静かだった双児宮の私室は、青銅聖闘士達の襲来ですっかりと喧しくなった。確か青銅聖闘士達は全員13歳〜14歳だというし、戦い以外の場所ではやっぱりこれが普通なんだろうということはわかるが、やっぱりぴーぴーと喧しいには喧しいなぁと思わずにはいられないカノンであった。
それにしても青銅聖闘士達は、ちょっと頭の中でアイオロスを美化しすぎなんじゃないのか?と、カノンが半ば呆れつつ光景を眺めていると、未だ星矢を膝の上に乗っけたままのサガと目が合った。サガはカノンのように呆れてはいなかったようだが、カノンと目が合うと何とも言えぬ表情で笑って見せた。

そしてすっかり青銅聖闘士達のプチアイドルと化したアイオロスはと言えば、

「え〜っと、確かもう一人居るって聞いてたけど……フェニックスだっけ? 君のお兄さん」

「はい」

「彼は来てないのかい?」

「僕の兄さんは放浪僻があって……。今どこにいるかもよくわからないんです」

「ふぅ〜ん、そう。淋しくはないのか?」

「もう慣れました。それに僕には星矢達がいつも一緒にいてくれるし」

「そうか。君達は仲がいいんだな。いいことだ」

という具合に4人それぞれに適当に話を振りながら、終始にこやかに青銅達の相手をしているのである。
アイオロスのなかなかの子供の扱いの上手さを初めて目の当たりにし、カノンは素直に感心していた。もしかしたらサガよりもアイオロスの方が、子供の扱いは上手いのかも知れない。

「あれ? 何か賑やかだと思ったら……」

そんな具合にカノンが珍しく本気で感心しながらアイオロスと青銅達を見ていると、不意に後ろから聞き慣れた声が響いてきた。
青銅達に気を取られていて全然気付かなかったのだが、カノンが声の方向に振り向くと、いつの間にかそこにはミロが居たのである。

「悪い、勝手に入ってきちゃったぞ」

カノンと目が合うとミロはカノンにそう言ったのだが、はっきり言ってそんなことはいつものことで、何を今更であった。
そう言えばさっき青銅達がやってきた時、カノンはてっきりミロが来たものと思い込んで席を立ったのだが、よくよく考えてみたらミロはもう双児宮にはフリーパス状態なので、応対に出る出ない以前に、いつもノックもせずに勝手に私室に入ってくるのである。そう、こんな風に。

「あいつら、いつ来たの?」

いつもの調子で入ってきたら星矢達が来ていて、ピーピーワイワイとやっているものだから、さしものミロも驚いたようだった。だが驚いたのはカノン達も同じなのだ。何しろ彼らは、何の前触れもなくいきなりやって来たのだから。

「たった今だ」

簡潔にカノンが答えると、ミロは薄青の瞳をパチクリと瞬かせてから、青銅達の方へ視線を移し、重ねて尋ねた。

「で、何してんだ? 輪になって」

「英雄・アイオロスを囲む会と化してんだよ」

「あ〜、なるほどね」

詳しい説明はしなかったが、カノンのその返答でミロは何となく事の次第を察したようだった。その口の端には、苦笑いに似た微笑が浮かんでいる。

「何で星矢だけ、サガの膝の上にいるんだ?」

「あいつはサガ信者らしいからな」

「ふぅ〜ん……」

ミロは何とも歯切れ悪く、はっきりしない口調で呟いたが、浮かんでいた微笑は完全に消えていた。そんなミロをカノンは、「もしかしてこいつ、ペガサスにヤキモチやいてるのか?」と思わずマジマジと見つめてしまっていた。そう言えばミロも小さいときからえらいサガに懐いていたと言うし、今でも結構サガに甘えているし、ヤキモチやいたとしてもおかしくはないような気もする。さすがミロと言えど、今の星矢と同じことはできないからだ。それとも昔の自分を、今の星矢にに重ね合わせてでもいるのだろうか?。

「あっ! ミロだ!」

カノンとミロがそんな風に出入口で和やか(?)な会話を交わしていると、それを目の端に捉えたらしい星矢が、こちらを向いていきなり嬉しげに声をあげた。
先刻と同じように今度はミロのところへ尻尾振って飛んでくるのかと思ったカノンだったが、その予想に反して尻尾振って飛んできたのは星矢ではなく氷河の方だった。

「お久しぶりです、ミロ!」

氷河はミロの側に駆け寄るなりミロの左手を取ると、それを自分の両手で握り締め、また瞳を輝かせてミロを見上げた。氷河は真剣なのだろうが、それがカノンの目には大層オーバーリアクションに見え、得も言われぬ迫力に押されて思わず絶句してしまった。しかも氷河の目は真剣そのもの、完全に憧れのお兄さんを前にした夢見る少年のものであった。

「ああ、久しぶり」

ミロは珍しく大人びた笑顔と態度で先輩らしく氷河に応じたが、その笑顔がやや引きつっているのをカノンは見逃していなかった。今この場にいる黄金聖闘士の中では一番青銅達に年齢が近いミロも、どうやらこのノリについていけてないらしい。
それにしても氷河は何故ミロにこんなオーバーリアクションというか、熱い情熱と敬愛のこもった瞳を向けているのだろうか?。確か氷河の師匠はカミュのはずだし、ミロはアイオロスと違って英雄視されてるわけでもない。黄金聖闘士は白銀聖闘士や青銅聖闘士から尊敬される立場にあることはあるが、それにしてもこれは大袈裟だろうと思わずにはいられず、どうにもこうにも氷河のこのリアクションが不思議で仕方のないカノンであった。

『おい、何でこいつがお前に熱視線向けてんだ?。キグナスの師匠って、お前だったっけ?』

カノンはこっそりとミロの小宇宙に問いかけてみた。するとすぐにミロからカノンの小宇宙に返事が返ってきた。

『違うよ、オレが師匠なわけないだろ。ただ前にオレの血でこいつの聖衣を修復したことがあってな。それに恩義を感じてるらしくて、以来ずっとこんな感じなんだ。あとまぁ、オレがカミュの親友だからだろ』

言われてカノンもそういうことかと納得した。
十二宮の戦いの後、海底神殿で星矢達と対峙したとき、彼らは「オレ達の聖衣は黄金の血で蘇った、限りなく黄金に近い青銅聖衣だ」とか何とか言っていたことを、カノンは思い出したのである。誰が誰の聖衣に血を提供したのか、そこまではカノンも知らなかったのだが、なるほどそれなら氷河がミロにとりわけ強い恩義を感じててもおかしくはない……かも知れない。それにミロは氷河が尊敬してやまない師であるカミュの親友。となれば、好感度は更に倍といったところだろうし、傍目からは大袈裟にしか見えないこの反応も、氷河にとっては至極当然のことなのだろう。

「お前達、そんなところに突っ立ってないで、こっちに来なさい」

「そうだよ、こっち来てくれよ」

そんな風にカノンとミロ、氷河が出入口付近でごちゃごちゃやってると、サガが見かねたのかこちらに来いとカノン達を促した。そしてそのすぐ後を追うようにして星矢もカノン達を促す。
もうすっかり寛ぎモード全開の星矢に、ここはお前の家か!と内心でツッコミを入れながら、カノンはミロと苦笑いを交換しあった。

「行きましょう、ミロ」

それに応じた氷河がミロの手を引っ張ると、今度は瞬までもが一目散に駆け寄ってきてカノンの手を取り、氷河と同じようにその手を引っ張った。

「さ、カノンも早く」

そう言いながら瞬はカノンをぐいぐいと引っ張って歩き始めた。はいはいわかりました、そう引っ張るな、一人で歩けるから……と思いつつ、すっかりペースを乱されてしまっているカノンはそれを口に出来ずに、殆どなすがまま状態であった。それにしても好いてくれるのは嬉しいのだが、こう何もかも大袈裟だとやはり対処に困るというのが率直なところだった。

「何だ、氷河は随分とミロを慕っているんだな」

ミロを引っ張って輪の中に戻った氷河に、アイオロスは不思議なものでも見るような顔でそう尋ねた。アイオロスもやはり、氷河達の反応には呆気に取られていたようである。しかも氷河は未だしっかりとミロの手を握っており、放そうともしていないのだから尚更だろう。
因みにカノンも瞬に手を握られたままで、星矢もまだサガの膝の上に乗ったままである。

「はい、命の恩人ですから!」

「命の恩人!?」

氷河がアイオロスの問いに答えると、アイオロスは更に驚いたように間髪入れずにそう聞き返した。氷河は頷いて、自分の聖衣をミロの血で修復してもらったこと、そしてハーデス城でラダマンティスとやり合ったときに、ミロが身を挺して自分を庇い助けてくれたことなどをアイオロスに話して聞かせたのだった。
確かにそれは全て事実ではあるのだが、改めて、しかも目の前でこう熱く語られるとさすがミロも照れ臭いというか決まりが悪いらしく、明らかに表情の選択に困ったような顔で乾いた笑いを浮かべていた。
一方その氷河の話を聞いたアイオロスは、目と口をOの字にしてミロを見上げていた。そしてその顔には満面に「信じられん」と書きなぐってあって、それを見たカノンは思わず吹きだしそうになった。

「オレにとってミロは、我が師達の次に大恩ある、尊敬する先輩です」

「大恩!? 尊敬!?」

更に続けられたその言葉に、アイオロスの驚きはますます強くなった。
その驚き方も失礼といえば失礼だが、アイオロスの頭の中には3歳〜4歳の頃から7歳くらいまでのミロの記憶とイメージが一番強く残っているのだから、それも無理もないといえば無理もない話ではあった。アイオロスからしてみれば、ミロは青銅聖闘士達の尊敬するべき先輩というより、青銅達と同レベルに見えているに違いないからだ。それに今でもミロは時々子供みたいにサガに甘えることがあって、アイオロスもしっかりその場面を見てたりするものだから、余計だろう。別にアイオロスを庇うわけではないのだが、その気持ちはカノンもわからないでもなかった。
当の本人ミロも、アイオロスの表情で彼の言いたいことが分かったのだろう。今度は憮然とした顔になったが、いつもであればここで何かしら言い返すミロも、さすがに後輩達の手前もあって今回ばかりは自重したらしく、沈黙して節度を守った。

「氷河に限らず、オレ達は皆、黄金聖闘士の皆さんには色々恩義があるのです」

氷河の話を聞いたアイオロスが目をまん丸くしていると、今度は紫龍がその後を引き取るようにして続いた。氷河はミロを熱く語ったが(カミュのことは今更熱弁を振るうまでもなかったらしい)、紫龍が個人的に恩義を感じているのは山羊座のシュラであったので、今度が紫龍がアイオロスに向かって熱くシュラを語り始めたのだ。
シュラはアイオロスが一番目をかけていた後輩であるが、それでもミロよりほんのちょっと大人というくらいの意識しかなかった。だからアイオロスはミロの時と同様、目をパチクリさせながら紫龍の話を聞いていたのだった。

そしてこうなってしまうと残りの二人も黙っちゃいなかった。

紫龍の話が終わると今度は瞬が口を開いた。瞬間、嫌な予感がカノンの頭の中を過ったが、止める間もなく案の定瞬は真っ先にカノンのことを話し始めたのだった。次いで兄であるフェニックス一輝の思い(?)を代弁するようにシャカのことを、そして自分の聖衣に血を提供してくれたアルデバランへの感謝の気持ちを熱く語った。そんなことアイオロスに語っても仕方ないんじゃないか?とカノンは思ったが、こうなってしまうともう止めようが無いのである。つい今し方のミロの気持ちも同じであっただろうが、感謝してくれるのは嬉しいのだが、やっぱりそういう話は本人のいないところでしてくれる方がありがたいと切に思うのだった。

そして最後は、待ってましたとばかりに星矢の出番だった。
アイオロスへの感謝は語り尽くしたらしい星矢は、サガ信者の本領を発揮し始めた。サガの膝の上で星矢は、それはそれは熱くサガを語ったのである。その語りっぷりといったらサガの弟であるカノンですら呆れ……いや感心するくらいの、それは見事な心酔ぶりだった。
当のサガはと言えば、それを聞きながらミロやカノンよりも更に複雑な表情をして苦笑していた。そりゃそうだろう、何しろ自分自身への賛美の嵐を、自分の膝の上でやられてるのだから、普通の神経をしていたら堪ったものではない。とは言え止めるわけにもいかないし(と言うよりも止めても止まらないだろうし)、かといってヘラヘラ喜んでたら間抜けだし、逃げようにも逃げられないし、サガは照れ臭いなどとっくに通り越していたたまれない思いをしているに違いなかった。ジェネレーション・ギャップってのはすごいもんだなと、この時カノンは痛感していた。
しかしアイオロスはやはりサガの話となると思うところが違うらしく、かなり大真面目に星矢の話を聞いていた。そのアイオロスの微妙な変化がわかったのはカノンとミロとサガだけであったが、そのお陰でサガの気恥ずかしさは3倍増くらいにはなったであろう。愛されすぎるというのは困りものなときもあるのだな、と、カノンは他人事のように心の中で笑っていた。
しばらくサガを語り倒して満足したらしい星矢は、次に聖戦時に何度も自分を庇ってくれたムウのことを語り、そしてアイオロスの弟であるアイオリアの話を始めた。これはカノンは初耳だったのだが、星矢は修行時代からアイオリアには結構世話になってたらしい。最も、当時星矢はアイオリアが黄金聖闘士だとは知らなかったらしいが。自分の弟のことなだけに、またサガの時とは違った真剣さでアイオロスは星矢の話に耳を傾けていたが、間もなくというかようやく星矢が話を終えるとアイオロスは、

「そうか、みんな立派に成長したんだな」

と、独り言のようにボソリと呟き、感慨深げな溜息をついた。
どうやら今のアイオロスは、子供を独り立ちさせた親の心境を味わっているようだ。それがわかったらしい横のサガがプッと小さく吹き出し、恐らくその『子供』と認定されてるうちの一人であったミロは、これまた何とも言えぬ表情をしていて、一人無関係のカノンだけがその三者三様の様子を見比べて楽しんでいたのだった。

それにしても……と、カノンは今度は星矢に視線を移した。
ここに飛び込んできて以来、星矢はずっとサガの膝の上に乗りっぱなしのようだが、一体いつまでそこに乗ってる気なんだろうか?。
まぁ、サガが文句を言っているわけでもないし、小柄な星矢一人くらい膝の上に乗りっぱなしでも苦ではないだろうが、星矢は放っておいたらいつまででもそこに乗っていそうな気がするのだった。
と言うより、カノンはてっきりアイオロスがヤキモチをやいて星矢をサガの膝の上から下ろすと思ってたのだが、さすがに青銅の子供達相手にはアイオロスもそんな大人げない態度にも出れないらしく、ここまでずっと笑顔でそれを黙認しているのだ。最も心中必ずしも穏やかではないだろうが、少なくとも表面上は余裕綽々といったところであろうか。青銅の小僧相手に危機感も何もないだろうが、ことサガが関係してくるとアイオロスは時々子供みたいにヤキモチを妬くことがあるので、それをよく知っているカノンとしてはアイオロスが星矢相手にヤキモチをやくことを秘かに期待したりもしていたのだが、その期待はどうやら裏切られてしまったようである。カノン的にはちょっとつまらない気もしていたが、どうやらその辺はアイオロスもちゃんと弁えてはいるらしい。
そう言えば氷河は氷河で未だにミロの手を掴んだままだし、カノンにしてご同様に瞬に手を掴まれたままである。紫龍だけは普通にしているが、ここにシュラがいればそれはそれでまた面白かったかも知れないなとど、カノンは考えていた。こういうことに慣れていないだけに辟易はしているが、時間が経つにつれ慣れてきたようで、そんなことを楽しむ余裕も出てきたようだ。
サガとミロ、そして自分、一体誰が一番早くに青銅達から解放されるのか、少し興味のわきはじめたカノンであった。


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