「……いつの間にこんなのができたんだ?」
「ん〜、2〜3年くらい前だったかなぁ?」 巨大なショッピング・モールの入口で、カノンは呆然とミロに聞いた。 「お前はいつもここに来ていたのか?」 サガの方は驚くというよりは物珍しそうに目の前の建物を見ながら、ミロに問いを重ねた。 「うん。ここに来れば大体全ての用が足せるからね。サガの買い物も、ここで全部済ませられると思うよ」 そう言うと、ミロは2人を先導するように歩いて、ショッピングモールの中へ入っていった。サガとカノンも、後に続く。 「お前がちょくちょく街に出ていたことは知っていたが、なるほど、こういうものが出来ていたのでは無理もないな」 興味深そうにあたりを見渡しながら、サガが言った。 「サガ、この13年間の記憶ってあるの?」 何気なくミロが聞くと、 「断片的にだがな」 そう答えて、サガは苦笑した。 「ふぅ〜ん、ホント、何でもあるんだなぁ」 カノンも居並ぶテナントをキョロキョロと眺めながら、独り言のようにそう呟いた。まだ僅か数十メートル歩いた程度だが、それだけでも充分わかる。店舗面積の広い狭いの差はあれど、ありとあらゆる店が立ち並んでおり、揃わないものなどなさそうな感じだった。 「あ、とりあえずここだよ」 ミロはこの通り中で一番店構えの大きなテナントの前で立ち止まると、サガとカノンを促して店の中に入った。 「そうか、ここがお前が服を買う店なのだな」 サガがぐるりと店舗内を見回す。間口も天井も広く高く作られた店舗内は、明るく清潔な感じで、既に沢山の人間で賑わっていた。 「ここでだけってワケじゃないけど、品数はここが一番多いからね。便利なんだよ」 ミロに同行を求めて正解だったな、とサガは思った。カノンと2人では、多分、こんなところには来れなかっただろう。 「カノン、何をボケッとしている?。せっかく来たのだ、好きな服を好きなだけ買うといい」 そうしてサガは、慣れない雰囲気に唖然としているカノンの肩を軽く叩くと、ミロの方を振り返った。 「ミロ、お前もカノンと一緒に好きな服を買いなさい。案内料と言うか、迷惑料代わりだ」 「……え?、いいの?」 ミロが驚いて目をぱちくりさせながらサガに聞き返すと、 「ああ、遠慮はいらんぞ。だが迷惑ついでにもう1つ、カノンの面倒をみてやってくれ」 笑顔で頷きながら、サガはカノンをミロの方へ押しやった。 「オレは子供じゃないぞ!」 思わずカノンがサガに文句を言ったが、 「ミロにくっついててもらわなきゃ、何が何だかもわからんだろう。変なことに文句言ってないで、さっさと行け」 サガは全く取り合わずにピシャリとそう言い放った。 「ミロ、頼むぞ」 「任せといて!」 ミロは嬉しそうにカノンの身柄を引き受けると、仏頂面のカノンを引っ張って店の奥の方へと入っていった。
「ああ、全部海底に置いてきちゃったから。ってか、持ち出してる余裕なんかあるわきゃねーじゃん」 「それもそうだよなぁ。ってことは上から下まで、あらゆるもん全部揃えなきゃならないってことだよな」 言うなりミロは、側の棚にあったTシャツを物色し始めた。 「う〜ん、これなんかいいかな?」 手にしたTシャツを広げ、ミロはそれをカノンに当ててみる。カノンはおとなしく、ミロのするがままにされていたが、 「よろしければあちらに大きなお鏡がございます。そちらで当ててみてはいかがですか?。ご試着も出来ますよ」 そこへ営業スマイルを浮かべた店員がやってきて、2人にそう声をかけた。 「ああ、いいのいいの。そんなメンドくさいことしなくても。お〜い、サガぁ〜、ちょっとこっち来て〜!」 店員の言葉にいらんいらんと手を振ると、ミロは少し離れたところにいるサガを呼んだ。 「どうしたんだ?」 程なくしてサガが2人の側に来ると、店員は目を忙しく瞬かせながらサガとカノンを交互に見比べた。 「ちょっとカノンと向かい合って。んで、じっとしてて」 ミロはサガとカノンを向かい合わせると、今までカノンに当てていたTシャツを今度はサガに当てて、それをカノンに見せたのだ。 「どうよ?」 「うん、いい感じかも。でもちょっと色薄くねぇ?」 「そっか?、じゃ……これどうよ?」 「ああ、こっちのがいいわ」 全く動じることなく当たり前のようにそれを見ながら、カノンが2度3度と小さく頷く。 「……と、言うわけで、鏡も試着も不要だから。オレ達のことは放っといてくれて構わないよ」 ミロは呆気にとられている店員に向かってにこやかに微笑み、軽い調子でそう言った。 「ミロ……私を鏡代わりにするのはやめなさい」 店員がその場から去ったのを確認すると、サガは溜息混じりにミロを窘めた。 「いいじゃん、生鏡!。この方がカノンだって遥かに感じが掴みやすいんだよ。なぁ?」 勝手にそう決めつけて、ミロがカノンに同意を求めると、カノンも面白がって大きく頷いた。 「これって、一卵性の双子にしか出来ない技なんだよな。何か楽し〜!。あ、サガ動かないでじっとして!!」 妙にハシャいだ様子で、ミロは次から次へと服を手に取ると、それをカノンの鏡代わりのサガの身に当てた。サガは多いに眉を顰めたが、楽しそうな2人の様子にこれ以上の文句も言えず、結局は諦めてミロに言われるままカノンの生鏡を勤めたのであった。
「これ、聖域まで持って帰るの大変だよな」 荷物の9割5分は自分のものなのだが、予想外に嵩張る荷物にカノンはうんざりしたようにぼやいた。 「聖闘士のくせにこの程度の荷物でボヤくんじゃない。まだ買い物は終わったわけじゃないんだぞ」 右手に1つだけ紙袋を持ったサガが、早くも音を上げ始めたカノンを軽く叱責する。どうせ帰りには白羊宮の前までテレポートするのだ。この程度の荷物など、音を上げるにも値しない。 「そう言う問題じゃないよ。これからまだ買い物すんのにさぁ〜、こんなん抱えてたら動きづれえじゃんか」 はっきり言って、聖闘士であるとかないとかそれ以前の問題である。買い物の順序を間違えたなぁと、この時カノンは大いに後悔した。 「じゃ、ロッカーに預けとく?」 「ロッカー?」 「そう、コインロッカー。あ、ちょうどそこにあるよ、ホラ」 ミロが指差した先には、大量のロッカーが並んでいた。 「あれは公共物なのか?」 「うん、何つーの?、公衆ロッカーってやつだね。あそこに預けておけば、身軽に動けるよ」 「その方がいい、絶対いい、あそこに預けよう、サガ!」 カノンが力一杯懇願すると、全くお前は根性がないなと呆れながら、サガはそれを承知してくれた。根性ないとかそう言う問題じゃない!とまたしてもカノンは思ったが、これも口にするのはやめておいた。 5つのロッカーに荷物を押し込めると、身軽になったカノンとミロはホッと大きく息を吐きだした。 「さて、身軽になったところで、サガは何買うんだっけ?」 これまた根性なくロッカーに凭れてダラけているカノンを横目で見ながら、ミロが改めてサガに尋ねる。 「カーテンとシーツと食器を買いたいのだが……」 「あっそう……それじゃあ〜、あそこだな」 ミロは頭の中で店をセレクトすると、とっとこと先を歩き始めた。サガはすぐにその後を追ったが、カノンだけは面倒臭そうに溜息をついてから、ひと足遅れてのろのろとその後をついていった。
「何だよ?」 「何かさぁ、さっきっから……スッゲー人にジロジロ見られてるような気がすんだけど……オレの気のせいか?」 サガがカーテンを物色している側で、不意にカノンが居心地悪そうにしながらミロにそう聞いた。先刻、自分の服を買っている時にもふとした瞬間に人の視線を感じてはいたのだが、その時は服を選ぶ方に気を取られていたからまださほど気にもならなかった。だがここに来るまでの道すがらくらいから、数多の視線が自分達に向けられているのを強く感じるようになり、そしてこの店に入ってからは、四方八方から人の視線を感じてならない。気のせいかとも思ったのだが、それにしてはちょっとおかしかった。カノンが違和感を感じて視線を向けると、必ず誰かしらの視線とぶつかるからだ。これはどう考えても、自分達が見られているとしか思えない。 「ああ、そりゃしょうがないだろう」 自意識過剰と言われると思いきや、ミロはあっさりそれを認めた上に、何今頃になって気付いてんだよ?、と呆れたように聞き返したのである。 「さっきはそんなこと気にしてるヒマなかったんだ!。でもどーゆーことだよ?、それ?」 「だって目立つもん、お前達」 さらりと言ってのけるミロに、カノンは思わず不審そうに眉根を寄せた。 「お前、このカッコしてりゃ目立たねえっつったじゃんかよ!」 「変に目立ちはしないと言っただけだ。意味が違う」 「どう違うっつんだよ?!」 何やら食ってかかってくるカノンを、ミロは怪訝そうな顔でしげしげと見つめた。 「あのな、お前とサガが一緒にいたら、フツーにしてたって目立つに決まってんだろうが!」 「……何で?」 ミロは小さく溜息を漏らしながら首を左右に振った。 「わかんない?。お前達は、それでなくとも人目を惹く容姿してんの!。居るだけで目立つの!。しかも双子だぜ、双子!。一緒に歩いてりゃ、嫌でも注目浴びるに決まってんだろう」 言われてカノンは、きょとんとミロを見た。こいつ、マジでわかってねーよ……と、ミロはまた溜息をつきたくなった。 例え容姿が十人並みであったとしても、双子が並んで歩いていればそれなりに目立つのだ。ステージモデル並の長身とスタイルをした超美形双子のサガとカノンが目立ちまくるのは、ある意味当然のことであろう。加えて言うならミロだって充分に人目を惹く容姿をしているのだ。そんな3人が揃ってて、注目するなと言う方が無理な話であろう。 「オレとサガ……一緒にいるだけで目立つのか?」 困ったような顔でカノンはミロにそう聞き返すと、間髪入れずにミロは頷いた。カノンは更に表情を複雑にして、サガの方に視線を移した。 だがサガは……見ず知らずの人間の注目を集めているのにも関らず……全く動じていないどころか気付いてすらいないような様子で、平然と買い物を続けている。それもそのはず、13年間教皇として生きてきたサガは、それこそ何千何万の視線を、常にその一身に集めていた。この程度の視線など、蚊に刺された程度にも感じないのだ。 「カノン、お前の部屋のカーテンだが……」 不意にサガが、カノンの方を振り返った。これなんかどうだ?と、手にした薄いブルーグリーンのカーテンをカノンに見せる。 「あ、オレ、何でもいい。兄さんに任せるから」 だがカノンはそれをろくに見もせずに、落ち着かなそうに周囲の様子を伺いながらいい加減に答えた。 「サガ、オレさ……外出て待ってる」 そしてサガに向かって一方的にそう言い置くと、サガが止める間もなくカノンはさっさと店の外に出てしまったのだ。 「どうしたと言うのだ?、あいつは……」 急に様子がおかしくなったカノンに小首を傾げつつ、サガはミロに聞いた。 「オレもよくわかんないんだけど……何か人の視線が気になるみたいで……」 「人の視線?」 「ああ、何かここ来たらいきなりさ、どこに行っても人の視線感じる……なんて言い出して。オレがサガとカノンが一緒に歩いてたら、そりゃ人目惹くよって言ったら、急に落ち着きなくなっちゃったんだ」 別に変なことを言ったわけではなく、客観的な事実を言っただけなのだが、それによってカノンの様子が急変してしまったのである。首を傾げたいのはミロも同じだった。 「なるほど、そう言うことか……」 「そう言うことって……心当たりあんの?、サガ」 どうやらサガは、カノンの様子が急変した理由がわかったらしい。今度はミロが、サガにその原因を尋ねる。 「カノンは小さい頃から、私と一緒にいるところを第三者に見られてはいけないと、厳しく言われ続けてきたからね。意識の奥底にその戒めが固着してしまっているのだろう。気にするなとは言ったのだが、やはりそう簡単に拭い去れるものでもないようだな……」 苦笑混じりに呟いて、サガは小さく吐息した。第三者の不用意な視線に気付いた瞬間、見られてはいけないと言う脅迫概念みたいなものが、無意識のうちにカノンに働いたのだろう。頭では大丈夫とわかってはいても、やはり容易に割り切れるものではないのかも知れない。 「サガ……」 少し淋しそうに睫毛を伏せたサガに、ミロはかけるべき言葉を見失った。
「ミロ、すまないがまたカノンを頼んでいいか?。慣れない場所で1人にして、迷子にでもなられると困るからな」 サガはすぐに表情を改めると、すまなそうにミロにそう頼んだ。 「うん、わかった」 即座に頷いて、ミロもカノンを追って店を出ていった。
カノンは店を出て目の前のベンチに、憮然とした表情で腰掛けていた。 「いきなり飛び出してくなよ。サガが心配するじゃん」 言いながらミロもカノンの隣に腰掛ける。 「ヤなんだよ、不躾にジロジロ見られるの」 面白くなさそうに言って、ぷいっとカノンは顔を背けた。 しょうがないだろう……と言いかけて、ミロはそれを口にするのを止めた。サガの言っていたことを思い出したからだ。正直なところ、カノンの気持ちはミロには実感としてはわかない。そんな風にして人目を忍ぶような生活を、強いられたことがなかったからだ。それだけに自分の基準で不用意なことは言えないと、さすがのミロも思い止まったのだった。 「そっか……それなら……」 ミロはふと思いついたように独り言を呟くと、すくっと立ち上がった。反射的に、カノンが立ち上がったミロを見上げる。 「お前、ここにじっとしてろよ。動くんじゃないぞ」 言うが早いか、ミロは行き先も告げずに走り出し、あっと言う間に人に紛れてカノンの視界から消えてしまった。 「じっとしてろって、あんにゃろ、人のこと完璧にガキ扱いしてやがんな……」 呆気にとられたまま、ミロの消えていった方向を見ていたカノンだったが、やがてミロの物言いに腹立たしさを覚え、苦々しげに小さくそう呟いた。 15分ほどして、ミロは小さな袋を片手に戻ってきた。 「何だお前、何か買いに行ってたのか?。欲しいモンあったんなら言えばよかったのに。兄貴に頼んで買ってやたのにさ」 さっき子供扱いされた腹いせに、今度はカノンが思いっきりミロを子供扱いにしてやった。最もサガに頼んで……と言った時点で、その嫌みの効果が半減していることに、カノンは全然気付いていなかった。 「違うよ、オレんじゃないの」 だがミロはそんなカノンの嫌みをものともせず(と言うより嫌みに気付かず)、その袋からおもむろに中身を取り出したのである。 「何だよ、それ?」 「メガネだよ、メガネ。知らない?」 ミロはシャープな銀フレームのメガネを、カノンの目の前に掲げた。 「知らないわきゃねーだろう!。んなもん何すんだって聞いてんだよ!」 「お前がかけるんだよ、ホラ」 そう言ってミロは、そのメガネをカノンに差し出した。 「はぁ?!」 ミロの意図がわからず、カノンはまたもや目をぱちくりとさせた。 「だから、お前がかけるの!」 「……オレは目は悪くないぞ」 「違うよ、伊達メガネだよ伊達メガネ!。度なんか入ってるわきゃないだろ」 言いながらミロは、強引にそれをカノンに押し付けた。 「伊達メガネ……って……」 「メガネかけるとさ、結構雰囲気変わるぜ。気休め程度でもないよかマシなんじゃない?」 ようやくミロがこれを買ってきた理由がわかったカノンは、緩慢な動作でミロの手からそれを受け取った。そして言われるがままに……半ば渋々であったが、それをかけてみた。 「……何かちょっとインテリっぽく見えるじゃん。さすがサガの弟、見た目だけは賢そうに見えるな」 メガネをかけたカノンの顔を見ながら感心したようにミロが言った。一応、本人は褒めているつもりらしいが、言われた方としてはけなされているとしか思えない一言であった。 「それからっと……はい、カノン立って、回れ右〜」 ミロに言われ、ついカノンは反射的に立ち上がって回れ右をしてしまった。まずった!と思ったが時既に遅し。何やらすっかりミロのペースに巻き込まれている自分に、カノンは情けなさを覚えた。 ミロはと言えば、カノンが背を向けた途端、今度はごそごそとカノンの髪をいじり始めた。 「……お前、人の髪いじって何してんの?」 「ん〜、もうちょっとじっとしてろよ……。ほい、出来たっと!」 ミロはカノンの両肩を掴み、また180度カノンの体の向きを回転させた。 「何したの?、お前」 胡散臭そうにミロを見ながら、カノンが自分の髪に手をやると、髪が後ろで1つに束ねられていたのである。 「お前、勝手に人の髪形いじるんじゃねえよ」 「いいじゃん。これでパッと見は随分印象変わったぜ」 嬉しそうにミロはニコニコと微笑むと、また不意にキョロキョロと辺りを見渡した。そして何かを見つけると、今度はいきなりカノンの手を取って走り出したのである。 「?!」 またいきなりのミロの突拍子もない行動に、カノンは驚いて声をあげることすらできなかった。どこに連れてく気かと思ったが、意外にミロはすぐに立ち止まると、 「ホラ、見てみ」 そう言って目の前のテナントのウインドウを指差した。そのテナントのウインドウはマジックミラーになっており、ミロが指差した先にはカノンとミロ、2人が並んで立っている姿が映っていた。 「な?、結構違うだろ?」 得意げにミロは言ったが、カノンは生まれて初めて見る自分のメガネ姿に、違和感とも何とも言い難い奇妙な何かを覚え、黙ったままウインドウに映る自分を呆然と見つめた。ミロはカノンの横で相変わらずニコニコと笑いながら、横のカノンとウインドウの中のカノンとを、楽しそうに見比べていた。店の中から見たら大層奇妙な光景であったであろうが、ミロはそんなことは全く気にしていないし、カノンに至ってはそんなところまで気など回ろうはずもなかった。 「へぇ〜、何かオレじゃないみたい……」 しばらくして、まだ少しぼんやりとしたまま、カノンが呟いた。確かにミロの言う通り、いつもの自分とちょっと違う自分がそこには居た。ただメガネをかけて、髪形をちょっと変えたくらいでも、見た目の印象と言うものは結構変わるものなのだ。そんなこと、考えたこともなかったけれど。 「ま、気持ち程度のバリア代わりにはなるだろ。何もしないよか、多分マシだと思うぜ」 ウインドウの中を見つめたまま、カノンは黙ってミロの言葉に頷いた。それを受けて、ミロも非常に満足そうに頷いた。
更に15分ほどして買い物を終えて出てきたサガが、いきなり弟の格好が変わっているのに驚いて、思わず声をあげた。 「だって双子は目立つって、ミロが言うからさ」 著しく説明を省略して、カノンが答えた。 「なるほど、ミロの提案か。まぁ、別に変な格好をしているわけではないから構わんが……」 だがサガには、このカノンの説明で充分事の次第は飲み込めていた。同時に数十分間の2人の様子が目に浮かぶようで、サガは苦笑にも似た笑いを溢した。 「ふむ、そうか……私がメガネをかけると、こう言う感じになるのだな……」 そうしてサガは、今度は興味深げにカノンをマジマジと見ながら、何やら新しい発見でもしたかのような口ぶりでそう独り言を呟いた。言うまでもないが、サガもこれまで一度もメガネと言うものをかけたことがない。メガネに頼る必要性など全くなかったし、またいわゆるアクセサリーというか、ファッションの一部としてメガネを使用するなど、考えが及びもしなかったからだ。 「結構イケるでしょ?。ちょっと聡明な感じに見えない?」 コーディネーター(?)ミロが、またも得意げにサガに言う。 「ああ、何かカノンじゃないみたいだ。ミロも上手い手を考えたものだな」 ミロの言葉に同意して、くすっとサガが笑う。サガに褒められてミロは嬉しそうにしていたが、カノンの方は何となく兄にまでバカにされたような気分になり、嫌そうに顔をしかめた。 「そんなことよりもサガ、オレ、腹減った」 そしてその仏頂面のまま、カノンが言う。メガネ云々の話など実のところどうでもいいのだ。何しろ先刻より腹の虫が合唱を始めているので、とにもかくにもさっさとこれを静かにさせるのが、カノン的には最優先事項なのである。 「ん?、ああ、そう言えばもう結構な時間だな……」 言われてサガも、時刻はもうとうの昔に昼食時を過ぎていることに気付く。 「すまなかったな、お前もお腹が空いただろう?、ミロ。遅くなってしまったが、昼食をとりに行こう」 サガはカノンにではなく、ミロに向かってすまなそうに言った。やったぁ!とミロが嬉しそうに声を上げる。 「腹減ったっつてんのはオレなのに、何でミロに謝るんだよ!」 「お前は朝食をとったのが遅かったのだ、そんなに腹が空くわけもなかろう。それにミロは私達の都合で付き合わせているのだぞ!、申し訳ないではないか!」 理不尽さを覚えて思わずカノンがサガに抗議をしたが、逆にサガに一喝されてしまった。 「……充分減ってるよ」 子供のように口を尖らせてカノンはぶつぶつ文句を言ったが、サガはカノンの文句には一切構わずにミロを促してさっさと歩き始めた。サガに言わせれば、結局一緒に行くのだから同じことだろう、文句を言うほうがおかしい……と言うことになるのだが、カノンとしては今一つ腑に落ちないものがあった。 楽しく談笑しながらさっさと先を行くサガとミロを見ながら、カノンは口の中で小さく、お前はオレの兄貴だろうと恨めしそうに呟いたが、ここでじっとしてても空腹の虫が収まるわけでもないので、結局おとなしくくっついていくしか術はなかった。 |
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