◆SURPRISE BIRTHDAY

この日、アフロディーテが自宮の薔薇の手入れをしているところへ、突然ふらりとシャカが姿を現した。

「やぁシャカ、今日は私に何の用事だい?」

ちょうど一月ほど前にもこんな風にシャカの突然の訪問を受けたことのあるアフロディーテは、全く動ずる様子もなくにこやかに彼を迎え入れ、今日の訪問の理由を尋ねた。

「用事と言うほどでもないのだが……」

これを渡しに来た、と、シャカは手にしていた大きな箱を二つアフロディーテに差し出した。

アフロディーテは澄んだ薄青色の瞳を面食らったように見開き、かなり大きいが見るからにケーキの箱とわかるそれをしばし凝視してから、確認を求めてシャカに問い返した。

「えっと……これはケーキ、かな?」

「そうだ」

頷きながらシャカは、早く受け取れとばかりに二つの箱をアフロディーテに押し付けた。

「あ、ありがとう……」

意味もわからず押し付けられるままそれを受け取ったアフロディーテは、首を傾げつつ再びシャカに問いかけた。

「でも君が何故私にケーキを? 一体どういう風の吹き回しだい?」

シャカにケーキを渡される理由に皆目見当のつかないアフロディーテからすれば、これは当然と言えば当然の疑問である。
更に言うなら、シャカの意図が不明すぎてびっくりするというより気味が悪く、警戒心の方が先に立ってしまっているというのがアフロディーテの本音であった。
無論、それをバカ正直にシャカに言えるわけもないので、こうして控えめに問い返すことしか出来なかったのだが――。

「今日は貴方の誕生日であろう?」

「そうだけど……?」

まさかシャカが自分の誕生日を知っているというか覚えているとは夢にも思っていなかったアフロディーテは呆然とそれを肯定したが、直後、何かに気付いたように表情を動かし、

「ってことは、まさかこのケーキ、君から私への誕生日プレゼント……だったりするのかい?」

そう問い返してはみたものの、どう考えてもそれ以外の理由は見つからない。いやでもまさかそんな……とアフロディーテが半信半疑でいると、

「そうだ。誕生日おめでとう」

そんなアフロディーテの内心の動揺に全く気付くことなく、シャカはまたしてもあっさりと頷き、おまけに祝福の言葉までアフロディーテにかけたのである。
驚きというよりも予想だにしなかった大きな衝撃を受け、アフロディーテの瞳がこれ以上ないくらい大きく見開かれた。

「えっ!? 君が!? 私に!? 誕生日プレゼント!? しかもおめでとうって、えっ!? 何故!? どうして!?」

シャカが自分の誕生日を知っていた(記憶していた)ことすら驚きなのに、その上プレゼントなど一体どういう風の吹き回しなのか? 程度で済む話ではない。天変地異の前触れか!? と本気で不安を覚えるレベルの大事件で、ハテナエクスクラメーションが乱舞するのも当然の話である。
だがシャカの方はいつも通りの自然体で落ち着き払ったまま、狼狽えるアフロディーテのことを不思議そうに見遣った後、

「貴方にはバレンタインの時に美しい薔薇を分けてもらった。その礼と思ってくれればいい」

突然誕生日プレゼントとしてケーキを持参した理由を淡々と彼に告げた。

「あ、あの時の……」

シャカが自分の元を突然訪れた日というのが約一ヶ月前のバレンタインデー当日だったのだが、その時の彼の用件は『恋人のアイオリアに贈るバレンタインのプレゼントの為の薔薇を分けて欲しい』というものであった。
その要望に応えてアフロディーテはシャカにとびきり美しい赤薔薇を彼に譲り分けたのだが、どうやらシャカはその時のことを恩に着て、わざわざ自分の誕生日に合わせてこうして謝礼を持って来てくれたらしい。
他の人間ならいざ知らず、このシャカからまさか今になってこんな形の返礼を受けるとはアフロディーテも予想だにしていなかった。と言うより、シャカを相手にそんな予想が立つわけもない。あまりにも意外すぎて、もしかしたら自分は今夢の中にいるのではないだろうか? という錯覚にすら囚われる程にこの現状が予想外すぎるのである。
だがシャカに手渡された二つのケーキの箱のずっしりとした重みが、これが夢でも幻でもない紛れもない現実であるということをアフロディーテに教えてくれていた。

「やれやれ……バレンタインの時といい今日といい、本当に君と言う男はどれだけ私を驚かせば気が済むんだい? 本気で私の心臓を止めようとでもしているのかな?」

程なくして現状を把握し、気を取り直したアフロディーテは、冗談と本気の割合が7:3くらいの口調で言いながら笑ってみせた。
だが案の定シャカにはその手の冗談口は通じなかったようで、不思議そうに小首を傾げながら「そのような意図はない」と答えただけだった。
アフロディーテは小さく肩を竦めたもののそれ以上そのことに言及はせず、さり気なく話の方向を変えた。

「ところでシャカ、このケーキは一体誰と買いに行ったんだい?」

細かいところまでは知らないが、同じくバレンタイン絡みでデスマスクやミロがシャカの買い物に付き合わされたことはアフロディーテも聞いて先刻承知済みである。
つまりシャカは一人では街に出られない人間ということで、当然今回も誰かお守り役がくっついて行ったのだろうとほぼ決めつけてこんな質問をしたわけだが、シャカから返って来たのはまたしてもアフロディーテの予想を覆すものであった。

「私が一人で買って来た物だが?」

「えっ? 君が一人で!?」

嘘、という一言は辛うじて飲み込んだものの、俄には信じられずアフロディーテは三たび目を大きく見開いてシャカの顔を凝視した。

「私も大分一般社会と言うものに慣れたからな。このくらいなら一人でも買いに行ける」

得意気にそう答えたシャカに、アフロディーテは本当かよ? と一瞬疑いの目を向けたが、自分の手の中にはケーキと言う物証が間違いなくあるのである。それにシャカの性格的に考えて同行者がいればいたと言うだろうし、とりあえずお守りなしで街に出れるようになったことは事実のようである。
シャカも成長したってことか――と、どこか感慨深いものがこの時アフロディーテの胸中を過った。

「なぁ、開けてみてもいいか?」

「ああ」

シャカの承諾を得たアフロディーテはシャカを伴いガーデンテラスの方へ移動し、テーブルの上で二つのケーキの箱を開けた。その中には色とりどりの可愛らしくおいしそうなケーキが、ぎっしりと詰まっていた。
これをこのシャカが買って来たのかと思うと似つかわしくなさ過ぎて違和感しか覚えないのだが、一番の問題ではそんなことではなく、

「……それにしても随分と沢山買って来たね……」

そのケーキの量にアフロディーテは改めて唖然呆然とさせられたのである。
箱は大きい上に二つもあってそれぞれかなりの重みもあるので相当の量であろうと見当はついていたが、まさかこんなに入っているとは思わなかった。正確な数は数えてみなければわからないが、一見しただけでも一箱に軽く十個以上、合わせて二十個以上は確実にありそうである。

「貴方の好みがわからなかったのでな。ショーケースに並んでいるものを全種類買って来た」

「好みがわからないから全種類って……君って案外大雑把っていうか豪快なんだね……」

見かけによらず……とやや呆れたようにアフロディーテが呟いた。
実際には大雑把、豪快と言うよりあれこれ考えて選ぶのが面倒臭かったからと言った方が正解なのだが、シャカ自身にその自覚はなかったし、アフロディーテに至ってはどっちであろうが大差ないのでどうでもいいことであった。

「これだけあれば貴方の好みに合うものもあろう」

「それは確かにそうだが、でも……」

「うん?」

何が問題でもあるのか? とでも言いたげに、シャカが短く聞き返す。
あ、やっぱりわかってないやと内心で呟いた後、アフロディーテは、

「多すぎだよ、量が」

と苦笑混じりに言った。

「多すぎ?」

「あのね、私は美の戦士であってフードファイターではないんだよ、シャカ。君の気持ちは嬉しいが、さすがにこれを私一人で食べるのは……」

「無理かね?」

「常識的に考えてくれ。いくら何でも無理だ」

いくら聖闘士とは言え、こんな大量のケーキをたった一人で食べられると何の疑いもなく思える方がおかしい。そういうところがやっぱり激しくズレてるんだよな、とは思ったものの、これは他ならぬ自分の誕生日を祝う為にシャカがシャカなりに一生懸命考えてくれた結果なのである。
そのこと自体に意外の感が拭えない面が未だにあるにせよ、シャカのその気持ちは本当に素直に嬉しいと思えるアフロディーテだった。
だがその喜びの気持ちは一切口には出さず、

「君と私、二人がかりでも全部食べきるのに三日はかかるな。しかも相当無理をして食べても、だ」

殊更オーバーに言いながら珍しく開いているシャカの眼前で三本の指を立てて見せると、シャカはきょとんとした様子でアフロディーテに負けず劣らずの美しい碧眼を二〜三度瞬かせた。

シャカのそのリアクションを見たアフロディーテは、堪えきれずに小さく吹き出すと、

「でもこれは生物だ、三日もかけて食べる物じゃない。第一そんな食べ方をするのは非常に勿体ないからね。量は充分にあるし、せっかくだから他の連中にも声をかけてプチ誕生パーティーでも開催しようか?」

アフロディーテのその提案にシャカは少しホッとしたように表情を緩め、微笑みながら小さく頷いた。

「よし! それじゃ場所とお茶は私が提供しよう。悪いけど君は皆に声をかけてみてくれるかい? 君なら今すぐこの場で全員に声をかけるくらい容易く出来るだろう?」

「私が?」

自分にそんな役割を振られるとは思っていなかったのか明らかに不満げにシャカが聞き返すと、アフロディーテは涼しい顔で「当然だろう、他に誰がいるんだい?」と問い返した後、続けてシャカに言った。

「だって今日は私の誕生日、つまり主役はこの私だ。その主役にゲスト集めまでさせる気なのかい?」

うん? と小首を傾げてみせると、シャカは「……そうか」と呟き頷いた。確かにそれはアフロディーテの言う通りだと納得したシャカは、これまた珍しく素直に彼のその言葉に従った。

「そうだな……それじゃ今から30分後、ここに集まるよう皆に伝えてくれ」

「わかった」

「それが終わったら君も準備を手伝ってくれよ」

「……わかった」

ほんの一瞬、返答の遅れたシャカを見て、アフロディーテは彼にわからないようくすっと忍び笑いを零した。手伝えとは言ったものの、どうせ大して役に立たないことがわかっていたからである。

シャカが他の黄金聖闘士達に一斉にテレパシーを送り始めたのを確認し、アフロディーテは急遽開催することになった自分のプチ誕生パーティーの準備をすべく、私室の方へと踵を返した。

post script
バレンタイン・ウィーク」の後日談になります。
シャカとディーテのコンビはあまり書いたことがなかったのですが、実際書いてみると意外と相性いいのかなって思いました。

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