「馬に蹴られるのがイヤだから、邪魔をしないのではなかったのか?」 「別に邪魔をしに帰るのではないっ!」
足早に双児宮に戻るサガは、どこから見ても不機嫌そのものだった。 朝早くから双児宮にやってきたミロのおかげで、サガは今日必要な書類を忘れてきてしまった。 執務中に気が付いたサガは、思わず舌打ちしたくなるところを辛うじてこらえた。 「サガ? どこか気になるところでもあったのか?」 傍らで補佐をしていたアイオロスが、手が止まってしまったサガを伺ってみると、何故か苦虫を噛み潰したような顔をしている。 「……いや、そうではなくて、書類を、忘れてきてしまったんだが……」 サガにしては歯切れの悪い物言いに、おやっと思っていたアイオロスだが、すぐに思い当たると人の悪い笑みを浮かべた。 「大事な書類だろう? 取りに戻らなくていいのか?」 「……アイオロス、ずいぶんと楽しそうだな」 「あぁ、楽しいぞ。お前のそういう顔は滅多に見られないからな」 楽しそうに笑うアイオロスを横目に、サガはどうしたものか、と思う。 アイオロスには、今朝双児宮にミロが来たことを言ってある。 おそらくミロはまだ双児宮にいるだろう。 そこに自分が戻るのは、水を差すような感じがして気が引ける。 ……いくら何でも、また喧嘩をしているということもないだろうが…… 考え込んでいるサガにアイオロスは、教皇の決裁がいるんだろ?と、言外に取りに戻れと促してくる。 よりによって今日中に教皇の決裁が必要な書類を忘れてくるとは、どうかしている。 仕方なく双児宮 に戻るべく腰を上げると、当たり前のようにアイオロスが寄り添ってくる。 「ついてくるのか?」 「お前さんが大事な書類を忘れないように、補佐しなければならないだろう?」 柔らかく笑うアイオロスに、サガは本日2度目の苦虫を噛み潰したような顔をした。
特に争ったような形跡はなく、今朝自分が出ていったままの状態のリビングに立ち、窓を開け放った。 「出かけたんじゃないのか?」 それならば、いいのだが。 サガはリビングを出て、カノンの部屋へと向かった。 「カノン、居るのか?」 扉を開け、中の様子を見たサガは軽く目を細め、溜息をついた。 「おやおや、2人とも気持ちよさそうに寝ているなぁ」 サガ越しに部屋の中を見たアイオロスは、カノンのベッドで重なり合うように眠っている2人を見て、笑いながら指で鼻を掻いた。 1ヶ月前、買い物から帰ってきたサガはムウに捕まり、先に双児宮に2人を帰したはいいが、買ってきた物をひっくり返し、挙げ句に片づけの途中寝てしまった。 今と同じ、重なり合ったまま。 「まったく。1ヶ月前と同じではないか」 「そういうな、サガ。どうやったって、困っているというよりも嬉しそうにしか見えないぞ」 背後からからかってくるアイオロスに向き直ろうとして、サガは気が付いた。 1ヶ月前と同じ。だけど1ヶ月前とは違う。 ……一歩前進、か。 扉を閉めながらベッドに目をやると、ミロの背をそっと握りしめるカノンの手が、見えた。
夏の陽光に目を細め、歩を止めずに振り返る。 あまりアレコレと考えると、麗しの顔(かんばせ)に要らぬ皺が増えるぞ、とアイオロスに言われ、不本意ながらもサガは本日3度目の苦虫を噛み潰したような顔をした。 |
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END
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