?。

「いや、その……」

サガぁぁ〜〜〜〜〜!!!

アイオロスが口を開いた瞬間、いきなりサガの名を呼びながらわっ!とミロが泣き出し、アイオロスの腕の中からサガの方へ懸命に両手と体を伸ばした。それに呼応するようにカミュまでが泣き出し、ミロと同じようにサガの方へ腕を伸ばして身を乗り出した。

「コ、コラ!ミロ!、カミュ!暴れるな!!」

サガの元へ来ようとアイオロスの腕の中でジタバタしている2人を、サガは慌ててアイオロスから抱き取った。サガの腕の中に抱き取られた2人は、両脇からサガの首にしがみつくとビービーと泣いた。その泣き声で静まり返っていた双児宮が、俄に喧騒に包まれる。

サガぁ〜!!

ミロが小さな体で力一杯サガにしがみつき、大きな声でサガの名を呼びながら泣く。カミュもサガにしがみついて、ぐすぐすと泣いている。一体何があったと言うのか……泣きじゃくるミロ達をサガは懸命に宥めた。

「よしよし、泣かなくていいから……」

ワンワン泣くミロとカミュを両手であやしていると、ふいっとパジャマの裾が掴まれた。見るとシャカがサガの足元に寄ってきて、サガのパジャマの裾をしっかりと掴み、サガを見上げていた。泣いてはいなかったものの、シャカからもミロ達と同じような雰囲気が感じられ、サガは戸惑った。だがその戸惑いを表には出さず、サガはシャカに向かって優しく微笑んで見せてから、その視線をアイオロスの方へと戻した。

「一体これはどうしたの言うのだ?、アイオロス……」

ミロとカミュをサガに渡して身軽になったアイオロスに、サガが改めて尋ねた。アイオロスはもう半分以上寝に入った状態で、自分の背からズリ落ちそうになってるアイオリアの体を支えながら、何とも言えぬ複雑な表情でサガを見た。

「いやその……いつも通りチビ共を寝かしつけようとしたらさ、その、いきなりこいつらがお前を恋しがってぐずりだして……」

「えっ?」

ミロとカミュはサガにしがみついたまま、つい今し方までの号泣は収まったものの、まだぐすぐすと泣いている。シャカもやはり先刻から変わらずサガのパジャマの裾をガッチリ掴んだまま、ピッタリとサガに寄り添っている。

「サガ、サガってお前の名前を連呼してビービー泣き始めてさ……サガは病気で寝てるんだから!て言ったんだけど、全然聞かなくてさ。宥めてもすかしてもあやしても全然ダメで……もうオレの手に負えなくて……」

サガが具合が悪くて休んでいることはアイオロスが一番よく知っていたのだが、何をやってもミロ達が泣き止まず、どうにもこうにも為す術がなくなってほとほと困り果ててしまい、とにかくサガの顔だけでも見せれば落ち着くだろうと、仕方なくここにミロ達を連れてきたのだった。

泣いて泣いて手に余るミロとカミュだけを連れてくるつもりが、いざ出かけようとしたら今度はアイオリアが自分から離れず、挙げ句何故かシャカまでがくっついてきてしまったため、何だかとんでもない事態になってしまったのである。

「そうだったのか……」

くすっと小さく笑って、サガは2人の小さな体を少し強く抱きしめた。

「すまん、サガ。具合が悪い時にこんな……。オレに任せとけ!なんて偉そうに言っときながら、ホント面目ない……」

アイオロスはサガに詫びながら、しょぼんと顔を俯けた。

「構わないよ、もう熱も下がったし、具合も随分良くなったからね……。私の方こそ、今日はお前に全部任せてしまって、本当にすまなかった」

「昼間は全然平気だった……って言うか、ちゃんと聞き分けてたんだけどな。もう寝るぞってなった今になって、何でこんなに強烈にグズり始めたんだか……」

朝、サガが訓練に姿を現さなかったとき、やはりミロを始め他の候補生達も『サガは?、サガどうしたの?』とピーピー騒ぎ始めたのだが、アイオロスが簡単にサガは具合が悪くて休んでいると説明したら、一応ちゃんと納得したらしく、おとなしくなったのである。だが子供心にもサガの心配はしていたらしく、そのせいかいつもより遙かに素直にアイオロスの言うことを聞いて、全員ちゃんと訓練をこなしていた。
もちろん、いつもの小さなケンカや小競り合いはあったものの(主にその中心は、ミロとデスマスクだったりする)、本当にそれはほぼ毎日のことなのでアイオロスも慣れっこだった。大体怒鳴ってゲンコツの一発でも食らわせれば収まるので、別に手に余ることでも何でもなかったのだ。

なのでアイオロスもすっかり安心していたのだが、夜になり、食事をとらせて風呂に入れて、さぁ寝かそうと言う段になった時に、本当に突然にまるで火がついたようにミロが泣き出し、それに引きずられるようにカミュまでが泣き出して、大騒ぎ。アイオロスが何をやっても、泣きやまなかったのである。

「子供なんて、そんなものだろう」

夜になって急に心細くでもなったのだろうか?。でも子供には往々にしてそう言う不可思議なこともあるので、サガの方はその辺りはあまり深く気にはせず、さらりとそう言って小さく笑った。

「ミロ、カミュ、もう泣かなくていいから、ね?」

サガはミロとカミュの髪に交互に頬を寄せ、まだグスグスと鼻をすすっている2人に優しく囁いた。

「サガ……」

ミロがサガの肩口にピッタリと頬を埋める。しがみつく腕が小刻みに震えているのに気付いて、サガはミロにどうしたのだと尋ねた。

「んとね……アイオロスがね、サガが病気だって言ってね……それでね、ボクね……」

しゃくり上げながら、ミロが懸命にサガに理由を訴えようとする。だがやっと5歳になったばかりのミロは、まだ自分の胸の内を的確な言葉で言い表すことが出来なかった。

「そう、私のことを心配してくれたんだね、ありがとう。もう大丈夫、元気になったから」

それでもサガには、ミロの気持ちがよくわかった。こんなに小さいながらも、ミロは……そしてカミュもシャカも、この子達なりにサガのことを心配してくれていたのだ。

「ホント?」

ミロがやっと顔を上げて、サガを見た。

「うん、本当だよ」

サガはそう言って、笑って見せた。瞬間、パッとミロの顔が明るくなり、今度は嬉しそうにサガにしがみついた。反対側からカミュもサガにしっかりとしがみつく。その様子を見て、アイオロスがホッと安堵の溜息をついた。

「とにかく中に入ろう。アイオロスも……」

サガは私室の中に入るよう、アイオロスを促した。

「大丈夫か?」

アイオロスがサガの体を気遣い、心配そうに尋ねた。サガは笑顔で頷くと、サガは少し体を脇にどけてもう一度目線で中に入るようアイオロスを促した。

アイオロスを先に中に入れてから、サガはミロとカミュを抱っこしたまま、足元のシャカを伴って中に戻った。





サガに会って安心したらしく、ミロとカミュはリビングに戻る頃にはサガの腕の中で寝息を立てていた。正に電光石火のような寝付きの早さである。

サガはアイオロスにここで待っていてくれるよう言い置き、シャカを託すと、2人を抱いて寝室の方へ消えていった。

アイオロスはサガに言われた通り、ソファに腰掛けてサガを待った。アイオリアもすっかり寝入ってしまい、アイオロスは背中からアイオリアをおろし、前に抱えなおした。

シャカは向かいのソファに腰掛けて、おとなしくしている。時折、眠たそうに目を擦りながら。

10分ほどしてから、サガがリビングに戻ってきた。

「チビ共、完全に寝たのか?」

「ああ。泣き疲れたのもあったんだろうな、ぐっすりだよ。今晩はこのままここに泊める」

シャカの隣に腰掛けながら、サガはアイオロスの問いに答えた。シャカはサガが腰を下ろすと、サガの顔をじっと見上げた。

「お前も泊まっていきなさい、シャカ」

そう言いながら、サガはシャカの髪を撫でた。

「サガ、いいの?」

心配なのか、不安そうにシャカがサガに聞き返した。

「ああ、もちろんだ」

サガが答えると、シャカは安心したように小さな笑顔を浮かべてから、こてんとサガの膝の上に頭を落とした。ミロ、カミュに比べ、子供ながらに自分の感情を余り表に出さないシャカだが、サガを慕う気持ちは同じだった。ミロ達の目もない、と言うのもあるのだろうが、今日は珍しくシャカも気持ちを素直に前面に出してサガに甘えていた。

サガがそんなシャカの髪を優しく撫でてやると、間もなくシャカも軽い寝息を立て始めた。

「……シャカも寝ちまったか。でもシャカのこんな姿は珍しいな……こいつもお前に懐いていたのは知ってたが……」

アイオロスですら、こんなシャカの姿は滅多に見たことがなかった。サガの膝の上で寝ているシャカを見ながら、アイオロスは微笑した。

「アイオリアも完全に寝てしまったようだな」

アイオロスの腕の中で、もうぐっすりのアイオリアを見ながら、サガも笑った。

「すぐに帰ってくるから待ってろって言ったんだけど、ついて来るって聞かなくてさ。ったく、こいつもいつまでも甘えん坊で……」

言いながらもアイオロスは、愛おしげな視線をアイオリアに落とした。実の弟とは言え、アイオロスはアイオリアを他の候補生と区別することなく、訓練の時には厳しく接していた。だが本当は、アイオリアのことが可愛くて可愛くて仕方がないのだ。たった1人の肉親なのだから、無理もない。サガにも教皇以外は誰も知らない、存在の秘された双子の弟がいる。特殊な事情があって正直なところ兄弟の関係は良いとは言えないが、それでもアイオロスの気持ちは我がことのようによくわかるのだ。

「まだ小さいんだ、仕方ないよ」

まだまだ親兄弟に甘えたい、遊びたい盛りの子供達である。それが数多の事情から黄金聖闘士候補生となり、常人には想像もつかないような厳しい訓練を毎日受けている。いわゆる『普通』の子供らしい生活と言うものを、送れない子達ばかりなのである。だからこそ、時には甘えさせてやることも大切だとサガは思っていた。アイオロスと自分は、言わば幼い候補生達の親代わりのようなものでもあるのだから。

「ま、それはそうだけどな。特にミロはお前にベッタリだし……でも昼間駄々こねなかったから大丈夫だと思ったんだけどなぁ〜。まさか、今になってこうも派手に泣き喚かれるとは思わなかった。完全にお手上げだよ、まいった……」

アイオロスは思わず苦笑した。同じ年頃の弟はいるし、何より元来の気質が兄貴分肌のアイオロスは、ある意味ではサガよりも子供の扱いには長けていたのだが、そのアイオロスの手にすら余ってしまうほど、ミロ達は激しく駄々をこねたのだ。

「何かもう、お前ってこいつらの母親も同然なんだな〜って、つくづく思ったよ」

「何バカなこと言ってるんだか……」

真面目な顔して変なことを言うアイオロスをサガは一笑に付したが、直後、いきなりケホケホと咳込んだ。

「お、おい、大丈夫か?!、サガ……」

アイオロスは瞬時に顔色を変え、座っていたソファから半腰をあげた。だが結局何をすることもできず、目の前で咳込むサガをオロオロと見ているだけであった。

「………大丈夫、大丈夫だよ、ゴメン。咳だけがまだちょっと残っててね」

少しして咳の収まったサガが、顔を上げてアイオロスに小さな笑顔を向けた。

「サガ、お前ホントに大丈夫か?」

尚も心配そうに、アイオロスが聞き返す。

「大丈夫だって。もう熱だって下がったんだから」

「そっか、ならよかったけど……。でもお前、案外回復早いな、今日1日寝てただけなのに」

アイオロスはやっとほっとしたように表情を緩めると、再びソファに腰を落とした。

「そりゃ、これでも黄金聖闘士だからね」

冗談めかしてそう応じると、サガは小さく肩を竦めた。

「ところで、他の子供達は?」

宿舎には、あと5人の候補生達が残っている。不意にサガはその5人のことが心配になり、アイオロスに尋ねた。

「デスマスクとアフロディーテは心配いらないし、ムウとアルデバランのことはシュラに面倒見させてる。まぁ、あの2人はおとなしいし、手がかからないから大丈夫だろう。もう寝てるんじゃないかな?」

デスマスク、シュラ、アフロディーテの3人は、ミロ達より3歳年長の8歳。もう四六時中自分達がくっついててやる必要もないし、下の者の面倒も見れる年である。ムウとアルデバランはミロ達と同い年だが、5歳とは思えないほど聞き分けがよく、おとなしくて手のかからない子達だ。寝ていなさいと言い置いてきたから、恐らくはもう寝ていることだろう。手のかかるのは全員連れてきてしまったし、残っている子供達については殆ど心配はいらない状態ではあった。

「っつってもまぁ、あまり長時間放っておくわけにもいかんな。オレ、そろそろ戻るよ」

アイオロスは抱きかかえているアイオリアを起こさないよう、静かにソファから立ち上がった。

「ああ、今日はすまなかったね、アイオロス。全部君に任せてしまって……」

シャカが膝の上で寝ているのでサガは立ち上がれず、座ったままアイオロスに礼を言った。

「そんなこと気にすんなって」

アイオロスは笑いながら、サガの隣に回り込んで来た。

「シャカも寝ちゃったし、何だったらこのまま連れて帰るぞ。まだ全快してないのに、チビ共3人も泊めるんじゃ大変だろう?」

もうサガの膝の上でぐっすり寝入っているシャカを見下ろして、アイオロスが言った。

「いや、いいよ、このまま泊める。万一、途中で目が覚めた時に可哀相だから。ミロ達と一緒に寝かせておけばいいんだし、明日はそのまま私が3人を連れていくから」

「明日は……って、お前、明日出てくるつもりなのか?!」

「当然だろう。熱も下がったし、これ以上休んでなどいられないよ」

「これ以上って、たった1日じゃないか!」

「1日休めば充分だよ。治ったのに2日も3日も寝てたら体が鈍っちゃうし、寝てるの退屈だし」

体調不良のときはよく眠れるが、回復してしまったらそうそう寝ていられるものでもない。ベッドの中で無為に時間を浪費するなど、サガはまっぴらごめんだった。

「ほんっと〜に大丈夫なんだろうな?!」

アイオロスがサガに念を押す。確かに熱は下がったかも知れないが、まだ咳込んだりしているサガを見ていると、やはりアイオロスは心配でならなかった。

「大丈夫だよ。今晩一晩寝れば、完治するから」

アイオロスの過度な心配に、サガは思わず苦笑した。最も、それは自分を想ってくれるがゆえのことだと言うことも理解していたので、反面嬉しくもあったのだが。

「ちょっとでも辛かったら言えよ。無理だけはしてくれるな……」

アイオロスは片手で落とさないようアイオリアを抱き、空いた方の手でそっとサガの頬に触れた。まだ少し熱っぽいような気がするのは、気のせいだろうか?。

「ありがとう」

頬にかけられたアイオロスの手の温もりが、サガには心地よかった。サガが微笑むのを見て、アイオロスも嬉しそうに口元を綻ばせたが、

「やっぱチビ共、無理やりベッドん中に押し込んで寝かせちまえばよかったかな。連れてきたりして、却ってお前に迷惑かけることになっちまって……」

やがてふと真顔に戻り、またすまなそうにサガに言った。

「そんなことしたらミロ達が可哀相だよ。別に迷惑でも何でもないから、私は平気さ。君も気にしないでくれ。ただこの子達に風邪が伝染らないかどうかが少し心配だけどね」

別にアイオロスが気にすることではない。風邪が伝染ってしまうかもと言う若干の懸念はあるが、サガは別に迷惑だとも何とも思っていなかった。

「それは大丈夫だろ?。ミロなんか、今年の冬に氷張ってる池にモロに落っこちてズブ濡れになったって、風邪もひかずケロッとしてたじゃないか」

それにカミュは水と氷を操るアクエリアスの聖闘士候補生だし、シャカなど風邪の方から逃げていきそうな雰囲気持ってる子供だし、3人ともおよそ風邪などには縁もなさそうである。

「確かにそれはそうだけどね」

ここもサガは苦笑して応じるしかなかった。まぁ後でシャカを運んだ時に、子供達の寝ている寝室に小さな結界でも張っておけば大丈夫だろう。

「ホント言うとな、サガ……お前に会いたがってたのはチビ共だけじゃない、オレもなんだ」

「えっ?」

朝会ったじゃないか、と言おうとしたが、アイオロスの表情が思いもかけずに真剣なので、サガは喉まで出かかった言葉を飲み込んでしまった。

「いつも隣にいるお前がいてくれないとやっぱ落ち着かないし、お前のことは心配だしで……正直言ってチビ共放っぽらかして、ずっとお前の側についていたかったくらいなんだ」

「バカ。風邪くらいで大袈裟だよ……」

呆れたようにサガが呟き小さく笑うと、まるでそれを合図にでもしたかのように、アイオロスはサガの頬にかけていた手でいきなりサガの顎を掴み、目にも止まらないないほどの素早さでサガの唇に自らの唇を重ね合わせた。全くの無警戒だったサガは、一瞬、何が起こったのかわからず頭の中が真っ白になったが、次の瞬間に状況を理解すると、大慌てでアイオロスを引き離した。

「バッ、バカ!!何をするんだ、お前はっ!!」

顔を真っ赤に染め、あたふたしながらサガがアイオロスにいきなりの暴挙の訳を問う。そう、正に暴挙である。風邪を引いている自分に、キスをするなど……。

「ん?、キス♪」

「そっ、そんなことはわかってる!。そう言う意味じゃなくて……その、私は風邪をひいてるんだぞ!。それなのにこんな……風邪が伝染ったりでもしたらどうするんだ!!」

「そう怒るな。また熱上がったらどうすんだよ?」

あたふたしながら怒るサガに向かって、アイオロスは悪びれた様子も見せずにあっけらかんと言った。

「怒らせてるのはお前だろう!。こんなことしてっ……伝染っても知らんからな!」

「大丈夫だ。オレの頑丈さはお前だってよく知ってるだろう?」

だが、自分の体の丈夫さに自信満々のアイオロスは、そんな危惧など微塵も抱いてはいなかった。

「そう言う問題じゃない!」

アイオロスがこんな突拍子もない行動に出るのはいつものことだが、今回ばかりは状況が状況なだけに、サガとて焦りを覚えずにはいられなかった。

「だ〜いじょぶ、平気だってば。池に落っこちたミロを助けたのはオレだぜ。そん時だって風邪ひくどころかピンピンしてたんだから、全然心配いらないよ」

だが事も無げにアイオロスに言い返され、サガは脱力した。

「だから……根本的に問題が違っ……」

サガが尚もアイオロスに言い募ろうとした時、その2人の言い合う声に半目を覚ましたか、アイオリアがアイオロスの腕の中で小さな呻き声を上げて、身じろいだ。

「おっと、ヤバ!」

アイオロスは慌ててアイオリアを抱き直し、あやすようにして小さくその体を揺すった。目を覚ましてしまうかと思ったが、アイオリアはそれで安心したのか、再びアイオロスの腕の中ですやすやと寝息を立て始めた。アイオロスもサガもホッと胸を撫で下ろし、直後サガは自分の膝で眠るシャカへ視線を移した。シャカは全く目を覚ます様子もなく、気持ちよさそうに眠っており、サガは再び小さな安堵の吐息を漏らした。

「じゃ、帰るわ」

アイオロスは声を潜めてサガに言った。

「ああ、ありがとう。気をつけてな」

「うん、おやすみ」

言うが早いかアイオロスは今度はサガの頬に軽くキスをして、またも不意打ちを食らって硬直するサガを尻目に、嬉しそうに微笑みながら双児宮を後にして行った。

「……ホンットに知らないからな、私は……」

サガはアイオロスの居なくなったリビングで、諦めの呟きを漏らした。そして大きな溜息を1つついて気を取り直すと、サガは眠っているシャカを抱き上げ、寝室へと向かったのだった。






翌日。

すっきりさっぱり全快したサガであったが、大口を叩いていたアイオロスは、お約束のごとく風邪をひいて寝込んでしまった。直接キスの威力恐るべし……と言ったところか、さすが超頑丈を自称するアイオロスとて、ひとたまりもなかったようである。
知らないぞとしつこいほど言っていたサガも、結局放っておくことなどできようはずもなく、寝込んだアイオロスの看病と子供達の世話とで、病み上がり早々てんてこ舞いする羽目になったのだった。


END

【あとがき】

元ネタは、4歳の頃(正確に言うと3歳11ヶ月・笑)の私自身の経験です(笑)。
ロスとサガ、ちょうど恋人同士の付き合いを始めて間もなくくらいの頃と思ってください。まだまだ「青の時代」の2人です(何だそりゃ?)。
だからロスは、ベタベタしたくてしょうがないのです。多分、どんな超健康優良児でも、風邪っぴきと直キスしたら伝染ります(^^;;)。


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