「やっぱりさ、射手座の聖衣はアイオロスが身に纏っているときが一番かっこいいよな」

星矢が何の脈絡もなく突然そんなことを言い出したのは、教皇補佐官執務室でアイオロスと二人で一息ついていた時であった。
星矢はこの日、氷河とともにアテナ沙織の護衛でここ聖域を訪れていた。
つい一時間ほど前に沙織と黄金聖闘士達との謁見も終わって一段落ついたところで氷河は師であるカミュの元へ、そして星矢はアイオロスとサガにくっついてここに来ていた。
アイオロスとサガと三人でまったり休憩タイムを目論んでいた星矢だったが、サガがすぐに沙織のお守り役の教皇に呼び戻された為それは叶わず、アイオロスと二人、言わばここに取り残される形になったというわけである。

「……お前はいきなり何を言い出すんだ?」

アテナとの謁見は事前予定の有無に関わらず聖域の公式行事であり、ゆえに聖闘士は必ず聖衣を纏って謁見に臨むことが義務づけられている。
唯一の例外はカノンであるが、これは兄のサガと1つの聖衣を共有しているという特殊な事情から、アテナにも教皇にも特例が認められていた。
つまりアイオロスも当然ながら射手座の聖衣を纏って参列していたわけだが、その時のアイオロスの姿が星矢の目にはいつになく雄々しく逞しく、そして神々しく見えたのだ。
アイオロスが聖衣を纏っている姿を見るのは、もちろん星矢も初めてではない。むしろもう見慣れたと言ってもいいくらいの回数見ているはずなのに、どういうわけか今日に限っては、まるで初めて射手座の聖衣を身に纏ったアイオロスの姿を見た時の感動と似たようなものを星矢は覚えていたのだ。
何故今更そんな感情を抱いたのかその理由は星矢自身にもわからなかったが、聖衣を纏ったアイオロスの姿に見惚れてしまっていたのは紛れもない事実であった。
星矢からすればその感動を素直に口にしただけに過ぎないのだが、アイオロスからすれば何の脈絡もなくいきなり賞賛の言葉を浴びせられたのだから、驚きもするし訝しく思うのも当然だろう。

「オレも射手座の聖衣は何度か身に纏ってるけど、アイオロスが纏うとやっぱ数倍カッコイイな、似合ってるなって今日見てて改めて思ったんだ。それだけ」

割と思ったことをそのまま口にする性格の星矢が言うのだからその言葉に嘘偽りはないのであろうが、手放しの賞賛を面と向かってストレートに言われると、さすがにどうリアクションを取っていいものやら困るのも事実であった。

「そう言ってくれるのは嬉しいが……」

苦笑いをしつつ、アイオロスはそう応じることしか出来なかった。

「うん、オレよりもずっとずっと様になってるし板についてた」

「あのな星矢、今現在この射手座の聖衣は私の物なのだし、着慣れてもいるんだから多少なりとも様になってなきゃしょうがないだろう」

「それはそうだけど……」

「それにサガは『星矢にも射手座の聖衣はよく似合ってた』って、お前のこと褒めてたぞ」

実は『小さくて可愛かった』というもう一言があったのだが、アイオロスはそのことを敢えて伏せておいた。
この年頃の少年には『可愛い』という形容詞が褒め言葉になりきらないことを、アイオロスは知っていたからである。

「サガが?」

星矢の短い問いに、アイオロスも短く頷き返した。

「へぇ〜、サガがそんな風に褒めてくれたなんて知らなかったな。それはすごく嬉しいけど、でも何て言うのかな、アイオロスには本物の迫力っていうか威厳っていうか煌めきっていうか……上手く言えないけどそんなオーラが出てて、オレきゃまだまだアイオロスには敵わねえやってつくづく思ったんだよな」

「おいおい、お前はそう遠くない未来にこの射手座を引き継ぐべき人間なんだぞ。そんな情けないこと言うなよ」

時期までは明確にはなっていないものの、近い将来アイオロスが聖域の教皇となることは既に決定事項となっている。そうなれば当然、射手座の黄金聖闘士の座は返上することになる。
こちらはまだ決定事項ではないが、アイオロスが退いた後射手座を継ぐのは星矢しかいないということは、アテナや現教皇シオンはもとより聖域関係者全員の共通認識であり暗黙の了解のうちに定められた未来であると断言していい状況だった。
だがそれをアイオロスが星矢の前ではっきり口にしたのは、これが初めてである。

「だって本当のことだもん」

一応星矢にも少なからずその自覚はあるのだが、それとこれとはまた別の話である。

「と言うか、現時点で私の方がお前に迫力負けしてたら情けないなんてもんじゃないか」

アイオロスは苦笑を深めるしかなかったが、星矢は意に介した風も見せずにおもむろにソファから立ち上がると、射手座の聖衣が収められている聖衣ボックスの側へと歩み寄った。

「確かに、いつかはオレがこの射手座を引き継ぐことにはなると思うけど……」

聖衣ボックスの上に軽く手を置き、今までとは打って変わった神妙とも言える顔で星矢は再び口を開いた。

「オレはアイオロスを追い越すことは……ううん、追いつくことすらできないかも知れないって、今日のアイオロスを見て不意にそんなことを考えたんだ。もちろんアイオロスに追いつき追い越したいとは思うけど……」

どこかぼんやりとした口調で言いながら、星矢は裏で先刻のアイオロスの姿を思い浮かべながら指先で聖衣ボックスの模様をなぞった。
未だ明確にはわからないが、恐らくあの瞬間自分の胸の裡に去来していたのは『敵わない』という尊敬とある種の敗北感にも似た感情だったのではないかと星矢は思う。
何に対してそう思ったのか、それすらぼやけすぎて輪郭すらわからなかったけれど――。
その時、後ろからアイオロスの大きな手が、ポンと星矢の焦げ茶色の頭を叩いた。星矢が顔を上げると、30cmほど上空にアイオロスの穏やかな笑顔があった。

「何らしくもないことを言ってるんだ? 今日のお前、何か少しおかしいぞ」

アイオロスは笑顔を浮べたまま、星矢の頭をくしゃりと撫でた。

「らしくない、かな?」

「ああ、らしくないな」

アイオロスに即答され、今度は星矢が苦笑した。
言われてみればそうかも知れないと星矢も思ったが、やはりその理由はわからないままだった。

「何をそんなに自信なさげにしてるのかは知らんが、ポセイドンを倒したのもハーデスを倒したのもお前じゃないか。そりゃ今は私だってお前に負ける気はせんが、逆に追いつかれるのもそう遠い未来の話でもないと思っている」

これは正真正銘、アイオロスの本音だった。
シオンや童虎から自分達へ、そして自分達から星矢達へ――世代交代の時は必ずやってくる。そしてそれは今口に出して言ったように、そう遠い未来の話ではないだろう。

「ポセイドンを倒せたのもハーデスを倒せたのもオレ一人の力じゃない。紫龍や瞬や氷河や一輝、そして黄金聖闘士達、いや聖域の聖闘士みんながオレを助けてくれたからだよ。そして何よりアイオロス、貴方の遺志が宿ったこのサジタリアスの黄金聖衣がいつもオレを助けてくれたからだ」

「星矢……」

「アイオロスが死んでいる間、この聖衣にはアイオロスの遺志が宿ってた。そしてその強靱な遺志が13年もの長い間アテナをを守り続け、そしオレ達が危機に陥るたびにオレ達を助けてくれた。死してなおそんな強い思いを残せるアイオロスって本当にすごいって、心の底からそう思った。オレには到底そんな真似はできないと思う」

アイオロスの遺志の強さがどれほどのものであったのか、星矢は文字通り肌で感じている。だからこそ星矢は思うのだ、アイオロスには敵わない……と。
自分が射手座の黄金聖闘士を、この聖衣を正式に受け継ぐ日はまだまだ先の話である。だから正直、射手座の後継者と言われてもまだ実感がわかないというのが本音だった。
だが来るべきその日は刻一刻と確実に近づいていて、それに応じて自分の中のプレッシャーが少しずつ大きくなっていることを星矢は実感していた。

「それは過分な褒め言葉と受け取るしかないが、でもな星矢、何しろ私本人には身に覚えのないことなんでな。何と言っていいものやらわからんというのが、率直なところなんだ。それに私も好きで死んだわけじゃないから、遺志を残そうと思って残したわけでもないからな」

そう言ってアイオロスは困惑混じりの苦笑を浮かべ、肩を竦めて見せた。
少年の英雄幻想をぶち壊すようなことを言っているのは承知していたが、これが一番事実に近いのだから仕方がない。
それを聞いた星矢は大きな目を驚いたように丸めた後、思わずプッと吹きだし、

「確かにアイオロスには身に覚えのないことだろうけど、でも実際この聖衣がアテナやオレ達を守ってくれたのは事実だし、それがアイオロスの遺志によるものだってことも事実だよ」

「ん〜、それはまぁその通りなんだろうとは思うがな。だた自分で言うのも何だが、私自身は聖衣に残っていたのは遺志というよりも未練だったんじゃないか思っているんだ」

「未練?」

「ああ、そうだ」

アイオロスは一度言葉を切って頷いてから、その先を続けた・

「アテナの聖闘士がアテナを守りきれずに死んじまったんだぞ、未練が残るのは当たり前だ。しかも戦禍の最中で命を落としたわけでもないのだから、死んでも死にきれない思いはあったよ。だから聖衣にその未練が残っちまったんだと、私は思っている。今更言っても仕方のないことだが、最後まで生きてアテナをお守りしたかった。そして……」

「サガのことも……だろ?」

アイオロスが飲み込んだ言葉を、星矢が代りに言葉に出した。今度はアイオロスが目を丸めて星矢を見返す番だった。

「それくらいオレにだってわかるよ」

軽い調子でアイオロスに向かってそう言った星矢の顔は、平素の彼がよく見せる悪戯っ子のような明るい表情だった。今の今まで神妙な面持ちで話していたのが、まるで嘘のような変わりようである。
大したことを言われたわけでもないが、図星をさされてアイオロスの頬が熱を帯びてほんのり赤くなった。

「バ〜カ、子供が生意気な口きくんじゃない!」

照れ臭さと気恥ずかしさをごまかすかのようにアイオロスはわざとらしく顔をしかめて咳払いをすると、拳で軽く星矢の頭を小突いた。
「痛てっ!」と星矢は少々大袈裟な声を上げたが、アイオロスは素知らぬ顔でソファに戻り再びそこへ腰を下ろした。

「子供って言うけど、あの時のアイオロスと今のオレって大して歳は変わらないんだぜ」

アイオロスを追うようにしてソファへ戻った星矢は、ソファの背凭れ越しに背後からアイオロスに抱きつき、自分の倍程の厚みはあろうかと思われるアイオロスの逞しい肩の上に、ちょこんと顎を乗せた。星矢のふさふさの髪が耳と首筋に触れ、ちょっと擽ったかった。

「お前、今いくつだっけ?」

「13。当時のアイオロスは14だろう?。1コっきゃ違わないじゃん」

「1コ違えば十分だ。大体当時の私はもう聖域の教皇になろうとしてたとこだったんだぞ。お前よりずっと大人でした」

そう言ってアイオロスは肩の上に乗っている星矢の鼻をムギュッと抓んだが、そんなことで真面目に張り合っているあたり今のアイオロスの方がよっぽど大人げないかも知れなかった。もちろん当人もそして幸いにして星矢も、そのことには気付いてはいなかったが。

「でもさアイオロス」

「今度は何だ?」

この体勢が気に入ったのか、星矢はアイオロスに抱きついて肩に顎を乗せたまま再び彼に向かって口を開いた。

「オレは何度もアイオロスの聖衣に危急を救われたけど、でも一度だけ、射手座の聖衣がオレを助けてくれなかったことがあったんだ」

「えっ?」

アイオロスが短く聞き返しながら反射的に星矢の方へ顔を傾ける。首筋に触れていた星矢の髪の毛が、今度はアイオロスの頬に触れた。

「アイオリアと最初に戦った時も、そしてアスガルドの時もアベルの時もポセイドンの時もハーデスの時も射手座の聖衣はオレを助けてくれたけど、たった一度だけ、教皇の間でサガと戦った時だけは助けに来てくれなかったんだよ」

そんな話を聞いたのは、もちろんアイオロスは初めてであった。何と言葉を返していいかわからなかったアイオロスは、ただ黙って星矢を見つめることしか出来なかった。
そんなアイオロスの様子に星矢はくすっと小さな笑いを溢してから、その先を続けた。

「当時は必死だったからそんなこといちいち気にもしてなかったけど、全部が終わってからああそう言えばって思い出したんだよな」

射手座の聖衣は星矢の意思では動かない。正統な射手座の聖闘士であるアイオロスの遺志の力が働かない限り、星矢は射手座の聖衣を身に纏うことは出来なかった。
アイオロスの遺志が働いた射手座の聖衣は、いつも崖っぷちギリギリのところで幾度も星矢を助けてくれたが、唯一偽教皇に扮していたサガと戦った時だけは、射手座の聖衣は最後まで星矢の前に現れなかったのである。

「そう……だったのか?」

やっとアイオロスが口を開くと星矢は即座に頷き、

「きっと聖衣もわかってたんだよ、サガがアテナやオレを殺すはずがないって。それにやっぱりサガには、サガにだけはその矢を向けたくなかったんだと思う。中にアイオロスの想いが宿ってるんだもん、当然だよな」

完全に確信を持った口調で星矢は言った。
あの当時はそんなことに考えも及ばなかった。いや、その考えに至ったのは本当につい最近の話だ。
アイオロスとサガの関係を、二人の想いを知ったその時に初めて星矢にはそれがわかったような気がしたのだ。
射手座の聖衣は、その内に宿るアイオロスの魂は、例えどんな形であれサガに刃を向けることは出来なかったのだろう。アイオロスの遺志は、サガの心が完全に悪に侵されていないことがわかっていた。サガの裡にまだ善の心が残っていることを知っていた。それが残っている限りサガがアテナを、そして自分達をむざむざと殺させるはずがない。アテナのことも自分達のことも、サガの善の心が絶対に助けるであろうことを信じていたのだ。
だからあの時、射手座の聖衣は自分の元へ飛んでこなかったのだろうと星矢は思う。
アイオロスの遺志がサガを信じていたから――そしてサガと戦い、彼を傷つけたくはなかったから――。

「さぁな、そんなことは私にはわからん。聖衣に聞け聖衣に!」

アイオロスは早口でそう言うと、星矢から顔を背けた。

「何だよ他人事みたいに。自分のことだろ?」

「バカ! だから私はその時は死んでたんだと言ってるだろう。死んでる間のことなんかわかるわけがないじゃないか」

星矢の話が事実であったとしても、アイオロスには否定のしようも肯定のしようもないのだ。何と答えていいものやらわからないし、何とも答えようがないとしか言いようがない。

「あ! アイオロス照れてるんだ!」

妙に楽しそうに言いながら、星矢が後ろから身を乗り出してアイオロスの顔を覗き込んだ。

「別に照れてるわけじゃない!」

「うっそだぁ〜! 照れてる照れてる絶対照れてるだって顔赤いじゃん!」

「そんなわけないだろう!」

「そんなわけあるよ超照れてるー!」

「わっ! バカッ! 首絞めるな苦しいっつの!」

背後からアイオロスに纏わりついている星矢は、その勢いで思いっきりアイオロスの首を絞めていた。
そうやって星矢がアイオロスに戯れついて楽しげに笑い声をあげていると、不意に部屋のドアが開き、つい今し方まで話題にしていたサガがカノンと連れ立って部屋に入ってきた。

「二人で何をしているんだ? 随分と楽しそうだな、笑い声が外まで聞こえていたぞ」

いつに変わらぬ優しさに満ちた穏やかな微笑みを向け、サガが二人に何をしているのかを問うと、星矢が笑顔でサガに答えた。

「アイオロスに将来の相談に乗ってもらってたんだ」

サガは一瞬意外そうに目を瞠った後、そうか、と答えて微笑みを絶やさぬまま頷いたが、カノンにはただ星矢がアイオロスに纏わりついてふざけているだけにしか見えず、ついでに言うならそんな星矢の姿はどこからどう見ても大木にぶら下がる小猿のようにしか見えていなかった。
これのどこが将来の相談だよ、とカノンは心の中で毒づいたが、真面目に取りあうのもバカバカしかったので思うだけに止めておいた。

「沙織さんと教皇の用事、終わったの?」

星矢は纏わりついていたアイオロスから離れ、子犬のような軽やかさでサガに駆け寄った。。

「ああ。と言うかアテナとシオン様のご命令でお前達二人を呼びに来たんだ」

「へ? オレ達を呼んでるの? 沙織さんと教皇が? 何で?」

大きな目を瞬かせる星矢にサガはまた笑いを溢してから、

「夕食を一緒にとの仰せなんだ。もちろんお前達二人だけではなく黄金聖闘士全員と氷河も一緒だ。もう間もなく準備ができるから、お前達二人を呼んでくるようにと言われてな」

「え? 沙織さんと教皇も一緒にみんなで晩飯? マジで?」

星矢が確認を求めてサガに問い返したが、その口調も表情も明らかに気が進まないといった様子で、はっきりとした不満が見て取れた。
黄金聖闘士や氷河とみんあでテーブルを囲むのはいい。だがそこに沙織とシオンが加わるとそれはもう完全に公式晩餐会で、堅苦しい雰囲気になってしまうのは不可避である。星矢はそれが嫌と言うか面倒臭いのだ。
全身で「ヤダなぁ、面倒臭いなぁ」を醸し出している星矢を苦笑混じりに見つめていたサガが何とはなしに視線を動かすと、ソファに座っているアイオロスも小さな溜息をついていることに気付いた。
どうやら星矢と同じ心境にあるらしいとサガはすぐにわかった。アイオロスも昔から堅苦しい席での食事が苦手なことを、サガは誰よりも知っているからである。

「何だぁ……サガんところに行ってサガが作ってくれたものが食べたかったのにな」

軽い膨れっ面を浮かべて言う星矢をカノンは呆れたように見つめていたが、サガはそんな星矢を見つめる瞳を優しく細め、

「それは明日以降だ。アテナは4〜5日はこちらにいらっしゃるそうだし、その間お前も氷河もずっと居るのだろう? いつでも好きなときに双児宮に来ればいい。だから今晩はアテナと教皇様のご厚意をお受けしよう」

小さな子供に言い聞かせるように言ってサガは星矢の焦げ茶色の髪を撫でた。瞬く間に星矢の表情が明るさを取り戻し、それを見ていたカノンは『何てわかりやすい奴だ』と呆れたように目を丸めた。

「あまりアテナと教皇様をお待たせするわけにはいかないからね、早く行こう。アイオロスも」

星矢の髪を撫でながら、サガはソファに座っているアイオロスを促した。
アイオロスはやれやれと口に出しつつ面倒臭げに立ち上がると、一度外した聖衣を再び呼びだした。
目映い閃光とともに聖衣ボックスが開き、黄金色に輝く射手座の聖衣は光の欠片を飛び散らせながらアイオロスの身体に装着された。

「さ、行こうか」

準備万端整ったアイオロスが三人の方に向き直ると、唖然呆然といった様子で自分を見ている双子と視線がぶつかった。

「……どうした?」

星矢だけはアイオロスに憧憬の眼差しを向けていたが、サガとカノンの様子は明らかに変で、アイオロスは訝しげに双子に尋ねた。

「アイオロス……お前何してんの?」

先に口を開いたのはカノンだったが、それはアイオロスの問いに対する答えではなかった。

「何って……」

逆に問いを返されたアイオロスは、だがカノンのその質問の意味がわからず、ますます訝しそうに顔を顰めた。
カノンは呆れと疲れが綯い交ぜになったような溜息をつき、

「あのな、飯を食うのに何で聖衣を着る必要があるんだよ? そんな格好で飯なんか食いづらくて仕方ないだろう」

「……あ……」

アイオロスが短く間抜けな声を上げた。
カノンは今頃気付くなよ、ボケと冷やかな視線を浴びせ、サガは思わず小さく吹きだしていた。

「それでなくともお前の聖衣はその翼が幅を取って邪魔なんだ。食事の席でなんか着られたら迷惑以外の何ものでもないだろうが」

「いや、アテナの御前に出るんだから聖衣着なきゃと思って……ていうか単にいつもの癖で……」

「サガを見てみろよ。もう聖衣なんか着てないだろ」

決まりが悪そうに頭を掻くアイオロスに、カノンが更に追い打ちをかける。
言われてアイオロスが改めてサガを見ると、確かにサガは聖衣を纏ってはおらず、カノンとお揃いの色違いのローブを着ていた。

「ホントに大間抜けだね、お前は」

言い終えるとカノンも堪えきれずにプッと吹き出し、声を立てて楽しそうに笑った。
サガとカノンにつられるようにして星矢も笑っていたが、二人と違ってその笑顔は引き攣っていた。何故なら星矢もアイオロスと同じことをしようとしていたからだ。
星矢の場合は沙織というより教皇シオンの前に出るからという理由の方が大きかったが、どちらにしてももう一度聖衣を纏わずに済む気楽さと恥をかかなくて済んだ安堵感から、星矢はサガ達にわからぬよう小さくホッと安堵の吐息を漏らした。

「マヌケで悪かったな!」

憤然と顔をしかめてアイオロスはカノンを睨んだが、やがて脱力したような溜息をつき、億劫そうに纏った聖衣を外そうとした。その時、サガの側にいた星矢がアイオロスの方へ駆け戻ってきた。

「アイオロス」

アイオロスの正面に立った星矢はアイオロスを見上げ、ニッコリ無邪気に笑いながら言った。

「やっぱ聖衣着たアイオロスはかっこいいや。いつもの何倍も」

それを聞いたサガとカノンはピタリと笑うのをやめ、アイオロスは三度絶句して星矢の顔を凝視した。

「バ〜カ」

数秒ほどの無音の時間が流れた後、アイオロスは苦笑混じりに小さく吹き出し、

「聖衣を着たときだけかっこいいみたいな言い方するなよ。私はいつでもかっこいいんだからな」

冗談とも本気とも区別がつかない口調で言って星矢の頬を抓った。
「私はいつでもかっこいいとかよく言うよ……」という呆れ果てたカノンの呟きがアイオロスの耳に届いたが、アイオロスはそれを聞き流すと上半身を屈めて星矢の耳元に唇を寄せ、サガとカノンに漏れ聞こえぬよう蚊の鳴くようなレベルの声でそっと耳打ちした。

「おい星矢、さっきの話はサガには内緒だぞ」

「わかってる。サガのこと言われてアイオロスが真っ赤になって照れてたことだろ?」

応じて星矢も同じように声を落としてアイオロスに耳打ちした。

「バカ! 違うよ! その前のサガと戦ったとき云々って話のことだ」

見当違いの答えを返して来た後輩に、アイオロスは思わず眉間を寄せて小声のまま声を荒げた。
確かにそのことも言って欲しくはなかったが、自分が言っているのはそれより以前の話である。

「それもわかってる。ていうか、オレがサガにあの時のことなんて言う訳ないだろ。安心してくれよ」

「絶対だぞ」

「ああ。オレ達だけの秘密、内緒話な」

そう言いながら星矢が唇に人差し指を当てる。

互いの共通する心情がそれ以上の言葉を不要にした。

「何を二人でこそこそと話してるんだ?」

何やら顔を寄せ合ってこそこそ話している二人にサガが問いかけると、二人は同時にサガの方を振り返り、

「何でもない」

と見事に声を揃えて爽やかに笑って見せた。
その見事なコンビネーションにサガは思わず感心したが、何でもないと言われてしまうとそれ以上は何も聞けない。同じく腑に落ちない顔で「変な奴等だな」とボソリと呟いたカノンと、肩を竦めあうことしか出来なかった。
そしてそんなサガとカノンを見ながら、アイオロスと星矢も改めて顔を見合わせ、そして笑い合ったのだった。


END

2015.11.29改訂

星矢の危機とセットになってる射手座の聖衣ですが、周知の通りサガと戦った時だけは星矢のところに飛んできてくれませんでした。教皇の間に、矢の矛先は向けてましたけどね。
それを見た瞬間からロスサガ脳炎に侵されている私の脳ミソは、見事に↑な感じで腐女子的変換をしていたわけですが、長い間ずっとそれを形に出来ぬまま月日は流れました。
やっとこさっとこ形にはしたものの、何かまた今一つオチの弱い話になっちゃったような気がします(^^;;)。
厳密に言えば射手座の聖衣は、テレビシリーズのアスガルド編でも飛んできませんでしたけど(なので作中で星矢ちゃんが言ってるアスガルドとは、映画の方です)、それは都合よく横に置いておくことにしました。でないと話が成り立たないし(笑)。
基本は相変わらずロス×サガ←星矢なのですが、サガに懐きまくりで纏わりつく星矢は何度か書いたので、今回はアイオロスに纏わりつかせてみました。
これも私の個人的趣味ですが、やっぱり星矢にはサガと同様、アイオロスのことも大好きでいて欲しいのです。