【Count 4】2月10日:SWEET
獅子宮を出たシャカは一度自宮に戻り、昨日デスマスクに言われて渋々買った私服に着替えてから2つ上の天蠍宮へと向かった。
バレンタイン週間4日目の明日に備え、今度は天蠍宮の主に助力を請う為にである。
見たこともない私服でやって来たシャカを見て、天蠍宮の主ミロは文字通り目を剥いて驚きを露にした。

「お前っ……何その格好!?」

開口一番ミロの口から飛び出して来た言葉がこれであった。
シャカが自らこの天蠍宮へ足を運んでくるなどまず滅多にあることではないのだが、そんなレア感よりも何よりも今のシャカが着ている衣服の方が何倍も大きなインパクトと驚愕をミロに与えていたからである。

「何と言われても、これは『普通の服』ではないのか? 私はそう言われてこの服を買い揃えたのだが?」

「誰に!?」

「デスマスクだ」

「デスマスクぅ〜!? あ、そうか、そう言えばお前昨日デスマスクと一緒に買い物に行ったんだったな、イタリアまで」

「その通りだが、何故お前がそれを知っている?」

今度はシャカが驚いてミロに聞き返した。

「昨日カミュから大体の話は聞いた。バレンタイン週間だっけ? お前の国のやり方でバレンタインやってるんだってな。あのシャカがアイオリアの為にあそこまでするとは思わなかったって、カミュが驚きつつ感心してたぜ」

そう言いながらミロは軽く笑ったが、直後にふと何かに思い当たったように表情を動かし、

「……てことは今日お前がここに来たのはつまりあれか、オレに何か頼みがあるってことなんだろ? そのバレンタイン週間とやらのことで」

ミロのそれは問いというよりもほぼ確認であったが、シャカはあっさり「そうだ」と肯定してから「カミュのお陰で話が早くて助かるな」と付け加えて微笑んだ。

『へぇ〜、シャカでもこんな顔できるんだ……。カミュも言ってたけど、これ全部アイオリアの為なんだよな。マジですごい奴だったんだ、アイオリアって』

心の中で感心したようにそう呟いてから、ミロはシャカに「で? オレへの頼み事は何?」と本題を切り出した。

「街へ連れて行って欲しい」

「へ? 街ってアテネ市のことか? 連れてって欲しいって、何で?」

「買いたい物があるからに決まっているだろう」

他に何の理由がある、と言わんがばかりにシャカが眉を顰める。

「買いたい物? あ、そうか、つまりそれが明日アイオリアに渡すプレゼントってことか。明日は何の日なんだ?」

何日に何を渡すという細かいことまでは知らないが、ミロは昨日のカミュの話でシャカが実行中のバレンタイン週間の大枠はほぼ理解していた。
本当に話が早くて助かる、と思いながらシャカはミロに答えを返した。

「明日はテディー・デーと言ってぬいぐるみを渡す日だそうだ」

「ぬいぐるみぃ〜!? お前、オレにぬいぐるみを買いに行くのに付き合えって言うのかよ!?」

「そうだ」

ここでミロは昨日カミュに、「今日はデスマスクだがまだ数日残っているし、もしかしたらお前のところにも何か言って来るかも知れないぞ?」と笑いながら言われたことも思い出した。
シャカに頼み事をされるのはいい、買い物に付き合うことも吝かではない。
だが――

「……デスマスクがチョコレートで、何でオレがぬいぐるみなんだよ?」

そう、チョコを買う時にも名前が上がっていた(とカミュが言っていた)にも拘らず、そっちはデスマスクを同行者に選んでぬいぐるみを買う同行者に何故自分を選んだのか、シャカのその人選の基準が今ひとつ不明で釈然としなかったのである。

「お前とアイオリアは出身が同じここギリシャだ。その気になれば自分でも簡単に買いに行ける物を贈っても仕方がないし、面白味がないからな」

「あっ、そういうこと……。でも面白味とか何とか、お前でもそう言うこと考慮に入れるんだ? へぇ〜……」

アイオリアが思ってても口にしなかったことを、ミロは遠慮なく口に出した。
ミロ自身シャカに対して全く構えるところはないし、元々物怖じするような性格でもないので平気で言えたのだが、シャカの方もミロの発言の意図など気にもしていなかったので、それを問い返すようなこともなくきれいさっぱりと聞き流していた。

「それに……」

「うん?」

「買う物がぬいぐるみだからな。デスマスクよりもお前の方が遥かにイメージが合う、というのがもう一つの理由だ」

そう言ってシャカはごく微かに口元を綻ばせた。

「……お前オレにどんなイメージ持ってんだよ?」

確かにデスマスクにぬいぐるみなど自分の想像力がイメージ画像を形成することすら拒否するレベルで似合わないが、だからと言ってそのデスマスクと比べて遥かにイメージが合うと言われても、褒められてるのか貶されてるのかよくわからずリアクションに困る――というのがミロの本音である。

「お前の方が可愛げがある、と言っているのだ」

ミロの微妙な反応に気付いたシャカがフォローするかのようにそう付け加えたが、そうは言われてもホントかよ? て言うかそれも褒めてんのか貶してんのかどっちだよわかんねえよ……としかミロには思えなかった。
とは言えさすがにそれを口に出すことは出来なかったので、胸の中に押し止めておいたが。

「話はわかった。けどさぁ……もう一回聞くけどお前その格好何?」

シャカの目的がわかったところで、ミロは気を取り直して話を一番最初の地点にあるシャカの服装のことへと戻した。
シャカが今着ている服は、サイケな派手シャツに独特な光沢のあるパッと見無地にも見えるがよく見ると柄が織り込んであるバーガンディーのボトムという非常に目に痛い組合せのとんでもコーディネイトで、どれだけとんでもかと言えば彼がここに入って来た瞬間ミロが度肝を抜かれてドン引きしたレベルのとんでもなさであった。
独特の光沢はある柄物とは言えパッと見は無地に見えるボトムはまだともかくとして、トップスは単品で着ても持て余すほどの奇抜さで、濃い顔の美人でなおかつ戦士としては貧弱に見えてもモデルとしては最適と言われるであろう体型の持ち主であるシャカが着てすらこの惨状である。
何故これを組み合わせた? いやそもそも何故この服を買った!? と本気で問い詰めたくなるくらいミロ的にはとんでもなくあり得ないセンスで目眩すら覚えるほどだった。
ミロに問われたシャカは少しムッとしたように眉間を寄せつつ、逆にミロに問い返した。

「何とは何だね? 先程も言ったがこれが『普通の服』というものではないのか? 私はデスマスクに一般社会に出て行くのに私が普段着ている服ではダメだ、ちゃんと普通の服を買えと言われて彼の母国でわざわざこの服を買い揃えたのだぞ」

シャカとしては街に連れて行ってもらうからきちんとその為に揃えた服を着て来たというのに、何故こんな不愉快な詰問を受けねばならないのかが疑問であった。

「デスマスクの母国ってつまりイタリアだよな?」

「そうだ」

「そこまではどうやって行った?」

「テレポートで」

「そうじゃなくて、服の話だ服の話! そこまでは何を着て行った? って聞いてんだよ。こっちで買い揃えて着替えてから行ったんじゃないのかよ?」

一般社会に出て行くのに普段着ている服じゃダメだと言われて買った一張羅がこの服ならば、これを買うまでに着ていた服は? というのがミロの質問の主旨で、もっと言うならある程度普通の感覚を持っている人間なら誰しもが持つ疑問である。

「そこまではデスマスクが貸してくれた彼の服を着て行った」

「デスマスクの服?」

聞き返しながら訝し気に眉を顰めたミロに対し、シャカも同じように眉を顰める。

「どうせチョコレートを買いに行くのだから、ついでに服も買えとデスマスクに言われたのだ。イタリアはファッション先進国だから、とな」

「……ファッション先進国ね……あー、まぁ……それは否定しないけど……」

でもシャカのこの格好見てたら否定したくもなるな、それ――と心の中でだけミロは付け加えた。
デスマスクがドヤ顔をする理由はイマイチよくわからないが、一般的に見て確かにイタリアはファッション先進国だと言えるだろう。
だがいくらファッション先進国で揃えた服とは言え、適当に買って適当に着てもハイセンスに着こなせるというわけではもちろんないわけで――しかもこんなネタ用としか思えない服など、普通に売ってはいても普段着として買って着ている人間など皆無とは言わないまでも極めて少ないだろうとしか思えない。
ミロは思わず深い溜息をついてから、改めてシャカに問いかけた。

「でもデスマスクの服じゃ、お前にはサイズが合わなかったんじゃないの? 上はともかく下がブカブカだったりしなかったか?」

デスマスクの服がシャカに合うわけがないのは一目瞭然。聞くまでもないことではあったが一応聞いてみると案の定だったようで、首を縦に振ったシャカにミロは目を丸くして問いを重ねた。

「えっ? じゃそのブカブカ穿いてったのか? ずり落ちたりとかしなかったのかよ!?」

「大丈夫だ。落ちないようベルトで締め上げられたからな」

だから向こうに着くなり真っ先に服を買いに連れて行かれたとやや不満げな口調で答えたシャカに、ミロは「あ、そう……」と応じつつ、何とも言えぬ複雑な表情で改めてシャカの着ている彼曰くの『普通の服』をマジマジと見てから再び口を開いた。

「とりあえず経緯は理解したが、それじゃ何か? その服はデスマスクが選んでくれた服なのか?」

いや、とシャカは今度は首を左右に振り、

「下はサイズがどうのこうのと言ってデスマスクが選んでこれを持って来てくれたが、上は好きなのを自分で選べと言われた」

「それじゃそのシャツはお前が自分で選んだってこと!?」

思わずミロが声を張り上げると、シャカはそのミロの様子を不思議そうに見ながら「そうだが……」と短く答えてから小首を傾げた。

「お前、ちゃんと目を開けて見てそれを選んだのかよ?」

「当たり前だ。いくら私とて視覚を断ったまま服は選べぬ」

ミロの質問の意図がまるでわかっていないシャカは、不快感を露に眉間を寄せる。

「……何でそれ選んだの?」

しばし絶句してからミロが更に問うとシャカは、

「そう頻繁に着るものでもないから一番目を引いた物を選んだだけだ」

そりゃこれだけド派手なんだから目は引くよな、つまりは面倒臭かったから適当に一番最初に目に付いた物をこれでいいやと選んだだけってことか。まぁこいつがコーディネイト云々考えて服を選ぶわけがそもそもないし、シャカらしいと言えばシャカらしいと言えるけど――と納得はできたものの、それにより一層強い脱力感を覚えずにはいられないミロだった。

『ていうかデスマスクも止めろよな……』

デスマスクの私服センスを見る限り、このトップスを積極的に勧めるとは考えづらい。恐らくだが、デスマスクもシャカがこれを選んだ時に『えっ!?』とは思ったのだろう。だが自分が着るわけではないことから、単純に面白がってそのままにしたに違いない。
自分が服を買えって言って連れてったんだから最後まで面倒見てやれよ、無責任なことすんなよな……とミロは深い溜息をついた。
デスマスクが昨日いつもの時代に取り残されたような私服姿のシャカを連れて歩くのは嫌だと言っていたことや、合わせてアフロディーテやムウやカミュの私服のセンスを小馬鹿にしていたことなど当然知らないミロは、よくこんなコーディネイトも何もない、ぶっちゃけセンスの悪いクッソ派手なだけの服着たこいつを連れて街中を歩いたよなと呆れるしかなかったが、デスマスク的には時代遅れの民族服よりもコーディネイトもへったくれもない派手でセンスの悪い現代服の方が遥かにマシという価値観だったようである。

「それで?」

「ん?」

「街へ連れて行ってくれるのか? くれぬのか?」

シャカにとっては服のことなどどうでも良く、問題はミロが自分を街に連れて行ってくれるのかどうか、聞きたいのはそれだけなのである。
ホンット人にモノを頼む態度じゃないよな――とは思ったものの、このシャカに平身低頭頼み事をしろというのは無理難題に近いし、万が一にも実行されたらされたで気持ちが悪い。

「連れてってはやるよ、オレはお前にアスガルドで助けてもらった借りもあるしな。ただその前に……」

ちょっと待ってろ、と言い置いてミロは私室の奥へと消えて行った。
シャカが言われた通りリビングで大人しく待っていると、数分ほどしてミロが服を片手に戻って来た。

「ほら」

ミロが手にしていた服をシャカに手渡すと、シャカは思いっきり不思議そうに瞑ったままの瞳をミロに向ける。
「何だこれは?」というシャカの無言の問いかけに、ミロは小さな溜息を一つついてから口を開いた。

「下はとりあえずそのままでいいから、上だけそれに着替えろ」

シャカに渡したシンプルな白一色のシャツを指差しながらミロが言った。

「着替える? どうしてだね?」

デスマスクに言われて買ったばかりの『一般社会に出る時用の普通の服』をちゃんと着て来たというのに、何故また着替えねばならぬのか? とシャカはその不満を率直に口にした。

「そのシャツな、派手過ぎて悪目立ちするんだよ。通りすがりに他人からジロジロ見られるのは嫌だろ?」

センスが論外すぎて人目を引くからヤメろ一緒に歩きたくない――とはさすがに言えなかったので(言ってもわからないだろうしという諦めもあり)、ミロは適当かつ無難な理由をこじつけてシャカに言ったが、元よりそう言うことに疎いシャカはそう言うものなのかと何の疑いもなくその返答に納得し、素直に渡された服に着替えたのだった。

「大分マシにはなったけど……」

着替え終えたシャカの全身にザッと視線を走らせたミロは諦めの溜息混じりにそう独り言を呟いてから、一転して子供に言い聞かせるような口調でシャカに言った。

「どうせアテネに買い物に出るんだから、ついでにもう一組普通の服買っておこうな。出来れば買ってすぐそれに着替えろ」

「何故?」

「その方がいいから。今度はオレがちゃんと見立ててやるよ」

ミロは簡潔にそう言っただけで詳しいことは何も言ってはくれなかったが、別に拘りがないというより何もわからないシャカは、ミロがその方がいいと言うならそうした方がいいのだろうとあっさり頷いたのだった。

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