聖域高校バスケ部
「アイオロス、もう少しだけ待っててくれ。すぐにシャワー浴びてくるから」
部室に戻るなりサガは自分のロッカーに直行すると、アイオロスに向かってそう言いながらロッカーの扉を開けた。
中のスポーツバックを開けて、使っていないタオルを引っ張り出し、ロッカーに常備してあるマイ風呂グッズをゴソゴソと取り揃える。
急がねばボイラーが止まり、湯が使えなくなってしまうのだ。焦っていたサガの意識の大半は、アイオロスよりシャワーの方へ向けられていた。
「ああ」
短く返事をしながら、アイオロスはゴソゴソと風呂の準備を整えているサガの方へ何気なく振り返った。
次の瞬間、アイオロスは思わず小さく息を飲んだ。
サガの着ているタンクトップの大きく開いた袖ぐりから、彼の乳首がはっきりと見えてしまったからである。
サガが腕を動かすのに連動して見え隠れしていたそれは、練習による興奮を残しているせいか、間近で見ていなくてもそれとわかるほどにツンと尖って勃ちあがっていた。
一本に束ねられた髪から乱れ落ちた後れ毛が、首筋から胸元にかけて張り付き、更に艶やかな青銀の彩りを添えている。
アイオロスの全身が、火がついたように一気に熱くなった。
サガのこんな姿は、これまで幾度も見てきているはずだった。練習中しかり、試合中しかり、それこそ数え上げたらきりがないほどに。
言い方を変えれば見慣れているはずのその姿が、何故か今日はいつに増して妖艶に、扇情的に、アイオロスの情欲を刺激したのである。
アイオロスの身体の中を流れる血が、これ以上ないほど騒めいた。
サガに満足に触れることすら出来なかったこの3ヶ月強の間、我慢に我慢を重ねてきた若い欲求が、ほんの少しの刺激を受けて大爆発してしまったのである。
自分の理性が制止の声を上げるより早くサガの元へ駆け寄ったアイオロスは、風呂の準備に夢中のサガを突然背後から抱き締めた。
「えっ!?」
虚を突かれた形のサガは驚いて声をあげ、アイオロスの方へ振り返ろうとしたが、強い力で抱き竦められていて身動きが取れなかった。
「ア、アイオロス、いきなり何を……っあ!」
サガがアイオロスの突然の行動を問い質すより早く、アイオロスはタンクトップの袖から手を滑り込ませ、その指先でサガの乳首を弾いた。
ツン! と小さいながらも強い痺れが走り、サガは思わず詰まったような吐息を漏らして身を竦ませた。
「っ……アイオロスっ、ふざけるのはやめろ!」
滑り込んできた手が忙しなく胸元を這い回る。
それは愛撫と呼ぶには少し乱暴で、余裕というものを全く感じさせなかったが、それでもサガの身体はその手の動きに早くも反応する兆しを見せ始めていた。
慌ててサガは首だけを捩ってアイオロスの方へ振り返り、制止の声を上げたが、その唇は問答無用でアイオロスの唇に塞ぎ込まれた。
「んっ!」
一瞬頭の中が真っ白になり、サガの瞳が大きく見開かれる。
見開かれるアイオロスの舌が強引に歯列を割って侵入し、口腔内を動き始めた時、ようやくサガは我に返り、この状況を正確に理解した。
「んっ、……んんっ!」
後ろから抱かれ深く口付けられたサガは、何とかアイオロスから身を離そうと少しだけ自由になる肘で懸命にアイオロスの胸を押し返した。
だがすぐにアイオロスにその手を取られて動きを封じられると、そのままものすごい早さで器用に身体を反転させられ、やや乱暴に開いたロッカーの扉へ背中を押し付けられた。
ガタンッという大きな音が、2人だけの部室に大きく響いた。
「なっ、何をするっ?! やめろ、アイオロスっ!」
ようやく離れたアイオロスの唇が首筋に移動すると、解放された唇からサガが抗議の声を張り上げた。
「やめっ……あっ!」
サガの抗議の声を、アイオロスは無視した。
首筋から鎖骨へと性急に唇と滑り下ろし、あっという間にサガの胸に達すると、アイオロスは今度はタンクトップの上から乳首を少し強く噛んだ。
先刻よりも鋭い痛みと痺れが同時に走り、サガは思わず喉を反らせた。
「アイ……オロスっ、やめろっ……」
噛まれた乳首を今度は舌で転がされ、一転してじわじわとした小刻みな痺れ震えがそこから拡散していく。
サガはアイオロスから離れようと必死にもがいたが、アイオロスに強く両腕を拘束され押さえ付けられている上に、開いているロッカーに片方の肩が嵌まってしまい、思うように身動きが取れなかった。
「あ……あ、……」
噛まれて転がされてますます尖ったサガの乳首を、アイオロスが強く吸い上げる。
思わずサガはギュッと目を瞑ったが、直後、一気に全身から力が抜け落ちていくのを感じた。
「やっ……アイオロスっ、こんな、とこでっ……」
残る理性を総動員して、サガはアイオロスから逃れようと懸命に身を捩った。
「気にするな、もう誰もいやしない」
ようやくアイオロスはサガに返答したが、当然のことながら行為を止める気配はまるでなかった。
というより、この3ヶ月の間に溜りに溜った欲求が一気に吹き出し、理性の壁を決壊させてしまったのだ。
もはやアイオロス自身にすら、止めるに止められない状態だったのである。
「そ……いう、問題、じゃな……」
片方の乳首を指で、もう片方を唇で弄られ、そこからこみあげてくる快感が容赦なくサガの理性を浸食していく。
それでもサガは、それを手放すまいと必死にあがいていた。
「3ヶ月だぞ。3ヶ月もお前に触れることができなくて、オレは……」
身勝手なことを言っているのは自分でもわかっていたが、サガに触れたくても触れられなかったこの3ヶ月は、アイオロスにとっては正に地獄の責め苦に等しい日々だったのである。
怪我をしたくてしたわけではないし、無論、自分の不注意で負った怪我というわけでもない。
スポーツ選手に怪我はつきもの、いわば不可抗力であるが、それでもアイオロスは自分自身が酷く情けなく思えてならなかった。
「それ、は……っあ!」
アイオロスはサガの片手の拘束を解くと、その手でいきなりトランクスの上からサガの中心に触れた。
サガの身体がビクンッ! と大きく跳ね上がり、その振動でまたロッカーの扉が大きな音を立てた。
「あっ、アイオロスっ……やめっ、んっ……」
大きく円を描くようにして、アイオロスはサガのそこを愛撫した。
その一方で、唇をせわしなく左右の乳首に往復させる。
サガはまだなお抵抗の意志を示していたが、もはやそれは口先だけのものであった。
激しい練習の後の余熱を蓄えていたサガの身体が、本人の意思に反してアイオロスの愛撫に恐ろしい早さで反応してしまっていたからである。
サガの変化を素早く感知したアイオロスは、もう片方の腕の拘束も解いてタンクトップを捲り上げた。
露になった胸元に吸い付き、ぶつりと紅く膨らんだ果実を舌と唇で直接愛撫する。
「んっ、ああっ……」
唇で胸を刺激される一方で、一番敏感な部分をトランクスの上から握り込まれ、扱かれて、サガの官能の炎が一気に燃え上がった。
中心が瞬く間に熱を溜め込んで膨らみ、硬さを帯びて天を仰ぐ。
「あ、あっ……」
無意識のうちにアイオロスの肩口に置いていた手に、サガはグッと力をこめた。
大きな快感の波が下からこみ上げ、絶頂が近いことをサガ自身に知らせていた。
「ふっ……うっ……」
解放の時が目の前に迫った瞬間、不意にアイオロスがサガのそこから手を離した。
「アイオ、ロ……スっ!?」
いきなり放出を阻まれたサガが、苦しげにアイオロスの名を呼んだ。
いや、実際苦しいのだ。こんなところで中途半端に止められて、苦しくないわけがない。
同じ男なのだから、アイオロスだってそれがわからないはずはないのに――。
「ちょっと待って、サガ……」
苦痛に顔を歪めるサガの唇に、アイオロスは宥めるような軽いキスをした。
アイオロスの唇が離れるのとほぼ同時に、カチャッとベルトを外す音が小さく響いた。
間もなく学生服の下からサガと同じくらいにまで熱く張り詰めたアイオロスの分身が姿を現したが、放出できない苦しさを懸命に耐えているサガには、アイオロスが何をしているのか殆どわかっていなかった。
「もう少しだけ、我慢してくれ」
アイオロスはサガにそう言い置くと、胸をまさぐっていた手をサガのトランクスと下着にかけ、それを一緒に、一気に足元まで引き下げた。
「なっ……ロスっ!」
アイオロスはサガの片足を脱がせたそれから引き抜くと、その足を高く持ち上げた。
露になったサガの秘所にアイオロスは猛々しく滾ったそれを押し当て、一呼吸の間を置いた後に一気に貫いた。
「うっ! ああっ!!」
衝撃が雷のごとく身体の芯を駆け抜け、サガが大きく背筋をのけ反らせた。
次の瞬間、サガの腹部とアイオロスの腹部にじわりとした熱さが広がった。
解放を待ち望んでいたサガの分身が、腹部が擦れあった刺激と挿入の衝撃とで遂に絶頂に達したからだ。
破裂したそこから迸った熱い飛沫が、2人の腹部を濡らしたのである。
サガの全身から一気に力が抜け、グラリと身体が蹌踉めいた。
アイオロスはそのサガの身体を支えると、恍惚状態のサガの髪に労るように頬を擦り寄せる。
「サガ、動くぞ」
そうしてサガの耳元に優しく囁くと、アイオロスは力強くサガを突き上げた。
「はぅっ!」
アイオロスの腕の中で、再びサガの身体が大きく跳ねた。
小刻みに痙攣しているサガをしっかりと抱き直し、アイオロスはゆっくりと動き始めた。
「あっ、あっ……ぅあっ……」
ゆっくり始まった律動は、次第にその速度を増していった。
力強く差し貫かれ、そして引き抜かれる度ごとに、サガの口から甘い喘ぎが溢れ落ちる。
乱れるサガの嬌態が嬉しくて、いつしかアイオロスは一層激しくサガを攻め立てていた。
サガの中を縦横無尽に動き回るアイオロスは、サガの内壁にぴったりと締め付けられてどんどんと熱く大きく膨らんでいった。
「はぁっ、んっ、あ、あうっ……」
アイオロスによってサガの身体が強く激しく揺り動かされ、それに連動してスチールのロッカーの扉がガタガタと耳障りな音を立てる。
サガの嬌声とその音が混じり、部室の中をこだましていたが、アイオロスの耳にはサガの声しか聞こえていなかった。
「ああっ……!」
アイオロスがサガの最も深いところに己を突き立てた時、サガの一際高く、切ない喘ぎが天井へ吸い込まれていった。
2人で頂に上り詰めた後、一気に脱力して冷たい部室の床に倒れこんだアイオロスとサガは、重なり合ったまま無言でしばしの時を流していた。
火照った身体にひんやりとした床の感触は気持ち良かったが、やがてその熱と汗が引き始めると、薄いタンクトップ一枚しか着ていないサガの身体は急速に冷えていった。
アイオロスと肌を重ねている部分はいいのだが、床に触れている背中がとにかく冷たかった。急激な寒気がサガを襲い、サガはブルッと全身を震わせた。
「サガ?」
その変化をダイレクトに感じたアイオロスは、サガから身体を離すと、上体を起こして心配そうにサガを見下ろした。
サガはそのアイオロスの胸に手をついてアイオロスの身を完全に起こさせると、自分も気怠げにゆるゆると半身を起こした。
「サガ……あの……ごめん……」
起き上がったアイオロスは何故かサガの前で正座をすると、顔を俯けてサガに謝った。
溜った欲望を吐き出した途端、戻ってきた理性と冷静な思考能力が、自分の乱暴な行為と軽はずみな行動を激しく咎めていたからである。
「オレその、どうしても我慢できなくて……こんなところで乱暴なことしちまって……本当にすまなかった。殴るなり蹴るなり、お前の気の済むようにしてくれ」
いくら我慢できなかったからとはいえ、さすがにこんな場所で強引にこんなことをしてしまったのは、自分が愚かだったとしか言い様がない。
今更謝ったところで、サガはそう簡単には許してくれないだろう。罵倒され、殴られても文句は言えなかった。
サガは自分に向かって頭を下げている――というよりうな垂れているアイオロスを、しばらく黙ったまま見つめていたが、やがて小さな溜息を吐きだすと、
「もうクタクタで、そんな余力はないな……」
ボソリと独り言のような呟きを洩らした。
えっ? とアイオロスが顔を上げると、サガは世話の焼けるいたずらっ子を見るような目でアイオロスを見ながら、微苦笑を浮かべている。
「サガ……」
「今日だけ特別に許してやる。今度やったら承知しないからな」
そう言いながらサガは、ペシンと軽くアイオロスの頬を叩いた後、くすっと笑った。
普段であればこんなところで、こんな形で抱かれることなど、サガは絶対に許さない。
だが今回ばかりは些か事情が異なること、そして何よりサガはアイオロスのつらい気持ちがよくわかっていたのである。
何故ならこの3ヶ月、アイオロスと供に居ることも、アイオロスに満足に触れることも出来ず、つらい思いをしていたのはサガも同じだったからだ。
だからサガはアイオロスと、そして自分自身に、今回限りの免罪符を与えたのである。
それと、もう1つ――
「それに……」
「うん?」
「今日はお前の誕生日だしな」
額に張り付く前髪を掻きあげながら、今度はサガがいたずらっ子のような笑みを閃かせた。
アイオロスの目が、意外な驚きを得て拡大される。
「……覚えててくれたのか?」
「ああ。というより、さっき思い出した」
今日は11月30日、アイオロスの誕生日であった。
日々の忙しさとそして何よりアイオロスが無事に復帰してきたことの嬉しさで舞い上がっていてすっかり忘れていたのだが、先刻部室に戻ってきた瞬間に、サガはそれを思い出していたのである。
恋人の誕生日を忘れていたのは不覚としか言えないが、ギリギリでもその日のうちに思い出せたことは不幸中の幸いであった。
「だから帰りにファミレスでケーキでも奢ろうかと思ってたんだが……」
男二人でファミレスでケーキというのも、物悲しいというより面白可笑しいとしか言えないが、この時間ではそれ以外に選択肢はないのだから仕方がない――と、サガが考えていた矢先に、事態は思わぬ方向へ転がって、この結果である。
サガはふうっ、と大きく息を吐き出し、
「さすがにもう疲れた。今日はこれでいいだろう? アイオロス」
アイオロスは喜色を満面に浮かべ、全身で頷いた。
サガはさっき思い出したと言っていたが、正直なところ、アイオロス自身もサガに言われるまで誕生日のことなどコロッと忘れていたのである。
ようやく部に、サガの隣に復帰できる喜びで、胸がいっぱいだったからだ。
自分でもすっかり忘れていた誕生日を、こんな風にサガに祝ってもらえたことが――成り行き上こうなっただけとも言うが――アイオロスは嬉しくてたまらなかった。
「サガ!」
アイオロスはサガの両肩を掴むと、心なしかまだ艶っぽく潤んでいるサガの濃蒼色の瞳をしっかり捉え、
「ありがとう」
心からの礼を言って、小さく頭を下げた。
全開の笑顔で、それでいてどこか神妙な面持ちで自分に改まって礼を言うアイオロスに気恥ずかしさを覚え、サガは思わず視線をアイオロスから外し、下へと向けた。
「あっ!」
直後、サガが短く声を上げた。
「……どうした? サガ?」
はにかむように俯いていたサガの表情が急に困ったように一変し、アイオロスは訝し気に眉間を寄せた。
「制服……」
「え?」
「お前の制服……」
「オレの制服?」
アイオロスはハテナマークを浮かべ、小首を傾げた。
「お前の制服を……汚してしまった……」
「はっ!?」
何のことかわからず、アイオロスは素っ頓狂な声を上げたが、羞恥に顔を真っ赤に染めているサガを見てすぐに事情を察し、自分の腹部の方へ目を落とした。
アイオロスの制服のワイシャツには、サガが放った精がシミになって残っていた。
同様にサガのタンクトップにも、同じシミが残っている。
自分の制服を脱ぐ間もサガのタンクトップすら脱がせる間ももどかしく、強引に性急にサガを抱いてしまったため、互いの上衣にそれが付着してしまったのだ。
「ああ、いいよ、こんなの」
行為の最中はそれこそもう無我夢中で、そんなことに注意を払う余裕などもこれっぽっちもなかった。
ちょっと事を急いでがっつきすぎたかなぁ? とは思ったものの、制服が汚れてしまったこと自体は、アイオロスは全然気にもしていなかった。
「でも……私はまだその、練習着だからいいが……お前はそのままじゃ……」
サガはこれから制服に着替えればいいだけの話であるが、着替えを済ませてしまっているアイオロスはこの格好で帰らなければならないのである。
いくら上に学ランを着るとはいえ、さすがに自分の精のついた服を着たまま帰られるのは、サガとしては恥ずかしくて堪らない。
「ああ、いいって、マジで」
「よくない!」
これ以上ないくらいに顔を真っ赤にして、サガはアイオロスに怒鳴った。
「わかったわかった。それじゃジャージに着替えるよ、それでいいだろう?」
サガを宥めるようにアイオロスが言うと、サガの顔から赤みが引き、唇から安堵の吐息が零れ落ちた。
「絶対に着替えろよ」
念押しとばかりにアイオロスに言うと、サガはいきなりゴソゴソと周辺に散った風呂道具をかき集め始めた。
そして手早く風呂道具を揃え直したサガは、片足に引っ掛かったままだったトランクスと下着を履き直してから、忙しない様子で立ち上がった。
「……何するんだ? サガ?」
きょとんとアイオロスがサガを見上げると、
「決まっているだろう、シャワーを浴びるんだ。私がシャワーを浴びている間に、お前はきちんと着替えて帰り支度を整えておいてくれ、いいな」
「これからシャワー浴びるのか?!」
「当たり前だろう! 汗を残したまま制服に着替えるなんて、まっぴらごめんだ!」
目を丸くしているアイオロスを一瞥して強い口調でそう言い置くと、サガはさっさとアイオロスに背を向けてシャワー室へと向かった。
サガは練習後のシャワーを欠かしたことはない。汗が残っていては気持ちが悪くて仕方がないからだが、今日に限ってはそれ以外にも重大な理由があった。
今のサガの身体には、アイオロスとの行為の名残が残っているのである。それを残したまま、弟でありチームメイトでもあるカノンの待つ自宅に帰るのが堪らなく気恥ずかしくて決まりが悪くて、絶対に嫌だったからだ。
シャワー室へ消えていくサガの後ろ姿を呆然と見送ってから、アイオロスはやれやれと肩を竦めた。
サガの潔癖症は今に始まったことではないが、それにしてもいい加減時間を考えろよ、もう少し融通が利かないもんかねぇ? と、原因の半分以上が自分にあることを棚上げしてアイオロスは思わずにはいられなかった。
練習でかいた汗などとっくにひいているし、その後にかいた汗も乾いてしまっている。
今が夏だというなら話はわかるが、季節はもう冬、そう神経質になることもないだろうとアイオロスなどは思うのだ。
どうせサガは家に帰ってからまたしっかりと入浴し直すのだ。あともう数十分程度我慢したところで大差はないはずなのだが、そんなことを言ったところでサガが素直に聞き入れるわけもない。それどころか、また自分が怒られるのがオチである。
アイオロスは諦めて、サガがシャワーを浴びて出てくるのを待つことにした。
その間サガに言われた通り汚れてしまった制服を着替えようと、アイオロスがシャツのボタンに指をかけたその時、
「うわっ!」
シャワー室から、サガの悲鳴が響いた。
それを聞きつけたアイオロスは瞬時に踵を返し、その場を蹴ってシャワー室へと向かった。
「どうしたっ!? サガ!!」
アイオロスがシャワー室に飛び込むと、サガがシャワーの雨に打たれながら、全裸で蹲って震えていた。
咄嗟に降り注ぐ水滴に手を触れたアイオロスは、その温度に驚いて慌てて手を引っ込めた。
そこから絶え間なく出ていたのは、何と冷水であったのだ。
アイオロスとサガが部室に入って『余計なこと』をしている間に、ボイラーが止められてしまっていたのである。