Happy Birthday to MILO 2010
「夜分遅くに失礼します。カノンにお願いがあって伺いました」

日本にいる青銅聖闘士の小僧・キグナスが神妙な面持ちで双児宮に現れたのは、あと小一時間ほどで日付が変るという時間帯だった。
こっちでは深夜だが、時差を考えると日本は早朝のはず……そんな朝っぱらから何しに来たんだ? この小僧は。
つかオレに『お願い』って、何だ?。
全く思い当たる節がなくてオレは思わず首を傾げた。
一緒に住んでる兄貴のサガも、この時偶々二人でリビングに居たんだが、オレと同じくキグナスの『お願い』とやらの見当がつかないのか(そりゃそうだろうな)、キグナスを不思議そうに、それでいてどこか興味深げに見つめている。

「オレに『お願い』ってお前がか? ミロにじゃなく?」

こいつの普段の交流関係から考えると、ミロにお願いがあると言うならまだ話はわかるんだが……何でオレ?。

「はい、あなたにです、カノン」

もしかして何かの間違いかと思ったんだが、やっぱオレか。
相変わらず内容の見当は全くつかないが、いずれにしてもこいつに話を聞かなきゃ始まらないよな。

「聞ける願いと聞けない願いがあるが、まぁいいや、とりあえず言ってみろ」

オレがキグナスに話の先を促すと、キグナスはちょっとだけ躊躇うように間を置いた後に、

「プレゼントになってください!」

いきなり声を張り上げて言うなり、腰を90度に曲げてオレに向かって頭を下げた。

「はぁ!?」

オレのみならず、サガまでが素っ頓狂な声を張り上げた。
プレゼント? 今プレゼントになってくださいとか言わなかったか? こいつ。

「……すまんキグナス、オレにはお前の言っていることの意味がさっぱりわからん。順を追って説明してくれるとありがたいんだが」

オレ達は今、日本語で会話してる。
なのでキグナスの言ってる事を誤訳でもしたのかと思ったんだが、オレもサガも英語と日本語は母国語であるギリシャ語と同レベルに使える。なので誤訳という事はないはずなんだが……やっぱりどうしてもキグナスの言ってることの意味がわからなかった。
オレ達の理解力が足りないのか? 母国語同然に使えるってのはただの思い上がりで、やっぱギリシャ語じゃなきゃ正しく理解出来ないのか? とか、何か瞬時に色々頭の中を駆け巡ったけど、やっぱりオレ達の方が誤訳しているとはどうにも考えづらかった。
キグナスがギリシャ語を喋れりゃ即解決する話なんだが、こいつはギリシャ語に関してはまだ『言ってることはわかるけど自分じゃ話せない』ってレベルなんで、ギリシャ語で説明し直してくれっても無理だしな。
とりあえず日本語のままでいいからもう一度詳しく説明してくれと、オレは再度キグナスを促した。

「あの……明日っていうか日本時間ではもう今日なんですけど、ミロの誕生日なんです」

はいはい、それはもちろん知ってますよ……っておい、ちょっと待て、お前の言ってたプレゼントってまさか……。

「ミロは我が師カミュの親友ですし、オレ自身もミロにはすごくお世話になってて大好きなんで、何かお祝いがしたいんです。でもミロの好みとか欲しい物とかわかんなかったんで、2日くらい前にメールしたんです。何か欲しい物はありませんか? って」

…………何か、ちょっとだけ話が見えて来たような気がする。しかもすごーーーーくイヤな予感がするんですけど。

「そしたらミロからすぐに返事が来て、プレゼントはその……カノンがいいって書いてあったんです」

やっぱり! やっぱりプレゼントってそういう事かよ!。

「あんっのバカが! それでお前、バカ正直にオレをプレゼントにしようとかしてるわけか?」

「はい……。それでその、プレゼントしてくれる時にはカノンの頭に可愛いリボンかウサギ耳かネコ耳のカチューシャつけてくれるともっと嬉しいってリクエストもあって」

なっ、何だと!?!? 何だその超恥ずかしいリクエストは!?。
そんな事をよりにもよって青銅の小僧に頼みやがったのか、あんっっっの脳みそスカスカのバカたれがぁぁーーーー!!!。

「正直、ちょっと困ったし迷ったんですけど、やっぱりオレ、ミロに喜んで欲しいんです。だからお願いしますカノン、プレゼントになってください!」

そう言ってキグナスは、今度は額を膝につけるかのような勢いで頭を下げた。
いや、そんな亊言われてそんな風に頭を下げられてもだな、今更オレがプレゼントになったところで別に大差ないっつーか意味がないっつーか……。
っとにあのバカ、何考えてやがるっ!。

「氷河」

怒りと情けなさでオレがブチギレる寸前、呆気に取られまくりでここまで何も言えなかったらしいサガが、ようやく口を開いた。
その声でオレの頭が少し冷えたが、サガも平静を装ってはいるが内心ではかなり呆れているらしく、声色がいつもと微妙に違っていた。

「はい?」

「お前を疑うわけではないのだが、良かったらそのミロから来たと言うメールを私達に見せてもらえないだろうか?」

いくらミロでも後輩相手にそんなバカな真似はすまい……とでも思っているのか、サガはキグナスに証拠物件の提示を求めた。
口で言ってるように、サガがキグナスの事をこれっぽっちも疑っちゃいないって事はオレにも分かってる。
メールを見せてくれと言ったのは、ミロ以外の人間がふざけてキグナスにそんなメールを送ったんじゃないかとでも思っているからだろう。
出来ればオレもそっちのパターンであって欲しいわけだが、残念ながらミロは割と平気でそう言うことしでかすので、紛れもなくミロ本人がキグナスにメールした可能性の方がオレは高いと思う。

「あっ、はい。それはもちろん」

あっさりと頷いてキグナスは自分の携帯を取り出すと、件のメール画面を開いてサガに渡し、オレもサガの横からメールを覗かせてもらった。

『誕生日プレゼント? マジくれんの? お前がオレに? ラッキー!♪♪v(⌒o⌒)v♪♪。
まさかお前にそんな事言ってもらえるなんて思いもよらなかったけど、そういう事ならオレは遠慮しないよ( ̄∇ ̄*)b。
うーんそうだなぁ……それじゃねぇ、プレゼントはカノン! カノンがいいや、カノンをプレゼントにしてくれ。
もちろんそのままじゃ意味ないんで、頭に大きくて可愛いリボンつけて欲しいな。あ!ウサ耳のカチューシャとかネコ耳のでもいいなぁ(*´∀`*)。
とにかくかっわいくして持って来てくれ!頼むぜ(*≧▽≦)bb』

――ミロからだった。そのメールは間違いなくミロからだった。正真正銘ミロからだった。
しかも絵文字乱舞とかバカすぎてオレもうどうしたらいいのか……。
それと言うに事欠いて『持って来てくれ』って、オレは物じゃねぇぞ!。

サガも完全にミロの仕業と分かり呆れて物が言えないのか、眉間にしわ寄せて厳しい顔つきで画面をガン見している。
ミロの奴、誕生日当日は何とか免れるだろうが、その後にはサガのお説教フルコースが確定したなこりゃ。

「氷河」

「はい?」

「つかぬ事を聞くが、お前はミロと頻繁にメールのやり取りをしているのか?」

「え? ええ、そんなに頻繁にってほどでもありませんけど、それなりには」

キグナスの答えを聞いたサガは、無言で小さく頷いてからまたしばらく画面を見ていたが、

「メールはいつも何語でやり取りしている?」

「は?」

キグナスは目を丸めた後、少し考えるような素振りを見せた。
傍から見てるとキグナスはサガに質問というより詰問されてるみたいで、ちょっと可哀想にも思える。

「大体日本語で、時々英語……ですね」

「やはりそうか。だがこのメールは全部ギリシャ語で書いてあるようだが」

そう言いながら、サガは携帯の画面をキグナスの方へ向けた。
あ! そう言われてみればそうだ、これギリシャ語じゃねえか。
オレとミロがメールをやり取りするときは当然ギリシャ語だから、違和感なさ過ぎで全然気付かなかった。
でも考えてみりゃ、キグナス相手にギリシャ語でメールってちょっとおかしいよな?。
つかさすがにサガだぜ、普通はあっさりスルーしちまうようなそんな細かいことによく気付いたよ。

「ええ。オレもメール開いた時にはびっくりしたんですけど、単に普段の癖で母国語で書いちゃっただけだろうなって思って気にもしてませんでした」

キグナスの方はその言葉通り、全く気にしていないようだった。
サガはもう一度メールを見て苦笑混じりの小さな笑いを零すと、

「これは多分お前に宛てたメールじゃないよ、氷河。恐らく黄金聖闘士の誰かへの返信だろう。それを間違えてお前に送ってしまったんだと思う。そしてミロ本人は今もそのことに気付いてないんだろう」

「えっ!?」

「はぁ!?」

オレとキグナスが同時に目を丸くして声を張り上げたせいか、サガはオレ達を交互に見遣りながら苦笑を深め、

「黄金聖闘士の誰かとは言っても、ギリシャ語を使っているところを見ると相手はアイオリアかアイオロスのどちらかだろうな。このメールの口調を見る限り、十中八九アイオリアだと思うが」

そこまで言うと、一転して楽しげに笑い始めた。
なるほど……アイオリア宛の返信メールをよりにもよって日本の青銅の小僧に誤爆したのかあいつ。
てことは、本来キグナスに行くはずだったメールはアイオリアんとこに行ってる可能性が高いってワケか。
内容はまだわからんが、どっちにしたってそれはそれで随分と間抜けな話だな。

サガは十中八九アイオリアと言ってるけど、この様子からしてほぼ100%アイオリアだと思ってるようだった。
普段のミロの交友関係を考えりゃまぁ簡単に出てくる答えだし、それより以前に相手がアイオロスだったら間違いメールの内容はとっくにサガに筒抜けになってるはずだもんな。
つまりサガは、アイオロスからは何も聞いてない=アイオロスじゃないと断定したわけだ。

「そういうわけだから氷河、このメールに書いてあるリクエストにお前が真面目に応える必要はないだろう。このメール自体、なかった事にしていいと思うよ」

サガは閉じた携帯を返しながら、そうキグナスに言ってくれた。
サンキュー、サガ。これでこっ恥ずかしい思いをしなくて済むぜ。
――と、オレが心底安心したのも束の間、

「でも、ミロのプレゼント希望がカノンである事に変わりはないわけですよね? ただリクエストする相手を間違えたってだけで」

「それはまぁ……そうだとは思うが」

「だとしたら、今更なかった事になんて出来ませんよ。だって、ミロの誕生日は本当にもうすぐ目の前に来てるんですから」

えっ!? ってちょっと待てよキグナス。
なかった事に出来ないって、していいってサガが言ってんだからさ、ここは素直にサガの言うこと聞いてなかった事にしようぜ、な!?。

「それに、準備もして来ちゃったんです。これ……」

と言ってキグナスは、手にしていた紙袋を軽く掲げてみせた。
おい、もしかしてその中身はリボン……か?。

「なのでなかった事になって絶対で来ません。改めてお願いします、カノン。どうかミロへのプレゼントになってください!」

キグナスは縋るような目でオレを見て、三たび深々と頭を下げた。
いや、だからそんな亊言われてもだな……。

さすがのオレもどうしたらいいかわからず、対処に困り果てて半ば途方にくれかけていると、

「カノン、氷河がここまで頼んでいるのだし、プレゼントになってやったらどうだ?」

事もあろうに、サガがいきなりキグナスの援護射撃に回りやがったのである。
どうやらサガは、何かよくわからんが必死になってるキグナスに思いっきり同情したらしい。
同情するのは勝手だが、今回ばかりは被害被るのはオレ一人なんでやめて欲しいんですけど。

「ちょっ、何でオレが!?」

「何でって、それがミロの希望なのだから仕方あるまい。そう長い時間の事でもないのだし、別に頭にリボンをつけるくらいしてやれ。大して難しい事でもなかろう」

外野は簡単に言うけどな、やらされるこっちの身にもなりやがれ。
短い時間だとか簡単な事だとか、難しいとか難しくないとか、そういう問題じゃねーんだって。
そんなのは関係ないんだよ! ただ単に恥・ず・か・し・い・か・ら・イ・ヤ・だっつってんだよ!。

「他人事だと思って無責任に言うなよ!」

「無責任に言っているわけではない。氷河がこんなに頭を下げているんだぞ。無理難題というのならともかく、そうではないのだからこのくらいの願いは聞いてやれと言っているだけだ」

「だからそれが無責に……」

「氷河、構わんからカノンにリボンをつけてミロに持って行ってやってくれ」

ちょっと待てコラァーーーーーー!!! 本人「うん」つってねえのに、何でお前がOK出すんだこのバカ兄貴!!!。

「いいんですか? サガ」

「ああ、兄の私が許可をするよ。だから心配も遠慮も要らん。これでミロの願いも叶うし、お前の顔も立つのだろう?」

「ありがとうございます! サガ!」

お前らな、勝手に話を進めるな! オレの答えを聞いてくれよ頼むから!。

「おいサガ! 勝手な事言うなっつってんだろーが。何でオレがそんなこっ恥ずかしい真似しなきゃいけないんだよっ!」

「恥ずかしいとは言っても別にリボンをつけて街中を歩くわけでもあるまいし、ここから天蠍宮までの間には4つの宮しかないんだぞ。そこを抜ける短い時間だけの話だろう。しかも老師は天秤宮にはおられないし、シャカは普段は目を開けていない。見られる可能性があるとしたら、デスマスクとアイオリアの2人だけではないか。大丈夫だ、問題なかろう」

「お前なぁ〜……」

「ならば来年のお前の誕生日に、ミロに同じ事をしてもらえばいいじゃないか。それでおあいこだ」

だぁ〜からそういう問題じゃねーんだと何度言ったら……。
つか別にオレ、リボン付きのミロなんか欲しくねーし!。
論点ズレまくりっていうか、明後日の方向にすっ飛んでんじゃねーかよ!。

「もう決まった事だ、四の五のぬかすな」

何を偉そうに。当の本人の意思をガン無視してお前が勝手に決めただけだろうが。
超ムカついたので断固拒否ってやる! と思ったんだが、

「さぁ氷河、気にせず始めてくれ」

サガはまたもオレの答えを聞かず、更に問答無用とばかりにキグナスを焚き付けやがった。
キグナスはあからさまにホッとしたように表情を動かした後、満面に笑みを浮かべて、サガに向かって頭を下げた。

「ありがとうございます、サガ!」

サガに礼なんて言う必要ねーよ!。
つかこのクソ兄貴、どこまで後輩に甘いっつーか、外面がいいんだよ。
やらされるのオレなんだぞ。なのにそのオレの意見も意思もまるっとシカトして、強制的に蚊帳の外に追い出して、強引に話決めやがった。マジ信じらんねぇ!。

「それじゃ、お言葉に甘えて失礼します」

オレが怒りにうち震えているのに気付いているのかいないのか、ある意味絶妙なタイミングでキグナスがオレ達の間に割って入った。
キグナスは持参した紙袋をいそいそと開け、オレにくっつけると思しきリボンを取り出し……って、おい、それは何だ???。

「キグナスお前、その手に持ってるのは何だ?」

「え? これからカノンに着けてもらう物ですが」

それが何か? とばかりにキグナスが小首を傾げる。

「カノンに着けるって、リボンではないのか?」

でかい衝撃を受けて唖然呆然として言葉が出ないオレに代わって(というわけではないだろうが)、サガがキグナスに聞いた。
さすがに驚いたのか、サガの目も文字通り点になっている。

そりゃそうだろう、リボンが出て来ると思い込んでたところに、白いウサ耳のついたカチューシャが出て来たんじゃな……。

「最初はオレもそのつもりでいたんですけど、それじゃ面白くないし、せっかくなんだから徹底的に可愛くしましょうって、沙織さんが」

は? 沙織さん????? 沙織さんって、女神かよ!?。

「ちょっと待て! お前まさかこの事を女神に言ったのか!?」

「ええ。オレ、こういうのよくわかんないんで、沙織さんに相談したんです。どんなリボンがいいかアドバイスもらうつもりでいたんですけど、ミロのメールにウサギか猫の耳のついたカチューシャでもいいってあったんでついでにその事言ったら、沙織さんがリボンより絶対そっちのがいい! って張り切ってこれを揃えてくれたんですよ。あ、さっきそのメールお見せしたから知ってますよね」

「ああ、まぁ確かに見せてはもらったが」

サガもどうリアクションしていいものやら困っているらしい。その様子がありありと見て取れる。
が、サガはまだいいよ部外者だもん。ウサギの耳つけてコスプレさせられるわけじゃねーもん。困るのも恥ずかしいのもオレなんですけど……何でよりにもよって女神に相談するんだよこのクソガキィーーー!! しかも言わなくていい余計な事まで言いやがってー!!!。

「オレがメールの誤訳をしてたらマズイんで、沙織さんに話をする前にちゃんと星矢にも見てもらって間違いないって確認してもらってます。だから大丈夫ですよ」

お前、女神のみならずペガサスにまで見せたのかそれ……。
何が大丈夫だよ! 全然大丈夫じゃねえじゃねえかよ!!。

「でもやっぱりリボンなしじゃ話にならないし寂しいんで、ちゃんとここ、ほら左耳に付いてるんですよ、赤いリボンが。しかも誕生日プレゼントに相応しいようにって、ちょっとゴージャスな感じに大きめのを付けてもらったんだそうです。一応、特注品だそうですよこれ」

確かにものすごいビラビラした真っ赤なリボンが付いてるが……バニーちゃん……28歳の男にバニーちゃんって……。

「女神は一体、何を考えておられるんだ……」

この時オレは目の前の景色が一気にフェードアウトしてくような感覚に襲われ、思わず泣き言を零した。

「あ、すみません。日本の女の子って何故かこういうのが好きな子多いんです。沙織さん、メンタルは完全に日本人ですから、そういうものと割り切っていただけるとありがたいです」

割り切れっつってもな。
何だよ、日本の女っていい歳こいた野郎にどこからどう見ても似つかわしくない飾り付けて喜べるような、そんな変な趣味嗜好の持ち主が多いのかよ?。

「変な趣味嗜好って言えばそうなんですけど、割とそれが広く許容されてるんですよね。30歳過ぎた男のアイドルとかも平気でこういうのくっつけたりしてるんで、その傾向にますます拍車がかかってるところもありますし。でも一言で言うと『イケメンなら何でも許す!』ってことみたいですよ」

当たり前の事のように言って、キグナスは楽しげに笑い声を立てた。
こいつは日本人とロシア人のハーフと聞いてるが、女神のみならず、こいつも完全にメンタリティ日本人なんだなとオレはこの時しみじみ思った。
完全にこういうのに慣れきってやがって、おかしいとも何とも思ってない。
それはそれとして、そもそも女神がそういう困った嗜好をお持ちなのを知ってて何で女神に相談なんかしたんだこのガキは。
氷技連発してるうちに、自分の脳みそまで凍らせたのか?。

「えっと、もう時間がないんで、失礼しますカノン」

ひとしきり笑った後、キグナスは時計を見て急に慌てふためいた。
最後までオレの意思確認とか、答えを聞く気はないわけね。
何かもう、全てに脱力。抗う気力もねえわ……。

「よかったら手伝おうか? 氷河」

「本当ですか! 助かります」

サガがキグナスに手伝いを買って出たが、内心では絶対自分じゃなくて良かったとか思ってるに決まってる。でもって他人事だと思って楽しんでやがるな。
おのれクソ兄貴ぃー!。

「それじゃすみませんけどコレ、カノンのお尻に付けていただけませんか」

そう言いながらキグナスは、同じ紙袋の中から今度は白くてまん丸い毛玉を取り出した。
その毛玉は例えて言うと生後2ヶ月前後の子猫くらいの大きさで、ちょうどキグナスの両の掌にすっぽりいい感じに収まっている。

それを尻につけろって事は、もしかして、もしかしなくても……。

「それは尻尾、か?」

余計脱力するから聞かんでいい、サガ。

「はい、そうです。ちょっと大きめですけど、背の高い男の人にくっつけるものだからこれくらい大きい方が可愛いだろうって沙織さんが」

女神ぁ……。

「お願いします」

キグナスはその毛玉をサガに渡すと、オレに向き直り、手にしていたカチューシャを頭にくっつけた。
――オレ、超屈辱。

「ほう、これは随分と手触りがいいな」

サガが手にした毛玉を撫でつつ独り言のように呟きながら、オレの背後に回る。
同じ容姿をした双子の弟がこーーーんなに恥ずかしい格好させられてるのに、何も思わないのかね? この天然ボケ兄貴。

「でしょう。ウサギなんで、ちゃんとラビットファー使ってるんだそうですよ。あ、もちろんこの耳もです」

そんなことどうでもいい。

「えーっと、髪の毛もうちょっと……あ、リボンも」

頭につけたカチューシャを微妙に動かしつつ、それに合わせてキグナスが慣れない手つきでオレの髪を弄る。
時々、耳についたビラビラリボンの裾が落ちて来て目にかかったりもする。
くすぐったいんですけど。
それと同時に、尻にモゾモゾとした違和感を感じた。
どうやらサガが、尻尾をオレの尻にくっつけているらしい。
だからくすぐったいんですけど!。

「出来た!」

少しして晴れやかな笑顔で嬉しそうにキグナスが言った。
大ボケかまして無理難題ふっかけられたっていうのに、ついでに言うならサガがちゃんとした逃げ道作ってくれたっていうのに逃げもせず、何でミロの為にこんなに一生懸命になってんのかね? この小僧は。
師匠のカミュならまだわかるんだがな。つか、確かに『大好き』とは言ってたけど、どんだけミロのこと好きなんだよこいつ。

「可愛いですよ、カノン。これならきっとミロも喜んでくれるはずです」

28歳の男にウサ耳くっつけて、可愛いとか言える神経が分からん、マジで分からん。
キグナスの口調や表情からして本気で褒めてるらしい事はわかるが、そもそも褒め言葉にもなってねえし。
何かもう限界まで呆れ果てて、溜息の一つも出て来やしない。

「ん?」

ニコニコと満面に笑みを浮かべているキグナスを前にオレが脱力感を更に深めていると、ふと尻にさっきとはまた違った違和感を感じた。
しかもさっきよりも、はっきりとした違和感だ。

「……おいサガ、弟のケツ触って楽しいか?」

自分のこめかみのあたりが引き攣っているのがわかる。
何やってんだよサガ! 無言で人のケツ撫で回すんじゃねえよ!!。

「別にお前の尻など触っていない」

いけしゃあしゃあを言い放ったサガは、確かにオレの尻そのものを触っていたわけではなかった。

サガが触っていたのは、オレの尻につけた尻尾だった……。

そういやすっかり忘れてたけど、サガは何気にモフモフマニアだったんだっけ。
実はあんまり知られてないんだが、ウチの兄貴、こういうモフモフしたものが大好き。
でもってサガはしょっ中ミロの頭を撫でてるんだが、それもこのモフモフ好きが発揮されてのことだったりするわけだ。
口が出しては絶対に言わないんだけど、サガはミロの柔らかくてふわふわしててボリュームある髪の毛の触り心地を相当気に入ってるみたいなんだよな(これに関しては、実はオレもなんだけどさ)。
どうやらこのラビットファー製とやらの尻尾の触り心地も、そんなサガの好みど真ん中ストライクだったらしい。
だからってな、何もオレのケツにくっつけてからモフモフする事ねえだろが。

オレは無言でサガの手を振り払って、自分のケツにくっつけられた尻尾を触ってみた。
――まぁ確かに触り心地はいいなこれ。
どうでもいいけどこの尻尾、まるで計算されたかのようにきっちりとヒップトップのど真ん中にくっつけられてるんですけど。
こんなところにまでサガの緻密で神経質な性格が発揮されてやがる。
何か、もう呆れるを通り越して感心したわ、オレ。

「それじゃあカノン、行きましょう」

「行きましょうって、どこへ?」

「もちろんミロのところです。あと10分で日付が変わっちゃいます、急ぎましょう」

言うなりキグナスはオレの手を掴み、

「サガ、ご協力本当にありがとうございました。このお礼はまた後日ゆっくりさせていただきます」

その状態でサガに向き直り、またまた深く頭を下げた。
サガに礼なんぞ言わんでいい! そいつは別にお前に協力したわけじゃない。お前の頼みに便乗して、善良な弟をイジメて楽しんでただけだ。

「いや、礼には及ばんよ。こちらこそミロの為に色々ありがとう氷河。ミロも絶対喜んでくれるはずだよ」

実の弟がこんな恥ずかしい真似させられてるってのに、礼を言う必要がどこにあるんだバカ兄貴! 信じらんねぇよ!。

「さぁ、早くカノンを連れていくといい。私達は明日改めてお祝いに行くからと、ミロに伝えておいてくれ」

って、最初から最後までオレのことは無視かよ!。

「はい、わかりました。それじゃあこれで失礼します」

キグナスは最後にもう一度ぺこりとサガに向かって頭を下げてから、オレの手を引っ張って走り出した。
こんな格好で青銅の小僧に手を引っ張られてって、どんな罰ゲームだよコレ? オレが何をしたっていうんだよ?。

「あまりスピードを出しすぎるなよ。間に合う程度の速度で走りなさい。転ばないよう気をつけてな」

そんなオレ達……というより完全にキグナス一人に向かって、サガが最後にそう声をかけた。
畜生、本当に最後の最後までオレをガン無視しやがった。ムカつく!。
ていうか、今月末にアイオロスの誕生日が控えてるってこと完全に忘れてやがるな、このクソ兄貴め。
今日オレが受けた仕打ちと屈辱はきっちり倍にして返してやるからな、覚えてろよ!。


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