『もうちょっと頑張って知恵を絞れ』と自分を突き放したミロがふらりと獅子宮に姿を現したのは、その舌の根も乾かぬ翌日のことだった。
獅子宮に来るなりミロは前振りなしにアイオリアに、「シャカ、誕生日にはお前に膝枕して欲しいんだってよ」と告げ、彼の目を丸くさせた。
「は? 膝枕って、え?」
話が全く見えないアイオリアが間抜けな声でミロに聞き返すと、
「だから誕生日だよ誕生日シャカの誕生日! 今処女宮に行ってシャカに聞いてきたんだよ、誕プレのリクエストをな」
「えっ! マジ!? 直接シャカに聞きに行ったのかよ!?」
自分で考えろと突き放してくれたミロが一体全体どういう風の吹き回しか? しかもいきなり本人に直接聞きに行くとかどういうことだとアイオリアは目を白黒させたが、ミロはそんなアイオリアの様子を意にも介さず、全く世話の焼けるとでも言いたげに肩を竦めて見せてから口を開いた。
「ああ。何だかんだ言っても、どうせお前のことだからシャカに直接聞いたりはしないだろうなって思ってオレが骨折ってやったんだ、感謝しろ」
いや、いきなり感謝しろとか上から目線で言われても……とアイオリアは大いに戸惑ったものの、今はそんなことをごちゃごちゃ言っている時ではない。
確かに自分で直接シャカに聞きに行くつもりはなかったし、サプライズ的な演出効果を狙っていたわけでもないので、確かに面白みはなくなるかも知れないが、シャカ自身が欲しいと望む物がわかればアイオリアとしてはこの上なくありがたいことは事実だ。そう考えれば確かにミロに感謝して然るべきではあるのだが、問題はそう言うことではなく――
「膝枕?」
「膝枕」
鸚鵡返しでそれを肯定しながら頷いて、ミロはすぐに言葉を継いだ。
「シャカに誕プレ何が欲しい? って聞いたら案の定『ない』って言われたから、少し方向性を変えて欲しい物がないなら何かアイオリアにして欲しい事はないか? って聞き直したんだよな。で、あいつから返ってきたご要望が『膝枕』」
「膝枕……」
「お前、シャカに膝枕してやったことないんだって?」
「……ああ、そう言えばなかったな」
言われるまで気づかなかったけどと惚けた返答をしたアイオリアを、ミロは呆れたように見つめた。
「そういうところがお前らしいっちゃお前らしいけど、ま、いいや、とにかくシャカは誕生日にお前の膝枕をご所望で、他には何もいらないそうだから膝枕をしてやるといい。金もかからないし超簡単なんだから、誕生日のスペシャルバージョンで大盤振る舞いしてやれ、な?」
誕生日のスペシャルバージョンで大盤振る舞いな膝枕って何だよどうやるんだよ? とは思わないでもなかったが、冗談に真面目なツッコミを入れるほどアイオリアも野暮ではない。
「でも、そんなことでいいのかな?」
「シャカ本人がそれがいいって言ってんだからいいんじゃないの? お金で何かを買うことばかりがプレゼントってわけでもないんだし、こういうのもアリだろ。それにしても……」
そこで一旦言葉を切ったミロはくすっ、と小さな笑いを零し、
「オレもシャカとはそれなりに付き合い長いけど、あいつにこんな可愛いところがあるとは思わなかったな。やっぱお前と付き合うようになって変わったのかな? あいつ」
誕生日に恋人に膝枕をして欲しいなんて、あのシャカがそんな可愛らしいことを言い出すとは思わず、表面上平静を保ってはいものの実は内心では顎が外れそうなほど驚いていたのである。何故なら、自分の知っているシャカとはあまりにかけ離れすぎていたからだ。
それもこれもアイオリアを思うが故、つまりアイオリアがシャカを変えたのだろうと思っていたのだが、アイオリアは首を左右に振り、
「いや、オレと付き合うようになったから変わったというわけではないよ。シャカは変わったりはしていない、昔からずっと変わらないよ、だって……」
自分がシャカを変えたのだということを明確に否定してから、最後にこう付け加えた。
「だってシャカは昔から可愛かったからな」
それを聞いたミロは絶句し、しばし無言でアイオリアの顔を凝視してしまった。
「……オレはシャカの見た目の話をしているわけじゃなくて、性格の話をしているんだが?」
「オレもだけど?」
大真面目にそう答えられて、ミロは大きな目を真ん丸く見開いた。どうやら自分とアイオリアのシャカに対する認識には、思っていた以上に大きな隔たりがあるらしい。ただその辺は立場の違いもあるし、無理に認識をすり合わせる必要もないだろうと、ミロはそれ以上深くは突っ込まなかった。
「でもお前だって1年365日、どんな時でもシャカのことを可愛いって思っているわけでもないんだろう? 可愛くないなーって思うこともあるにはあるんじゃないのか? 正直に言ってみろ」
聞かれたアイオリアはちょっとだけ考えてから、
「可愛くないとは思わないけど、その、怖いなって思う時はある、かな?」
あはは……と引きつった笑いを浮かべた。
「あ、怖い……ね、納得」
ミロはそう言って、プッと小さく吹き出した。そのまま楽しげな声を立てて笑い始めたミロにつられるように、アイオリアも笑い声を立てた。