聖域の裏切り者として兄アイオロスが討伐されてからその汚名が晴れるまでの十三年間は、アイオリアにとって文字通り苦渋と屈辱に満ちた時間であった。
黄金聖闘士でありながら裏切り者の弟として白眼視され、辛い日々を送っていたアイオリアだが、そんな彼をいつも傍で静かに支え続けてくれた人間がいた。
同じ黄金聖闘士の乙女座のシャカである。
シャカは最初から「監視役を命ぜられた」と明言した上で、その監視役の立場を最大限に利用していつも堂々とアイオリアの傍にいたのだが、いつの頃からか監視する者される者だったはずの関係を超越し、気がついたらシャカは『恋人』としてアイオリアの隣にいるようになっていた。
もちろんそこに至るまでには数年単位の時間を要してはいたのだが、監視役と言いながらもシャカはアイオリアに何らかの圧力をかけることも不自由を強いることも一切なく、監視役というよりも見守役のような存在と言った方が実態に近かったであろう。
そんな二人の関係がはっきりと変化――というより恋人という明確なものに進化したのは、確か十五歳になるかならぬかの頃、発端はシャカの突然の問いかけからであった。
「お前は私のことが好きなのであろう?」
「は?」
あまりに唐突に向けられたその問いに、アイオリアはわけがわからず間の抜けた声をあげるのが精一杯だった。
「お前は私のことが好きなのであろうと聞いている」
だがそんなアイオリアに向かってシャカはどこまでも淡々とした、それでいて自信満々な様子で同じ問いを繰り返した。
「え? あ……あっと、それは……」
突然思いもよらぬ問いを投げつけられたアイオリアは、当然まともに返答できるはずもなく、顔を赤くしてモゴモゴと口籠ることしかできなかった。
確かにシャカにの言う通り、アイオリアは彼に対し明確な好意を抱いている。もちろんその好意とは恋愛感情を意味するものであることは明白で、アイオリアもそれはきちんと自覚していた。
それは当たり前のようにシャカと一緒にいることの多かったこの数年で自然とアイオリアの中に生まれ、そして次第に大きくそして明確に形成された感情であったが、アイオリア自身はそれと気取らせるような態度を取った覚えはなく、またその気持ちをシャカに告げるつもりは一切なかった。未来永劫、自分の胸の内に収めておくつもりだったのである。
何故なら同じ黄金聖闘士の位を有しているとはいえ、シャカと自分とではあまりに立場が違いすぎるからだ。
自分は女神を害し聖域に弓を引いた大罪人の弟、対してシャカは最も神に近い男として畏敬の念を抱かれ、サガ不在の今最強の黄金聖闘士とまで謳われている人間である。とても対等な位置にいるとは思えない。そんな自分がシャカに好意を抱いているなどと、どうして言えようか?。
アイオリアが困り果てたように黙り込んでいると、シャカはやれやれとでも言いたげに微苦笑を浮かべ、
「別に隠す必要はないし、余計なことをあれこれと考える必要もない。私は単純にお前の気持ちを確認しているに過ぎぬのだから、正直に答えてくれればそれで良い」
重ねて問いかけ、アイオリアに返答を促した。
アイオリアは戸惑いと躊躇いを露わにしたまま、だが更に数秒ほどの時を浪費してからようやく意を決したように無言で小さく首を縦に振った。
「そうか……」
目は瞑ったまま、だが気配と小宇宙でそれを察知したシャカは、満足そうにそう一言呟いてから頷き、そしていきなりアイオリアの胸倉を掴んで彼の身体を自分の方へ引き寄せた。
そして、
「私もだ」