「お前さぁ、誕生日プレゼント何が欲しい?」
カノンがミロに単刀直入にそう切り出したのは、ミロの誕生日のちょうど一週間前の夜のことだった。
誕生日やらクリスマスやらのいわゆる記念・季節行事の贈り物に、サプライズや演出を重要視する人間は少なくないが、あいにくとカノンはそういうタイプの人間ではなかった。
グッとくる演出で盛り上げ、あッ! と驚くプレゼントをして喜ばせたいという心理はもちろんわかるのだが、カノンから言わせると『贈る側の自己満足』の要素の方が強すぎる気がしてならないからである。
100%確実に相手が喜ぶプレゼントがわかっていれば良いが、得てしてそういうものは意外性に欠け、正真正銘のサプライズにはならない事が多い。
もちろんこういうものは気持ちの問題であるから、受け取る側も物ではなく相手のその気持ちをありがたく受け取り、それを喜ぶ気持ちの方が大きいということはわかっているのだが、どうせ何かプレゼントをするのなら例え演出に乏しくとも、パッケージを開ける前から中に何が入っているのかわかりきっていても、相手が今本当に欲しがっている物をあげた方がいいとカノンは考えてしまうのだ。
つまりカノンは一言で言うなら、実用主義者なのである。
一事が万事ムードより実利優先というわけではもちろんないのだが、あれこれと余計な気と頭を使った挙げ句、相手がさほど欲しいとも思っていない物などをあげる羽目になるよりは、何が欲しいのかを率直に聞いてしまった方が確実で早いと考えてしまうのである。
それを聞いたところで当日プレゼントを開ける瞬間の楽しみが少なくなるだけなのだから、よっぽどサプライズに重点を置くタイプの人間でない限りは嫌がられるようなことはないはずだとカノンは思っているが、とはいえ、カノンはこれまでの人生の中で自分から他人にプレゼントを贈った経験は皆無なのでその考えが絶対だとはもちろん思っていなかった。
「欲しい物?」
確認するようにそう聞き返して、ミロは薄青色の大きな瞳を瞬かせた。
「ああ。欲しい物あったら言えよ。それ買ってやるから」
「欲しいものねぇ……」
そう呟いて、ミロは考え込むようにして黙り込んだ。
いきなりそんなことを聞かれて困っているとか、欲しい物がないとかそういうことではなく、単にいくつか欲しい物があったためどれにしようか迷っているのだ。
幸い――といえるかどうかはわからないが――ミロもカノンと同様、サプライズだの何だのを気にする方ではなく、こんな風に単刀直入に欲しい物を聞かれてもまったく気にはならなかった。
欲しい物を買ってやるから言えと言われれば、素直に欲しい物を言うタイプなのである。
「そうだ!」
たっぷり一分以上考えてから、ミロはポンと手を叩いた。
「ゲーム欲しい!」
「ゲームぅ〜!?」
「そう」
満面に笑みを浮かべているミロを、今度はカノンが瞳を瞬かせながら聞き返した。
「……お前が欲しいんならそれでもいいけどさ。そんなモンでいいのかよ?」
もう一人スポンサーいるから、遠慮はしなくていいぞとカノンは付け加えた。
そのもう一人のスポンサーとは、いうまでもなくカノンの兄サガの事である。
「遠慮なんかしてないよ。っつか、欲しいゲームって1つじゃないんだもん」
「は?」
カノンが更に聞き返すと、ミロはちょうど床に放り投げてあったゲーム雑誌を手に取って、
「ちょうど欲しいタイトルが目白押しでさ、どれ買うか迷ってたんだよね」
そう言いながら、パラパラとその雑誌を捲った。
「欲しいのはソフトだけか?」
「うん、ハードは殆ど持ってるし」
「わかった。それじゃ欲しいソフト全部買ってやる。っていうか、その雑誌日本のだよな? お前が欲しいゲームって、日本のやつ?」
カノンがミロの持っている雑誌を指差しながら確認を求めて問うと、ミロは当然、と頷いて、
「ゲームとアニメはやっぱり日本のが一番だよ。それにオレの持ってる本体だって、全部日本で買った物だし……」
「それはまぁ、そうかも知れないけどよ」
日本と言えば、アニメにゲーム、家電に車である。
かなり偏った思い込みでもあるが、あながち間違っているというわけでもない。
「てことは、日本まで買いに行かなきゃいけないってことか」
「いけないってわけでもないけどね。氷河に頼んで、送ってもらうなり持って来てもらうなりすればいいだけだから。でも……」
ミロは手にしていた雑誌を再び床に放ると、おもむろにカノンに身を寄せ、
「せっかくだからさ、買い物がてら日本で誕生日デートってのはどう?」
下から覗き込むようにしてカノンを見上げながら、ミロはニコッと微笑んだ。
「日本でぇ〜!?」
「そ。まぁぶっちゃけオレはカノンが一日中一緒に居てくれれば場所なんてどこでもいいんだけど、モノはついでってやつ。それに日本は食いモンも美味いし、デートするにはもってこいだと思うけど」
そう言ってミロは軽く声を立てて笑った。
「ダメ?」
呆気にとられたようにポカンとしているカノンに、ミロは小首を傾げながら伺いをたてる。
「いやダメってわけじゃないけど。っていうか、お前がそうしたいってんなら、オレは別に構わんが」
元々可能な限りミロの希望を全部聞いてやるつもりだったカノンに、異論を唱える理由はない。
ただまさか日本でデートしたいなどと言い出すとは思わなかったので、少々意表をつかれた事は事実だったが――。
「ホント!? やった!」
ミロは今度は喜色を満面に浮かべて、カノンに飛びつくようにして抱きついた。
こんなにオーバーに喜ぶ事かねぇ? と苦笑しつつ、カノンは無意識のうちにミロの後ろ頭を撫でていた。
後で城戸邸に連絡して、どこかいい店押さえといてもらわないとな……と考えながら。