第一印象は、いいとか悪いとかそういうことではなく、ただただびっくりした……それだけだった。
アイオロスが生まれて初めて『声も出ない』程の驚きを体験したのは、多分、この時だったのだろう。

「この子はお前と同じ、黄金聖闘士の候補生じゃ」

両親に付き添われ初めて参上した教皇宮で、アイオロスは教皇のシオンに一人の男の子を紹介された。
年の頃はアイオロスと同じくらいの、双子座の候補生だというその男の子は、名前を『サガ』と言った。
その名前が北欧神話の、『伝承と知識の女神』と同じであることをアイオロスが知ったのは随分と後になってからのことで、その時には何故か妙に納得しながらこの瞬間のことを思い出したものだが、とにもかくにも今この時のアイオロスはあんぐりと口を開けたまま、ポカンとサガを凝視することしか出来なかった。
濃すぎず薄すぎずの青色がかかったプラチナの髪に、濃く深い色合いながらも澄みきった宝石のような蒼い瞳、透き通るほど白い肌、ほんのり桜色が差した頬に、桃色の唇。最初女の子と見紛うた程、サガはアイオロスが今まで見たこともないような可愛い、いや、美しい少年だった。その容貌はアイオロスに、覚えたての『神秘的』という言葉をすら思い起こさせたほどで、アイオロス自身は当然のことながら無自覚であったのだが、この時アイオロスは完全にサガに見惚れていたのである。

「サガです、初めまして」

目の前のサガがぎこちなくも礼儀正しくアイオロスに向かって挨拶をしたが、放心中のアイオロスはやっぱり黙ってボケッとサガを見ているだけだった。

「アイオロス、きちんと挨拶をしなさい!」

真横の父親に叱責混じりに促され、その声でアイオロスは我に返った。

「あっ、オレっ、アイオロスです、初めまして!」

アイオロスは大慌てで、ガバッと頭を下げた。

「こらっ、アイオロス!、言葉遣い……」

挨拶をしたはいいが、サガに比べてなっちゃいないアイオロスの言葉遣いに、父親は重ねてアイオロスを叱責した。だがその先を遮ったのは、シオンの笑い声であった。

「そう気にするでない。これくらいの年齢では、アイオロスの方が普通じゃ。今後訓練と平行してきちんと教育していくゆえ、心配せずともよい」

シオンの言葉にアイオロスの両親は恐縮し、跪いた体を更に小さく縮めて頭を垂れて畏まった。

「アイオロス、こちらへ来るがよい」

シオンに手招きされ、アイオロスは戸惑いながら恐る恐るシオンの側へ寄った。シオンはアイオロスを自分の右手側に立たせると、

「黄金聖闘士候補生は、しばらくはお前達2人だけということになろう。互いに励ましあい、切磋琢磨しながら頑張ってゆくのだぞ」

反対側のサガの頭とアイオロスの頭を同時に撫でながら言った。

「はいっ!」

「……はい……」

アイオロスが元気いっぱいに満面の笑顔で、反してサガは消え入るような小さな声で瞳を伏せながら、シオンに答えた。

この時のアイオロスは、聖闘士がどうとか、これから始まる厳しい訓練の日々がどうとかいうことよりも、新しい友達が出来るのだという喜びと期待感とに幼い胸を膨らませていた。
正直なところ、事の重要性がよくわかっていなかったと言えよう。
この年頃の子供では仕方のないことというか、ある意味当然のことではある。
だからアイオロスはサガとの出会いを、純粋に心の底から喜んでいたのだった。
だが………。





それから2年の月日が経過した。

アイオロスが聖域に正式に上がってから一年後には、アイオロスもサガも正式に黄金聖闘士の位を賜っていた。元々黄金聖闘士になるべく運命を定められて生まれてきた彼らは、驚異的かつ強大な小宇宙の力で厳しい訓練を乗り切り、僅か一年という短期間で黄金聖衣を得ることが出来たのである。
だがアイオロスとサガの関係は、アイオロスが当初期待していた通りにはならず、出会った時の状態そのまま、いやそれ以上にギクシャクとしたものになっていたのであった。

まず候補生自体が2人しか居なかったとは言っても、訓練は2人一緒に行われるわけではなく、各々に指導者がつき別々に行われることが常であったし、いわゆる一般的な教育についても然りで、それぞれに教育係がつき、個別に行われていたのである。
2人が定期的に顔を合わせるのは、週に一度の教皇・シオンの説教の時だけ。時折互いの師の意向で手合わせをすることもあったが、それもそう頻繁にあるわけではなく、最も近しい場所で近しい関係にありながらも、2人の繋がりは信じられないほど希薄なものであったのだ。
本来であれば例え接する時間が少なくとも、同じ境遇の中で同じような、しかもその年頃の子供にとって決して幸福とは言いきれない日常を送っている者同士、それだけで互いに親近感が生まれ、自然と寄り添い手を取りあうようになるものだが、アイオロスとサガの間には一切そのような関係は生まれなかったのである。
だがそれについての全ての原因は、アイオロスではなくサガの態度の方にあった。
サガと親しくなろうとアイオロスが機会を見つけては一生懸命サガに話しかけても、サガは明らかによそよそしい様子で一線を画した態度を崩そうとしなかった。
週に一度、教皇の説教の時に顔を合わせても、サガはいつも説教が終わるとあっと言う間に礼拝堂から姿を消してしまい、アイオロスに話しかける暇すら与えない。たまに訓練で手合わせした時も同じで、雑談には一切応じようともせず、終わるとすぐに帰途についてしまう。
こんなことが続いては、さすがにアイオロスも嫌気が差してしまう。いや、嫌気が差すどころか一体何が気にいらないのか、自分のどこが悪いのかと、やがてそれが怒りに似た感情へと転化してしまったのも無理もない話だった。
それでもアイオロスはしばらくの間、根気強くサガと仲良くなろうと努力を続けた。
黄金聖闘士の候補生とは言っても、当時アイオロスもサガもまだ弱冠6歳の少年であった。世間一般的にはまだまだ遊びたい盛りの年齢で、実際ここに来るまでは毎日のように多くの友達と遊び転げていたアイオロスには、殆ど一人で朝から晩まで訓練に明け暮れる日々には我慢しきれないものがあった。訓練が辛いのではない、励ましあう友達がいないことが辛いのだ。
黄金の候補生はアイオロスとサガしか居なかったが、聖域にはその下の白銀、青銅の候補生もいる。同じ年頃の子供も多く、アイオロスはその子供達と仲良くなろうとしていたのだが、アイオロスが黄金聖闘士の候補生だと知るや、みんな途端に見る目が変わり、仰々しく一歩も二歩も引いてしまい、借りてきた猫のようにおとなしくなってしまう。これではとてもじゃないが、対等な友人など作れるはずもなかった。
結局のところ、どうあってもアイオロスと対等な友人関係を築ける存在は、この聖域では同じ黄金聖闘士候補生であるサガしかいなかったのだ。
それだけにアイオロスはサガに会うたびあれこれ話しかけたり、遊びに行こうと誘ってみたりと、サガの頑なな態度を解きほぐす努力を色々としてみたのだが、結局全部が徒労に終わり、やがてアイオロスは溜息混じりにサガと友達になることを諦めたのだった。

そしてその関係は、2人が正式に黄金聖闘士になってから後も、一切変わることはなかった。
黄金聖闘士になると同時に、アイオロスもサガも十二宮の互いが守護する宮へ住居を移していた。十二もある宮の中に住んでいるのは自分とサガ、たった2人だけ。9番目に位置する自分の宮・人馬宮と、3番目に位置するサガの宮・双児宮の間には5つの無人の宮が挟まっているが、2人の心の距離は実際の距離よりも遥か遠くに離れており、互いに行き来もせぬまま、更に1年の月日が流れていったのだった。
サガと友人関係を築くことを諦めたアイオロスは、今はもうすっかりこの状態を当たり前の日常として受け入れていた。ここに来たばかりの頃の寂寥感も喪失感もすっかりなくなり、日々一人でしっかりトレーニングに励んでいる。
サガとはやはり週に一度、礼拝堂で顔を合わせて挨拶をするだけなので近況はわからなかったが、恐らくサガも自分とさほど変わらない日々を送っているに違いないと、アイオロスは一切サガのことには干渉しなかった。
サガの方もアイオロスが必要以上に関わってこなくなったことで、ホッとしたのだろうか。挨拶を交わす時の表情が、最初に比べて随分と和んできたようにアイオロスには感じられていた。
出会ってから2年、2人の心の軌道はずっと平行線を辿ったまま1度も交わることがなかったが、別に憎み合っているわけではないのだし、これはこれでいいのかも知れないなとアイオロスも思うようになっていたのだった。

そんな2人の関係が一変したのは、これより1年の後の話である。


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