支える者、見守る者

この日、アイオリアは十数年ぶりに兄アイオロスと派手な喧嘩をし、非常に機嫌を悪くした状態で十二宮の階段を下っていた。

兄という生き物が俺様で理不尽の塊であることは重々承知しているし、その兄に真っ向勝負を挑んだところでどうやっても敵わないことも頭ではわかってはいたのだが、わかっていても抗わずにはいられないこともあるわけで――。

だがその結果は案の定というか予想通りというか、強引にアイオロスに捩じ伏せられる形での敗北となり、アイオリアは悔し紛れに負け惜しみのセリフを吐き捨てて人馬宮を飛び出してきたのであった。

27歳で生き返ってはいるものの兄の人生経験は実質15年に満たず、反対に自分にはきっちり20年強の人生経験がある。

そういう意味では自分の方が『年長者』であるはずなのに、やはりどうあってもどんなことをしても兄に敵わないこと、わけのわからないうちに言い負かされていることに、アイオリアは無性に腹が立って仕方がなかった。

自宮である獅子宮に帰り着いたアイオリアは、だが私室には戻ることなく通路を通り抜け、怒髪天を衝く勢いのまま巨蟹宮側の出入口の階段にドカッと腰を下ろした。

あまりに腹が立ちすぎると、自棄酒を煽る気にもなれないものである。憤然としたまま、眼下に広がる十二宮の風景を見つめ、ただひたすら怒りが鎮まり気持ちが落ち着くのを待つことしか今のアイオリアにはできなかった。

――それからどれくらいの時間が経過したか?。

正確にはわからないが数分か数十分かが経った頃、隣にふと誰かが来た気配を感じてアイオリアは顔を上げた。

「シャカ……」

そこに立っていたのは隣宮である処女宮の主、そして恋人でもあるシャカであった。

アイオリアと目が合ったシャカは小さな頷きを返し、無言のままアイオリアの隣に腰を下ろした。

「どうしてここへ?」

アイオリアは決まりが悪そうにシャカから視線を外して地面に落とし、彼にここにやってきた理由を短く尋ねた。

「先ほどお前が処女宮を通り抜けた時、小宇宙が酷く乱れているのを感じた」

だから心配になって来た……とはシャカは言わなかった。

「アイオロスと喧嘩でもしたのか?」

「…………うん」

消え入りそうな声で短く答え、アイオリアは再び口を噤む。

シャカは「そうか……」とだけ応じ、それ以上は何も言わず何も聞かず、アイオリアに身を寄せることもなく、ただ黙って彼の隣に座り眼下に広がる景色を見つめていた。


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