カノンが双児宮へ帰宅すると、どうやら仕事を終えて帰ってきたばかりらしいサガと、そしてアイオロスがいた。
「お帰り、カノン」 「お帰り。何だ、今日は1人でどっか行ってたのか?」 いつもであればアイオロスのこの兄貴面が非常に気に入らないカノンであるが、今日ばかりは話が違った。 「ただいま。ちょうどよかった、サガとアイオロスに頼みたいことがあるんだ」 帰宅の挨拶もそこそこに、二人に向かってカノンが早口で言った。そう、カノンにとってこのタイミングで2人がこうしてここに揃っていてくれたことは、正に好都合であったのだ。 「頼み?。お前がか?」 驚いたようにそう聞き返したのは、無論アイオロスである。 「ああ」 間髪入れずに頷いたカノンをマジマジと見て、アイオロスはもう一度聞き返した。 「サガだけじゃなく、私にも……か?」 「だから、そうだっつってんだろ。サガだけじゃ話になんねーんだよ。ちょっと待っててくれ、これ置いてくるから」 アイオロスに向かって手にしていた紙袋を軽く上げてから、カノンは小走りに自室へ向かっていった。 「……あいつが私にも頼みだなんて……一体何なんだ?」 「さぁ?」 アイオロスはサガに尋ねたが、サガにもさっぱり見当がつかず、2人は顔を見あわせて首を傾げあった。
「で?。頼みって何なんだ?」 自分達の正面にカノンが座るが早いか、一番最初に口を開いたのはアイオロスであった。普段が普段なだけに、カノンが自分に頼みだなんて一体何なのか、気になって気になって仕方がなかったのである。 「うん、いやその……」 真正面から素早く切り込まれ、カノンは思わず言い淀んだ。言いづらそうに言葉を詰まらせている(ように見えた)カノンに、まさかサガと別れてくれとでも言う気じゃなかろうかと、アイオロスはあらぬ方向へ思考を進めて警戒心を強めた。だが、間もなくカノンの口から出てきた言葉は、アイオロスが危惧していたこととは全く異なるものであった。 「あのさ、ミロ……のことなんだけど……」 「ミロ?!」 アイオロスとサガは、異口同音に声を上げた。 「うん。あのさ、あいつ……もうすぐ誕生日なんだ」 サガとアイオロスは、また同時に頷いてから 「それはもちろん覚えているが……」 「何だ?、プレゼントに何か買ってやって欲しいものでもあるのか?。それならいくらでも……」 と答えつつアイオロスがまた問いを返したが、カノンはアイオロスのその問いに首を左右に振った。 「違うんだ。いや、厳密に言えば違わないんだけど……」 「はぁ?」 「買ってやって欲しい物とかじゃなくて、その、サガとアイオロスにやって欲しいことがあるんだ」 「やって欲しいこと?」 「うん」 「何なのだ?、それは。いや、もちろん私達に出来ることなら何でもするが……」 さすがにサガにも、この時点でカノンの意図するところがわからなかった。 「誕生パーティー……」 「えっ?」 「ミロの誕生パーティーをやってやって欲しいんだ」 サガに促されて、やっとカノンがはっきりとそれを口に出した。が、カノンのその言葉にサガとアイオロスは虚を突かれたように大きく目を見開いて、それをパチパチと瞬かせた。 「誕生パーティーをやって欲しいって、私達にか?」 「ああ」 念を押すようにアイオロスが聞き返すと、すぐにカノンは頷いた。それを受けたアイオロスは、サガと顔を見合わせてから改めてカノンの方に向き直り 「いや、誕生パーティーをやってやるのは構わんのだが……その、私達じゃなくて、お前……の方がいいんじゃないのか?」 アイオロスにしてもサガにしても、もちろん嫌というわけではない。むしろ二つ返事で快諾したいところだが、どうせ誕生パーティーをやるのなら、恋人であるカノンが主催した方がミロとしては嬉しいだろうと、アイオロスもサガも思っていたのだ。 だが 「いや、オレじゃダメなんだ。と言うより、サガとアイオロスじゃなきゃ意味がないんだよ」 「……どういうことだ?」 意味がわからず、アイオロスは更なる説明をカノンに求めた。カノンは……サガの心の古傷を極力刺激しない程度に……アフロディーテから聞いた話をかい摘んで2人に説明した。もちろん、5年前のことは全部心にしまって黙っていたが。 「なるほど、そう言うことか」 その説明を聞いてようやく事の次第を理解したアイオロスは、どこか感慨深そうにそう呟いた。 「もうあいつも大人だし、まるっきり13年前と同じようにってわけにはいかないだろうけど、あいつ、根本的な部分は多分変わってないと思う。だからサガとアイオロスが……誕生パーティーやってくれたら、きっとすごい喜ぶと思うんだ。だから頼む……アイオロス、サガ」 そう言ってカノンはアイオロスとサガに向かって頭を下げたが、頭を下げられた方の2人、特にアイオロスなどは、目を剥いて驚いた。まさかあのカノンが、サガはともかく自分に頼みごとをするなど、思ってもみないことだったからだ。アイオロスがこの信じられない状況を現実だと理解するのに、数十秒の時間がかかったが、 「わかった、喜んで引き受けるよ。任せておいてくれ」 ようやく全てを納得したアイオロスは、晴れやかな表情になってカノンの頼みを快諾した。そしてサガも同じように、優しい笑顔でカノンに向かって頷いて見せた。 「ありがとう、アイオロス、サガ……」 「別に礼を言われる筋合いのものでもないが……」 こんな風にカノンに頼みごとをされるのも、そして礼を言われるのも初めてのことかも知れない。嬉しい反面、胸の奥が擽ったくなるような照れ臭さに襲われて、アイオロスは顔を赤らめながら苦笑した。同時に、それだけカノンはミロのことが好きなんだと、実感したアイオロスであった。 「ということはだ、もちろん当日パーティー始めるまで、本人に内緒にしたまま事を運んだ方がいいってことだよな!」 最初から本人に知らせてパーティーをするというのも手だが、確実性はあっても意外性がない。どうせやるなら本人を驚かせてやった方が面白いというものだ。俄然、やる気になったアイオロスは、まるで少年のような顔になって、楽しそうにそう言った。もちろん、サガにもカノンにも異存はなかった。 「よし!、それじゃ当日夕方まではお前が責任をもってミロを十二宮の外に連れ出せよ。その間のことは任せておけ。パーティーは夕方から、場所はここ双児宮だ。それでいいよな?」 アイオロスの提案にカノンは珍しく穏やかな笑顔で、黙って頷いた。
「なぁ、カノン……何だって今日に限ってこんなに早く帰るんだよ?」 西へ傾いた初冬の太陽が辺りをオレンジ色に染め上げる中、カノンとミロは並んで十二宮の階段を上っていた。 ミロの誕生日当日であるこの日、2人は昼からアテネ市内に繰り出し、誕生日デートを楽しんでいた。誘いをかけたのは、もちろんカノンである。言うまでもなくこれはアイオロスに言われた通り、ミロをパーティーの時間まで十二宮から遠ざけておくための作戦の一環ではあったのだが、そうとは知らないミロは大喜びで幸せ全開、カノンもそんなミロの姿に満足していて、デートは終始ラブラブのいいムードであった。 もちろんミロはミロで、この後はゆっくりカノンとディナーを楽しんでから、どこか雰囲気のあるホテルにでも泊まってカノンと甘い夜を過ごそうと目論んでいた。だが時刻が夕方に差しかかると同時に、カノンがいきなり『家に帰るぞ』と言い出し、楽しい予定を思い描いて浮かれるミロを唖然とさせた。 裏で別の計画が着々と進行していることを知らないミロは、当然のごとくそれに難色を示したのだが、カノンはそんなミロにお構いなしにとっとと帰宅の途についてしまい、ミロも渋々カノンに従って帰らざるを得なくなってしまったのだった。 だがせっかくのその楽しい未来予想図がパーになったことに落胆の思いが拭えないミロが、道々こうして文句めいた問いをカノンに投げ掛けているわけだが、やっぱりカノンはそれに全く構う素振りを見せなかった。もうあと数分もすれば、ミロにも全ての事情がわかるからである。だが現時点で何も知らないミロにとっては、面白くないことこの上ない。なぁ、カノンってば!と再三問い掛けるもキレイにカノンにシカトされ、ミロはせっかくの誕生日なのにと、不満顔で口を尖らせた。 「何ガキみたいにムクれてんだ?、お前は……」 自宅である双児宮の私室の玄関前まで来てようやくミロの方へ振り返ったカノンは、ミロがまるで子供のように拗ねた顔で自分を見ていることに気づき、眉間を寄せた。 「だってカノンが……」 構ってくれないから……という言葉はさすがにミロも飲み込んだが、明らかに不満そうでつまらなそうなその表情と口ぶりで、カノンはミロが言いたいことを理解し、思わず溜息をついた。 「あのなお前、幼稚園児じゃないんだからさ、この程度のことでムクれるのやめろっつの!」 ツンと人差し指でミロの頬を突いてから、カノンは玄関のドアノブに手をかけた。ミロ的には今日ばかりは双児宮ではなく、せめて誰に遠慮することなくイチャつける天蠍宮に帰りたかったのだが、それをを言わせてもらえる間すらカノンは与えてくれなかった。 「ホラ不貞腐れてねーで、ウチ入るぞ」 片手でドアを開けつつ、片手でミロの腕を掴んで、カノンはそのままミロを引っ張って中に入った。もうあと1分もしないうちに、この仏頂面は笑顔に変るだろう。そう思うと自然にカノンの口元は綻んだが、それも背後にいるミロには見えない。 そんな風にしてほぼ無理やりミロを引っ張ってきたカノンは、リビングの前でピタリと足を止めた。 「…………?…………」 いきなり立ち止まったカノンにミロが怪訝そうな視線を向けると、カノンはミロに向かってニコリと微笑み、そしていきなりミロの背後に回って後ろからミロの両肩を掴んだ。 「なっ、何だよ?」 「ほら、入んな」 「は?」 「先入れっつってんの!。ほら!」
わけがわからないまま、ミロはカノンに押しだされるような形でリビングのドアを開けて中に入った。
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