そもそものきっかけは、デスマスクのこの一言だった。 「なぁ〜、カノンよォ〜。お前さぁ、こんなガキっちょのどこがよくて付き合ってるワケぇ?」 宴もたけなわ、酒も程よく……と言うか、些か度を越して回っているデスマスクが、カノンとミロの間に割って入ってそうちょっかいをかけたのが始まりだった。 ミロとカノンが恋人同士と言うことは、もちろん十二宮内公然の事実である。他にもアルデバランとムウ、シュラとカミュ、そして今日この場には居ないアイオロスとサガなど公認カップルはいるのだが、デスマスク的にはミロとカノンの『ちょっと年の差カップル』が一番気になると言うか、ちょっかいのかけ甲斐あるようで、カノンの肩に手を回し、どこがいいんだよぉ〜、言ってみろよぉ〜などと問い詰めている。と言うよりも、その様は正に絵に描いたような酔っ払いオヤジそのものであった。 ミロはその物言いにあからさまにムッと表情を歪めたが、さほどと言うか殆ど酔いが回ってもおらず、素面に近かったカノンは、デスマスクの手をペチンと叩いただけで相手にもせず、完全に無視を決め込んで反対隣のアイオリアと何やら話に花を咲かせていた。 「あ〜、シカトかよぉ!。そりゃねぇだろぉ?!」 だが酔っ払いの絡みは際限を知らなかった。デスマスクは再びカノンの肩に手をかけ、カノンの顔を下から覗き込むと、 「なぁ、カノン、カノンお兄様ぁ〜?。シカトしないで教えて♪。このミロちゃんのどこがいいんですかぁ?」 ミロのことを親指で指差しながら、デスマスクは何で何でとしつこくカノンに聞いた。 「うるせーなぁ、お前は。んなモン、どうだっていいだろが」 相手にすまいと思いつつ、あまりのしつこさに辟易して、とりあえずカノンは適当にデスマスクをあしらった。 「気になるんだよ。お前がホンットーにこのガキをマジで相手にしてんのかどうかがさぁ〜」 「離れろ、ウザイ!」 冷たくそう言い放つと、カノンはのし掛かってくるデスマスクの体を強く押し返して、自分からひっぺがした。 カノンにすげなく扱われたデスマスクは、だが性懲りもなく、今度はガキガキと連発されて仏頂面しているミロの方へと向き直り、ニヤニヤ笑いながらミロの肩に手を回した。 「ミロちゃんよぉ、何仏頂面してんだぁ〜?。ははぁ〜ん、オレにガキって言われたのが気に食わないんだろぉ?」 ツンツンとミロのほっぺたを突きながら、デスマスクは笑い声を立てた。ミロは更に仏頂面を強めて、鬱陶しげにデスマスクの手を払う。 「そうやってす〜ぐ顔に出ちゃうとこが、ガキの証拠なんだよなぁ。チビんとっから全然変わってねーの。ってか、ちっとも成長してやしねえ」 払いのけられてもデスマスクは全然懲りずに、またミロの頬をツンツンと突く。ミロは酔っ払いだ酔っ払い……と懸命に言い聞かせながら懸命に耐えていたが、明らかにこめかみあたりがピクピクとしていた。キレる寸前だったのである。 「オレだったらお前みたいなガキっちょ、頼まれてもヤダけどねぇ〜」 こっちだってお断りだボケ!と、ミロは心の中で叫んだ。 「でもさ、もしかしたら……」 ほぼミロの真正面の位置でデスマスクがミロをからかう様を楽しげにそれを見つめていたアフロディーテが、不意に立ち上がりいきなりミロの側にやってきた。 「案外さそんな子供っぽいとこが、お兄さんの保護欲そそっていいのかもな。サガもそうだったじゃないか、昔からやたらとミロには甘くて……」 アフロディーテは身を屈ませ、指先でミロの顎をくいっと持ち上げて、マジマジとミロの顔を見ると、意味あり気な微笑みを唇に浮かべた。唐突なアフロディーテのこの行動に、驚きの余りミロが全身を硬直させる。 「ふぅ〜ん、こうやってしっかりお前の顔を見るのは久しぶりだけど……いつもデスに掴みかかってっては返り討ち食らって、サガのところでビービー泣いてたあのおチビさんが、随分いい男になったじゃないか」 んな15年以上も前のこと引っ張り出して今と比べるな!と言いたかったミロだが、平素のアフロディーテにはない、何とも言い知れぬ奇妙な迫力に押され、何も言うことができなかった。そしてミロにひっついてちょっかいをかけてたデスマスクも、アフロディーテの様子にいつもと違うただならぬ何かを感じて、思わず固まった。 「かなりイイ線行ってるよ。私もまさかお前が、こんないいオトコに成長するとは思わなかったな」 信じれられないことだが、ミロを見つめるアフロディーテの目には、熱っぽさが宿っていた。目を逸らしたい衝動に駆られたミロだったが、しっかり捉えられた視線を容易に外すことは出来なかった。デスマスクはミロの肩を抱えたまま、あんぐりと口を開けてその異様な光景を凝視していた。 「それに……」 アフロディーテはミロの肩抱えていたデスマスクの手をどけると、いきなりミロの膝の上にふわりと腰を下ろした。 「なっ……ちょ、ちょっ……」 突如我が身に降り掛かってきたとんでもない事態に、ミロはうろたえ、顔を真っ赤にした。思わず立ち上がろうと腰を浮かしかけたがアフロディーテがそれを許さず、今度はしっかりとミロの顔を両手で包み込み、その顔を自分の方へ向けさせた。 「ちょ、ちょっと……やめてくれよ、アフロディーテ……」 ミロが上ずった声をあげた。振り落とそうと思ったが、何故か身動きが取れなかった。アフロディーテからふわりと漂ってくる薔薇の香りがミロの鼻腔を刺激し、その甘く官能的とも言える香りに、ミロは全身を搦め捕られてしまうような感覚に陥っていたのである。 そして周りの人間は、デスマスク同様その場に固まったまま、ただ唖然呆然とその光景を見つめることしかできなかった。 「そうやって真っ赤になってオロオロしてるところも可愛いじゃないか。なるほど、君の気持ちが何となくわかるよ、カノン」 アフロディーテはミロから離れるどころか、反対にミロの首に両手を回してしなだれかかるように抱きつくと、今度は妙に挑戦的な瞳をカノンの方へ向けた。 「は、離れろって、アフロディーテ……」 困ったように喚きつつ、ミロはアフロディーテを自分から引き剥がそうとした。が、やはりイマイチしっかりと体に力が入らない。結果、アフロディーテに抱きつかれてただジタバタもがくミロの図を、一同が観賞するハメになったのだった。 「お、おい、アフロの奴、どうしちゃったんだ?」 今まで間抜け面のまま彫刻さながらに固まっていたデスマスクが、魂が抜けたような声で呟くように言った。常日頃、自分と全く変わらないレベルでミロを子供扱いしているアフロディーテが、よもやこんな行動に出るとは思ってもみなかったデスマスクにしてみれば、目の前のアフロとミロが絡みあっている図は、正に悪夢にも似た光景であった。そしてそれは他の誰よりもデスマスクにとってはショッキングだったらしく、あんなに酔っ払っていたデスマスクが、一瞬にして素面に戻ったのである。 「アフロディーテの席んとこ、見てみろよ」 そう言いながらカノンが指差した先に、デスマスクは視線を移した。そしてそこにある中味の半分なくなった酒瓶と、1/3ほどの液体と氷とを残したグラスを見つけて、全てを納得したのである。 「……ウオッカをロックで飲んでたのか……」 デスマスクは、溜息をついた。今の今まで自分も酔っ払っていたから気付かなかったが、アフロディーテは多分カミュが持ってきたのであろうウオッカを、割ることもせずにロックで飲んでいたのである。見た目ほんのり頬が赤くなってる程度なのでわからなかったが、実のところアフロディーテはかなりへべれけに酔っていた。つまりアフロディーテのこの信じられない言動は、単なる酔っ払いのお戯れであったのだ。それを理解した一同は、一斉に深く大きな溜息をついた。そしてまた、一斉に視線をミロ達の方へ戻す。 「は、離れろ、降りろって!!」 「ふふっ、ますます可愛いねぇ。それに……」 アフロディーテは、いきなりミロのシャツの中に手を滑り込ませた。ぎゃっ!とミロが短い悲鳴を上げる。 「体はしっかり大人になってるんだ。知らなかったけど、随分逞しくなったじゃないか」 さわさわとアフロディーテはミロの胸板を撫で回し、潤んだ目でミロを見上げた。 「だ〜から、ヤメロってばぁ!!」 ミロはアフロディーテの手をシャツの中から引き抜こうとしたが、そのどさくさに頬にチュッとやられて、またぎゃっ!と悲鳴を上げた。 「カノンはいつもこの胸の中に抱かれてるんだ、へぇ〜。若いから元気だし、大人の体と子供っぽさが絶妙に融合してて、なるほど、これじゃカノンもミロから離れられないワケだよねぇ?」 アフロディーテはクスクスと笑いながら、また挑戦的な瞳をカノンに向けた。どうやらアフロディーテはミロに色仕掛けでちょっかいをかけることによって、カノンを挑発したいようであった。無論、酔っ払いとわかっているカノンが、まともに相手をするはずもなかったが。 「なぁ、ミロ、どうだい?。今からでも私に乗り換えないか?。私の方がカノンよりも若いし、美人だ」 カノンに全く相手にされなかったアフロディーテは、更に当てつけるようにそう言って、またベッタリとミロにヘバりついた。 「じょ、冗談じゃないよ!!」 ミロは懸命にアフロディーテから離れようとするが、やはり上手く行かない。嫌がってもがけばもがくほど、そんな様を尚更アフロディーテに楽しまれる一方であった。 「……ある意味、恐ろしくタチの悪い酔っ払いだな」 やれやれと言った感じで呟いた後、カノンは楽しそうに声を立てて笑った。 「なっ、何笑ってんだよ、カノンっ!」 それを聞きつけたミロが、叫びにも似た声を張り上げた。 「いや、モテてよかったじゃん、と思ってさ」 変わらずカノンはニコニコと笑みを浮かべて、ミロとアフロディーテに言った。その瞬間に、周りからもドッと笑い声が巻き起こる。アフロディーテが酔っ払いと判明するや、放っとけモードに入ってしまっていた一同には、もうこの光景は物珍しいアトラクション以外の何物でもなくなっていた。カノンも同様で、ちょっかいかけられて弄くり回されているのが自分の恋人であるにも関らず、その表情には焦りや動揺など微塵も見られないどころか、はっきり言って完璧にこの事態を面白がっている有様だった。自分の容姿や色気に自信満々であるアフロディーテは、全く動じることなく余裕綽々のカノンの様子にムッとしたが、それ以上に怒ったのは危害(?)を加えられているミロであった。 「何がモテてよかっただよっ!!」 怒鳴り声をあげながら、ミロが勢いよく立ち上がった。次の瞬間、ドタッ!と言う鈍い音と同時に、「痛いっ!」と言うアフロディーテの悲鳴が響き渡った。 「お前、恋人が目の前で他のヤツに色目使われてんの見て、何でそんな平気な顔してられるんだよっ?!」 ミロはひっくり返ったアフロディーテに構いもせず、そうカノンに詰め寄った。突然ブチギレたミロに、カノンはきょとんとした目を向ける。 「お前、何いきなりキレてんの?」 「何キレてんの?、じゃねーよっ!。オレが、お前以外のヤツに言い寄られてんの見て何とも思わないのか?!って聞いてんだ!!」 「アホかお前は。酔っ払いの言動を真に受けて、マジで相手にするバカがどこにいるんだよ」 カノンが呆れたように答える。確かにカノンの言うことは至極当然のことであるが、カノンのその平静さが尚更ミロの怒りを刺激した。 「そう言う問題じゃねーだろっ!!。あ、あんな風にされてんの見たら、普通は嫌がるもんじゃないのかよ?」 「別に。だって酔っ払いのおフザケじゃん」 「酔っ払い酔っ払いと連呼するな!。私は酔ってなんかいない!」 まだ無様に尻もちをついた状態で、アフロディーテが抗議の声を上げた。酔っ払ってないと言うのはもちろん口だけ。この時点で既に酔いが足に来ていたアフロディーテは、実はもう立ち上がることすら出来なかったのである。 「酔っ払い通り越して、大トラだな、あれは」 言いながらカノンは、目でデスマスクに合図をした。デスマスクは頷いて急いでアフロディーテの元へ行くと、立ち上がれずにいるアフロディーテをひょいと抱き上げた。そして「私は酔ってない〜!!」とギャーギャー喚くアフロディーテを、そのまま抱きかかえて今日の会場となっている天秤宮を早々に出ていったのである。 「っとに、タチの悪い酔っ払いだ。オヤジ化してわかりやすい分、デスマスクの方がまだマシだぜ」 天秤宮を出ていく2人の後ろ姿を見送るともなしに見送ってから、肩を竦めてそう言うと、カノンはミロの方に視線を戻した。 「お前も見当違いの文句言う前に、酔っ払いのあしらい方くらい覚えとけ。いちいち真に受けてうろたえてたらキリないし、第一情けねえぞ」 「なっ、情けないって、何だよその言い草っ!」 「情けないから情けないっつったの!。適当に受け流してりゃ、何てことないだろが。マジに捉えっから逆につけ込まれんだよ」 「だからそれはそうかも知れないけどっ……それでもさっ、フツーはさ、酔っ払い相手にでも恋人があんなことされてたら、嫌がったり怒ったりするもんなんじゃねえの?!」 「別に。さっきから言ってるだろ。マジで相手するようなことでもないって。どうせ明日になりゃ、あいつだってキレイさっぱりケロッと忘れてるに決まってんだから」 興奮しまくるミロとは対照的に、カノンの方は落ち着き払っていた。 「いくら明日忘れるからって、何で今この場で平然としてられるんだって聞いてんだよっ!。オレはあちこち触られたあげく、キスまでされたんだぞっ!!」 言いながら、ミロはアフロディーテの不意打ちキスを食らった頬を、手の甲で拭った。 「頬に軽くされた程度だろ?。んな目くじら立てることかよ」 「軽くだろうが深くだろうが、ほっぺただろうがクチだろうが同じだよッ!。目くじら立てるモンなんじゃないのか?、フツー!!」 酔っ払いの言動を真に受けることの愚を、カノンはよく承知していた。この辺り伊達に年を食ってはいないのだが、逆にその沈着さがミロには納得がず、普段は余り感じさせない2人の間にある年齢差の存在を、奇しくも浮き彫りにしてしまったのだ。 「じゃあ何か?。お前はオレにヤキモチ妬いて欲しかったとでも言うわけ?」 言えば言うほど怒りが膨張していくミロに、カノンはいい加減うんざりしたように溜息をついて聞き返した。 「えっ……」 それを受けて、ミロは思わず言葉を詰まらせた。 「で、アフロディーテに『オレのミロに触るな!』とでも言って欲しかったわけ?。オレがヤキモチ妬いて取り乱して、アフロディーテと取っ組み合いのケンカでもすれば、お前、嬉しかったわけ?」 更にカノンに言われて、ミロは返答に窮した。もちろんそこまで明確に思い描いていたわけではないが、少しはカノンにそう言うリアクションを期待していたことは事実だった。 「冗談じゃねーよ、バカも休み休み言え」 ミロの様子でミロの内心を的確に洞察したカノンは、先刻にも増しての呆れ顔で言った。 「……それくらいしてくれても、バチは当たらないと思う……」 ここまで来たらミロも引っ込みがつかず、まるで拗ねっ子のように口を尖らせてブツブツと言った。 「そう言うところがお前はバカでガキだっつーんだよ!。んなことできるわきゃねーだろ、みっともないっ!」 ここまでは確かに、大人の反応で対応だった。だが最後までそれを貫き通せないのがカノンである。ここまで来て遂にカノンもキレて、大声を張り上げた。 「みっともないぃ〜〜?!」 「みっともないに決まってんだろう!。そんなこともわかんねーのか、ボケッ!」 バカだのガキだの、あげくの果てにはボケとまで言われ、ミロは怒り心頭に達した。 「あ〜っそう!!。オレってお前にとってその程度の存在かよっ!。目の前で他のヤツにキスされて触られても何とも思わない、感じない、その程度の存在なんですね。よぉ〜〜〜っくわかりましたっ!!」 やけっぱちの捨て台詞を吐いて、ミロは乱暴に床を蹴って踵を返すと、プンプンと怒りながら天秤宮を飛び出して行ってしまった。 口も手も出せぬまま酔っ払いのお戯れアトラクションから痴話喧嘩までを有無を言わさず観賞させられた黄金聖闘士一同が、呆然とミロの消えていった方を見つめていたが、 「おっ、おいっ、ミロっ!!」 いち早く我に返ったアイオリアが、飛び出していったミロを追いかけようと慌てて立ち上がった。 「ほっとけ!、アイオリア!!」 だがそのアイオリアを、あからさまに不機嫌な顔をしたカノンが強い口調で引き止めた。そして素早くアイオリアの手を掴むと、強引に引っ張ってアイオリアを座らせた。 「で、でもカノン……」 「いいから!。あんなバカに構うことねえぞ!!」 尚も心配そうにミロの消えていった方をチラチラと見るアイオリアを、カノンは一喝した。残ったカノンの方も、完璧に機嫌を損ねたことはその顔つきといきなり早くなった酒のピッチからも明らかで、別の意味でアイオリアを心配させた。 最も、カノンとミロの下らないケンカは日常茶飯事なので、他の黄金聖闘士達は「またか」と言うような感じでさほど気にも止めず、2分を待たずして秩序は戻り、人数は3人ほど減ったものの何事もなかったかのように宴会は続けられた。 さすがミロの親友であるカミュと、心配性のアイオリアだけはミロのことを気にしてチラチラとカノンの様子を伺ったりもしていたのだが、カノンの方は一向に動く気配を見せず、仏頂面のまま酒を飲んでいる始末であった。絶対、気にはなってるはずだとアイオリアもカミュも確信はしていたが、下手に突けば天の邪鬼なカノンには却って逆効果なので、結局のところは放っておくしかないと言うこともわかっていたのだが……。 「全く……どうしてそんなことになるんだか……」 アイオリアから事の次第を聞いたサガは、脱力したように呟いて再び頭を抱え込んだ。 「でもまぁ、カノンが間違ったこと言ってるわけでもないしなぁ……。って言うか、そんなことで怒るミロの方が、やっぱ子供なんじゃないのか?」 アイオロスとしては、ここは苦笑するしかなかった。正直、ミロの気持ち自体はわからないでもないのだが、冷静に見てみればカノンの取った言動は間違っていないし、それについてカノンを責めるわけにもいかないだろうと言うのが客観的な見解だった。 「まぁな〜、その場でアフロディーテがミロを押し倒しでもしたなら、さすがにカノンも怒ってギャラクシアン・エクスプロージョンの一発もかましたかも知れないけど、ちょっとベタベタしてたって程度じゃあいつは動じないだろ〜な」 「その前に、いくら何でもミロが自力で逃げるだろう……」 大きく溜息をつきながら、サガがボソリと付け加えた。 「でもそれって滅多に見られない光景だよな。いや、カノンとミロのケンカがじゃなくて、ミロに迫るアフロディーテの図ってのがさ。見れなくて残念だったな、面白そうだったのに」 「無責任なことを言わんでくれ、アイオロス……」 冗談めいたアイオロスの物言いに半分本気を見て取って、サガはアイオロスを嗜めた。 「毎回毎回思うが……何であいつらはそんな下らないことで大喧嘩をするんだ……」 サガの表情には悲壮感すら漂っていて、アイオリアの目から見ても当の本人達よりよっぽど痛々しかった。サガの過保護は今に始まったことではないのでそれについてとやかく言うつもりはないのだが、損な性格だと思わずにはいられいアイオリアであった。 「今も言ったけど、これについてはカノンのことは怒れんだろう。ミロに謝らせるのが1番早いんじゃないのか?」 アイオロスに言われ、サガは再び黙りこくった。確かにどっちと言われれば、まぁ躱しきれなかったミロの方が未熟と言うことにはなるのだろうが……。 「相変わらず世話が焼けるけど、お前から言えばミロも言うこと聞くだろう。カノンに謝れったって無理な話だしな」 確かに、それはその通りだ。自分に非があったって謝らないカノンが、非がない、もしくは自分の方に非が少ないケースで謝るなどということは、天地がひっくり返ってもあり得ない。 「そうだな……」 また溜息をつきつつ、サガが諦めたように言った。 「でも……さ……」 ここで不意に、アイオリアが口を開いた。 「ん?、何だ?」 アイオロスが聞き返すと、アイオリアはちょっと困ったように一旦視線をテーブルの上に落としてから、 「オレはさ、その、ミロの気持ち……の方がわかるんだよな」 すぐにその視線を2人の方へ戻して、やや遠慮気味に言った。 「何言ってんだ?、お前は」 アイオロスが思わず眉を寄せ、サガもちょっと驚いたような顔でアイオリアを見返した。 「あ、いや、その……だからってカノンが悪いって、言ってるわけじゃないんだ。カノンは間違ってないし、その、ミロの方が子供なんだとはオレも思うんだけど……」 サガと目が合った途端に、アイオリアは慌てて自分の言葉を自分でフォローした。 「たださ、ホント、ミロがあれだけ濃厚にアフロディーテにベタベタされてたのに、恋人のカノンがあんまりにも平然としてるから、自分は一体何なんだよ?ってミロが思っちゃっても、無理ないような気がするんだ。いや、うん、酔っ払いだったってのはわかってるし、カノンの取った行動は正解だってわかってるけど、ただその……ミロとしてはさ、ほんのちょっとでもカノンに、嫌な顔するとかくらいはして欲しかったんだと思う。あいつ、それだけカノンのことが好きなんだよ」 アイオリアは、ミロとは物心付いた時から一緒にいると言ってもいいくらいの間柄で、当然仲もいい。友達というより、兄弟に近い感覚すらあるくらいなのだ。だからアイオリアには、ミロの気持ちの方が正直なところよくわかるのだ。無論、子供じみてると言うことも承知してはいるのだが、ミロのそんな言動の根底にあるものが何なのかをよく知るアイオリアとしては、ミロを擁護したい気持ちにもなってしまうのであった。 「サガにこんなこと言うのは何なんだけど……あの時カノンがミロのそんな気持ちを察して、嘘でもいいからムッとした顔の1つもしてやってくれてたらって、ほんのちょっとだけ思うんだ。いや、そのっ、カノンを責めてるわけじゃもちろんないんだけど……」 カノンの兄であるサガには言いづらいことではあったが、アイオリアは思いきって自分の正直な気持ちを口にしてみた。自分も「子供」と、サガに言われるであろう事を承知の上で。 だがサガはすぐには何も言わずに、しばし黙ったままじっとアイオリアの顔を見つめていた。だがその瞳に険はなく、優しい光だけを放っていた。 「いくら年上だからったって、そこまでカノンに要求するのはさすがに酷だろう」 サガに対する遠慮と言うか、配慮みたいなものもあるのか、アイオロスが苦笑混じりにアイオリアの言葉に異を唱えた。 「いや、アイオリアの言うことも最もだよ。カノンがその辺をもう少し察してやればよかったんだろう。でもあいつも、そう言うところは鈍いから……」 だが、サガの方はアイオリアの言葉に同意した。はっきり言ってサガからしてみれば、どっちも等しく大人げないと言う感じは無きにしもあらずなのだが、カノンだってミロのそう言う気質はよく知っているはずなのだし、そこらを踏まえてもう少し上手く立ち回っても良かったのだ。だがどうもカノンはその辺が上手くないというか、真正面から言われると真正面から言って返す癖があって、それが却って事態を悪化させることもしばしばなのである。 「じゃ、どうする?。カノンの方から折れさせるか?」 「それは無理だ。あいつの意地っ張りは筋金入りだから、素直に私の言うことなど聞くわけがない」 サガは力なく、首を左右に振った。 「とにかく、後でミロのところに行ってみるよ。ミロの話を聞いてみてから考える」 どうせ帰ってカノンに事実関係を突き付けたところで、しらばっくれるか逆ギレするかのどちらかに決まってる。であればまだしも、ミロの話を聞いてみてからの方が少しはマシな手立ても出来るような気がするサガであった。 「それならウチに来るといい。天蠍宮は隣だし、ミロが宝瓶宮から帰るときには嫌でもウチを抜けなきゃならんのだから、捉まえやすいだろう!」 何やら急に元気になったアイオロスが、サガに嬉しそうにそう提案した。 「そうだな……それじゃ、そうさせてもらおうか」 サガは素直に、アイオロスの申し出を受けた。 「よし、それじゃ行こう!。邪魔したな、アイオリア!」 サガが頷いた次の瞬間に、アイオロスはイスから立ち上がってサガの腕を引っ張った。 「ちょっ……アイオロス!」 いきなり腕を引っ張られたサガは抗議めいた声をあげたが、浮かれ気分のアイオロスは全く耳を貸さずにぐいぐいとサガの腕を引っ張ってさっさと獅子宮を後にしようとしていた。 「ア、アイオリア、ありがとう。いきなりすまなかった!」 リビングを出る間際、アイオロスに腕を引かれたままの状態で、サガが慌てて振り返って早口でアイオリアに言ったが、アイオリアが何かを答えるころにはもう2人の姿はリビングから消えていた。後に残されたアイオリアは、しばしその場に座ったまま呆然としていたが、 「……結構ちゃっかりしてるよな、ウチの兄さんて……」 上手いことかこつけてサガを人馬宮に連れていった兄・アイオロスの意外な要領の良さに、アイオリアは一人呆れたような感心したような呟きを漏らした。 |
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