「カノン、カ〜ノ〜ン〜!!」

それから5日ほど経った日の早朝。オレは自分の名を連呼するミロの声で、強制的に目を覚まさせられた。

「んだよ、朝っぱらからウッセーなぁ!」

オレがまだきちんと開かない目を擦りながら文句を言うと、ミロは

「いいから、起きて起きて、ホラ早くっ!!」

急かしに急かして、強制的にオレをベッドから起こした。何だよ〜、オレ、昨夜は遅かったんだよ〜、もうちっと寝かせろよ! 

「はい、着替えて!」

ミロはオレの抗議に耳も貸さず、オレの手をグイグイ引っ張ってオレをベッドから無理やり下ろすと、勝手に人のクローゼットを開けてポイポイとシャツとチノパンを放ってよこした。

「何なんだよ、ったくぅ〜。今日はオレの当番の日じゃねぇだろぉ?」

結局オレとミロは、ひまわりを飢えた日から1日交代で水やり当番をやってる。自分家に植えてあんだからミロが1人でやりゃいいのに、何でオレがわざわざ天蠍宮まで上がってって花に水やらなきゃいけないんだよ?。スッゲー疑問なんだけど、あれよあれよと言う間に丸め込まれて、そう言うことになっちまったんだよな。人がいいにも程があるよ、オレ……。

でも今日はオレの当番じゃねえぞ。ミロが当番なんだ! だからこんな朝早くから叩き起こされる覚えはないのに! 

「だから早くしろって! 何だよ? 1人じゃ着替えも出来ないのか?」

まだ半分寝ぼけ状態にあったオレがミロが放ってよこした服を片手にボーッとしてると、ミロはおもむろに手を伸ばしてオレのパジャマのボタンに手をかけた。

「アホかお前は! 着替えくらい1人で出来るわ!!」

オレはミロのその手を叩き落とた。ったく、油断も隙もねえ! 着替えくらい1人で出来るに決まってるだろう、バカ! 

オレはミロを部屋から蹴りだしてから、渋々と着替えを始めた。






オレが着替えを終えて部屋を出るが早いか、ミロはまたオレの手を掴んでダッシュで双児宮を飛び出した。リビングを通ったとき、サガがオレ達に「朝食は?」と聞いてきたのだが、ミロは「後で!」と一言で答え、オレの手を引いたまま脇目も振らずに十二宮の階段を駆け登って行った。

しかも運の悪いことに巨蟹宮でデスマスクに遭遇し、「いよっ!お2人さん、朝っぱらからお熱いね、ヒューヒュー♪」などどオヤジ冷やかしを受け、獅子宮ではアイオリアに遭遇して、これまた「ミロとカノンは本当に仲がいいな(ニッコリ)」などと言われ……しかもミロのやつは通り抜け様にピースとかしてそれに答えてるし(因みに本日の走行速度はマッハ1)、好きで手ぇ繋いで走ってるわけじゃねぇんだよ!! 

処女宮でシャカに出くわさなかったのだけが救いだが、誰かこのバカ何とかしてくれ……。

間もなく天蠍宮に到着すると、ミロは一直線に宮を駆け抜けてオレを裏庭に連れていった。やっぱりひまわり絡みかよ……ったく、何だっつーんだ、一体!! 

「カノン、見てくれ! 芽が出たんだ!!」

ひまわりを植えた辺りに到着したところでミロはやっとオレの手を放し、地面を指差した。へっ? 芽が出た……?。
オレはミロの指差した先に視線を移した。するとそこには緑色の小さな芽がいくつも、土の中から顔を出していた。

「へぇ〜、もう芽が出たんだぁ〜……」

オレは思わずしゃがみ込み、それをじ〜っと見た。

「朝起きて水やりに来たら芽ぇ出してたからさ、ビックリしちゃった。急いでカノンに見せようと思って」

それで人を叩き起こしに来やがったわけか。別にもうちょっと遅い時間でもいいだろうが……。

「意外に小さい芽なんだな」

オレはその中の1つの芽を、つんつんと指先でつついてみた。大体オレの爪くらいの大きさかなぁ?。思ってたよりずっと小さい、超プチじゃん。

「うん。オレもちょっとビックリした。まだ写真しか見てないけど、結構大きめ花だと思ってたから、芽ももっと大きいのが出てくると思ってた。案外、オレ達が思ってるより小さい花なのかもな、これって」

ミロもオレのすぐ隣に座り込んで、オレと同じように指先でつんつんと芽をつついた。

「ほう、そろそろだろうと思って来てみたら、やはり発芽してたのか」

不意に頭の上から降ってきた声に、オレもそして多分ミロも、背筋をヒンヤリとさせた。この俺様で高飛車な物言いは、やっぱり……

「シャカ……」

だよな。

オレとミロは同時に振り向き、今日も真っ赤な袈裟を軽やかに風に靡かせて偉そうに立っているシャカの姿を確認して、溜息をついた。

「こんなところで無事に芽が出るかどうか、心配していたのだが……」

シャカはそう言いながら、またずかずかとオレとミロの間に割って入ってきた。ってかさ、何でお前いつもわざわざオレ達の間に割って入ってくんだよ?。せめーじゃねーか! 

「こんなとこで悪かったな!」

シャカの言葉にムカついたらしいミロが、思いっきり不機嫌そうに顔を歪めた。こんな言い方されりゃ、そりゃミロだって頭にも来るだろうさ。元々短気だしな、こいつ。

「よかった……元気に芽を出して……」

だがシャカはミロの事など目の端にも入れてないのか、ミロの声だけシャットアウトしてるのか、まるっきり素知らぬ顔でシカトすると、出てきたばかりの芽に向かってポソリと小さく呟いた。

その瞬間、オレは我が耳を疑った! な、何だ? その慈愛に満ちあふれたっぽい優しい声は!? 言ったのシャカだよな? 間違いなくシャカだよな!? 

オレが慌ててシャカの顔を見ると、やっぱりオレと同じようにビックリした顔でシャカを見ているミロと目が合った。ってことは、やっぱ幻聴じゃないってことだよな!? 

オレとミロが両サイドから穴が開きそうなほどシャカを見ていると、シャカはスッと芽の上に自分の手をかざした。そしてすぐにそのシャカの手から、白く輝く微光が発せられた。

オレは我が耳に引き続き、我が目を疑った。

その微光は紛れもなくシャカの発した小宇宙……しかもすごく優しくて温かで、正真正銘の慈愛に満ちあふれた小宇宙だったのだ。

シャカが……このシャカがこんな小宇宙を発するなんて、とてもじゃないけど信じられなかった。やっぱりミロもオレとご同様だったらしく、芽に小宇宙を注いでいるシャカを、目をひん剥いて凝視していた。

オレとミロが硬直したままその様子を見ること数十秒。芽に小宇宙を注ぎ終えたらしいシャカは、静かにその手を引くと、ゆっくりと立ち上がった。

「発芽をしたのならもう大丈夫だろう。元気に育ててやってくれ」

そしてシャカはオレ達に珍しく刺のない口調でそう言うと、またバサッと袈裟を翻し、自慢であるらしい絹糸のような金髪を靡かせて、さっさと天蠍宮を去っていった。

オレ達は茫然自失に近い状態でシャカの後ろ姿を見送っていたが、

「あんな優しいシャカ……初めて見た……」

シャカの姿が天蠍宮から完全に消えた後、ミロが力なくボソリと呟いた。今自分の目で見た光景が、ミロには全然信じられないらしかった。
優に15年はシャカと付き合いのあるミロですらこんなにビックリするんだから、オレの驚きはそれ以上だった。確かあいつって、慈悲など持ちあわせていない冷血漢だったんじゃ……な、何でこんなに植物には優しいんだ?。あいつが冷酷なのは、人間に対してだけなのか?(除・フェニックス&アンドロメダ兄弟。&ウチの兄貴)。

「あいつの優しさとか、慈愛とかって……全部植物に向いてるのかな?」

聞くともなしにミロがオレに聞いてくる。いや、それはオレも今考えてたけどよ。

「でももしかしたら、呪いの小宇宙か何かだったりして……」

ミロが疑り深くそんなことを言って、再び芽に視線を落とした。たがシャカの小宇宙を浴びた芽達は、キラキラと光り輝いている(ように見えた)。

ミロだって今のシャカの小宇宙がどんなものか、わからないわけはない。こいつだって一応、黄金聖闘士なんだから。でも常日頃のシャカからはやっぱりど〜〜〜しても想像がつかないらしく、ミロは超常現象でも目の当たりにした後のように、信じられんを連発し続けた。


シャカの小宇宙のお陰かどうかはわからないけど、その後ひまわりの芽は元気にスクスクと育っていった。





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2ヶ月後・教皇宮政務室ー。



「ほう、随分と大きくなったものだの……」

教皇・シオンが、十二宮を一望できる窓から下を見下ろしながら、補佐官であるサガとアイオロスに聞こえる声でそう呟いた。

「教皇様、いかがされましたか?」

仕事の手を止めて、サガがシオンに尋ねる。同時にアイオロスも手を止めて、シオンを見た。

「天蠍宮のひまわりじゃ。すっかり背も伸びて、ここからでもよう見えるようになったぞ」

シオンはサガとアイオロスの方を振り返り、手招きをした。

「あっ、本当ですね、よく見えます」

シオンの手招きに応じて窓際に寄ったアイオロスは、天蠍宮の裏庭に青々と生い茂るひまわりの群れを確認した。サガもそれを見て、僅かに口元を綻ばせる。

「ミロに植物が育てられるか心配しておったのだが……元気に育っているようじゃの」

シオンは天蠍宮裏庭を見つめたまま、うんうんと頷いた。

「自らが後見を務めたこともある氷河からもらったものですから……ミロも頑張って大切に育てているのでしょう」

「おお、日本の女神のところに居るキグナスからもらったものであったか。ふむ、であればやはり女神のご加護もあったのだろう」

実は女神のご加護ではなく、おシャカ様のご加護であることを、もちろんシオンは知らなかった。

「サガよ、そなたの弟も頻繁に出入りして、ミロとともにあれを育てているようだが?」

シオンは視線を窓の外からサガの方へ移した。

「ご存知でいらっしゃいましたか、お恥ずかしゅうございます。あれもミロ以上に植物には疎いもので私も心配しておりましたが、協力しあって何とかやっているようでございます」

恐縮しつつ、サガはシオンに向かって頭を下げた。

「そうかそうか、2人で協力しあっておるか。何にせよ、生けとし生けるものに情愛を注ぐのはよいことじゃ」

シオンはまたもうんうんと満足そうに頷いてから、

「それにしてもミロとカノンはほんに仲がよいの。そなたら、ぐずぐずしておるとあやつらに先を越されるぞ」

不意にサガとアイオロスに向かって、そう言った。

「は?」

サガとアイオロスが、同時にやや間の抜けた声をあげる。

「ミロとカノンに先を越されると言うておるのだ。全く、そちらの方が長く付き合うておるくせに、何ゆえモタモタとしておるのか余には不思議でならぬぞ」

「はっ!?」

またもサガとアイオロスは、同時に間抜けな声をあげた。

「あ、あの……教皇様……それは一体どのような意味でおっしゃっておられるのでしょう?」

「とぼけずともよい、サガ。そちの弟とミロが付き合うておることくらい、余もとっくの昔に承知しておるわ」

シオンにズバリ言われて、サガは何故か頬を赤らめて更に恐縮した。

「それと私達が、何の関係があるのです?」

恐縮しまくるサガと対照的に、アイオロスの方はあっけらかんとした様子で、能天気にシオンにそう聞き返していた。

「大ありじゃ。余はのう、ミロとカノンよりも先に、そち達を結婚させたいと思うておるのだ。順序から言ってもそれが自然と言うものであろう」

シオンのストレートな結婚と言う言葉に、アイオロスは目を輝かせたが、サガは顔どころか耳まで真っ赤にして俯いた。

「ミロとカノンは出会うてからまだ1年と経ってはおらぬ。付き合いの日数も、そち達の足下にも及ばぬはずだ」

「はぁ、まぁそれはそうですけど」

言われれば言われるほど、どんどん下を向く角度が高くなっていくサガとは正反対に、アイオロスは変わらぬ能天気さでシオンの言うことに応じている。

「にもかかわらず、今やラブラブ度はあやつらの方が上ではないか。このままではあやつらの方が先に結婚してしまうわ! そちらは13の年から恋人付き合いをしておるくせに、何をモタモタしておるのか」

サガとアイオロスにも13年間の空白があるのだが、シオンはきれいさっぱりとそれを無視していた。

「私は別に今すぐだって構わないんですが、サガが……痛ぇっ!!

シオンの言葉に乗せられそうになっているアイオロスの、聖衣から露出している太股の後ろをサガは小宇宙を込めて思いっきり抓った。堪らずアイオロスが大きな悲鳴を上げる。

「きょ、教皇様、私共をおからかいになるのはそれくらいにしてください。我が愚弟とミロはまだまだ、その……教皇様がお考えになってるような関係までは進んでおりませんし、私とアイオロスも然りでございます」

天蠍宮のひまわりから、思わぬ方向に話が飛んでしまい、サガは内心で焦りまくっていた。何とかこの場を収めなければ、更にとんでもないことになってしまう。何しろシオンは現世に蘇った当初から、早く教皇位を退いて楽隠居したいと切望しているのである。
サガが後継を拒否した後、ターゲットがアイオロスに移ったまではよかったが、今度はアイオロスとサガを結婚させてバックボーンを固めた後、引き継ぎから何からを全部サガに押し付けて即刻退位しようと目論み、事あるごとにあの手この手でサガ達を丸め込もうとしているのだ。

このままシオンの口車に乗せられてしまっては大変だ。何とか、何とか上手く切り抜けなければ……。

「別にからかってなどおらぬ。余は真剣に言うておるのだぞ!」

このままシオンは説教&説得モードに持ち込もうとしたのだが、それを見越したサガが表面上は平静にそれを遮った。

「教皇様のご温情とご心配には深く感謝いたしますが、私共の将来ことよりもまずは目先の政務を片付けてしまいませんと……。3時までにこの書類全てに目を通していただき、決裁をしていただかないことには困りますので……あと1時間しかございません、何とぞお急ぎいただけますよう」

サガは自分の執務机に戻ると、1cm程の書類の束をこれみよがしにシオンの目の前に差し出し、深々と頭を下げた。

現実を目の前に突き付けられたシオンは、それでもまだ言い足りぬとばかりに口を開きかけたが、結局は目先の政務を片付けるのが先決と観念せざるを得なかった。またもや説得に失敗したシオンは、ほんに弟に先を越されても知らぬぞ……とブツブツ言いつつ、サガに渡された書類を渋々受け取って、自分の執務机に戻った。

上手く事が運ぶかと期待していたらしいアイオロスは残念そうにしていたが、サガはひとまずホッと胸を撫で下ろしたのだった。


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