教皇宮資料室を早々に後にしたオレ達は、ひまわりの種を植えるべくすぐさま天蠍宮へと戻った。あ〜、もう面倒くせぇなぁ……何でオレまで花の栽培手伝わなきゃいけないわけぇ?
「で? どこに植えるんだよ?」 所々雑草の生い茂る天蠍宮の裏庭に立ち、オレは改めてミロに尋ねた。年に1〜2回、ミロ付の雑兵に大掃除をしてもらう以外は放っぽりっぱなしの天蠍宮裏庭は、お世辞にも手入れが行き届いてる状態とは言えなかった。 「日当たりのいいとこに植えなさいってサガが言ってたから……この辺かな?」 ミロは地面と空を交互に見た後、裏庭の一角を指差した。そこにもやはり、元気に雑草が生い茂っている。 「おい、ここも結構雑草が生えてんぞ。こんなとこに植えて平気か?」 「大丈夫だろ? 同じ草なんだし……」 う〜ん、一理あるような、ないような……。 と、その時 「待ちたまえ!」 背後から声をかけられ、オレとミロは硬直したようにピタリと動きを止めた。さして大きくはないが高圧的なこの声は……。何か、スッゲーやな予感がすんですけど……。 「……シャカ……」 恐る恐る振り向くと、そこにはやはり真っ赤な袈裟を纏ったシャカが立っていた。振り向いたオレ達と目が合うと(ってシャカは目ぇ瞑ってんだけど)、シャカは思いっきり呆れたように溜息をついて、頭を左右に小さく振った。 ってか、何でてめーがここに居るんだ!? シャカ! 「どうしたんだよ? 何か用か?」 ミロもオレと同じように嫌そうな顔をしながら、シャカに尋ねた。 「用がなければ、わざわざ天蠍宮にまで上がってくるわけなどないだろう」 シャカは相変わらず高飛車な物言いで、ミロの問いに答えた。 「だから何の用事だって聞いてんだよ」 それには慣れててもやはりムッと来るらしく、ミロは仏頂面こいて更にシャカに聞き返した。 「君達がひまわりの花を植えるらしいので、面倒を見てやって欲しいとサガに頼まれたのだ。君達だけではやはり心配だと言うのでね」 うわちゃぁ〜……んなこったろうとは思ったけど、サガ、余計なお節介を。これじゃオレ達がワザとシャカを避けた意味がなくなるじゃねえかよ! オレ達の努力、全部パーじゃん……。オレが思わず頭を抱えた横で、ミロもげんなりとした顔をしていた。今だけはお前の気持ち、痛いほどわかるぞ、ミロ。ごめんな、うちのボケ兄貴が余計なことして……。 「だからわざわざ上がってきてやったのだ。感謝しろ」 ああ? 感謝しろだぁ!? 別にオレ達ゃ頼んでねえよ! まさか地面に額こすりつけて、感謝しながら拝め!とか言い出すんじゃねえだろうな? こいつ。 「全く、サガが心配していた通りだな。雑草の始末もせずにこんな荒れ果てた土に花の種を蒔くなど、言語道断ではないか」 シャカはオレとミロの間にずかずかと割って入ると、青々と生い茂る地面の雑草を見ながら、嘆かわしいと言わんばかりの口調でそう言った。 「植物とて生き物なのだ。深い愛情を持って、大切に丹精を込めて育てなければならんのだぞ。そのことを理解しているのかね?」 してません。ってーか、大袈裟だっつの! 「じゃ、どうしろっつの?」 殆ど投げやりなミロが、面倒臭そうにシャカに聞いた。サガから頼まれたと言われたら、ミロもシャカを無下にするわけにはいかないらしい。 「まずは雑草を抜いて、土を整えるのだ!」 シャカは地面を指差しながら、高らかに言った。いや、言ったというよりも、命じた。 「雑草抜く……って、オレがやんのかよ!?」 ミロが驚いて声を張り上げると、 「当然だ。ここは君の宮だろう。無造作に放置しておいた責任は全て君にあるのだ。さぁ、早くやりたまえ」 それを言われると、さすがにミロも返す言葉がなかったらしい。シャカはミロの文句を一言の元に封じると、ほらほらとばかりにしつこく雑草を指差して、ミロにプレッシャーをかけた。 「……だからヤだったんだよぉ〜……」 ミロはそう嘆きつつ、シャカに言われるがまま渋々と雑草むしりを始めた。シャカに頼めばこうなることは規定の未来だったもんな。だから避けて通ってたのに……気の毒だ、さすがに。 「カノン、あなたは何をしているのだ?」 はっ? 何してるって……ミロの草むしりを見てるんですけど? 「あなたも早く手伝いたまえ」 はいぃ〜〜〜!? 手伝えって、手伝えってオレに草むしりしろってのか!? 冗談じゃねえぞ!! 「ここはあなたの別宅だろう。手伝うのは自然の摂理だと思うが?」 などど、いけしゃあしゃあと言いやがった。 「じゃ、お前も偉そうに見てないで手伝えよ」 いい加減ムカついたのでオレがシャカに手伝いを強要すると、シャカはぷいっと顔を背けて 「私はサガに、君達の面倒を見てくれとは頼まれたが、手伝ってくれとは頼まれてはいない」 なんて屁理屈を抜かしやがった。面倒見てくれ=手伝ってやれってことじゃねえのかよ!? 偉そうに命令されるだけだったら、面倒なんか見てくれんでいいわい!! と、オレが言おうとしたら、オレの表情でそれを読み取ったらしいシャカが、それを制するように先に口を開いた。 「カノン、君は自分の兄の好意を無にするつもりかい? サガはね、何っっにも出来ない君とミロを心配して、仕事で忙しい最中を縫って私にテレパシーで君達のことを頼んでこられたのだよ。この優しい兄の思いやりを、君は何と心得るのだ?」 だから頼んでね〜っての! いらんお世話だ、ありがた迷惑!!……なんだけど、それを言われると……サガを盾に取られると……くっそぅ〜、汚ねえ奴! てなワケで物の見事に気勢を削がれたオレは、すっかり言い返す気力を失って、結局ミロとともに諦めて草むしりをする羽目になってしまった。 兄貴のバカ〜、お節介〜、大ボケぇ〜!! 心の中で兄貴に向かって呪詛を唱えながら、オレはブチブチと雑草をむしった。
すっかりきれいになった天蠍宮の裏庭を見渡しながら、相変わらず偉そうにシャカはオレ達に言った。 結局雑草をむしって、土を掘って均して、ひまわりの種を無事に植えることが出来たのは、3時間後だった。 「で? 後はどうすればいいわけ?」 服も手も顔も土塗れになったミロが、ぶっす〜っとした顔でシャカに尋ねた。因みに、オレの服も手も顔も土塗れ……あ〜あ、せっかくの美形が台無しじゃん。 「あとは毎日きちんと水をやっていれば、ひまわりはスクスクと育つ。くれぐれも水やりを忘れないように……」 何だ、植えるのに苦労した割には、育てるのは本当に簡単なんだな。苦労したのはミロがちゃんと裏庭の手入れしてなかったせいなんだけどよ。 「それから……」 ん? やっぱまだ何かあんのか? 「心を込めて、慈しんで育てることだ。そうすれば必ず、植物もそれに応えてくれるであろう」 最後に付け加えられた言葉に、オレとミロは思わず目を点にした。心を込めて……慈しんで……シャカの口からそんな台詞を聞くと、何か背中が寒いんですけど。そう言えばさっきも似合わねえ台詞吐いてたなぁ、深い愛情だとか、丹精込めてだとか……。 「いくら君達でもここまでお膳立てしてあげれば大丈夫だとは思うが、何かわからないことがあったら遠慮なく聞きに来たまえ」 何がお膳立てだ、偉そうに踏ん反り返ってるだけだったクセに。しかも最後まで偉そうに……何が遠慮なく聞きに来たまえだよ。 「どうもありがとうございましたっ!」 思いっきり嫌みを込めて、大声でオレとミロはシャカに向かって礼を言い手を合わせたが、シャカには嫌みはまるで通じなかったようで、ふふんと高飛車な笑みを浮かべながら赤い袈裟を翻して意気揚々と処女宮へ帰っていった。ったく、何しに来たんだよ、あいつは!! 「何か……疲れちゃった……」 大きく溜息をついて呟くと、ミロは脱力したようにがっくりとその場に座り込んだ。オレも疲れたよ、シャカが出現してくれたお陰で……。 「腹も減ったぁ〜、風呂入りたい〜〜〜」 ミロは大きく天を仰ぎながら、ブツブツと文句を言い続けた。でもオレも全く同感。腹は減るし体は汚れて気持ち悪いし。 「お前達、無事にひまわりの種は植え終わったのか?」 オレ達がへたり込んでいると、シャカと入れ違いにサガが天蠍宮の裏庭に入ってきた。サガは泥だらけで座り込んでいるオレ達を見て、ビックリしたように目を見開いた。 「な……たかがひまわりの種を植えるだけで、何故そこまで泥だらけになるのだ?」 サガが派遣してくれた、シャカのお陰です……。オレはそう言ってやろうかと思ったが、口を開くのも面倒なほど心身が疲れていたので、恨みがましい視線をサガに向けるだけで終わらせた。 「サガぁ〜、お腹空いたぁ〜」 ミロがサガを見上げながら、お得意の甘えた猫撫で声を出す。これはミロのおねだりである。おいミロ、オレ達がこんな目に遭ったのは、元を正せばサガのせいだって事、忘れてねえか? 「わかった、すぐに何か作るから一緒に双児宮に来なさい」 ミロの猫撫で声に弱いサガは、溜息をつきつつもあっさりとミロのおねだりを聞き入れた。ま、これもいつものこったから、もう何も言わねえけどよ。 「ああ、でもこんな格好のお前達を連れて帰ったら、双児宮までの間にある宮に迷惑をかけてしまうし……」 だがサガはすぐにオレ達が泥まみれであることを思いだしたようで、困ったように眉を寄せた。間にある宮ったって、天秤宮と処女宮と獅子宮と巨蟹宮だろ? 汚れたって構わねえよ! 天秤宮は無人、オレ達が泥まみれになったのはシャカのせい、獅子宮はどうせいつもアイオリアがトレーニングで泥だらけになってるし、巨蟹宮は人面疽オブジェ満載で既に辛気臭くて黴臭い。このうえ泥がちょっと加わるくらい、どってことねえよ! 「まずは天蠍宮で風呂に入れてから、双児宮に連れ帰るか……」 対処法を模索して、1人であれこれ言ってるサガの言葉を聞きつけたミロが一言 「ウチ、風呂沸いてねえよ」 と、言い放った。そりゃそうだろうな、オレ達だってまさかこんなことになるなんて思ってなかったんだから、そんな準備万端整えてるわけねーよ。確かにウチは24時間365日風呂は沸きっぱなしだけど、そっちの方が珍しいくらいだろう。 「仕方がないな、とにかく一緒に来なさい」 そう言いながらオレとミロの手を引っ張って立ち上がらせた。そしてサガは無言で踵を返すと、スタスタと先を歩き始めた。……結局、双児宮に帰ることにしたのかな?
サガはアイオロスに頭を下げて風呂を借り、オレとミロをそこに放り込むと、更に人馬宮のキッチンを借りて食事の支度を始めた。 オレとミロが風呂から出たころには人馬宮のダイニングのテーブルの上にはサガが作った夕飯が並べられていて、アイオロスがサガと楽しげに話をしていた。 くっそ、これは盲点だった……恋人のアイオロスが隣宮だったんだ。しかもアイオロスの奴は、サガがいつ人馬宮を訪ねてきてくれてもいいように、1年365日24時間風呂を沸かしっぱなしにしてやがるんだった。 オマケに着替えがないからアイオロスの服を借りなきゃいけない羽目にまでなって(ちくしょ〜、腰回りガバガバじゃねえか、このジーンズっ!)、結局夕飯もアイオロスと一緒……。 何だよ、これ? 何なんだよこれぇ〜!? 思いもかけぬ幸運にあやかったアイオロスと、天然能天気野郎のミロは本当に嬉しそうにサガが作った夕飯をパクついてたけど、何かオレ……超面白くない! |
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