A JACK IN THE BOX
一方その頃双児宮では、本日の主役の一人であるサガが、忙しなく行き交う仲間達を目で追いながら、所在なげにリビングのソファに腰掛けていた。
その隣にはやはりもう一人の主役であるカノンが、サガとは正反対にのんびりとした様子で雑誌を捲っている。
そこへ一休みと称してアイオロスがやってきて、サガの反対隣に腰を下ろした。
「アイオロス、やはり今からでもシュラ達を止めた方がいいのではないか? こんなことで女神や氷河達に迷惑をかけるのは……」
アイオロスが座るが早いか、サガは浮かない顔でアイオロスにそう言った。
「サガの言うことはわかるけど、ここまで来て『もういいです、なかったことにしてください』って言うわけにはいかんだろう。そんなことしたら却って迷惑だぞ」
当たり障りのない物言いでアイオロスは応じたが、実は同様の会話を交わすのは、これで三度目である。
サガの気持ちがわからないわけではない。むしろ彼の性格からすればこの反応は至極当然のことと言えるが、今更そんな事言ってもしょうがないだろうというのがアイオロスの本音であった。
「さっきシュラからの電話に出た時に、私が事情を聞いてやめさせておけばよかった。さもなくば、お前が止めてくれればよかったのに……」
「私のところに話が来た時点で、もうカミュが氷河に連絡を取って手筈を整えちゃった後なんだ。もうどうしようもなかったんだ、無茶言わないでくれよ」
止めるも止めないも、アイオロスだって言わば事後承諾の形でこのことを知ったのである。どうにか出来る道理がない。
最も、仮に事前に知っていたとしても止めはしなかっただろうが――。
シャカの乱入で大きく事態は変わってしまったが、元々このバースディケーキは自分(とミロ)からの誕生日プレゼントになるはずだったものなのだから、何が何でも調達したかったという一点において、アイオロスの思惑はむしろミロ達の方と一致していたからだ。
「アイオロスの言う通り、今からじゃもうどうしようもないよ、サガ」
庇っているわけではないが、カノンが珍しく全面的にアイオロスに同調した。
カノンもサガと同じで「何もそこまでしなくても」とは思っていたのだが、今更何を言ったところで後の祭りというやつで、時間を逆行でもさせぬ限りどうにもできないことなのだ。
その辺り、サガよりもカノンの方が遥かに割り切りがよかった。
しかも原因の一端を担っているのが自分の恋人ともなれば、さすがにカノンも寛容にならざるを得ないところである。
「まぁそうカリカリするなって。あいつらだって厚意でしてることなんだしさ」
「それはもちろんわかってはいるが……」
「特にシャカにとってはタナボタになったみたいだし、いいんじゃないのか? これでお前達に対して面目が立つって、喜んで張り切ってるらしいぞ、あいつ」
オレ達から強奪してったプレゼントだけどな、と、アイオロスはその部分は声に出さずに付け加えた。
「あのシャカが、オレ達の為にねぇ……」
独り言のようにぼそりとそう呟いたのは、カノンである。
あの浮世離れした男が誕生日プレゼント云々にこだわりを見せたということにも驚きだが、それが他の誰でもなく自分達の為なのだということが、尚更驚きだった。
自分達のとは言っても、その割合は恐らくサガ80/自分20といったところだろうが。
50/50と言い切るには、自分はシャカのとの付き合いは短すぎる。
「あいつも小さい頃から、サガに懐いてたからな。ミロみたいにベタベタ甘えまくってたわけじゃないが」
カノンの内心をまるで読み取ったかのように、アイオロスが答えて苦笑混じりの笑いを溢した。
「へぇ〜、何かあんまり想像つかないけど」
「今のあいつからは想像しづらいかも知れんな。でも事実は事実だ。すっかり風変わりな大人になっちまったが、でもあいつも根っこのとこは変わってなかったみたいだな」
子供の頃のシャカを知らなければ、アイオロスもカノンと同じように思った事だろう。
シャカが子供の頃のそんな気持ちを今も残していた事は少なからず意外でもあったが、そう考えると納得出来ない事ではなかった。
「風変わりなんて生易しいモンじゃねえだろう」
「……まぁそうはっきり言ってやるな」
フォローになってないフォローを入れて、アイオロスはまた軽い笑い声を立てた。
「それにしてもシャカって、聖域と母国以外行ったことないんじゃないのか?」
「多分な」
「そんなの連れて日本に買い物か。シュラも大変だな」
「マンツーマンだったら色んな意味で大変だろうが、ミロも一緒だし、平気じゃないか?」
「でもミロじゃシャカを上手くは扱えないからな。居ても居なくても大差ないと思うぜ」
「それもそうか。でも何とかなるだろ、大丈夫だよ」
他人事なのでアイオロスはどこまでも無責任にそう言って、カノンと顔を見合わせて笑い合った。
間に挟まれたサガだけが、浮かない顔のまま諦めを乗せた深い溜息をついていた。