それから3時間ほどしてから、サガとアイオロスはミロの捕獲に成功した。 自宮へ帰る為、ミロが人馬宮を通り抜けようとしたところで、アイオロスによって強制的に私室に引っ張りこまれたのである。アイオロスに首根っこを捉まれてギャーギャー喚いていたミロだが、人馬宮私室リビングに入るなり、ソファに座って悲しげな顔で自分を見ているサガと目が合うと、たちまちおとなしくなってしまった。 「オレ達が言いたいこと、わかるよな?」 首根っこを掴んだままミロをサガの側まで連れていき、そこでアイオロスはやっとミロを放した。ミロは非常に決まりが悪そうに顔を俯けつつ、チラチラと上目遣いでサガの顔色を伺った。 「ここに座りなさい、ミロ」 サガが自分の隣を指し示しミロに座を勧めると、ミロはやはり気が進まない素振りを見せながら、緩慢な動作でサガの隣に腰掛けた。そしてその隣にアイオロスが腰掛ける。 「……カノンから聞いて、オレを怒りに来たの?」 サガとアイオロスの間でしばらく居心地悪そうに座っていたミロが、恐る恐るサガに聞いた。昨夜の宴席にはサガもアイオロスも不在だったわけだし、カノンが話していなければこの2人が自分たちの喧嘩のことを知っているはずもないのだが、2人に問い詰められるような理由は他にはない。 「怒られるようなことした覚えは、お前にもあるんだ」 サガが答えるより先に、意地の悪い口調でアイオロスがミロに聞き返した。 「オレはっ……怒られるようなことしたつもりはないけど……」 「他の連中の前で、カノンとケンカしただろーが」 「だ……って、あれは、カノンが……」 言い訳がましく口篭りながら、ミロはまたチラリとサガの顔を伺った。サガは相変わらず黙ったまま、ミロの顔をじっと見ている。 「酔っ払ったアフロディーテに纏わりつかれて、それにカノンがヤキモチ妬いてくれないって子供みたいなワガママ言って、先にケンカふっかけたのはお前だろう」 アイオロスに言われ、ミロはうっ……と言葉を詰まらせた。 「カノン……何て言ってたの?」 少ししてから気を取り直して、ミロは改めてサガに尋ねた。 「いや、カノンは何も言っていない」 サガは首を左右に振りつつ、短くそう答えた。 「……じゃ、何でオレ達がケンカしたこと知ってんだよ?!」 驚いたようにミロが声をあげると、サガは小さく溜息をついて 「カノンの様子を見てれば、そんなこと一目瞭然だ」 脳裏で朝のカノンの様子を思い起こしつつ、言った。 「ついでに言うと、お前に朝会った時点でオレにも見当がついたぞ。っつーか、わかりやすすぎるんだ、お前達は」 更にアイオロスに追い撃ちをかけられ、ミロはまた黙り込むしかなくなってしまった。 「でも詳しいことがわからなかったからな。仕方ないからアイオリアに聞いたんだ」 「じゃ、アイオリアが喋っちゃったのか?」 「まぁ、そーゆーこった」 「……ちぇ、アイオリアのお喋り」 八つ当たりだとわかってはいたが、ミロの口からはつい文句が出てしまった。 「文句言えた義理か!」 アイオロスがベチン!と、ミロの後ろ頭を叩いた。 「ってぇなぁ!。サガならともかく、オレはアイオロスに怒られるようなことした覚えはないぞ!」 「大ありだ!。いいか、お前がカノンとケンカすると、カノンの機嫌が悪くなる。そうするとサガが迷惑する、イコール私の迷惑だ。充分、私にもお前を叱る権利はある!」 「そんなの、こじつけじゃねえか!」 「うるさい!」 アイオロスはまたベチンとミロの後ろ頭を叩いた。 「アイオロス!」 相変わらず口と手が同時に出るアイオロスを、サガは軽く睨んで嗜めた。 「ミロ……私は別にお前を一方的に叱るつもりはない。ただ、その、酒の席での戯れ言で喧嘩をすると言うのは、感心しないな。無論、それはカノンにも責任のあることだが……」 アイオロスに叩かれたところを擦りつつ、口を尖らせるミロに向かって、サガが努めて優しい口調で言う。確かに先にキレたのはミロであるが、それを受けて同じようにキレてしまったカノンも悪いのだから。 「そうそう、サガの言う通りだ。ったく、ヤキモチがどーのなんて、もうちょっとマシな理由でケンカできないのか?、お前らは」 「アイオロスは……サガだって、あの場に居なかったからそんなこと言えるんだ!。酷かったんだぞ!、ホントにっ!」 ミロはキッとアイオロスを睨んだ。 「あのなぁミロ、そんなに嫌だったら何でアフロディーテから逃げなかったんだよ?。本気で振り払えば、いとも簡単に逃げられたはずだろう」 アイオロスに痛いところを突かれ、ミロは返答に窮した。 「だ、だって……何かアフロディーテから薔薇の匂いがして、それで……何て言うか、思うように動きが取れなくなってさ……」 それについては自分でも情けないと思うが、事実なのだから仕方がない。ミロは小声でぼそぼそと、そう説明した。 「アフロディーテの毒気にやられたな」 「あの匂い、やっぱ毒だったんだ、どうりで……。にしてもあいつ、デモンローズの香気を直に纏ってても平気なんだ、スゲー」 「バカ、そう言う意味じゃない」 アイオロスの比喩を直球で捉えて納得したように頷くミロに、アイオロスも溜息をついた。 「いずれにせよまぁ、カノンにとってはヤキモチ妬くにも怒るにも値しないってことだったんだろ。酒の席でのことだし。それに腹を立てるお前の方がよっぽど……」 「怒るに値しないぃ〜?!」 いきなりミロがアイオロスの言葉を遮ってデカイ声を張り上げ、ソファから立ち上がった。 「いくら酒の席でも、フツー怒るよ!。オレとカノンは友達同士じゃない、恋人なんだぞっ!。その恋人が!、目の前で……」 ミロはそこまで言うと、本当にいきなりドカッ!とアイオロスの膝の上に腰を下ろした。不意をつかれたアイオロスはもちろんよけることも出来ず、痛ぇッ!と悲鳴を上げたが、ミロは全くお構いなしに 「こんなことされたりっ!」 そう言いながらアイオロスの膝の上に座って、間近でアイオロスの顔を睨みつけた。更に 「それから、こんなことされたりっ!」 ミロは両手でガシッとアイオロスの頬を掴んで自分の方を向かせて固定し、 「あとこんなこととかっ!」 次はアイオロスの首にいきなり両手を巻き付けてしがみつき、 「その上こんなことして!」 今度は片手はアイオロスの首に巻き付けたまま、もう片方の手をアイオロスのシャツの中にズボッと突っ込んで、胸を触った後、 「あげくの果てにはこんなことまでっ!!」 最後にアイオロスの頬に、ブチュッとキスをした。 「これ、全部カノンの見てる前でされたんだ!。なのに、あいつ平然としてたんだぜ!」 そう、昨夜自分がアフロディーテにされたことを、ミロはアイオロスを使って再現して見せたのだ。 サガは目を大きく見開いて固まったまま、完全に呆気にとられた状態でミロを凝視していた。そしていきなり実演台にされたアイオロスもご同様であった。 「サガ、どう思う?!。アイオロスが目の前でこんなことされてたら、やっぱ嫌だろう?!」 固まっているサガに向かって、かなり必死の形相でミロが訴えかける。もちろん、まだミロはアイオロスの膝の上に座ったままだ。 サガはややしばらくの間、身じろぎもせずのその光景を見ていたが、やがて…… 「ぷっ……くくっ……」 もう堪らん……と言った感じで、いきなり笑いだした。しかも声を立てて、非常に楽しげに。 「なっ、何が可笑しいんだよ?!」 こんなサガの笑顔を見るのはミロも随分と久しぶりで、逆に驚いてキョトンとしてしまったのだが、少しして我に返ると、一向に笑いの収まる兆しのないサガに今度はムッとしながら怒鳴り返した。 「い、いや……すまない、ただ……」 サガは懸命に笑いを止めようとするが、どうにもこうにも止まらないらしい。 「なっ、何なんだよ?!」 何故サガがこんなにも笑っているのか皆目わからないミロは、ますます嫌そうに表情を歪めた。 「あのなぁ……ミロ、これじゃサガだって笑わずにはいられんだろう……」 ミロを膝の上に乗っけたままの状態で、アイオロスが今日1番の大きな溜息をついた。 「何でっ?!」 ミロがくるっとアイオロスの方へ顔を向ける。因みにアイオロスの首に回した手と、シャツに突っ込んだ手もそのままである。 「目の前で、恋人のアイオロスがオレにこんなことされてるってのに、何でサガもカノンと同じで笑ってられんだよ?!。アイオロス、お前平気なのかよ?!。」 20cmと離れてない位置で顔を見合わせた状態で、ミロはアイオロスに向かって捲し立てた。アイオロスはまた深い溜息をついて 「こんな色気もクソもない迫り方で、どこをどうやったらサガにヤキモチを妬かせられるんだ?。まぁ、それ以前の問題と言うような気がしないでもないが……」 抱きつかれてもキスされても、ミロからは色気の欠片も感じられないアイオロスは、サガの前でこんな風にしてベッタリと引っ付かれたところで、焦りもしなければ動じもしなかった。昨日の再現をして見せたいのであれば、もうちょっと色っぽく艶やかに迫ってみればいいものを……。まぁ、これはミロには逆立ちしたって無理な話だし、第一どこをどう間違ってみたところで、自分がミロに変な気を起こすわけもないのだから、サガの反応など至極当然のものとアイオロスは受け止めていた。 「アフロディーテだって、こうやってオレに迫ったんだぞ!」 「アフロディーテがこんな乱暴な迫り方するか!。お前のは迫ってるって言うんじゃなくて、技仕掛けてるって言うんだ!。っとに1mgの色気もありゃしない」 思いっきりアイオロスに呆れ果てられ、ミロはまた膨れっ面を作った。 「す、すまない……ミロ……笑うつもりはなかったんだが……」 何とか笑いを収めたサガが、ようやく顔を上げた。収めたというよりは、やっとの思いで封じ込めていると言った感の方が強かったが。 「で、でも……ちょっと受ける感じは違うかも知れないけど、ホントに今オレがやったこと全部、アフロディーテにされたんだからな!」 ちょっとどころの騒ぎじゃないわい!と思いつつ、アイオロスはそれは口にするのは止めておいた。 「それなのにカノンは顔色1つ変えないで、笑ってるんだぜ。もしあれが反対だったら……カノンがオレの前で誰かに変なことされたりしたら、例えそれが酔っ払いであろうが何だろうが、オレ、スッゲー嫌だし怒る。でもカノンは全然。それ見たら、オレの存在ってカノンにとって何?って、思いたくもなるよ。そりゃ、オレの言ってることもワガママだって、わかってはいるけどさ……」 ミロだって自分の言動が子供じみたわがままであることを、少なからず自覚はしているようである。ただ、頭ではわかっていても感情がついていかないことはよくあることで、今のミロは正にそれであった。 「わかってんなら、カノンに謝れ。それが1番手っ取り早い」 何故かそのまま自分の膝の上に居座っているミロに、容赦なくアイオロスが言った。 「ヤダよ!。そりゃオレもワガママだったけど、カノンだって悪いんだからな!」 だからと言って、それとこれとは別問題である。自分も悪いという自覚がある一方で、カノンだって悪いと言う思いがあるだけに、はいそうですか、ごめんなさいと謝れるわけがないのだ。 「お前なぁ〜……」 「オレ、ぜってー謝らないからなっ!」 ミロはそう言い放つと、ぷいっとそっぽを向いた。やれやれ、とアイオロスが肩を竦める。 「ミロ、お前の言っていることもわかるけど……でも別にそれはカノンがお前の存在を軽んじているからとか、そう言うことじゃないんだよ。カノンはカノンで、お前のことは大事に思ってる。それは兄の私が保証する。あいつはあまり口にも態度にも出さないけどね」 生来の意地っ張りが手伝って、人前では素っ気無い態度を取りがちなカノンではあるが、内心でどれだけミロを大切に思っているのか、サガはよく知っていた。もちろん、カノンが口に出して言ったわけではないけれど、サガにはわかるのだ。 「それもわかってる。けど、態度に出して欲しい時だってあるんだ……」 サガの言っていることはミロにも理解できる。それでも、割り切れない何かがあるものまた事実であった。 「お前、そんっっなにカノンにヤキモチ妬いて欲しいワケ?」 サガに何かを言われると思いきや、それより早くアイオロスにそう問われ、ミロはまたアイオロスの方へ驚いたような視線を向けた。そして少しの間、考え込んでから 「ちょっと違うような気もするけど……まぁ、そう言うことになる……のかな?」 曖昧ながらもどちらかと言うと肯定に近いニュアンスで、ミロは答えた。厳密に言うとそう言うわけでもないのだが、何かしら「それ」とわかるものを態度に出して欲しい気持ちがミロの中にあるのは事実だからだ。 「なら一芝居打つか?。要はカノンが、お前の目の前でヤキモチ妬いてくれりゃ満足なんだろ?」 アイオロスの言うことは些か短絡的ではあったが、完全に的外れと言うわけでもなかった。ミロは瞬間、期待に表情を閃かせたが、 「でも一芝居打つったって……アフロディーテで眉一つ動かさないんだぜ?。他に誰がいるんだよ?」 またすぐ不安そうに、表情を曇らせた。88人の聖闘士の中で随一の美貌と誉れ高いアフロディーテですら、カノンにヤキモチを妬かせることが出来なかったのに、他の人間がカノンの嫉妬心に火を付けることが出来るのか、ミロでなくても疑問を抱くだろう。 「問題は見た目じゃない。いや、もちろん見た目も大切だが、カノンに危機感を感じさせる相手じゃないと無理だ」 「危機感を感じさせる相手?」 「そう。アフロディーテ相手にカノンが平気で居られたのは、あいつがアフロディーテに対して全く危機感を持っていなかったからだ。アフロディーテがどんなにお前に迫ってみても、絶対に大丈夫という自信があったからだろうな。本人、それを自覚してたかどうかは定かじゃないが」 「じゃあ、カノンに危機感持たせることが出来る相手って、誰だよ?」 「アフロディーテに劣らない美貌を兼ね揃えてないと話にならんからな。となるとムウかシャカかカミュ……お前との結びつきの強さを考えれば、カミュが1番いいんだが……。あいつにはシュラがいるからちょっと無理なんだよな、芝居させても説得力がない。ムウとシャカじゃ、条件は殆どアフロディーテと変わらんし……」 アイオロスは腕組みをして考え込んだ。因みに、ミロはまだアイオロスの膝の上に乗ったまま、考え込むアイオロスの顔をじっとして見つめていた。 「まぁ、確実なのが1人居ることは居るんだが……」 「えっ?、誰?」 ミロに聞き返されたと同時に、アイオロスが顔を上げた。同じ方向に、ミロも視線を移す。 「……私……?」 2人にほぼ同時に注視され、サガは思わずたじろいだ。 「そう、お前だ。お前なら確実だ……とは思うんだが……」 アイオロスは頷きつつも語尾を濁すと、困ったように頭を掻いた。 「サガをミロに貸すのはちょっとなぁ〜」 アイオロスの物言いに、私は物じゃないぞ!とサガは内心で憮然とした。口に出さなかったのは、アイオロスがかなり真剣な表情で悩んでいたからだ。ミロもアイオロスと同じように考え込んでいたが、 「でもそれってさ……サガじゃなくてオレがカノンにヤキモチ妬かれるんじゃないの?」 少しして非常に不安そうに、アイオロスにそう尋ね返した。カノンがブラコンであることは、ミロもよ〜く知っている。サガが関わればカノンがヤキモチを妬くことは間違いないが、下手したらサガに対してではなく、自分に対してヤキモチを妬かれる可能性がある。いや、多分にその可能性の方が高いのだ。そうなったら逆効果もいいところで、事態は却って悪化するだけである。 「……そか、それもそうだよな……」 兄絡みでカノンのヤキモチを受ける機会が最も多いアイオロスが、我が身を振り返って今更ながらにそう呟いた。 「それじゃ、意味ないじゃん!」 頼りないな〜と、ミロがアイオロスにぶ〜ぶ〜文句を言った。 「私に文句を言うな!」 それは筋違いと言うものである。さすがにアイオロスが文句を言い返すと、 「いや……それもやり方次第、かも知れんぞ……」 今の今まで黙っていたサガが、ポソリと言った。 「へっ?!」 ミロとアイオロスが同時にすっとぼけたような声をあげ、思わず顔を見合わせた。 「ところでミロ、お前いつまで私の膝の上に乗ってるつもりだ?」 その瞬間、ミロがまだ自分の膝の上にちょこんと座したままだと言うことにやっと気付いたアイオロスが、嫌そうに眉を顰めた。サガならともかく、ミロをいつまでも膝の上に乗せている趣味はアイオロスにはなかった。とは言っても、今の今まで放置していた辺り、アイオロスも結構マヌケであるのだが。 「ああ、そう言えばそうだな」 だがマヌケなのはどうやらミロもご同様であった。アイオロスに言われてやっと膝の上から降りると、ミロは元居た位置に座り直した。 「ねぇ、サガ……やり方次第ってどういうこと?」 そして気を取り直して、改めてサガに聞き返した。アイオロスも興味深そうにサガの方へ身を乗り出している。 サガはそんな2人に、意味あり気な笑みを返した。 翌日。 昼近くになって起きだしてきたカノンは、リビングにいたサガの格好を見て軽く目を瞠った。珍しくサガが、シャツにジーンズと言う軽装をしていたからだ。 「おはよう……と言う時間ではないな。もう昼だぞ」 サガはそんなカノンの様子を気にも止めずに、いつもと同じ調子でカノンの寝坊を軽く嗜めた。 「う、うん……」 曖昧に頷いてから、カノンはザッと兄の全身に目を走らせ 「兄さん、どっか行くの?」 起床の挨拶もそこそこに、サガにそう尋ねた。 「ああ、ちょっと市内にね」 簡単に答えてから、サガはすぐに食事をするようカノンを促した。 「市内……あっそ」 カノンは気の抜けたような返事をした。そう言えば今日はサガも仕事が休みであった。大方アイオロスとデートだろう。と言うかそれしか考えられなかったので、カノンはそれ以上は聞かなかった。 カノンが食事をしようとダイニングへ向かいかけたとき、双児宮の玄関のドアがノックされた。ああ、アイオロスの野郎が迎えに来やがったんだな、と、カノンは思ったが、すぐにドアが開閉する音がして魔もなくリビングに飛び込んできた人間を見て、カノンはビックリしたと同時に顔をしかめた。 「……ミロ……」 それはアイオロスではなく、現在ケンカ中の自分の恋人・ミロであった。 「てめぇ、何しに来やがった!」 まだケンカしている真っ最中だというのに、何故か晴れ晴れとした顔をして自分の前に現れたミロに向かって、カノンは表情を険しくして凄んで見せた。 「あぁ?!、別にお前に用事があって来たわけじゃねーよ。勘違いすんな!。サガを迎えに来たんだ、サガを!」 ミロはカノンに負けず劣らず嫌そうな顔をして、言葉にたっぷりと刺を含ませて言い放った。 「サガを迎えに来たぁ?!」 素っ頓狂な声を張り上げ、カノンは思わずサガを見た。 「サガ、支度できた?」 カノン相手とは打って変わって、妙にウキウキとした口調でミロがサガに聞くと、サガも嬉しそうに頷いた。 「じゃ、行こうよ!」 ミロはサガの腕を引っ張って、早く早くと急かした。 「ちょっ、ちょっと待て!。兄さん、出かけるってミロとかよ?!」 ミロに聞くのは癪に障るので、カノンはサガに大慌てで聞いた。 「ああ、そうだが」 あっさりとサガに頷かれ、カノンは思わず言葉を詰まらせた。 「……なっ、何で?。アイオロスは?」 動揺しまくりでカノンが再び問うと、 「アイオロス?。今日は仕事のはずだが……」 「仕事って、じゃ、ミロと2人で出かけんのかよ?!」 「……そうだが、何か問題でもあるのか?」 またもあっさりとサガに切り返され、カノンは絶句した。 正直言ってミロがここに現れたのは、自分に謝りに来たのだとカノンは思っていた。ケンカはよくするが、大体がしてその状態に我慢しきれなくなったミロがカノンに頭を下げてくるのが常なので、今日も絶対にそのパターンだとカノンは信じて疑っていなかったのだ。入ってくるなり泣きそうな顔で『ゴメン!』と言い出すものと思い込んでいた。それが……。 「サガ、早くしないと映画始まっちゃうよ」 え、映画?!。カノンは思わず、我が耳を疑った。映画……サガがミロと2人きりで、映画?!。 「ああ、わかったわかった。そう急かすな」 焦るミロを軽く制しながら、サガは嬉しそうにニコニコと微笑んでいた。 「じゃあ、カノン、出かけてくるから留守番頼むぞ。ああ、それから夕飯の支度はしてないから、夜は自分で適当に何か食べなさい」 サガの言葉に、カノンはええっ?!と大声をあげた。 「オレの晩飯、用意してくれてないの?!。別に出かけるのは勝手だけど、飯くらい用意してけよ!」 「何を言ってる。お前だってもう子供じゃないんだぞ。何でも私に頼ってないで、1食くらい自分で何とかしなさい」 いつもであれば出かけるときには必ずカノンの食事を用意して行ってくれるサガが、今日に限って逆にカノンを叱り飛ばすとは……。もちろんサガの言っていることの方が正しいは正しいのだが、今までそんなこと一度も言ったことがなかっただけに、カノンには現状が飲み込めてすらいなかった。 サガはポカーンと口を開けたままのカノンを一瞥してから、 「それじゃ、行こうか、ミロ」 優しい口調でミロを促して、仲良く並んで歩きだした。 「ちょ……っと、サガっ……」 カノンがサガを呼び止めると、サガはリビングのドアのところで立ち止まり、カノンの方を振り返った。 「今日は遅くなると思うから……先に寝ていなさい」 だがサガは素っ気無くそう言い置いただけで、ミロと一緒にさっさと出かけてしまったのである。 「…………一体どうなってんだ?…………」 後に残されたカノンは、全然訳がわからずにただ呆然とその場に立ち尽くしていた。 |
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