「サガ、ミロのヤツ知らない?」

寝室を出たところでバッタリ兄と出くわしたカノンは、ちょっと前から姿の見えない自分の夫の行方を聞いた。

「いや、知らないが……。ミロもいないのか?」

「ミロも……ってことは、アイオロスもいないのか?」

サガの返答でそれを察してカノンが聞き返すと、サガは黙って頷いた。

「一応ウチん中全部探したんだけど居ないんだよな。あ、アイオロスも見かけなかったぜ。てっきり離れにいるものと思ってたけど……」

「2人でどこかへ出かけたのかな?」

「オレ達に黙って、こんな夜遅くにか?」

サガとカノンは顔を見合わせて、小首を傾げあった。

時刻は午後11時。遅いといえば遅い時間だが、大の大人2人がいなくなったからと言って騒ぎ立てるような時間でもない。だが問題は互いの妻に一言もなくどこかへ行ってしまったと言うことであって、そうなるとさすがにどこへ行ったのか、何をしてるのか、気にせずにはいられなかった。

2人が廊下で顔を突きあわせて首を傾げあっていると、バタンッ!と物凄い勢いで玄関のドアが開閉する音が響いてきた。

「帰ってきた!」

「どっちだ?!、ミロか?、アイオロスか?!」

2人はもう一度顔を見合わせてから、急ぎリビングの方へ向かった。

サガとカノンがリビングに入ると、同時に反対側からアイオロスとミロが揃ってリビングに入ってきた。やはり2人一緒にどこかへ行っていたようだが、帰ってきたその2人の出で立ちが、サガとカノンを唖然とさせた。

「なっ、何だ?、その荷物は?!」

どこへ行ってきたんだ、と聞くより先に、アイオロスとミロが両手一杯に抱えきれないほどの荷物を抱えていることにサガは(もちろんカノンも)驚き、何事かと目を瞠る。

「ん、ああ、これからパーティーの準備をしようと思ってな」

両手両脇に抱えていた荷物を下ろし、アイオロスがふぅ、と一息ついた。

「パーティー?!」

「何の?!」

絶妙なコンビネーションでサガとカノンが聞き返すと、

「誕生日パーティーだよ!」

アイオロス同様に大量の荷物を下ろしながら、ミロがそれに即答した。

「誕生日パーティー?」

「何だ?、サガもカノンも、自分たちの誕生日を忘れてちゃってんのか?」

2人揃ってわけわからん、と言った表情で目をぱちくりさせている様を見て、ミロがやや呆れたようにそう聞き返した。

「いや、忘れちゃいねーけど……。っつか、オレ達の誕生日、明日なんだけど……」

そう、今日は5月29日である。自信たっぷりに何を勘違いしとるんだ、こいつらは……と、カノンは自分の夫と義兄のアホさ加減を内心で嘆いた。

カノンにとっては確かに、ここ、十二宮で生活を始める以前の二十数年間は、誕生日など忘れてしまいたいくらい嫌いな日ではあった。実際はそう思えば思うほど、忘れられないものなのだが。

そんな不遇の時を経て、ようやく人並みに誕生日に楽しい思い出が作れるようになった今、カノンが自分の誕生日を忘れるわけなどなかった。

「わかってるさ。でももう、あと1時間で誕生日当日だろう?」

言いながら、アイオロスは壁の時計の指差した。言われてみれば確かに、日付的にはあと一時間ほどで5月30日だ。だが……

「まさか、日付が変ったと同時にパーティーを始めようと言う気じゃなかろうな?」

嫌な予感を覚えつつ、サガがアイオロスとミロに尋ね返すと、2人はいたずらっ子のようにニカッと笑って

「ご名答!」

声を揃えて言うと、わざとらしくパチパチと拍手をした。

「じゃ、その荷物は……」

「そう、ケーキ、食料その他諸々」

「いつの間にか2人揃っていなくなったと思ったら、それ買いに行ってたのかよ?!」

「はい、またまたご名答〜」

アイオロスとミロは、またもやわざとらしくパチパチと拍手をする。

「……………」

だが能天気な夫達とは裏腹に、サガとカノンは呆気に取られるばかりであった。

「……お前達の気持ちは嬉しいが、何もこんな真夜中にパーティーなどしなくても……」

少ししてサガがやや遠慮がちに言うと、カノンもそうだそうだと言わんばかりに頷いた。アイオロスとミロの気持ちは嬉しいが、時間はたっぷりあるのだ。何も日付が変わってすぐに何かをやろうとしなくてもいいではないか、とサガなどは思うのだが……。

「何言ってんだよ、結婚して初めての誕生日なんだぜ?。24時間をフルに使って祝わなきゃ、勿体ないじゃないか!」

だがもちろん、張り切りまくっているミロとアイオロスは、そんなことなどお構いなしであった。

「24時間フルに使うってお前……」

カノンがそこを深く追及しようとしたとき、玄関のドアがノックされた。

「おう!、入っていいぞ〜!!」

ミロはその場を動きもせず、外の人間に声だけをかけて中へ入るよう促す。本来であればこの程度の声は外には聞こえないが、外にいるのが黄金聖闘士であれば話は別である。案の定、すぐに玄関のドアが開閉し、間もなくムウとアルデバランがリビングに姿を現した。

「こんばんわ、お邪魔します」

何やら手土産を片手に現れた隣家の夫妻は、常に変らず礼儀正しくサガ達に一礼して挨拶をした。

「この度はお招きにあずかりまして。あ、これはささやかですが我が家からです」

言いながらムウは、手にしていた土産物をアイオロスに渡した。

「おう、サンキュー」

軽い礼を返しながら、アイオロスは当たり前のようにそれを受け取っていたが、目の前で繰り広げられるその光景に、サガとカノンは唖然呆然とする一方であった。

「お招きにあずかりましてって……まさかこんな夜中に、ムウ達をわざわざ呼びつけたのか?!」

ふと我に返ったサガが、大慌てでそれをアイオロスに尋ねた。自分たちだけでと言うならまだしも、こんな夜中に人様を呼びつけるなど、言語道断!とばかりに、サガは語気を強めた。だがアイオロスもミロも全く意に介す様子も見せず、しれっと言い放った。

「呼びつけたんじゃない。招待したんだ」

……ものは言い様である。

「招待って、お前……」

サガが更に言い募ろうとした時、また双児宮の玄関のドアがノックされた。先刻と同じように、ミロが中に入るよう促すと

「こんばんわ〜!!」

「ご招待いただきまして、ありがとうございます」

次なる訪問者は、シュラ、カミュ夫妻であった。やはりムウ達と同じように手土産持参で、アイオロスとミロに呼ばれてきたのは一目瞭然だった。

思わずサガとカノンが呆気にとられて言葉を失っていると、数分後、今度はアイオリアが双児宮にやってきた。

「こんばんわ〜。あれ?、何だまだ全然用意できてないじゃん」

アイオリアはまだ雑然としたままの双児宮リビングをざっと見渡すと、やはり持参してきた何かを兄のアイオロスに手渡した。

まさか……?と嫌な予感が、サガとカノンの脳裏を掠めたとき、4組目の訪問者が双児宮リビングに姿を現した。手土産持参のデスマスクとアフロディーテである。

そして更にその一分後、シャカまでが双児宮に現れ、結局シオンと童虎を除く黄金聖闘士全員が、ここ双児宮リビングに勢ぞろいしたのである。

ここまで来たらもう、アイオロスのミロの意図がどこにあるかなど考えるまでもない。カノンは呆然としたまま立ち竦み、サガは頭痛を覚えて頭を押さえた。

「アイオロス、ミロ……24時間フルに使うと言うのは、夜中にみんなを呼びつけて、丸一日大騒ぎをすると……つまりはそう言うことなのか?」

こめかみ辺りをピクピクさせながらサガが尋ねると、アイオロスとミロは同時に首をふるふると振った。

「まさか!、丸一日飲んで騒いでる訳ないじゃないか。パーティは6時までだ、6時まで」

「6時までって……それは夜通しと言うことじゃないのか?……」

「まぁ、そう言うことかな?」

あっけらかんと言うアイオロスに、サガは眩暈を覚えた。

「ア、アイオロス……何もそこまでしなくても……。こんな真夜中じゃ、みんなに迷惑だろう!。普通に明日の夕方からとかでいいじゃないか」

「それじゃ、ありきたりすぎて面白くないだろう?。たまには深夜のパーティーってのもいいんじゃないかと思ってさ」

「面白い、面白くないの問題じゃない!」

サガはお気楽すぎる夫に向かって思わず声を荒げたが、あわやそのまま夫婦喧嘩突入か?!と言う雰囲気をあっさり破ったのは、デスマスクの豪快な笑い声であった。

「あはははは、サガ、何もそうカリカリすることじゃないだろ?。オレ達ゃ子供じゃないんだし、別に夜中だの何だの気にするこっちゃねーさ。むしろこれくらいの時間からの方が、よっぽど都合がいいくらいなんだぜ」

「そうですよ、サガ。アイオロスの言う通り、たまにはこう言うことがあってもいいんじゃないですか?。黄金聖闘士が一堂に会して、一晩中飲み明かす機会なんてそう滅多にありませんし、一晩飲み明かしたくらいでどうなるものでもありませんからね」

デスマスクに同意して、アフロディーテが言う。

「いや、しかし……」

「いいじゃありませんか、サガ。我々は我々で、楽しみにしてきたのですし」

更にカミュがフォローするようにそう付け加えると、

「招待は受けましたが強制されたわけじゃありませんし、迷惑だったら我々は最初から来たりなんかしませんよ。みんな自分の意志で、来たいと思ったから来たんでしょう。ですからその点ご心配なく、サガ」

ムウが可愛くないながらも核心を突いた最終フォローを入れて、この場を締め括る。アイオロスやミロならばともかく、いわゆる招待されてきた側の人間にそう言われると、サガもさすがにそれ以上は何も言えなかった。

「……っつかさぁ、別に夜中だろうが何だろうがオレは構わないけど、その後の時間、余りまくりじゃん。何か却ってその方がマヌケなような気がするのは、オレだけか?」

呆れ果てたままここまで黙り込んでいたカノンが、ようやく口を開いた。カノンとしては夜通し騒ぐのは大歓迎で、そのこと自体、サガのようにどーのこーのと言うつもりは全くないのだが、さぁ、これから一日が始まるぞ!と言う時間に終宴となると、誕生日当日残りの十何時間が却って虚しくなるような気がしてならないのだった。

「ああ、心配するな、そんなことはちゃんと考えてる。そこからは夫婦の時間だ」

「は?」

「だから、残りの時間は夫婦それぞれにゆっくり誕生日を過ごすんだ。お前はミロと、私はサガと、お互い夫婦水入らずで、あとの時間を有効に有意義に使えばいいさ」

「ゆ、有意義にって……」

「だから、さっきから言ってるだろう?。せっかくの誕生日なんだから、5月30日の24時間をフルに使うんだって」

得意げに先刻と同じ言葉を繰り返し、アイオロスは胸を張った。

「カノン、明日のデートコースはオレがちゃんと決めてるからね!」

アイオロスのその返答に、三度サガとカノンが唖然としていると、それに追い打ちをかけるかのようにミロが明るくカノンにそう言いながら、ニコニコと手を振った。

「私もちゃんと決めてるからな、心配しなくていいぞ、サガ」

それを受けて、アイオロスもニッコリ微笑みながらサガに言う。

「はぁ?!」

サガとカノンは思わず2人揃って素っ頓狂な声を上げたが、結局のところ夫達はもうすっかりスケジュールを決め込んでいるしまっているようで、つまりは何を言っても無駄と、この時点で悟らざるを得なかった。

「……何が時間を有効にだ。それって単なる24時間耐久レースじゃねえか……」

ややうんざりしたように、小声でカノンは呟いた。

「まぁ、一日二日寝ないくらい、どうってことはないが……」

それを耳にしたサガが、諦めたように溜息をついた。どっちにしろ今更引っ込みはつかないのであるから、大人しく諦めるが賢明と言うものであろう。もちろん嬉しくないとか迷惑とか、そう言うわけではないのだが……。

「まぁ何はともあれ、めでたいことでこうして集まってんですから、楽しくやりましょう!。とにかく早く準備しちゃわないと……日付が変わるまであと一時間もないんですからね」

タイミングを見計らってシュラがその場を纏めにかかると、それに便乗して皆が揃ってわさわさと動きだし、準備を始める。さすがに十二宮一のソツなし男と誉高いシュラは、こういう場面での立ち回り方は絶妙であった。

「はいはい、それじゃここは我々に任せて、主役は呼ばれるまで奥にいてくださいね。あ、シャカ、君はどうせここにいても役に立たないんだから、奥で主役のお相手してなさい」

「えっ?!、ちょ、ちょっとアフロディーテ?!」

アフロディーテはサガとカノンと、ついでにシャカを一緒くたにすると、抗議めいた声をあげるサガにお構いなしに、3人を奥へと押し込めた。

「準備できたら、呼びますからね」

にっこり笑顔でそう言い置いて、アフロディーテは静かにリビングのドアを閉めた。

「……何かさ、オレ達より外野の方が楽しんでないか?」

いきなりバタバタバタっと事態が転がり始め、そのわけのわからない慌ただしさにイマイチ付いていききれていないカノンは、半ば憮然としながらそう呟いた。

「でもまぁ……皆が厚意でしてくれてることには違いないから……」

些か複雑な面持ちで、サガは小さく笑った。

「確かに……それはそうだけどね……」

カノンは両手を頭の後ろで組んで、天井を仰ぐと大袈裟に溜息をついた。

「とにかく、こうなっては仕方ない。皆のその厚意に全面的に甘えるとしようか?、カノン?」

「……ったく、仕方ねーなぁ……」

渋々な態度を装っていたカノンであったが、満更でもないことは一目瞭然であった。いや、とかく今まで自分の誕生日と言うものにいい思い出のなかったカノンなだけに、本当は嬉しくて堪らないに決まっているのだが、決してそれを素直に口にしようとはしないのだ。それでも明らかに態度に出ているそれを見て取って、サガは思わずシャカと顔を見合わせると、カノンに気付かれないよう声を立てずに笑いあった。




**************

それから数十分が経過し、準備が整ったとサガとカノン(とシャカ)が呼ばれたのは、日付が変わる3分前であった。

「はい、主役はここですよ」

シュラに上座の誕生席に案内され、サガとカノンは言われるがままにそこに腰を下ろした。

誰がいつの間に持ち込んで来たのやら、大きめのダイニングテーブルを数脚連結させたテーブルの上には、ロウソクの立てられた特大のケーキと大量の酒類、そして数々の料理が所狭しと並べられていた。

サガとカノンが席につくと、その前にシャンパンの入ったグラスが置かれた。乾杯用である。

「お!、みんな、そろそろだ、準備はいいか?」

デスマスクの合図で、全員が一斉にシャンパングラスを持ち上げる。デスマスクは自分の腕時計を食い入るように見ながら、日付が変わる瞬間を待ち構えていた。

時計の秒針が、刻一刻と時を刻み、やがて……


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