A JACK IN THE BOX
「シュラ達、今から帰って来るそうだ」
シュラからの小宇宙通信を受け取ったアイオロスが、相も変わらず浮かない顔をして隣に座っているサガに声をかけた。
「そうか……」
「サガ、今日だけは怒ってやるなよ。あいつらみんな、お前達の為を思ってした事なんだから」
「わかっている」
サガがそう答えつつ溜息をついた時、時空間が割れる気配がした。
シュラ達が帰って来たのだ。
とにもかくにもここは笑顔で迎えようと、サガは表情を作り替えてソファから立ち上がった。
一瞬遅れてカノンもソファから立ち上がり、同じく出迎えの体勢を整える。
間もなくシュラ達が姿を現したが、帰って来た人数が倍以上に増えていた事に驚き、サガとカノンは同時にパチクリと目を瞬かせた。
「サガ!」
「せ、星矢!?」
星矢はサガの姿を認めるなり、嬉しそうにその名を呼ぶが早いか、いつに変わらぬ子犬のような軽やかな動作でサガに飛びついた。
サガが星矢を難なく抱きとめると、星矢は大きな瞳をキラキラと輝かせて言った。
「サガ、誕生日おめでとう!」
「ありがとう、星矢。でもどうしてお前達が……」
「シュラがどうせならお前達も一緒に来いって、連れてきてくれたんだ」
星矢がサガに抱きついたまま首だけでシュラを振り返り、サガがシュラに視線を向けると、シュラは得意げに親指を立てて笑顔を返した。
「そうか」
「でもすっげー急な話だったから、プレゼント何も用意出来なくて……手ぶらで来ちゃったんだ、ごめん」
「そんな気は使わなくていいんだよ、星矢。私はお前達がこうして私達の為に来てくれた事だけで嬉しいのだからな」
サガは優しく微笑み、くしゃりと星矢の髪を撫でた。
ますます嬉しそうに、星矢が瞳を細める。
「おいコラ、ペガサス。今日が誕生日なのはサガだけじゃないんだぞ。わかってんのか? お前」
完全にサガしか眼中に入っていない様子の星矢に(今に始まったことではないが)、呆れた口調で隣のカノンがコツンとその頭を小突いた。
「わかってるって。カノンもおめでとー!」
カノンが本気で怒ってなど居ない事は、誰の目にも明らかだ。
もちろん星矢にもそれはよくわかっており、カノンの調子に合わせて冗談めかした軽いノリで、星矢はカノンにも祝いの言葉を告げた。
カノンは思わず苦笑を漏らし、小さく肩を竦めた。
「サガ、カノン」
そこへ巨大な箱を抱えたシャカが、歩み出て来た。
シャカが抱えている箱は、言うまでもなく特注のバースデーケーキが入ったそれである。
「誕生日おめでとうございます。これは私の気持ちです」
常日頃の高飛車な口調とは打って変わった穏やかな口調で言いながら、シャカは二人に向かってその巨大な箱を差し出した。
サガは星矢を降ろしてから、カノンに目配せをした。
カノンも無言で頷きを返し、
「ありがとう、シャカ」
「サンキュ。まさかお前から何かをもらえるなんて、思ってもみなかったよ」
口々に礼を言って、二人一緒にシャカの手からそれを受け取った。
事情を全く知らない星矢が無邪気に盛大な拍手をすると、やや遅れて周辺からパラパラと拍手が巻き起こった。
事情の一部とシャカの性格を知り尽くしている黄金聖闘士達は、明らかに笑い出したいのを堪えている様子だったが。
「アイオロス〜、オレ頑張ったんですよ」
「よしよし、よく頑張った」
アイオロスの肩口に顔を埋め、泣き真似をしながら今日の苦労を切々と訴えるシュラの頭を、アイオロスはよしよしと撫でてやった。
アイオロス自身も間接的に被害は被っているが、あのシャカを連れて日本遠征までして来たシュラが本日一番の功労者であり、犠牲者である事に変わりなはい。最大限に労ってやっても、バチは当たらないだろう。
シャカが双子に誕生日プレゼントとして贈ったケーキは、見方を変えればシュラとミロの汗と涙の結晶そのものなのである。
「カノン……」
シャカから受け取ったケーキをムウに渡し、さり気なく人の輪から外れたカノンを、ミロが呼び止めた。
「どうした? ちゃんと手伝わないと、後でカミュとムウに怒られるぞ」
パーティー準備の最後の仕上げに入り、俄に活気の増したリビングの一角を指し示して、カノンは笑った。
「あの……」
「うん?」
「あの、さぁ……」
「? どうした?」
「…………ごめん」
「は?」
項垂れて小さな声で謝るミロに、カノンは間抜けな声を上げてきょとんとミロを見返した。
「何を謝ってんだ? お前は……」
「いや、その……ケーキのこととか、色々……」
上手く言葉が見つからないらしく、ミロは俯いてモゴモゴとわけのわからないことを言っていたが、それでもカノンはミロの言わんとしていることをすぐに理解した。
「んなこと、別に謝ることでもなんでもねーだろ」
「だって……」
「バァ〜カ」
カノンは苦笑の入り交じった笑いを溢した。
「そんなの気にするようなこっちゃねえよ。何ガラでもないこと言ってんだ」
オレはお前のその気持ちだけで充分嬉しい――そう素直に言ってやればいいだけなのに、カノンは本心を言葉にすることがとことん苦手だった。
だがいつもであればこれで終わりになるのだが、今日のカノンはほんの少しだけいつもと違っていた。
カノンは素早く周辺の様子を伺い、自分達の方へ誰の目も向いていないことを確認すると、疾風のごとき素早さでミロの頬に軽いキスを落としたのだ。
それは本当に頬を掠めた程度だったが、それでもカノンの唇の感触はしっかりとミロの頬に残り、次の瞬間にはミロの顔にはっきりとした赤みが差していた。
これがカノンの、今出来る精一杯のミロへの思いやりだった。
「カノ……」
「ほら」
大きな薄青色の瞳を目一杯見開いて自分の顔を凝視するミロの頭をコンッと小突いてから、カノンはミロの両肩を掴み、クルリとその身体を反転させる。
「早くあっち行って手伝ってこい」
びっくりするくらい優しく甘い声で言って、カノンはトンッとミロの背を押し出した。