夕方から降り始めた雨は、深夜になって激しい雷雨へ変化を遂げた。
横殴りの豪雨が激しく窓を叩く音に混じって、断続的に耳をつんざくような雷鳴が轟き、閃光が空を走る。
十何年も海底にいたせいで久しく見ていなかった荒れ狂う窓の外の光景を、カノンはベッドに横たわりながら何とは無しに眺めていた。
カノンも人並みには自然の脅威に対する恐怖心というものを持ちあわせているが、不思議と雷や豪雨は嫌いでも怖くもなかった。
それは偽りの忠誠であったとは言え、やはり水を司る神に仕えていたことが原因かも知れない――。

カノンが視線を外へ向けたまま、ぼんやりとそんなことを考えていた時、不意に部屋のドアが小さくノックされた。
こんな夜中に自分の部屋に訪れる人間など、考えるまでもなく1人しかいない。ドアの外にいるのであろう兄に向かって、カノンは声をかけた。

「サガ?」

それは外の激しい雨音に消されてしまいそうなくらいの声だったが、自分も兄もいわゆる普通の人間ではない。この程度の声でも、充分兄の耳には届いているはずであった。

「入っていいよ」

カノンが促すと、間もなく部屋のドアが開き、無言のサガがゆっくりと中へ入ってきた。それと同時にカノンも横たえていた半身をベッドの上に起こして、サガの方へと視線を向けた。
パジャマを着て、髪が少し乱れているそのいでたちからして、サガももう部屋で寝(やす)んでいたのであろうことは、一目瞭然だった。
それなのに何故わざわざ起きだして、自分の部屋になど来たのだろうか?。 
その理由が、カノンにはわからなかった。

「………どうしたの?」

部屋には入ったものの、後ろ手にドアを閉めた状態でそれに寄りかかるようにしながら、サガはじっとカノンを見つめたまま、そこから動こうとしなかった。

「サガ?」

動こうとも何も答えようとしないサガを訝しげに見返し、カノンは眉を顰めて小首を傾げた。
どうもサガの様子がおかしい……。これも、一目瞭然だった。
寝惚けてでもいるのだろうか? とも思ったが、寝惚けているにしては目はパッチリと開いているし、第一サガには寝惚け癖はない(カノンにはある)。
寝惚けて自分の部屋に乱入してくることなど、まず考えづらいことだった。

「なぁ、どうしたんだよ? 兄さん」

カノンがもう一度呼びかけると、サガは急にキッと表情を引き締め、睨むようにしてカノンを見てから、一転してつかつかとベッドの側に歩み寄ってきた。
何事だ? とカノンが呆然とその様を見守っていると、ベッドサイドに立ったサガが、やはり無言のままいきなりカノンの体をベッドの端へグイグイと押したのである。

「なっ?!」

カノンは思わず声を上げたが、サガは構わずにグイグイとカノンの押しやった。そしてベッドの中央にいたカノンを端へ追いやると、どうやら自室から持参してきたらしい枕をボフッ! とベッドの上に置き、おもむろにベッドに潜り込んできたのである。

「ちょっ……、兄さん?!」

これにビックリしたのはカノンの方である。
突然のサガの挙動不審な行動に、一体何事かとカノンはうろたえた。

「……今日はここで寝かせてもらう……」

だがサガはカノンに背を向けて、タオルケットをすっぽり被ると、不機嫌そうにボソリとそう一言言い放っただけだった。

「は?」

サガの返答に、カノンはマヌケな声を上げた。

「だから……ここで寝かせてもらう!」

相変わらず背を向けたまま、サガはもう一度同じ言葉を繰り返した。

「……何で?」

これはカノンとしては至極当然な疑問であろう。
理由も言わず、突然押しかけてきていきなりここで寝るなんて、一体サガは何を考えているのか?。
部屋にゴキブリでも出て、自分の部屋にはいたくないのだろうか? とも真剣に考えたカノンだが、サガはゴキブリなんか全然平気だし、仮に何かがあって自分の部屋から逃げ出してきたのだとしても、自分と同じベッドに寝る必要などこれっぽっちもないはずである。
ますますもってサガのこの不審な行動の理由がわからず、カノンは首を傾げる一方であった。

「別に……ただ今日は何となく、こっちで寝たい気分なんだ」

「はぁ?!」

平素のサガからは考えられないような支離滅裂な答えが返ってきて、カノンはますますもってわけがわからず、素っ頓狂な声を張り上げた。

「………まぁ、ここで寝たいって言うなら別にいいけどさ……」

タオルケットを被って蓑虫状態になってるサガの背中に向かって、諦めたようにカノンは呟きを投げた。ここで寝たいのなら、最初からこっちに来ればよかったものを、何も真夜中になってからいきなりやってこなくてもよかろうに。
しかも本来このベッドの主である自分をこんな風に押しのけてまで、何でここで寝たいのだろうか?。
双子の弟であるカノンにも、今回ばかりはサガが何を考えているのかさっぱりわからなかったが、とにかくここで寝たいというなら寝かせてやるかと諦めて小さく肩を竦めると、カノンは自分の枕を片手にベッドから出ようとした。

「ど、どこへ行く?!」

枕を小脇に抱えてベッドから下りようとした途端、タオルケットをはね上げて飛び起きたサガが、カノンの腕をいきなり掴んで引き止めた。

「なっ、何だよ?!」

「どこへ行くのだ?!」

「どこへって……サガがここで寝るって言うから、オレがサガの部屋に行こうと思って……。だっていくら何でも2人で寝るには窮屈だろう?」

サガのベッドもカノンのベッドもダブルサイズだが、190cm近いガタイの男が2人で寝るにはやはり狭い。
理由はよくわからないがサガはここで寝たい気分のようだし、となると自分がサガの部屋に行くしかないではないか。

「それじゃ意味がない!」

突然声を張り上げたサガは、掴んでいたカノンの腕をグイッと引っ張って、ベッドの方へ戻した。
「は?」と問い返す間もなくすごい力で引っ張られて、カノンはベッドの上に引き戻された。

「だぁから、何なんだよ?!」

ここで寝たいというからベッドを譲ってやろうとすれば、今度は行くな! である。
一体何がどうしてどうなっているのやらこの期に及んでもさっぱりわからず、さすがにカノンも苛々が高じて声を荒げた。

「一体兄さんは、何をどうしたいっつーわけ?」

カノンがサガに詰め寄ると、サガはこれまた珍しくカノンから逃げるように視線を外して、俯いた。

「べ……つに、理由なんかない。ただたまには……お前と一緒に寝るのもいいかと思って……それで……」

少しして、サガがようやく理由らしきものを話したのだが、それを聞いて何ちゅう白々しい誤魔化し方だ、と、カノンはますます呆れて目を丸くした。
一緒に寝たいのなら、最初から一緒に寝ればいい。こんな襲撃みたいな形で乗り込んでくる必要が、どこにあると言うのだろうか?。
第一、お互いもう「兄弟で一緒に寝る」なんて年ではないことは言うまでもないし、にもかかわらずサガがこんなことを言い出すこと自体、不自然極まりないのである。
カノンでなくても不審に思わない人間は居ないだろう。

「一緒に寝たいって……あのさ、オレ達もう子供じゃないんだけど。いつも煩いくらいにオレにそう言ってるの、サガだろう? そのサガが今日に限ってそんな子供みたいなこと言い出すなんて、一体どうしちゃったって言うんだよ?」

カノンがそこまで言ったとき、窓の外に一際大きな閃光が走り、地響きすら感じさせるような大きな雷鳴が轟いた。
完全にサガに気を取られていたカノンは、その音の大きさに思わずビックリして飛び上がりそうになったのだが、正面のサガは顔面を蒼白と言うより白磁器のように真っ白にして、半ば硬直していた。
そのサガの様子を見た瞬間、カノンはサガのこのわけのわからない言動の裏にあるものを直感した。

「まさかサガ……雷が怖い……のか?」

だがそれはそれですぐには信じられず、カノンは半信半疑を思いっきり表情に出しつつ、やや遠慮気味にサガに尋ねた。
もちろん、サガがそれに頷くわけもなかったが、かと言って否定するわけでもなく、ただ少し悔しげな顔でキュッと唇を噛みしめているだけだった。
サガの様子でカノンは自分が正解かそれに近い答えを言い当てたことに気付いたが、それはそれでまた別の疑問がわかないでもなかった。

アイオリアのライトニング・プラズマをすら平然と受け止めることの出来るサガが、雷自体を怖がるとは到底思えないし、少なくとも子供の頃のサガは全く雷を怖がってなどいなかったはずだ。
子供の頃、雷を怖がっていたのはどちらかと言えばカノンの方だった。もちろんそれはほんの幼いころの話だが、雷を怖がってピーピー泣いていた自分を、サガは雷が収まるまでずっと抱き締めていてくれたことを、カノンは今でもはっきりと覚えていた。自分と同じ大きさの弟の体を、小さな腕で一生懸命抱き締めて、「大丈夫だよ、怖くないよ、僕がついてるからね……」と、サガはずっとずっと、カノンが泣き止むまで言い続けていてくれた。
そんな懐かしい思い出が瞬時にカノンの脳裏に蘇り走り抜けていったが、それだけにカノンには雷を怖がっている(らしい)今のサガが俄には信じられなかった。
子供の頃ならいざ知らず、もうすっかり大人になった今になって雷が怖くなるなど、相手がサガでなくとも考えづらいことだ。実際、子供の頃にあんなに怖がっていた自分は、とっくの昔にそれを克服しているのだから。
となるとカノンが知らない間……つまり離れ離れになっていたこの13年間のうちに、サガに何かがあったと言うことなのだろうか?。

「サガ?」

答えを求めてカノンはサガに呼びかけたが、サガはやはり何も答えずにカノンから視線を外すと、またカノンに背を向けてタオルケットを被ってしまった。
再び蓑虫になってしまった兄を見下ろし、カノンはやれやれと大きな溜息をついた。こうなってしまったら、サガの口から理由を聞きだすのは無理だろう。釈然とはしないがこうなっては致し方ない。とにかく今日のところはどうやら1人になりたくないようだし、窮屈なのは嫌だが仕方がないと、カノンはサガの隣に大人しく寝転んだ。
まさかこの年になって、兄に添い寝をしてやる羽目になるとは思わなかったが、そう思いつつも満更でもないカノンであった。いつも頼ってばかりの兄に、どんな形であるにせよ頼られるのは悪い気はしない。
寝転がってさっきと同じようにまた何とは無しに窓の外に視線を移すと、雨脚は未だ衰えを知らず、強く窓ガラスを打ち付けていた。闇を引き裂くような閃光が真横に走り、またも雷鳴が轟く。この嵐は、もうしばらくは収まりそうもなかった。

「……カノン……」

数分の時間を流した後、小さな声でサガに呼ばれて、カノンはサガの方へと視線を転じた。

「何?」

短くカノンが聞き返したが、すぐには返答は返ってこなかった。だがどうやらサガは何かをカノンに言いたいらしい。
空気でそれを察したカノンは、そのままサガが口を開くのを根気強く待った。

「私は……雷が怖いわけではない……」

だがやはりこのままだんまりを決め込まれるかな? とカノンが思い始めた矢先、サガがやっと重い口を開いた。

「うん……」

じゃあ何だよ? とは聞かずに、短く頷くことでカノンはサガにその先を促した。

「……ただ雷が鳴ると……あいつを思い出すんだ。……あいつが……私の中にまざまざと蘇ってくるような……そんな気がして……」

サガの言う『あいつ』が誰を指しているのかなど、聞くまでもなくカノンは理解した。サガのもう1人の人格であった、教皇・アーレスのことである。

「あいつが……女神を殺そうとした夜……アイオロスを手にかけたあの夜も……外で雷が鳴り響いていたんだ……」

「サガ……」

カノンは思わず、片肘をついて半身を起こし、サガを覗き込んだ。
サガはタオルケットをすっぽりと頭まで被って顔を完全に隠していたが、その体が小刻みに震えているのがベッドの振動を通してカノンに伝わっていた。

「……教皇を殺した時も、同じだ……。雷鳴が轟き、雷光が空を裂いていた……。だから雷を見ると……その音を聞くと……また私の裡から邪悪なあいつが目を覚ましてしまいそうな気がして……それが怖いんだ……だからとても1人では……いられなくて……」

サガの声も、震え始めていた。始めてみるサガのこんな弱々しい姿に、カノンは戸惑い、そして同時に切なさと罪悪感と悔恨の念が、カノンの胸の奥を締めつけた。
サガの心にその邪悪を植え付けたのは、他の誰でもない自分なのだ。かつての自分は、邪悪に飲み込まれてしまった当時のサガを嘲笑し、彼が転落していく様を生まれて初めての優越感に浸りながら見つめていた。
だが今は―――。

「サガ」

カノンはタオルケットごと後ろからサガの体を包み込むと、そっとその半身をベッドの上に起こさせ、自分の方へ向き直させる。その拍子に頭まで完全に覆っていたタオルケットがはらりと落ちて、中に潜っていたサガの顔が現れた。サガは泣いてはいなかったが、その顔色は夜目にもはっきりとわかるほどに蒼白であった。

「ったく、それならそうと最初から言えよ。何も言わずにいきなり、しかも乱暴にベッドに潜り込んできた揚げ句に『一緒に寝たい』じゃ、いくらオレだってビックリするだろ」

苦笑混じりにカノンが言うと、サガはバツが悪そうにしながら俯いた。
最も、事の最初から素直にそれを言えるような性格の兄ではないことくらい、カノンも充分すぎるほど承知はしているのだが。

「一瞬、弟のオレに夜這いかけてきたのかと思ったぜ」

冗談とも本気ともつかぬ口調でカノンが言うと、サガは上目遣いに視線を上げてカノンの睨み、

「……私がそんなことするはずなかろう……」

憮然としながらも、真顔でそう答えた。

「オレだって冗談じゃねえや。んなことされようものなら、あとでとち狂ったアイオロスに何されっかわかんねーからな」

今度は明らかなる冗談口で応じて、カノンは大袈裟に肩を竦めた。だがカノンはすぐにその表情を改めると、打って変って真剣な眼差しをサガに向けた。

「サガ……もう心配しなくていい、大丈夫だよ。あいつはもう、サガの中にはいないんだから……」

サガの別人格であったアーレスは、現世に再生を受けたとき、既に女神の力によってその『存在』は淘汰されている。アーレスが再びサガの意識を飲み込むことはあり得ないはずだが、それでもサガの脳裏には色濃くアーレスの記憶が残っており、それが時折こうしてサガを苦しめるのだろう。
サガの中にアーレスを生んだ、その原因の一端は紛れもなく自分にある。それを思うとカノンの胸も幾許かの痛みを覚えずにはいられなかったが、それだけに、今度はサガの不安をほんの少しでも取り除いてやることが、自分の義務であろうとも思うカノンだった。

「オレ達は女神の加護で、平和な現世に再び生を受けることができたんだ。女神もいらっしゃる、教皇も、アイオロスも生きてる。そしてオレもいる……だから大丈夫、サガが何も不安に思うことはない。13年前サガが失ったものは全て、サガの手の中に戻ってるんだから」

「カノン……」

「もし……」

カノンはもう一度、そっとサガの身体を包むように抱いた。

「もし万が一、サガの中からあいつが再び現れるようなことがあっても……必ずオレ達があいつを止める。絶対にあいつにサガを渡したりなんかしない。どんなことがあっても」

カノンはきゅっとサガを抱く手に力を込めた。

「だからもう何の心配も要らない、大丈夫だ。安心していいよ」

そうしてカノンは、幼き日に自分がサガにそうしてもらったように、大丈夫だよと繰り返し、繰り返し、サガの耳元に囁いた。
それによって少し安堵したか、強張っていたサガの全身からふと力が抜け、カノンのパジャマの胸元が緩く握り込まれた。カノンはサガの背に回していた片手をゆっくりと移動させると、慰めるように、慈しむようにサガの髪を撫でた。
これも幼い頃、サガがよく自分にしてくれたことだった。

それからどれくらいの時間が経過したか、正確にはカノンもわからなかった。
外の雷雨は相変わらずその勢いを保ったままであったが、轟く雷鳴と激しい雨音に混じり、いつしかサガの静かな寝息がカノンの鼓膜を震わせ始めたのだった。




「カノン、カノン起きろ! 一体何時まで寝ている気なんだ?」

軽く自分を叱責する声で、カノンは強制的に目を覚まさせられた。
眠りの淵から意識が浮かび上がると同時に瞼を開けると、昨夜半の雷雨から一転、雲一つなく晴れ渡った空から照りつける太陽が窓から差し込み、容赦なくカノンの目を刺した。その眩しさにカノンは思わず低い呻き声をあげ、咄嗟に手でその光を遮った。

「いい加減に起きなさい。もう昼になるんだぞ」

更に叱責する声が降ってきたと同時に、問答無用でタオルケットが剥ぎ取られた。
陽射しを避けながらカノンが顔を上げると、そこにはひっぺがしたタオルケットを片手に、サガが呆れ顔を浮かべてカノンを見下ろしていた。

「何だよ、サガ……起こすならもうちょい優しく起こしてくれよ」

文句を垂れつつ、カノンは嫌々ベッドから半身を起こしてサガを睨んだ。

「何度も何度も起こしているのに、ちっとも起きてこないのが悪いんだろう。これ以上放っておいたら、いつまで寝ているかわからないではないか」

「いいじゃん、休みなんだし。思う存分寝かせてくれよ」

ふあぁぁぁ〜……と大きな欠伸をして、カノンはまだ重怠い目をこすった。

「さんざん寝かせてやっただろう。休みの日だからって、あまりダラダラするな」

さんざん寝かせたとサガは言うが、カノンが寝ついたのはサガよりもかなり遅く、午前3時過ぎか下手をしたら4時を回っていたも知れないくらいだった。
もちろん、その原因となったのは言うまでもなくサガだ。よって、カノン的には怒られる筋合などないのだが、サガは一見しただけでも昨夜のサガとは180度様子が変わっており、つまりはいつものサガに戻っているのである。言い返しても無駄であることは、一目瞭然であった。

「早く起きろ。昼食が冷めてしまう」

サガは手にしていた毛布をベッドの上に放り、素っ気無くカノンに言ってさっさとベッドの側を離れた。

「……わがまま大王……」

昨夜のあれは何だったんだ? と思いつつ、カノンがついうっかり小声で不満げな呟きを洩らすと

「何か言ったか?」

しっかりとそれを聞き止めたサガが、ドアのところで振り返り、横目で冷やかにカノンを睨みつけた。

「いいえ、何でもありません、お兄様……」

まったく、『兄』という人種はどうしてこうもいつでもどこでもどんな時でも自分勝手で俺様なんだろうかと、カノンは自分の俺様ぶりは遠くの棚に放り投げたうえで、今更ながらに思わずにはいられなかった。
昨夜はあんなに弱々しく、今にも泣きそうな顔をして自分にしがみついてきたくせに、この変わりようと言ったら天下一品である。
というより、やっぱりサガは未だに二重人格なのではないかと疑いたくなるほどだった。
まぁ、今目の前にいる兄こそが、カノンにとっての標準兄の姿ではあるのだが。

「きちんと着替えてこいよ」

サガは先刻以上に素っ気無くカノンにそう釘を刺して、部屋を出ていった。
カノンは大きく溜息をついて渋々ベッドから降り、着替えを始めた。こうなってしまってはさっさとダイニングにいかないと、またサガのお説教が炸裂するからだ。

「昨夜のこと、アイオロスにバラしてやろうかな」

Tシャツを被りながら一瞬真剣にそう考えたカノンだったが、すぐにその考えを改めた。
そんなことをしたらあのアイオロスの事である。次に雷鳴が轟いたときには人馬宮から光速ですっ飛んできて、サガの傍から離れなくなるに違いなかった。
アイオロスにそんな美味しい思いをさせてやる義理はカノンにはなかったので、このことは自分一人の胸にだけ秘めておくことに決めたのだった。それはそれで、結構自分が楽しめるからだ。
うっかり口にしようものならそれこそサガに烈火のごとく怒られるだろうが、一人内心でほくそ笑んでいるだけならわからない。
昨夜のことは、きっと一生涯忘れることはできないだろう。と同時に、次の雷の時には果たしてサガがどうなるかという興味が沸き上がるのを、カノンは押さえることが出来なかった。
窓の外に広がる、昨夜とは打って変って晴れ渡った青い空を見上げながら、ついそれを心待ちにしてしまうカノンであった。


END


久々の、仲良しベタベタ双子です。
2年半くらい前に書きかけて、何かの理由で中断したままずっと眠っていたのを発掘しまして(笑)、少し手を加えつつ書き上げたのですが、何しろ長い間寝かせすぎまして、当初考えていたのであろうオチをすっかり忘れてしまっておりました。
よって、オチの部分は当初の予定と変わってると思いますが(自分でどんなオチを用意してたのか、全く思い出せないです)、とにかく仲のいいベタベタ双子が書きたかったことだけは確かなので、メインテーマは崩れてはいないかと……。
雷にちょっと怯えるサガは、かなり夢を見過ぎという気がしないでもございませんが、アニメオリジナルエピソードながら、アイオロスと偽教皇に扮していたサガがやりあったときには間違いなく雷鳴は轟いておりましたし、サガがシオン様を殺しに行ったときも雷が轟いていたので、ちょっとこじつけてみました。
いっつもサガがカノンを抱き締めたり撫でたりしてばかりなので、たまには逆もいいかも知れません。ただサガには兄としてのプライドもあると思うんで、ちょっと不本意かも知れないですけどね。

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