ぶるっ、と自分の体が震える感覚でミロは目を覚ました。

季節は晩秋から初冬へと移り変わり、夜間の冷え込みは日を追うごとに強くなっていたが、毛布に包まっていればさほど寒さを覚えるようなこともない陽気である。

にもかかわらず、ミロは寒さの余り目を覚ましたのだ。


眠りの淵からはっきり覚醒したと同時に、再びミロの全身が寒さに震えた。

ミロは一度寝たら朝までぐっすりというタイプで、夜中に目を覚ますなど滅多にあることではなく、まして寒気を覚えて目を覚ますなど、普段であればほぼあり得ないことであった。

寝ている間に毛布を蹴飛ばしてしまったのかと思い、ミロは眠い目を擦り擦り重い瞼を持ち上げた。

正確な時間はわからなかったが、それでも室内はまだ真っ黒な闇に閉ざされていて夜が明けていないことはミロにもすぐにわかった。

三度四度と瞬きをして暗闇に目が慣れたところで、ミロは横になったまま少しだけ首を下方に傾け、今の自分の状況を確認する。

蹴飛ばしてしまったかと思っていた毛布は、ミロの小さな身体をきちんと包みこんでくれている。これで寒さを覚えるわけがないはずなのに、寒くて寒くて震えが止まらない。

一体どうしたんだろう? そう思いながらミロは毛布を強く手繰り寄せ身を丸めた。だが寒気はおさまるどころか増していく一方だっで、堪らずミロはベッドから起き上がり、毛布と一緒に自分の腕で自分の身を抱き締めた。


『寒い、寒いよぅ……サガ……アイオロス……』


ミロはがくがくと震えながら、無意識のうちに年長者であるサガとアイオロスの姿を探して周囲を見渡した。

まだ幼く、聖闘士としても未熟なミロはまだテレパシーが使えず、頭の中で二人の名を呼びながらキョロキョロと視線を彷徨わせ、震える自分の身体を必死に抱き締めていた。


間もなく、暗闇に完全に慣れたミロの目が、隣のベッドの上にこんもりと盛り上がる毛布を捉えた。縋るものを見つけたミロはホッと小さく息を吐きだすと、自分の毛布を抱え込んだままベッドから飛び下りた。



地よく夢の中を彷徨っていたアイオリアは、突然自分の隣にモゾモゾと何かが潜り込んできた感覚で目を覚ました。

目を開けたら真っ暗で何も見えず、寝惚けも手伝い一瞬自分がどこにいるのかわからなかったアイオリアだったが、自分の真横で何かがモゾモゾと動いている感触でようやくはっきりと目を覚ました。


「?」


次の瞬間、首筋にふわりと柔らかいものが触れ、擽ったさを覚えた。

ここでアイオリアは自分のベッドに誰かが潜り込んできたのだということに気付いたが、部屋の中が暗すぎて一生懸命目を凝らしてみても『何かが居る』ということ以外はよくわからない。

アイオリアが反射的にベッドから半身を起こそうとしたその時、いきなり伸びてきた小さな腕が起き上がろうとするアイオリアの動きを止めた。


「えっ!? な、何……」


自分の身に何が起こっているのかがわからず、アイオリアは恐怖心から思わず声を張り上げそうになったのだが、その時「寒い……」という小さな弱々しい声が耳に届いた。


「もしかして、ミロ?」


馴染みのあるその声は、隣のベッドで寝ているはずのミロのものだった。

アイオリアが身を捩ると、先ほど首筋に触れた柔らかいものが今度は鼻先を擽った。その柔らかくて擽ったい何かがミロの髪の毛だとわかるまで、大した時間はかからなかった。

それとアイオリアは、今自分が置かれている状況をようやく理解することができた。

今自分が寝ているのは間違いなく自分のベッドだが、そこに何故か隣のベットで寝ているはずのミロが潜り込んできていて、しかも自分にしっかりとしがみついているのである。


「ミロ? どうしたの?」


真夜中の侵入者の正体がわかり恐怖心は消えたものの、何がどうしてどうなったからこうなっているのかはわからないままで、アイオリアは小さな声でミロにその理由を尋ねた。


「寒い……」


「えっ?」


「すごく……寒くて……」


ミロはそう繰り返すと、更に強くアイオリアにしがみついた。


「寒いって……」


言われてアイオリアも、ミロの身体がブルブルと震えていることに気がついた。。


「どうしたの? 何でこんなに震えてるんだよ?」


「わかんない……わかんないけど、寒くて震えが止まんないんだよ……」


アイオリアが問い返してもミロはわからない、寒い繰り返し、必死にアイオリアにしがみついてくる。どうやらミロは、アイオリアの体温で暖を取ろうとしているらしい。

それを理解したアイオリアは、だが寒さを訴えブルブルと震えているミロの身体が異常に熱いことに違和感を覚えた。


「ミロ、本当にどうしたんだよ? 大丈夫?」


確かに毛布から出れば肌寒さは感じるが、かといってここまで震えるほど寒いわけではなく、実際アイオリアもさほど寒いとは思っていなかった。

それなのに何故ミロはこんなにも寒い寒いと訴え震えているのか、原因が全くわからずアイオリアは困り果てた。


この時、まだ幼い二人にはわからなかったのだ。

この異常な寒気が、発熱から来る悪寒であったのだということが。


「ミロ……」


身体はすごく熱かったが、ミロが寒がっているのは紛れもない事実だった。

今は助けてくれる兄アイオロスも、そしてサガもここにはいない。

自分が何とかしなくちゃ、自分がミロを暖めなくちゃと、アイオリアはミロの身体をしっかりと抱え込んだ。


「アイオリア……」


アイオリアの腕の中で、ミロがくしゅんっと小さなくしゃみをした。


「大丈夫だよ、すぐにあったかくなるから……」


アイオリアは自分と同じくらいの大きさのミロの身体を抱え込み、その背中を擦った。

くしゅん、くしゅんと、ミロが立て続けにくしゃみをする。


「もうすぐ寒くなくなるよ、大丈夫、オレにしっかり捕まって……」


小さな手で一生懸命ミロの背を擦りながら、アイオリアは大丈夫、大丈夫と繰り返し、ミロもあらん限りの力を振り絞ってしっかりとアイオリアにしがみついた。






「39度3分……」


「アイオリアは38度5分だぞ」


翌朝、定刻通り黄金聖闘士候補生達の宿舎に来たアイオロスとサガは、一つのベッドの中で顔を真っ赤にしながらしっかり抱き合って寝ているミロとアイオリアの姿に、目を丸くして驚いた。

あれからアイオリアは震えるミロを抱きかかえたまま、ミロはアイオリアにしがみついたままの状態で一晩を過ごしたのだが、尋常ではない二人の顔色でサガは二人の変調に気づいた。

慌ててミロとアイオリア二人の額に手を当てると、そこは案の定病的な熱さを帯びていた。

サガはすぐに世話係の雑兵に体温計を二つ持ってこさせ、改めて二人の熱を測ってみたところ、二人揃って高熱を発していたというわけである。


「うん、間違いない、風邪ひいたな二人揃って」


「みたいだね」


実際はミロがひいた風邪を光速でアイオリアにうつしてしまったというのが正解なのだが、アイオロスとサガがその事実を知るのはもう少し後になってからの話であった。


「でも昨夜オレ達が帰る時には二人とも何ともなかったよな?」


アイオロスがアイオリアのパジャマを着替えさせながら、隣でミロのパジャマを着替えさせているサガに確認を求めて問い掛けた。


「ああ。でもこの年頃の子供の体調は変化しやすいものだからね、こういうことがあってもおかしくはないよ」


ケホケホと咳き込んではゼイゼイと苦しそうに息を切らしているミロの背を優しく擦りながら、サガはアイオロスに答えた。


「僕達ももう少し気をつけておいてやればよかったな。黄金聖闘士の候補生とはいってもこの子達はまだ小さいのだし、こういう事態に対してしっかり備えをしておくべきだったんだ」


サガはミロの身体を抱き、苦しかったね、でももう大丈夫だよ……と優しく声をかけながら柔らかな髪を撫でた。


「サガ……」


小さな手で自分の胸元をギュッと掴んだミロの身体をもう一度抱きしめてから、サガは静かにミロをベッドに横たえさせた。


「それにしても、せっかくの誕生日だっていうのになぁ……」


アイオリアを着替えさせたアイオロスが、やはり同じようにアイオリアをベッドに寝かせながらチラリとミロの方を見遣った。


今日は11月8日――ミロの6歳の誕生日だった。


今日は訓練を早めに切り上げて夕方からささやかな誕生パーティーをやる予定だったのだが、主役であるミロがこの状態ではパーティーなどとてもじゃないが無理である。

幼い身で厳しい訓練に明け暮れる日々の中、今日の誕生パーティーはミロが何よりも楽しみに、指折り数えて心待ちにしていただけに中止するのは可哀相な気もするが、こればかりは仕方のないことで、サガにもアイオロスにもどうしてやることもできない。


アイオロスの呟きを聞いたミロが、泣きそうな顔でサガを見上げた。

サガはそんなミロに優しい微笑みを向け、


「大丈夫だよ、ミロが元気になったら、ちゃんと誕生パーティーはやってあげる。だから今は大人しく寝て、早く風邪を治そう。ね?」


ミロの柔らかな髪を撫でながら、そう言い聞かせた。

力なく頷いたミロは、だがすぐにまた口を開き、


「アイオリアも……」


「うん?」


「アイオリアが元気になるまで待っててくれる?」


アイオリアの風邪は、一晩中風邪っぴきのミロと同じベッドでピッタリとくっついて寝ていたために引いてしまったもので、完全にミロのとばっちりである。

幼いながらもミロはちゃんとそのことを理解していて責任を感じているらしく、自分だけではなくアイオリアの風邪が治るまでパーティーを待ってくれと、サガに訴えていたのだ。


「ああ、もちろんだよ。アイオリアの風邪も治るまでちゃんと待つからね。だから心配しなくていいよ」


サガが言うとミロはホッとしたように表情を和らげた。


「さぁ、今はとにかくゆっくり休みなさい。そして早く風邪を治そう、ね」


もう一度ミロの髪を撫でながらサガがミロの身体に毛布をかけ直そうとすると、ミロはサガのその手に小さな手を添えて、プルプルと首を左右に振った。


「どうした? ミロ?」


サガがミロに問い返すとミロはのろのろと起き上がってベッドを降り、ケホケホと咳をしながらフラフラとおぼつかない足取りでアイオリアのベッドの方へと歩き始めた。


「ミロ!?」


「アイオリアと一緒に寝る」


間もなくアイオリアのベッドに辿り着いたミロは、その傍らで呆然とその様子を見守っていたアイオロスを見上げて言うと、返事も聞かずにモゾモゾとアイオリアのベッドに潜り込んだ。


「ミロ……」


またもやベッドに潜り込んできたミロに、だがアイオリアは嫌がる素振りをまったく見せず、自分から少し体をずらしてミロの寝る場所を作った。アイオリアもまた無言で『ミロと一緒に寝る』と意思表示をしているのである。

ミロがアイオリアの隣に横になり、一つの枕に頭を預けると、二人は同時にくちゅん! とくしゃみをし、ブルッと身を震わせた。その後二人はどちらからともなくベッドの中で身を寄せ合い、先刻と同じように小さな身体をぴったりとくっつけた。


「ミロ、だめだよ。ちゃんとこっちで寝なさ……」


「サガ」


ミロを自分のベッドに戻そうとするサガを、アイオロスが引き止めた。

ベッドの上のミロとアイオリアを見下ろすアイオロスは、若干苦笑が混じったような笑みを浮かべていたが、その瞳には優しい光が宿っていた。


「アイオロス……」


「いいよ、このまま一緒に寝かしておいてやろう。どうせ二人とも風邪ひいちまったんだし、もううつる心配もないんだからさ」


そう言って楽しげに笑うアイオロスをサガは呆れたように見つめたが、


「確かにそうだな……」


言われてみればアイオロスの言う通りかも知れないと思い直し、二人の気の済むようにさせてやることにした。


程なくして二つの小さな寝息がアイオロスとサガの耳に届いた。

安心したからか、それとも薬の効果か、アイオリアとミロはあっと言う間に眠りの淵へと吸い込まれてしまったようだ。

背を丸め身を寄せて眠る二人の姿はまるで子猫のようで、その姿を見たアイオロスとサガは思わず顔を見合わせ、声を立てずに笑いを交換しあったのだった。




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