今日は朝からサガは仕事で不在である。
と言うことで双児宮で一人のんびりダラダラとした時間を満喫していたカノンの元に、ミロが突然訪ねてきた。
「カノン、ちょっと一緒に来てくれ」
「は?」
突然訪ねて来たと思ったら一息もつかずに自分を連れ出そうとするミロに、カノンが目を丸めて間抜けな声で「何で?」と聞き返す。
「だからちょっと一緒に来てくれって! ほら!」
答えは聞いてない! と言わんがばかりにカノンの腕を掴むと、ミロは強引に彼を引っ張って双児宮から連れ出した。
「ちょっ……と待てよミロ! オレをどこに連れてこうって言うんだよ!?」
ミロに手を引かれて十二宮の階段を上りながら、カノンは自分をどこに連れて行こうとしているのかをミロに尋ねる。
するとミロは、
「ん? 処女宮」
とだけ短く答えた。
「は? しょ、処女宮!?」
何で処女宮なんぞに連れて行かれなきゃならないんだ? シャカを拝みにか!? いやいやオレにはわざわざシャカを拝みに行く理由なんかないし、拝めと強制される謂れもないし……と、連行される理由に思い当たる節のないカノンはハテナマークを乱舞させていたが、ミロの方はそんなカノンの様子になどお構いなしに彼の手を引いてどんどんと階段を上っていく。
「おいミロ……一体……」
「ああ、処女宮に着いたらすぐにわかるから。大丈夫大丈夫、シャカを拝めなんてことは言わないし、そんなことの為に連れてくわけじゃないから安心しろ」
シャカを拝むわけじゃない? ……のに何で処女宮に行かなきゃいけないんだよ? とますますわけがわからなくなってカノンは手を引かれながらミロにその理由を再三再四問い質したが、ミロから返ってくる答えは「だからすぐにわかるって」の一点張りだった。
そんな不毛なやり取りをしてる間に、二人は目的地の処女宮の出入口に到着していた。
だがミロは足を止めることなくそのまま処女宮の中へ入ると、沙羅双樹の園の方へと一直線に向かった。
「主役を連れてきたぞー!」
沙羅双樹の園へと続く扉を開くなり、ミロがその先に向かって声を上げた。
主役!? とカノンはまたしても面食らいつつ、ミロの肩越しに沙羅双樹の園の中を覗き込んだ。
すると――
「えっ……?」
視界に飛び込んできた光景に、カノンが思わず驚きの声を上げた。
沙羅双樹の園の一角がガーデンパーティー仕様になっていて、そこに黄金聖闘士全員と教皇シオンまでもが雁首を揃えていたからである。
「何これ!? 一体どう……っ!?」
どういうことかと改めてミロに尋ねようと口を開いた瞬間、ミロが掴んだままのカノンの手を引っ張って歩き始めた。
そのままミロは皆が揃っている場所までカノンを引っ張って行くと、
「はい! 本日の主役・ジェミニのカノンでーす!」
完全におちゃらけた調子で言ってから、今度は素早くカノンの背後に回り、皆の中心に向かってカノンの背を押し出した。
それと同時に周りから一斉に拍手が上がり、未だ全く状況の見えていないカノンをますます困惑わせた。
「一体何がどうしてどうなっている……?」
しばしその場に佇立した後呆然と呟いたカノンに、ようやく種明かしをしてくれたのはシュラだった。
「お前の誕生パーティーだ」
「へ?」
「だからこれから君の誕生パーティーをやるんだよ、カノン」
念を押すようにアフロディーテが付け加えると、「誕生パーティー? オレの?」とカノンが呆然としたまま誰ともなしに聞き返した。
「ミロお前、カノンに何も言わずにここまで連れてきたのか?」
カノンのその様子を見たカミュが、訝しげにミロに尋ねた。その口調には「なぜちゃんと説明しなかった?」という言外のニュアンスが含まれていたが、ミロは「だって内緒にしといたほうが面白いじゃん。サプライズサプライズ」とあっけらかんと答えて笑い声を立てた。
そんなミロに呆れて絶句してしまったカミュに代わり、ムウがカノンに軽く状況を説明した。
「今日は貴方の誕生日ですよね、カノン」
「え? あ、ああ、うん……」
正直今の今まで本気の本気で忘れていたのだが、そんなことはどうでもいい。
「貴方の誕生日を祝おうと思いましてね、我々で誕生パーティーを企画したというわけです。その準備が整ったので、ミロに貴方を迎えに行って連れて来てもらったのですよ」
処女宮に着いたらすぐにわかると繰り返していたミロの言葉通り、ここでカノンにもやっと事の次第が概ね理解できた。
だが――
「確かに今日は俺の誕生日だけど……でも……」
言葉を濁して言いながら、カノンは兄サガの姿を探して視線を動かした。
サガは皆のほぼ中心にいる(というよりやや強引にそこへ押しやられた)カノンからも、皆の輪からも微妙に離れた場所にアイオロスと並んで静かに立っていた。
カノンと目が合ったサガは優しく微笑み返しながら、カノンに向かって小さく頷いて見せる。
「カノンの誕生日ということはサガの誕生日でもある。そのことはもちろんオレ達にもわかっている」
カノンの様子から彼の言わんとしていることを見て取ったらしいアルデバランが言うと、カノンは彼の方に視線を移し「それなのに何でオレだけ?」と問い返した。
先ほどから皆揃って自分だけを名指ししている。自分達が双子である=自分の誕生日はサガの誕生日であることも皆わかっているはずなのに何故? と、カノンは先刻からそれが非常に疑問だったのである。
カノンがその疑問を投げた相手はアルデバランだったが、答えを返してくれたのは彼ではなくアイオリアだった。
「サガがオレ達にそう頼んだからだよ、カノン」
「えっ?」
どういうことだ? とカノンが重ねてアイオリアに問いかける。
「だからサガがオレ達全員に頼んだんだよ。過去に皆に誕生日を祝ってもらったことのある自分はいいから、今年はカノンを祝ってやって欲しいって。な?」
アイオリアが同意を求めるとミロが頷き、
「サガの頼みとあっては断るわけにはいかないからな。そんなわけで黄金聖闘士が一致団結し、この通り盛大な宴の準備をいたしました次第」
わざとらしい口調でやや大袈裟に言って、ミロは美味しそうな料理がずらりと並ぶテーブルの方に手を翻して見せた。
その他にも中央には大きなバースデーケーキ、そして端の方にはバーベキューコンロまでもが配備されている。ケーキはともかくバーベキューコンロがスタンバイされていると言うことは、どうやら誕生パーティーのついでにバーベキューもやってやれと目論んでいる者がいることを伺わせていた。それが誰かは知らないが。
だがカノン的にはそれらは大した問題ではなく、ここに至った経緯の方、すなわちサガが皆に頼んで――という事実の方が重要であった。
「サガ……」
改めて少し離れたところにいる兄の方へ視線を向け、独り言のようにその名を呟く。
自分達の会話はもちろんサガの耳にも届いているはずで、その証拠に先刻に比べて微妙に決まりの悪そうな表情をしているのがわかる。照れ臭いということもあるのだろう。
ここはやはりサガに礼を言うべきなのか、いやでもそんなことされても却ってサガが困るだけか? とカノンが対応の選択に困っていると、不意に隣のミロが肘でちょんちょんとカノンを突いてきた。
ん? と再び視線をミロの方に転じると、ミロはいつもの人好きのする笑顔でカノンに言った。
「お前いい兄貴持ったじゃん、羨ましいよ。ていうか、オレにくれない?」
ミロにそう言われた次の瞬間、不思議なことにスッ……とカノンの全身から変な力がきれいに抜けていった。
カノンは思わず小さく吹き出してからミロを肘で突き返し、
「……常日頃から実の弟よりも遠慮なくサガに甘えてるくせに、どの口が言うか?」
一転して軽い口調で言いながら、ムニッとミロの頬を摘んだ。
だがミロのお陰で余分な力が抜け、気持ちが一気に軽くなったのは事実だった。
ミロと戯れ合う傍らカノンは兄に視線を送り、言葉ではなくアイコンタクトで謝意を示した。
そしてその謝意はサガにも正確に伝わり、弟の意を諒解したサガも無言で微笑みながら頷きを返したのだった。
「ところで誕生パーティーをやってくれるのは嬉しいけど、何でここを会場に選んだんだよ?」
一頻り戯れてからカノンはミロに何故この場所、処女宮沙羅双樹の園を会場に選んだのかを彼に尋ねた。
カノンもほんの数回、片手の指に余るほどだがここに足を踏み入れたことはある。だがこの宮の主にとってこの場所は神聖な場所であるはずで、こんな馬鹿騒ぎ(予定)に使っていい場所ではないのではないかとさすがに少しだけだが不安になったからである。
「ん? 季節的に外の方が気持ちがいいだろうと思ったからだけど、十二宮内で屋外にこんないい場所がついてるのはこの宮だけじゃん」
自分の宮でもないくせにあっけらかんと言うミロに些か呆れつつ、カノンは「……よくシャカがOKしてくれたな」と感心したように呟いた。
「よくOKしてくれたも何も、言い出しっぺがそのシャカだし」
「は?」
思いもよらぬその答えに間抜けな声を上げ、カノンはミロの指差した方向に振り返った。
ミロが指し示した先には、涼しい顔をしたシャカが立っている。え? 本当に? マジで? というカノンの無言の問いに、シャカはいつに変わらぬ口調と態度で答えた。
「サガのたっての頼みだ。場所の提供くらいはしてもよかろうと思ってな」
場所を提供してくれたのはシャカの好意と善意によるものであることに間違いはないようだが、彼の態度はやっぱりというか相変わらずというか、いつでもどこでもどこまでも上から目線で偉そうだった。
まぁ謙虚でしおらしくて可愛らしいシャカなど、想像力が働くことを全力拒否するレベルで怖いので、彼はこのままでいてくれればいいのだが。
それにしてもこのシャカにすら「サガの頼みなら……」とあっさりしかも快く頼みごとを聞いてもらえるとは、我が兄ながらそういうところは本当にすごいと感心せずにはおれないカノンだった。
そこへ妙に楽しげだがちょっと意地の悪い笑みを浮かべたデスマスクが近寄ってきて、いきなりカノンの肩を抱き、からかうように声をかけた。
「誕生日おめっとさん! お前ら双子もとうとう30歳かぁ〜! いやぁ〜実にめでたいなぁ!」
「……お前は数の数え方も知らんのか? 28の次は29だ。つまりオレもサガも29歳にはなるが30歳にはならん!」
冗談めかしてはいたが本気成分が殆どであることが丸わかりな表情、つまり結構ムッとした様子でカノンはデスマスクを睨みつけ、肩にかけられた彼を振り解くついでに彼の脛に軽く蹴りを入れた。
「痛てっ! いきなり何すんだよ冗談じゃねえか!」
まさか蹴飛ばされるとまでは思っていなかったらしいデスマスクは反射的に抗議の声を上げたが、その語尾に童虎の笑い声が重なった。
「大丈夫じゃカノン。わしら黄金聖闘士は小宇宙の力で80歳くらいまでは今の若さを維持できるし、見た目もほぼ変わらずにいられるぞ。つまりまだ半世紀は余裕で年齢を詐称できるということじゃ。29も30も変わらん、安心せい!」
童虎が豪快に笑いながら「これぞ経験者は語るというやつじゃな。のう? シオンよ」と、いきなり旧友に同意を求めた。
「まだ酒を飲んでもおらぬのにもう酔っておるのか? お前はどうか知らぬが、私は年齢を詐称したことなど一度もないぞ。だが、そうだな……」
童虎に呆れたようにそう応じてからシオンはカノンの方に顔を傾け、
「大体そのくらいの年齢まではほぼ変わらずに若さを維持できる、というのは事実だ。外見共々な」
そう言ってニヤリと笑って見せた。
いやそういうこと気にしてるわけじゃないんだけどなー……と思いつつ、さすがに人生の大先輩たるシオンと童虎には何も言えず、カノンは引きつった愛想笑いを浮かべるのが精一杯だった。
「はいはい、くだらない煽り合いと小競り合いはここまで! そろそろパーティーを始めよう」
会話が途切れた絶妙なタイミングで割って入ってきたのはアフロディーテであった。その彼がデスマスクをカノンから引き離すと、
「おい主役! ろうそくに火をつけるから早くこっちに来い!」
これまた絶妙なタイミングでシュラからそう声がかかった。
その声の方に視線を向けると、シュラがこれ見よがしにライターを振りながらカノンを手招きをしている。
ほら主役! と、ミロとアフロディーテが左右から同時にその背を叩いた。
「ああ、心配しなくてもろうそくは29本しか立っていないよ」
だが一歩足を前に踏み出したカノンに、アフロディーテが楽しげにくすくす笑いながら余計な一声をかけた。
「……お前も大概いい性格してるね」
軽くアフロディーテを振り返ってやれやれ、といった感じで肩を竦めたカノンは、そこでふと思いついたように踵を返すと、ケーキの方ではなくサガのいる方へとその足を向けた。
小走りにサガに駆け寄るなりカノンはきょとんとしてるサガの腕を取り、
「サガも一緒に」
そう言って軽くその腕を引っ張った。
サガはきょとんと丸めた目を二〜三度瞬かせてから困ったように眉尻を下げ、「いや、私は……」と首を左右に振った。
今日の主役はあくまでカノンであり、自分はその席に座るつもりはない――サガはその主張を曲げる気はなかったからである。
だが――
「だからその『主役』のオレがサガも一緒にって言ってんの! オレが『主役』なんだから、『主役』の頼みは聞いてくれてもいいんじゃない?」
カノンは殊更『主役』を強調してサガに詰め寄った。
無理矢理こじつけられているような気はするのだが、そう言われてしまうと頑として拒否が出来ないのも事実であり、どうするべきか困ったサガは助言を求めて隣のアイオロスの顔を見上げた。
アイオロスは普段あまり見ることのない困惑したサガの様子に盛大に頬を綻ばしつつ、
「カノンの言う通りだ、サガ。『主役』のお願いなんだから素直に聞いてあげなきゃ、な?」
笑顔で頷きながらサガを促し軽くその背を押した。
カノンと一緒に行け、ということである。
だがアイオロスのその一押しが、サガに最後の躊躇いを捨てさせた。
サガはアイオロスに小さく頷きを返してからカノンの方に向き直り、カノンにも頷きを返して微笑んだ。
その笑顔でサガの意を理解したカノンは嬉しそうに破顔すると、そのままサガの手を引いて用意されているバースデーケーキの元へと向かった。
二人がケーキのところへ辿り着いた時には、既にシュラによって29本のろうそくに火が灯されていた。
「はい、それじゃカノンはこっちでサガはこっち」
シュラは心得たように双子を左右に配置し、「よし。それじゃ二人同時にろうそく吹き消して」と言い残してその傍を離れた。
カノンとサガは顔を見合わせると「せーの……」とどちらからともなく合図を出し合い、文字通り息をぴったり合わせて29本のろうそくを一気に吹き消した。
ろうそくの火が消えると同時にデスマスクの『誕生日おめでとーーーう!」の掛け声が響き、それと同時に一斉にクラッカーが鳴らされ、シャンパンの栓の抜ける小気味好い音と弾けて混ざり合った。
サガにとっては十数年振りの、そしてカノンにとっては恐らく生まれて初めての、友人達との誕生パーティーの幕開けであった。
Happy Birthday SAGA & KANON
END
post script
2016/05/28:双子座ワンドロ&ワンライ「Happy birth day」にて書かせていただきました。
ここまで来る間に双子の誕生日話は何作も書いてきたので過去作の焼き直し感が否めないところもありますが、一応今回は黄金魂最終回のラストシーンに2人ほど足したイメージで書いてみました(笑)。
とにかく皆にわいわいと祝って欲しかったのです。