聖域で生活する以上、教皇の命令は絶対である。

昔の自分であれば構わず放置したであろうが、今は一応黄金聖闘士としての地位を戴いている身分である以上、その教皇の命に逆らうわけにもいかず、カノンは超渋々アイオロスの説得に乗りだした。

自分とミロの喧嘩の仲裁は何度もしてもらっているくせに(カノンに言わせると、サガやアイオロスが『勝手に』仲裁しているだけなので、ありがたくも何ともないのだが)、サガとアイオロスの喧嘩の仲裁に入るのは、カノン的にはまっぴらごめんなのであったのだ。

だがこうなってしまった以上は致し方なく、カノンは人馬宮に向かって鉛のように重い足取りで階段を上っていた。

アイオロスが仕事を終えて帰ったら連絡をくれと、カノンは今日の宿直番であるアフロディーテに頼んでおいたのだが、そのアフロディーテから連絡があったのが20分ほど前。今の時刻は、そろそろ夜の十時になろうとしていた。超過勤手当よこせだの何だのとカノンはブツブツ文句を言っていたが、そうこうしているうちに人馬宮へ辿り着いてしまっていた。カノンは私室の玄関の前に立ち、重苦しく深い溜息をついてから、意を決してその扉をノックした。こうなったらもう、さっさとこの面倒臭くて鬱陶しい仕事を片付けるに限る。

数回ノックしたところで扉が内側からゆっくりと開き、アイオロスがしけた顔を覗かせた。だがそれはカノンの顔を見た瞬間に一変し、アイオロスは驚いたように目を大きく見開き、そのまま表情と体を硬直させた。

「………カノン……どうしたんだ? こんな時間に……天蠍宮なら1コ下だぞ」

数秒の後、アイオロスは瞬時に固まってしまった表情を何とか解して、努めて平静を装いながらカノンに言った。普段であればカノンが1人で人馬宮を訪れるなど、とても考えられないことだ。それだけに、カノンが人馬宮と天蠍宮とを間違えていのではないかとアイオロスが疑ってしまったのも、ある意味無理もないことと言えるかも知れなかった。

「バカかお前は。天蠍宮と人馬宮を間違えるほど、オレはマヌケじゃねえんだよ。お前に用があるんだ、ちょっと中に入れろ」

自分に用がある、と言われてアイオロスは目を丸くしたが、すぐにその用件とやらが何なのかの察しはついた(と言うよりも、思い当たることは1つしかない)。気は進まなかったが拒むわけにもいかないので、アイオロスは頷いて扉を広く開け、カノンを私室の中に入れた。

「座っててくれ。今、コーヒー淹れるよ。あ、それとも酒の方がいいか?」

リビングに通してカノンに座を勧めると、アイオロスはそのままキッチンへ向かおうとした。

「いらん。オレは別にお前と茶飲み話をしに来たわけでも、酒を酌み交わしに来たわけでもないんだからな」

可愛げのない物言いでそれを断りながら、カノンは自分の正面のソファの方へ顎をしゃくった。そこに座れと言う意味である。アイオロスは小さく吐息してから、言われるままにソファに腰掛けた。

「長話もする気はないから、単刀直入に言うぞ。アイオロス、サガを迎えに行け!」

アイオロスが腰を下ろすなり、カノンは本当に単刀直入に本題を切りだした。はぁ?と素っ頓狂な声をあげながら、アイオロスは片眉をつりあげた。

「何だよ、お前は出し抜けに……」

「出し抜けじゃねーよ。だからハナから単刀直入にっつってるじゃねーか」

カノンはアイオロスの上げ足を取ってそう切り返すと、アイオロスは見事に返す言葉に詰まって黙り込んだ。

「………サガを迎えに行けって、どういうことだよ?」

何か効果的な皮肉か嫌みを言って返せないものかとアイオロスは模索したが、結局それは無駄に数秒の時間を浪費するだけに終わった。元々、皮肉や屁理屈でアイオロスがカノンに勝てるわけもないのだ。

「言葉の通りだ、アホ」

いちいちバカだのアホだの言いたい放題のカノンに、アイオロスは不愉快そうに眉間を寄せた。相変わらず口は悪いは態度はでかいわ可愛くないわ……この弟、本当にあのサガと双子なのか?と、毎度のことながら疑いたくなるアイオロスであった。最も、容姿は寸分違わずサガと同じなので、嫌でもそれを事実として認めなくてはいけないのだが……。

「お前が兄貴とケンカなんかするから、兄貴がキレて家出したんだろうが。責任取って迎えに行ってこい!」

カノンの言葉に、アイオロスはますます不愉快そうに顔を歪める。

「あの頑固者の意地っ張り、絶対自分からなんか折れてきやしないぜ。お前が迎えに行かなきゃ、いつまで経っても帰ってこないかも知んねーぞ」

そんなアイオロスの様子にはお構いなしに、カノンは話を続けた。

「別に……帰ってきたくなければ、帰ってこなくてもいいさ……」

しばしの沈黙の後、不機嫌丸出しでアイオロスが言った。そうは言ってもただ単に強がっているだけと言うのが、口調にも表情にもはっきりくっきり表れていたが、無論アイオロス本人はそのことには気付いていなかった。やれやれ、とカノンが溜息をつく。ここに来るまではシオンの言っていることが大袈裟なんだと思っていたが、実際意固地になってるアイオロスを目の前にしてみて、ほんの少しだけシオンの苦労がわかったような気のするカノンであった。

「お前もサガに張り合って意固地になってんじゃねーよ。ったく、下らねえことでケンカした揚げ句、家出騒ぎじゃこっちはいい迷惑なんだ。とっととサガ迎えに行って、頭下げて連れ戻してこい!」

「なっ、何で私が頭を下げなきゃいけないんだ! 言っておくが、私が一方的に悪いわけではないぞ! それにろくにワケも知らないお前に、下らないケンカだなんて言われる覚えもない!」

カノンの物言いに瞬く間にカッとなったアイオロスが、その勢いに任せて語気を荒げた。

「ワケなんか先刻承知済みだ。全部知ってるよ、どあほう!」

誰が現場を見てたと思ってんだ、と言ってやりたいカノンであったが、そこまでは言わなかった。いくら鈍感なアイオロスでも、それくらいのことは言わずともわかるだろう。

「ミロから聞いたのか?」

案の定、アイオロスもすぐに見当がついたようだった。と言うより、それ以外にありえないのだから、わからない方がおかしいのだが。カノンはウンともスンとも言わず、頷きもしなかったが、アイオロスはカノンのそのノーリアクションを肯定と受け取った。

「ったく、誰にも言うなっつったのに、あのおしゃべり……」

アイオロスはそう呟きつつ舌打ちしたが、それを聞いてカノンは更に呆れる一方であった。ミロと自分、そしてミロとサガの関係を考えれば、ミロが黙っていられるはずもないことくらい容易に想像がつくはずで、むしろミロがバカ正直に黙っててくれると無条件で信じていられることの方がよっぽど不思議である。

「あのなぁ、あいつがオレにそんなこと隠してられるわけねーだろ! っとに、お前の頭っておめでたくできてんのな」

カノンに言われ、アイオロスはぶすっと口を尖らせた。

「言っとくけどな、別にオレだってお前だけが悪いだなんて思っちゃいねえし、んなこと言うつもりもねえよ。ただとことんバカだとは思ったけどな」

「……黙って聞いてれば、さっきからバカだのアホだの……お前にそこまで言われる筋合いないぞ! 大体、私のどこがバカだと言うんだ!?」

いい加減頭に来てアイオロスは一気に捲し立てるようにしてカノンに怒鳴ったが、カノンはその声の大きさに僅かに眉を顰めはしたものの、アイオロスの反論自体は蚊に刺された程度にも思わないらしく、涼しい顔を崩してはいなかった。

「何から何まで全部バカ! お前さ、サガと一体何年付き合ってんの?」

唐突にそんなことを聞き返され、アイオロスは思わず頭の中でサガとの出会いから今までの年数をざっくりと数えた。

「……出会ったときから数えれば……10年以上……」

出会ってから現在までを単純に計算すれば20年以上だが、間に13年のブランクがあるので、実年数は10数年と言ったところである。

「それだけの年数付き合ってて、サガの性格を理解してないあたりがバカだっつんだよ! あの生真面目が服着て歩いてるような堅物に、真正面からあんなこと言って素直に聞き入れるわきゃねーだろう。そんなこともわかんなかったのか? ボケ!」

バカ、アホ、どあほうの次は、ボケかよ……と、アイオロスは心の中で溜息をついた。

「わかってたよ! わかってたさ!……けど……」

確かにサガの性格はカノンの言う通りで、それくらいのことはアイオロスにもわかっていた。わかってはいたのだが、あまりにもサガが強情を張るものだから、ついアイオロスも頭に来てムキになってしまったのだ。その結果が、今日のこの状況である。

アイオロス自身、あの時はさすがに感情的になりすぎたと思わないでもなかったし、もう少し他に言い様があったかも知れなかったとも思ってはいた。そしてその思いは実のところ、日が経つに連れてどんどんと強くなっていたのだが、同時に自分は悪くない、サガが強情を張るから悪いんだと言う思いも強くなり、相反するその2つの気持ちがアイオロスをどんどん意固地にさせていたのだった。

アイオロスの言動は全てサガを思うが故のこと、そしてサガの言動もアイオロスを思うが故のことであったのだが、不器用な2人は上手くそれを表すことが出来なかった上に、素直に相手の気持ちを受け入れることも出来ず、それが真正面からぶつかり合った結果がこの大喧嘩なのである。事の最初からカノンにはそれがわかっていたし、サガにしてもアイオロスにしても恐らくそれくらいはわかっているはずなのだが、さすがにここまで来てしまうとお互いのプライドの問題もあり、素直にそれを認められないのであろう。そうでなければ、あんな些細なことがここまでこじれるはずがないのである。

シオンに向かって明言したように、多分、放っておいてもあと数日もすれば、サガは聖域に帰ってくるには帰ってくるだろう。だが帰ってきたからと言っても、それが即、アイオロスとの仲直りに繋がるわけではない。結局のところアイオロスかサガ、どちらか一方が折れて1歩でも歩み寄る姿勢を見せない限り、収まりがつかないことなのだ。

「わかってたんなら、何でサガを怒らせたかねぇ? ったく、引くってことを知らねえのかよ、お前は」

「引くことを知らないのは、サガだって同じだろう!」

「だからオレが言いたいのは、サガが絶対に引かない性格だってわかってるくせに、何でお前まで引かずに押しまくっちゃったんだってことなんだよ! 互いに引かねえで押しあってりゃ、こうなることくらい目に見えてんだろうがよ」

痛いところをカノンに突かれ、アイオロスは返答に窮した。

「まぁ、それはもう過ぎちまったことだから、今更ここでガタガタ言っててもしょーがねえ。とにかくアイオロス、お前がサガを迎えに行って来りゃそれで万事解決なんだ。いつまでも意地張ってねーで行ってこい」

「嫌だ! 私にだって張り続けたい意地くらいある!」

子供のように拗ねた口調で言って、アイオロスはプイッと顔を背けた。サガよりは単純であることに間違いはないのだが、それでも思っていた以上に頑固なアイオロスに、思わずカノンも切れそうになった。だがここで切れては元も子もないので、カノンはグッとそれを押さえる。

「っとにガキじゃあるまいし、下らないことに固執してんじゃねえ! 喧嘩の原因も大人げなけりゃ、その後の態度も大人げないな、お前等は」

これはアイオロスに限ったことではなく、サガも同じである。2人揃って等しく大人げないとしか、言い様がなかった。

「大人げないぃ〜!? 年中ミロと大人げない喧嘩をしているお前にだけは、そのセリフ言われたくないぞ!」

アイオロスは背けていた顔を再びカノンに向けると、顔を真っ赤にしてそう怒鳴った。確かに大人げないと言われれば大人げないかも知れないし、そのことは充分自覚もしているが、他の人間、しかも自分達以上に大人げない理由でしょっちゅう恋人のミロと大喧嘩をしているカノンにだけは言われたくない一言であった。

「しょーがねえだろう。こっちは相手(ミロ)がまだ子供みてーなもんなんだから」

だがカノンは、事もなげにしれっとそう言ってのけた。カノンがあまりにサラリと言うので、アイオロスは何て言って返していいものやらと、またも言葉を詰まらせることになった。因みに、単にカノンは自分のことを完全に棚に上げて全面的にミロのせいにしているだけなのだが、そんなカノンのご都合主義にアイオロスは気付いていなかった。

「ついでに言うなら、これがミロだったらあと3日早く迎えに行ってただろうけどな」

右手の指を3本立てて、カノンは意地悪くニヤッと笑った。

「……あいつは堪え性がないだけだ……」

負け惜しみめいたことを言って、アイオロスは仏頂面を浮かべる。内心ではミロのその素直さを羨んでもいるくせに、それを隠そうとしているのが見え見えで、カノンは吹き出してしまいそうになった。

「無意味に意地張ってるより、堪え性ないくらいの方がよっぽどマシだと思うけど」

笑いを堪えてそう言いつつ、カノンはやや大袈裟に肩を竦めた。

「ふん」

アイオロスは面白くなさそうに呟いて、どっかとその身をソファの背凭れに埋めた。

「5日も喧嘩してりゃ、もういい加減気も済んだだろ? さっさと迎えに行けよ。でないとホンットにサガの奴、ここに帰ってこないかも知んねーぞ」

「……さっきも言っただろ、別に帰ってきたくなきゃ帰ってこなくたっていい。好きにさせとけばいいんだ」

はっきり言って、これは心にもないことである。サガが聖域へ帰ってこないなんて事はないとずっと信じていたからこそ、ある意味ここまで意地を張り通して来られたアイオロスだったが、実の弟であるカノンの言葉には何とも言えぬ真実味というか重みがあり、カノンと話をしているうちに徐々にその自信が揺らいできていたのは事実だった。でもやはりここまで来たら引っ込みがつかず、そう簡単に腰を上げる気にはなれないのだ。

「はぁ〜……案外お前も強情なんだな。成程、これじゃサガと大喧嘩にもなるわけだぜ」

呆れつつも変に感心したような口調で言って、カノンは苦笑いをアイオロスに向けた。

「でもさ、慣れないことはしない方がいいと思うぜ、アイオロス。バカみたいに意地張って強がってみたところで、無駄な努力ってもんだ。ホントはすぐにでもサガに会いたくて会いたくて仕方ないくせに」

「なっ!……そっ、そんなことあるわけないだろ!? 憶測で物を言うな! 大体、あいつが勝手に飛び出してったんだぞ! それなのに、何でオレが頭下げて迎えに行かなきゃいけないんだよ!?」

ものの見事にカノンに図星を突かれたアイオロスは、弾かれたようにソファから立ち上がり、憤然と怒鳴り声をあげた。

「憶測でなんか物言ってねーよ。オレは事実を言ってるだけ」

「どこが事実だ!? 本人が違うって言ってるんだぞ!?」

「この場合、その本人の言ってることってのが一番アテになんねーんだよ」

ピシャリと言ってアイオロスを鼻白ませてから、カノンは続けた。

「お前、さっき玄関の戸を開けたとき、一瞬オレをサガと間違えただろ」

「!」

アイオロスの顔に、明らかな動揺の色が浮かんだ。本当に単純な男だなと、カノンは半ば呆れ半ば感心しつつ、唇の端を僅かに歪めた。

「……なっ、何言ってるんだよ? 間違えてなんかいないさ……」

その動揺丸出しのまま、アイオロスがそれでも懸命に平静を保とうとしながら、カノンに言った。最も、こんな苦し紛れの言い訳など、カノンでなくとも誰も信じやしないだろうが。

「バカ正直の単純野郎が、無理して下手な嘘つこうとすんじゃねーよ。その程度じゃ、幼稚園児だって騙せるもんか」

殊更大きく溜息をついて見せて、カノンは鬱陶しげに自分の前髪を掻き上げた。

「オレの顔見た瞬間のお前の様子で、そんなことくらい一発でわかったさ。わかりやすいんだ、お前は」

「あ、れは……お前が人馬宮に来るなんて思ってもみなかったから、ちょっとビックリしただけで……」

「だから、下手な言い訳やめろっての。目でわかるんだよ、目で!」

「……目?」

「そう。さっきオレの顔見た瞬間のお前の目な、いつもお前がサガに対して向けてる目と同じだったんだよ。それくらいオレがわかんねーとでも思ってんのかよ、ドアホ!」

それは恐らく時間にして0コンマ何秒程度の短いものだった。だがカノンはそれを見逃すことなく、しっかりとそれを捉えていた。確かにあの瞬間、アイオロスはカノンのことをサガと見間違えていたのである。

「ったく、今までオレとサガが同じ格好してたって、1度たりとも見間違えたことなんかなかったくせに。バカみたいに意地張って見せたところで、どうせお前の頭ん中はサガのことで一杯なんだろ? 四六時中サガのことばっか考えてっから、そう言う間抜けなことしでかす羽目になるんだ」

どうやら観念したらしく、黙りこくっているアイオロスに、止めとばかりにカノンは言い放った。

「自分のアホさ加減を自覚したなら……さっさと迎えに行ってこい。このタイミングを逃したら、後で後悔するのは多分、お前だぞ」

言葉は乱暴だが、そのカノンの口調はいつになく優しいものだった。

「でも……肝心のサガの居場所がわからないし……」

ここまで強硬な態度を取っていたアイオロスだったが、実のところこっそりと小宇宙を飛ばしてサガの居所は探っていたのである。迎えに行く、行かないは別としても、居場所だけでもわかっていれば安心できると思っていたからだが、どんなに自分の小宇宙を高めてみてもサガの小宇宙は一向に感知できず、アイオロスは内心で苛立ちを募らせていたのだった。

「サガなら日本のペガサスのところだ」

うな垂れるアイオロスに、カノンは溜息をつきながら、サガの居場所を教えた。

「えっ!?」

アイオロスが弾かれたようにカノンの方へ顔を上げた。

「星矢……の?」

「ああ」

即答して、カノンが頷く。

「だ……って、城戸邸にサガの小宇宙は……」

アイオロスは真っ先に日本の城戸邸を探していたのだが、そこではサガの小宇宙は感知できなかった。

「バ〜カ、だから城戸邸じゃねえよ。ペガサスんちだ、ペガサスんち」

「星矢のウチ?」

「そう。あいつは城戸邸に住んでんじゃねえんだ、近くに部屋借りてんだよ。お前、知らなかったのかよ? とにかく、サガはそこにいる。ホラ、これが住所だ」

カノンはジーンズのポケットから一枚の紙片を出し、ポイッとアイオロスの方へ放った。それを受け取って、アイオロスは紙片に目を落とす。そこには星矢の家の住所が、日本語で書かれていた。

「お前……知ってたのか? サガの居場所」

別にカノンがサガの居場所を知ってたからと言っておかしいことはないし、もちろんそれを責める気など毛頭ないが、アイオロスは純粋な疑問としてそれをカノンに聞き返した。

「知らなかったよ、さっきまで。っつーか、わざわざ探そうとも思ってなかったし……。けど状況が変わったんでな、まぁ、仕方なくっつーか、何つーか……」

曖昧なことをごちゃごちゃと言いながら、カノンは憮然と腕を組んだ。

「どうせお前等じゃ見つけらんねーだろうとは思ってたけど……案の定だったな」

そもそも一般人の家出とはワケが違う。その気になれば、世界中どこにいても小宇宙を感知して探し出されてしまうのだ。そんなことがわからないほど、サガは間抜けではない。ブチギレた末の家出ではあっても、その辺りの判断力が失われていよう筈もなく、サガは容易に見つからないよう小宇宙を完璧に断ち、気配を完全に殺していたのだ。そんな状態では、いかにアイオロスと言えどサガを見つけられるわけもない。いや、アイオロスに限らず、シオンにですら無理であろう。そもそもシオン自身がサガの居場所を感知できていれば、何とかしろとカノンのところに乗り込んでくるはずもないのだから。

「それにしてもお前、よく見つけられたな……これが双子マジックってやつなのか?」

心底感心したように言うアイオロスに、カノンはまぁな、とだけいい加減に答えておいた。確かにこの状況下でサガを正確に探し出せるのは、この世で唯1人、カノンしか居ないだろう。その点だけはカノンも自負していたが、同時にそこまで感心されるほどのことでもないとも思っていた。大体、サガの思考パターンと行動範囲とを照らし合わせてみれば、出てくる答えなど自ずと決まってくるのだ。ちょっと冷静になって考えてみればアイオロスにだってすぐにわかったはずなのだが、サガと喧嘩をして以来その冷静さを欠きっぱなしのアイオロスにそれを求めても無理な話であることはカノンにもよくわかっていた。だから仕方がなく、自分が探してやったのである。

「んなこたいいから、さっさと行きやがれ! いいな、オレがわざわざ骨折ってやったんだ。それを無駄にしたら、タダじゃおかねーからな。ぜってーサガを連れて帰ってこい!」

でかい態度で命令口調でアイオロスに言うと、カノンはソファから立ち上がり、苦笑混じりの笑みをアイオロスに向けた。

「カノン……」

「お前にはこれで貸し1つだ。覚えとけよ。じゃあな」

そう一方的に言い置いて、カノンはリビングを出ていった。

「……日本……か……」

玄関の扉の開閉する音を遠くに聞きながら、アイオロスはカノンからもらった紙片を呆然と見つめ、ボソリと独り言を呟いた。


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