「HAPPY BIRTHDAY!!」
そうしてミロがリビングに足を踏み入れた瞬間、リビング中に怒号か絶叫に近い声が響いたかと思うと、目の前でパンパンパンッ!と何かが弾けた。 「えっ?!」 何が起こったのかわからず、ミロがきょとんと大きく目を見開いてその場で固まると、目の前にはアイオリアとシュラとデスマスクが、クラッカーを片手にニヤニヤしながら立っていた。 「……へっ……?」 それでもまだわけがわからず、呆然としているミロの前に、3人の後ろにいたアイオロスとサガが進み出る。 「誕生日おめでとう、ミロ」 まん丸く目を見開いたまま突っ立っているミロに、サガが微笑みながら声をかける。 「……たん……じょ、び……」 うわ言のようにそう呟いたミロに、今度は苦笑しながらアイオロスが言った。 「何だよ、お前、今の今までカノンと誕生日デートしてたくせに、もう誕生日だってこと忘れたのか?」 アイオロスにそう茶化されたミロは、まだ状況がイマイチ飲み込めてないかのような呆けた顔で力なく首を左右に振った。 「これって……一体……」 「お前これ見てわかんないのかよ?。お前の誕生日パーティーだ、誕生日パーティー!」 呆けっぱなしのミロに呆れたように眉間を寄せて、シュラが言った。 「えっ?」 「兄さんとサガが、ミロの為に開いてくれたんだよ」 アイオリアがそう付け加えると、ミロはようやくアイオリアの背後へと目を遣った。 リビングの中央に置かれた大きなテーブルの上にケーキやご馳走がたくさん並んでおり、そしてそのテーブルの周りには、カミュ、ムウ、アルデバラン、シャカ、アフロディーテが立っていて、ミロの方を注視していた。そう、童虎を除いた黄金聖闘士が、全員双児宮に集っていたのである。 「昨日になっていきなりアイオロスが『明日ミロの誕生パーティーやるから来い!』なんて強制招集かけやがったんだよ。ったく、こっちにも都合とか予定ってもんがあったのによ」 そう文句を言ったのはデスマスクであるが、文句を垂れる口とは反対に顔は楽しげに笑っていた。何だかんだ言いつつもしっかりこうして出席しているあたり、デスマスクも結構いい奴である。 「ありが……とう……」 自他共に認める天敵であるはずのデスマスクに珍しく素直に礼を言うと、ミロは視線を戻してアイオロスとサガを交互に見た。 「アイオロス……サガ……」 何と言っていいものやら言葉が出てこず、ミロはサガの方へ向けた視線をそこで固定し、そのまま黙ってサガの顔を見つめた。 「13年前……私達はお前の誕生日を祝ってやることができなかったからな……。その埋め合わせと言うのも、変な話だが……」 少し言いづらそうにしながら、サガはミロに向かって微笑した。 「ったく、20歳も過ぎて誕生日パーティーだなんて、ほんっといつまで経ってもガキなんだよな。てかよ、サガとアイオロスは昔っからミロに甘すぎだっつの!」 「ああ、わかったわかった、来年はお前のもちゃんとやってやっから、ヤキモチ妬くな」 「だっ、誰がヤキモチなんか妬いてるかっ!」 デスマスクの憎まれ口満載の茶々と、応じたアイオロスとのやりとりで、ほんの少し重くなりかけた空気が一瞬のうちに霧散し、部屋中からドッと笑い声が起こった。 「ま、とにかくそう言うことだから。今日は13年前の分も合わせて盛大に祝ってやるからな。お前のわがままも聞いてやるから、頼みごとがあるなら今のうちだぞ」 軽快な笑い声を立てながら、アイオロスはくしゃくしゃとミロの頭を撫でた。 「……それじゃ、カノンがオレをこんなに早く連れ帰って来たのは……」 ようやく事の次第を全て理解したミロが慌ててカノンの方を振り返ると、カノンはドアに寄りかかったまま微笑とも呼べないくらいの小さな笑みを唇の端に浮べて、黙って頷いた。胸が詰まるような思いで、ミロはカノンの顔を凝視した。 「ホラホラ、そんなところでボケッとしてないで!。早く!、主役はこっちこっち!!」 その間を破るかのように、テーブルについていたアフロディーテが立ち上がって声を上げた。ハッとしてミロが、再び正面に向き直る。 「おお、そうだそうだ。いつまでもこんなところで突っ立ってても仕方ないな」 アフロディーテに急かされたアイオロスは、独り言のようにそう呟いてから、ミロの方に一歩踏み出すと 「えっ?……って、わっ!!」 いきなりミロの腰を掴むと、よっこいしょ、とミロの体を抱き上げた。さすがにお姫様抱っこではなく普通の抱っこだったが、いきなり抱き上げられたミロは驚きに目を白黒させた。 「なっ……ななな、何するんだよ?!、アイオロス!!」 有無を言わせず抱き上げられたミロは、震える上ずった声でアイオロスに問いかけた。 「ん?、いや、お前子供の頃私の肩車が大好きだったろう?。誕生日の時はそればっか強請って、降りようとしなかったじゃないか。さすがにこうデカくなられちゃ肩車はできんが、まぁこれくらいなら軽いもんだ。だからこれで我慢しろ」 自分の腕の中で顔を青くしたり赤くしたりしているミロを眺めながら、アイオロスは心底楽しげにそう言った。 「我慢しろって、何だよそれ、大きなお世話だよ!。大体何でそんな大昔のこと覚えてるんだよっ!。子供の頃の話じゃんか、今のオレと一緒にすんな!」 子供の頃の話を持ちだされた気恥ずかしさと、この状況とに顔を真っ赤っ赤に染めて、ミロはじたばたともがいた。が、185cmのミロが腕の中で暴れても、アイオロスはビクともしなかった。身長差は十数センチしかないのだが、アイオロスの方がミロより遥かに屈強であったし、常日頃ミロより大きい188cmのサガをも抱き上げてるくらいなのだから、ミロくらいは軽いものである。 「照れるな照れるな」 アイオロスは動じる素振りもなく、高らかに笑い飛ばした。 「照れてなんかないよっ!。恥ずかしいんだってば、下ろしてくれよ!」 「別に恥ずかしがることないだろ。昔は大喜びだったくせに」 「だからそれは昔の話で……オレのこと、幾つだと思ってんだよっ!」 「ん〜、今日で21歳だろ?」 「そっ、そうだよっ!!」 21歳にもなる立派な成人男性が、27歳の男にこんな子供みたいに抱っこされて嬉しいわけもない。ミロはギャーギャー文句を垂れたが、 「13年前の分もあるから、極力昔と同じようにしてやろうと思ってな。だから遠慮せんでも恥ずかしがらんでもいいぞ」 極力昔と同じように、というのがカノンの依頼であり、アイオロスはそれを忠実に実行しているのである。ミロの文句などどこ吹く風であった。 「そっ、それは嬉しいけど、こんなことまで同じにしてくれなくても……」 「いいからいいから」 「いくない〜!!」 ミロは顔を真っ赤にして絶叫したが、やはりアイオロスはミロを下ろしてくれなかった。どうやらアイオロスは、カノンの依頼を実行するという傍らで、それ以上にミロの様子を面白がっているらしい。 「お〜っ、よかったなぁ、ミロちゃん!。大好きなアイオロスに抱っこしてもらえて!」 「アイオリア、ヤキモチ妬くなよ。今日はミロちゃんのお誕生日なんだからな」 「妬くわけないだろっ!!」 そしてこれまた絶妙のタイミングで、デスマスクとシュラから冷やかしが飛んだ。リビングが更なる大爆笑の渦に包まれ、サガですら楽しげに笑い声を立てていた。 「アイオロスよぉ、せっかくだからそのまま誕生席までミロちゃん運んでやれよ」 目の端にうっすらと涙を浮べて爆笑していたデスマスクが、ミロが座る予定の主役席の方を指差した。 「もちろん、そのつもりだ」 「だ、だから、いいっていいって!。自分で歩くって〜!!」 ミロは断固拒否したのだが、アイオロスはお構いなしにミロを抱っこしたまま歩きだした。 「降ろしてくれって、アイオロス!」 「何いっちょ前に照れてんだよ?。昔みたいに思う存分甘えりゃいいじゃんかよ。今日だけは誰も文句言わねーしよ、止めもしねえからよ〜」 アイオロスの後ろにくっついて、デスマスクはミロをからかいまくった。 「うるせぇ!」 ミロは負けじとデスマスクに怒鳴り返したが、この格好では迫力のかけらもなく、間抜けなだけである。それが面白くて仕方のないデスマスクは、コバンザメのようにピタッと二人の後をくっついて歩きながら、ますます楽しそうにミロをおちょくった。その光景を見ていた他の面々は皆一様に『デスマスクも変ってねーよ』と思いながら、笑いを堪えていた。子供の頃からミロとデスマスクはずっとこの調子なのである。ミロのことをガキだの何だのと小馬鹿にしているデスマスクも、レベル的には実はミロと大差ないのだということは、本人達を除く全員のほぼ共通した認識であった。 やっと席に着いたミロは、ここでようやくアイオロスの抱っこから解放された。イスに座るとミロは、まだ顔を赤らめたままホ〜ッと大きく安堵の息を吐きだした。ミロが席に落ち着くと、列席者から一斉に拍手があがった。 「何だ何だ、降ろしちゃったのかよ?。つまんねーな、どうせならミロちゃん膝の上に乗っけたままにしといてやりゃよかったじゃねーか、アイオロス」 そんな中、デスマスクだけが絶好の遊び道具を取られたかのように1人不満そうであった。が、冗談じゃない、というミロのボソッとした呟きを聞き止めて、デスマスクはまた意地悪くニヤリと笑った。 「遠慮することないって言ってるのによ。本当はそうしてもらいたいんだろ?。昔は離れろっつっても全然離れなかったくせに」 「るせえっつってんだろ!。いつまでも昔のこと持ちだしてんじゃねぇ!。オレは子供じゃないんだぞっ!!」 ミロはキッとデスマスクを睨みつけたが、デスマスクが動じるわけもなく、 「あ〜、お前、そういう可愛くない態度に出るわけ?。せっかく人が予定を潰してまでお前の誕生日を祝ってやろうと、こうして足運んでやったってのに」 これみよがしに腕を組み、顎を前に突きだして斜に構えてミロを見下ろすと、デスマスクは嫌みったらしくミロに言って返した。 「別に来てくれなんて頼んだ覚えはない!」 「本当に可愛くないねぇ、お前は。そうやって人の厚意を無にするようなこと言うんだ、ふ〜ん、そう」 「よっく言うぜ!。どうせお前のことだ、厚意なんかじゃなくて単にオレをからかいたくて来てるだけだろが!」 「うわ、何て捻くれた見方をするんだろうねぇ〜、このミロちゃんは!」 デスマスクはミロの頬を掴むと、力を込めてムニュッと抓った。 「痛ってぇなっ!。何しやがるっ!」 「年長者を敬う気持ちのないガキへの、教育的指導だ!」 「何が教育的指導だ!。お前に教育されるほど、オレは落ちぶれちゃいねえや!」 「んだと、このぉ!」 「あ〜、もうヤメヤメ!。せっかくの誕生パーティだってのに、ケンカなんかしてんじゃない!」 お誕生席でギャーギャーやり始めた二人を、アイオロスが呆れ顔で止めながら、デスマスクの頭を叩いた。 「痛てっ!、何でオレを叩くんだよ、アイオロス!」 「今日はミロが主役なんだから、つっかかるな!。て言うかお前も変ってないな、昔もよくそうやってミロとケンカばっかりしてたが……」 言いながらアイオロスは、殊更大きく溜息をついた。本当に小さい頃からこの二人は、それこそ飽きもせず毎日毎日こうしてケンカをしていたことを、改めて思い出したのである。 「だってよ……」 「いいから、お前も席につけ、ホラ!」 アイオロスは文句を言い続けようとするデスマスクの言葉の先を押し込めて、さっさと席に着けと尻を叩いて促した。デスマスクはしつこくブツブツ文句を言いながら、渋々と自分の席に戻った。 デスマスクが席に着くと、アイオロスとサガもそれぞれ左右に散って、主役の両脇に用意された席に着こうとした。 その時、サガのローブの袖が不意に掴まれた。 「……?……どうした?、ミロ……」 振り返ると、ミロがサガの袖を握ったまま、何かを言いたげにサガを見上げていた。 「サガ……あのさ……」 「ん?」 「あの……さ……」 ミロはそこで言葉を切ると、中途半端に口を開けたまま、ただじっとサガを見上げた。何かを言いたいのはその様子で一目瞭然なのだが、どうもそこから先の言葉が続かないらしい。どうしたんだろう?と小首を傾げながら、サガはミロの方へ向き直った。 「どうしたのだ?」 もう一度、優しく問い返す。 「キスだよ、サガ」 だがその問いに答えたのは、当の本人のミロではなく、アフロディーテだった。 「えっ?」 サガが反射的にアフロディーテの方へ顔を向けると、アフロディーテはニッコリと微笑んで、言った。 「ほら、サガはいつも主役に必ず祝福のキスをしてくれただろう?。ミロはそれが欲しいんだよ」 なっ?、とアフロディーテはミロに同意を求めた。それに合わせてサガがミロに視線を戻すと、ミロはうんともすんとも言わず、やっぱりサガをじっと見つめているだけだったが、否定しないということはつまりアフロディーテの言う通りということである。 「そう言えばそうだったな」 言いながら、サガは照れ臭そうに微笑した。 「何だ何だ、お前、私には子供扱いするなって怒ったくせに、サガには昔と同じものを強請るのか?」 呆れたように言って、アイオロスは思いっきり苦笑いをした。 「抱っことキスは別物ですからね」 フォローしているのか茶々を入れているのか、ムウが楽しげにくすくす笑いながら言うと 「そうだな、キスっていうのは幾つになってももらえれば嬉しいものだ」 後を引き取るようにムウに同調してアルデバランが言い、豪快に笑った。 「妬いちゃダメですよ〜、アイオロス。今日はミロちゃんの誕生日なんですからぁ〜」 そしてシュラが間髪入れず、先刻のアイオリアの時と同じようにアイオロスを冷やかした。 「バカ!。こんなことでヤキモチなんか妬くわけないだろう!」 アイオロスは余裕をかまして笑って見せたが、目が笑っていなかったことを参加者全員見逃してはいなかった。 室内に笑い声がこだまする中で、ミロが急かすようにして更につんつんと掴んだサガの袖口を引っ張った。サガはまるで我が子を見るような優しい瞳を僅かに細め、ミロの柔らかな髪を撫でると、祝福のキスをすべくゆっくりと唇を近づけていった。笑いを収めて皆が息を潜めて二人を注視していると、サガの唇はミロの頬に触れるほんの数ミリ手前で、いきなりピタリと止まった。 「?」 「カノン」 どうしたのかとミロが閉じていた目を開けると同時に、サガがカノンを呼んだ。 「何?」 まだ入口の壁に寄りかかったまま立っていたカノンが、短くサガに返事を返した。 「構わんか?」 「は?」 一瞬、サガが何を聞いているのかわからず、カノンは思わず間抜けな声をあげたが、すぐにミロにキスをしてもいいかどうかの許可を求めているのだということがわかり、カノンは苦笑した。何もそんなことわざわざ聞くこともなかろうにとカノンは思ったが、さすがに口には出せなかった。少なくとも一方のサガが、大真面目であるからだ。他の列席者もそれがわかったらしく、懸命に吹きだしそうになる笑いを堪えているのがわかる。 「どうぞどうぞ、ご遠慮なく」 カノンが気前よく(?)許可を出すと、周りから拍手が起こった。いよっ!、太っ腹!などとわけのわからない野次をカノンに飛ばしたのは、デスマスクである。 カノンの許可を得てサガは改めてミロの方へ向き直ると、 「誕生日、おめでとう」 祝福の言葉とともに、13年の月日を経てしっかりと引き締まったミロの頬に、ふわりと軽いキスを落とした。ミロが嬉しそうに、幸せそうに満面に笑みをたたえると、一際高い拍手と何故か冷やかしの口笛が巻き起こった。シャンパンが抜かれ、クラッカーが弾け、室内が陽気な喧騒に包まれる。 「これで満足か?」 アフロディーテがにこにこと微笑みながら、幸せそうなミロの様子を見ていると、不意に隣から声がかけられた。アフロディーテが声の方へ視線を上げると、いつの間に来ていたのやら、そこにはカノンが意地悪な笑みを浮かべて立っていた。 「どういう意味だい?」 アフロディーテが聞き返すと、カノンは空いていたアフロディーテの隣の席に腰を下ろしつつ、答えた。 「お前、こうなることを見越して、ワザとオレにあの話を吹き込んだんだろ?。あの話を聞いたオレが、サガとアイオロスに頼みに行くだろうと予測してたわけだ。オレはまんまと、お前の策に嵌められたってことだな」 最初はアフロディーテの意図するところがまるでわからなかったカノンだが、今はわかる。アフロディーテは13年前、ミロが楽しみにしていた誕生日を何とか実現させてやりたくて、故意に昔の話をカノンに吹き込んだのだ。アフロディーテは話を聞いたカノンがどういう行動に出るか、そしてその結果をちゃんと計算したうえで、言わばカノンを上手く利用したのであろう。途中からそれに気付いたカノンであったが、結局そのままアフロディーテの思惑に乗ってやる形で、今日のこの誕生パーティを実現させたのだった。ミロが喜ぶであろうことは間違いはなかったし、何より自分がミロの喜ぶ顔が見たかったからでもあったのだが……。 「……さぁ?。言ってる意味がよく分からないな」 カノンの言葉にあからさまに肩を竦めながら、アフロディーテはすっとぼけて見せた。 「ま、とぼけたいならいいけどな、別に……」 元々、アフロディーテが素直にそれを認めるなどとは思っていなかったカノンは、アフロディーテのそのすっとぼけをそのまま肯定と受け取った。 「なぁ、アフロディーテ、お前さぁ……」 「ん?」 「お前って、もしかしてミロのこと、可愛くて仕方なくているわけ?。お前がいつまで経ってもあいつを子供扱いしてるのって、その裏返しなのか?」 アフロディーテ自身が明確に肯定したわけではないにせよ、アフロディーテがミロの為を思って事を仕向けたことに変りはないだろう。つまりそれはアフロディーテが少なからず……カノンとは別の意味でミロを大切に思っているが故だろう。子供扱いしているとはいっても、アフロディーテのはデスマスクがミロを子供扱いするのとはまた違っている。となると恐らくはサガやアイオロスがミロを思う気持ちに近いのだろうとあたりをつけて、カノンは単刀直入にそれをアフロディーテに聞いてみた。 アフロディーテは頬杖をつきながら、上目遣いでカノンの顔を見遣ると、その大きな瞳を一回二回と瞬かせてから、くすっと笑った。 「さぁ、どうかな?」 そしてアフロディーテはまた、先日から代り映えのしない意味あり気な返答だけを返した。 「今日は私のことはどうだっていいだろう?。ほら、ミロをご覧よ。本当に嬉しそうだよ」 白々しくというか強引にごまかしながら、アフロディーテがお誕生席の方に視線を向けた。それにつられるようにして、カノンも同じ方向に視線を転じる。サガがミロに料理を取り分けてやっている傍らで、アイオロスがミロのグラスにシャンパンを注ぎながら、その頭をくしゃくしゃに撫でていた。子供扱いするな!と散々喚いていたわりには、ミロはアイオロスに頭を撫でられて嬉しそうだった。結局、ミロはあの当時から何も変っていないということなのだろう。見たこともない13年以上前の誕生日の日の光景が、今の光景にシンクロしてカノンには見えた。 「妬ける?」 からかうように声を掛けられて隣に視線を戻すと、アフロディーテがニヤニヤしながらカノンの顔を見ていた。アフロディーテの言葉が指しているのは、もちろんサガの事である。 「バァ〜カ、サガにヤキモチなんか妬いたってしゃーねぇだろ」 サガが甲斐甲斐しくミロの世話を焼き、ミロは遠慮なくサガに甘えている。だがカノンにとってはこれは既に見慣れた光景であり、今さらとやかく言う気も起きようはずがない。それにミロがどれほどまでにサガを慕っているか、一番よく知っているのはカノンである。だが不思議とカノンは、ミロのことでサガに嫉妬めいた思いを抱いたことがない。ミロがサガに対して向けている思いと、自分に向けている想いが全く異なるものであることを、理性と感情の双方で理解していたからだ。 「ふぅ〜ん……」 アフロディーテは興味深そうにカノンを見ていたが、カノンはそれを無視して、目の前の料理に注意を向けた。このパーティーの間は、自分の出る幕はないし出ていく必要もない。そう割り切ってカノンは、自らの空腹を充たすことに専念しようと決めたのだった。 カノンが料理をつつきつつ、チラリと横目でアフロディーテを伺うと、カノンから視線を外したアフロディーテがお誕生席の様子を見ながら、ほんの微かにだが優しく口元を綻ばせていた。そんなアフロディーテの横顔に、カノンはやはり自分の推測は間違っていなかったと、ほんのり温かな気持ちとともにそれを確信したのだった。
程よくいい感じで酔いが回り、正に宴もたけなわのところで、主催のアイオロスが高らかに閉会宣言をした。 「え〜〜〜っ?!、何でだよ、まだ10時じゃねえか!。これからだろ、これから!」 真っ先に抗議の声を上げたのは、デスマスクだった。ミロの誕生日を理由に集まったわけだが、彼にとっては最早普通の飲み会と変らなくなっていた。しかもおあつらえむきに今日は週末、明日は仕事は休みである。10時など宵の口も宵の口で、夜はこれから、当然まだまだ全然飲み足りない、騒ぎ足りないというところで、不満大爆発であった。 「何言ってんだ、昔も必ず9時にはお開きにしてただろう!。今日はそれより1時間も伸ばしたんだ、文句言うな!」 「それはガキの頃の話じゃねえか!。オレ達ゃ、もう全員オトナだぞ、オトナ!。こんな早い時間におウチに帰るバカがどこにいる!」 酒はまだたんまり残っているし、料理も残ってる。ここで帰ったら勿体ないなんてものではない。はっきり言ってデスマスクは、今日は夜通し飲み明かす気でいた。 「そうですよ、アイオロス。子供の頃とはもうワケが違うんです。大人には大人の祝い方というのもありますし、こうして黄金聖闘士全員がせっかく集まったんですから、夜通しでミロの誕生日を祝ってやりましょうよ、ね?」 デスマスクに同意したのは、シュラである。もちろん『ミロの誕生日を祝う』というのは彼にとっても口実で、本当はデスマスク同様、このまま朝まで飲み明かしたいのである。 「アホ!。ミロを祝ってやりたいからこそ、お開きにするんだろ!」 「は?!」 アイオロスの言っていることの意味が分からず、デスマスクとシュラは同時に間抜けな声をあげた。 「ミロはもう独り身じゃないんだ。そろそろカノンに返してやらなくちゃな。なぁ、カノン」 偉そうに腕組みをしながらアイオロスはカノンの方に向き直ると、同意を求めてにっこりと微笑んだ。突然自分の方に事を振られ、カノンは思わず顔を引きつらせた。 「えっ?、い、いやいいよ別にそんなこと……」 というか、その『ミロは独り身じゃない』ってのは何なんだ、独り身じゃないってのは!。オレはまだミロと結婚した覚えはないぞ!と、カノンは内心でツッコミを入れていた。が、そんなカノンの心の呟きを知らないデスマスクとシュラは、俄然元気を取り戻し、 「おお!、そうかそうか、それは気付かなかった!。オレとしたことが、気が回らんですまなかったなぁ、ミロ!」 「そうかぁ〜、そうだよなぁ〜、ミロちゃんはこれからカノンお兄様と残りの時間をスゥィートに過ごすんだもんなぁ〜!。こりゃオレも迂闊だった!」 こりゃ失敗!と言わんばかりに、デスマスクはペシン!と自らの額を叩いて、大層楽しげにどでかい笑い声を立てた。 「熱々だねぇ〜」 「ラブラブやねぇ〜」 ヒューヒュー、と更に冷やかしが飛ぶ。 「いっ、いやその、別にそういうわけじゃ……」 ミロ的にはそれはもちろん望むところではあるのだが、さすがにこうもあからさまに言われると恥ずかしく、顔を真っ赤にしながら俯いてボソボソとわけのわからないことを呟いた。 「バカッ!、てめぇら変なこと言うんじゃねぇ!」 もう一方のカノンの方はテーブルを叩きながら怒鳴り声をあげて立ち上がったが、そんなカノンの顔も真っ赤であった。 「というワケだから、とりあえずお開きな。残って騒ぎたいやつは、構わんから好きなだけここで飲んでろ」 カノンとミロの様子にはお構いなしにアイオロスはそう纏めると、爽やかに笑った。 「え?、何々?。オレらは宴会続行可ってわけ?。さすがアイオロスだね、話が分かるね!」 因みにここは双児宮。宮の主はアイオロスではなくサガ(とカノン)であり、アイオロスが気前よく許可を出すのも変な話ではあるのだが、その辺は誰一人としてツッコミを入れなかった。 「でもアイオロス……オレ達がここに残ってたんじゃ、結局は二人の邪魔しちゃうんじゃありません?」 気遣い男のシュラがふと気付いたように言うと、 「ああ、心配ない。ここじゃさすがにこいつらもゆっくり過ごせんだろうから、天蠍宮に帰すよ」 シュラに向かってそう答えながら、アイオロスはシュラとは反対の方向へ向かって目配せをした。天蠍宮に帰すって、何を偉そうに……とカノンが文句を言おうと口を開きかけると、いきなり誰かに右手を掴まれた。何だ?!と思ってカノンが振り返ると、真正面至近距離にシャカの顔があった。 「シャ、シャカ?!」 「来たまえ」 言うなりシャカは、カノンの腕を問答無用でグイグイ引っ張った。 「き、来たまえって、何だよ、コラ!」 カノンの文句を素知らぬ顔で聞き流し、シャカがカノンを連れてきたのは、お誕生席のミロの隣であった。シャカはそこにカノンを立たせると、何が始まるのかとホケ〜ッと自分たちを見上げているミロのことも促し、席を立たせた。 「私が君達二人を天蠍宮まで送ってあげよう。ミロ、君の誕生日を祝して、私からの誕生日プレゼントだ」
わけのわからないことを超偉そうに言って、シャカはにっこりと微笑んだ。条件反射的にミロの背筋に寒気が走ったが、ミロが短く声を上げる間もなくシャカの小宇宙が一気に高まり、二人の体はきれいにその場からかき消された。 |
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