それはアイオリアが15歳の誕生日を迎えた日の夕刻のこと――。
一日の職務を終えたアイオリアが、守護する獅子宮ではなく訓練生時代から住まいにしている麓の村の家に帰宅して間もなく、玄関のドアがやや乱暴に叩かれた。
この家に来客なんて珍しい、誰だろう? と訝しみつつアイオリアがドアを開くと、
「……ミロ?」
そこに立っていたのは、同じく黄金聖闘士の蠍座のミロであった。
思いもよらぬ訪問者に驚き、アイオリアの目が丸くなる。
「久しぶりだな。どうした? お前がオレのところに来るなんて珍しいこともあったものだな」
兄である射手座のアイオロスが聖域に反逆し、討伐されてから7年。
黄金聖闘士でありながらも裏切り者の弟としてずっと白眼視され続けているアイオリアと、ミロ達他の黄金聖闘士の間には大きな溝があり、それ故互いに距離を置いているというのが現状であった。
余程のことがない限りは顔を合わせることもなく、当然ながら互いの元を訪ねることなどないに等しい。
特にミロはアイオリアに対して隔意を明確にしており、ごく偶に顔を合わせた時ですら一言の会話をも交わさないのが言わば常である。そのミロが何故突然自分を訪ねて自宅にまで来たのか、その理由に全く思い当たる節のないアイオリアはただただ首を傾げるばかりであった。ミロはいかにも「来たくて来たわけじゃない」とでも言いたげな態度で不機嫌さを隠すこともなく、
「これ!」
といきなり箱を持つ手をアイオリアの眼前に突きつけた。
「えっ?」
「教皇から、これをお前に届けろと言われて来た」
ぶっきらぼうにそう言って、ミロは事情が飲み込めずに呆然としているアイオリアに文字通りその箱を押し付けた。
押し付けられるままそれを受け取ったアイオリアは、箱の形状と中から仄かに漏れる甘い香りでその中に何が入っているのかを察した。
「これは……ケーキか?」
確認を求めてミロに問うと、ミロは「ああ」と相変わらず素っ気なく答えた。
何故教皇がオレにケーキなんか? と更に問い返そうとしたところで、アイオリアはようやく今日が8月16日、自分の誕生日であることを思い出したのだった。
そう、アイオリアは今の今まで自分の誕生日のことなど完全に忘却の彼方だったのである。
「もしかしてこのケーキ、教皇からオレへの誕生祝い、か?」
「誕生日にケーキを寄越す理由なんてそれ以外にないだろ」
「あ、うん……そうだよな」
冷然とミロに言われ、アイオリアは何故か決まりが悪そうに身を竦ませた。
何故自分がこんな思いをしなければならないのだろう? と思わないでもなかったが、それはともかくとして、今まで一度たりとも誕生日に贈り物などくれたことのなかった教皇が、今年に限って何故突然こんな事を? と、アイオリアとしてはそちらの方が気になって仕方がなかった。
しかも本人ですら、誕生日であることなど綺麗に忘れていたというのに――。
教皇の意図が全く見えず、アイオリアが一人頭を悩ませていると、
「確かに渡したからな」
するとミロは「おめでとう」の一言をかけることもなく、さっさと踵を返してその場を立ち去ろうとした。
「あ! ちょっと待てよ、ミロ!」
そのミロをアイオリアが慌てて呼び止めると、ミロは「何だよ?」と面倒臭そうに振り向いた。
「あの、さ、よかったらこのケーキ一緒に食べていかないか? どう見てもこれ、オレ一人で食べるには多すぎるし……」
アイオリアが遠慮気味にミロに誘いを向けると、ミロはチラッとアイオリアに渡したケーキの箱を見たが、
「裏切り者の弟なんかと一緒にケーキなんか食えるかよ、お断りだ!」
そう吐き捨てるなり、ミロは今度はアイオリアを一顧だにすることなく走り去っていった。
「裏切り者の弟なんかと、か……そうだよな、その通りだ……」
ミロの後ろ姿が完全に見えなくなった瞬間、アイオリアはそこに佇立したまま寂しげにポツリとそう呟いた。