◆幕間小劇 『ラヴ・シエスタ〜ミロカノの巻〜』
兄とアイオロスの『二人だけの世界』と化している自宮から逃げ出したカノンは、一度は通り過ぎた恋人の宮へと取って返した。
申し訳程度のノックをした後、返事も待たずに中へと入る。
そのまま一直線にリビングに向かうと、ミロはそこでゲームに興じていた。
「よう」
既に互いの宮が勝手知ったる何とやら状態なので、こんなことは日常茶飯事だ。
ミロは慣れ切った様子で一瞬だけカノンを見遣り短く声をかけると、すぐに視線を画面に戻した。
「どうした? 今日サガ、休みでウチにいるんだろ?」
隣にどっかと座ったカノンに、画面から目を離さずコントローラーを繰る手も止めずに、ミロが尋ねる。
サガが休みの時にはカノンは大抵まっすぐ双児宮に帰り、ここに顔を出すことはない。
何の前触れもナシにやってくること自体は珍しくないが、サガが休みの時にやってくることは珍しいので、そのことがミロにはほんの少しだけ意外だった。
「おウチは今、オレが居られるような雰囲気じゃありません」
「ああ、アイオロスが来てんのか」
その一言で事の次第を察したミロは、そう言いながら軽く苦笑を漏らした。
カノンからの返答はなかったが、それは即ちミロの言うことが正解ということである。
アイオロスはサガの恋人だし、それこそ自分に負けず劣らずしょっちゅう双児宮に入り浸っているので、アイオロスが居るからという理由だけでカノンが家を出て来たわけではないだろうが(そんなことをしていたらキリがないからである)、まぁその辺の詳しい経緯は後でゆっくり聞けばいいだろう。
理由はどうあれ、ミロとしてはカノンを拒む理由など何一つありはしないのだし、むしろ思いもかけずにカノンに会うことが出来て嬉しいのだ。
カノンに言わせればきっといい迷惑なのだろうが、ミロ個人としてはアイオロスに感謝したいくらいだった。
「メシは? まだなんだろ?」
「ああ」
「それじゃちょっと待ってて。今セーブするから」
こんなことになるとは思わなかったので今日の夕飯は買い置きのインスタントパスタで済ますつもりだったのだが、カノンが来た以上そういうわけにはいかないだろう。
ちょうどいいタイミングでセーブポイントに差し掛かったので、ミロはセーブをしてゲームを中断して先に食事に行くことにした。
「お待たせ。どうする? アテネにでもメシ食いに行っ……!?」
セーブをしてゲーム機の電源を落とし、カノンに向き直ったミロは、突然鼻っ面に何かを突き出されて目を丸めた。
最初何を突きつけられたのかわからなかったが、よく見てみるとそれは巨大なクマのプ●さんのぬいぐるみであった。
言わずもがな、それはシオンと童虎からもらったTDRのお土産で、もらった時以来リビングボードの上に置きっぱになっているものである。
「なっ、何……?」
「お前、ちょっとこれ抱えてみ」
「はぁ!?」
ミロは間抜けな声を張り上げ、丸めた目をぱちくりと瞬かせた。
「だからこれ抱えてみろっつってんの。ほら」
ポカーンとしているミロに、カノンは一方的にプ●さんを押し付けた。
何が何だかミロにはさっぱりわけがわからなかったが、とりあえず押し付けられるままにカノンからプ●さんを受け取る。
「それを抱き抱えてみ」
「はあぁ〜!? 何でそんなことしなきゃいけないんだよ?」
「いいから! オレの言う通りにしろ!」
何が楽しくてこの歳になってぬいぐるみを抱っこしなきゃいけないんだ? カノンなら喜んで抱っこするけどさ……と心の中でブチブチ文句を言いつつ、やっぱりカノンの言うことに逆らえないミロは、わけがわからないままに渋々カノンの言う通りにプ●さんのぬいぐるみを抱き込んだ。
胴体部分を両腕で抱き込み、頭の上にちょこんと顎を乗せる。
長老二人からもらったきり、天蠍宮の壁の花と化していたこのプ●さん、当然のことながらミロはこんな風に抱き抱えたのは初めてだったが、これが意外や意外、結構肌触りが気持ちよく、大きさもちょうどよくてクッションとしてなかなかいい具合なのである。
あ、何か結構いいカンジ……と思いつつ、ミロは無意識のうちに腕の中のプ●さんに体重をかけて寛ぎ体勢に入っていた。
そんなミロの様子を、カノンは上から下まで視線を走らせてじーーーっと見詰めた後、
「う〜ん……やっぱお前でギリ、だな」
そうボソリと呟き、直後、プッと小さく吹き出した。
「……何が??」
意味不明の呟きの後にいきなり笑い出され、ミロは訝しげに眉間を寄せる。
「いや、別に」
アイオロスのような愉快な有様になると思っていたのだが、カノンのその予想は大きく外れたようだ。
意外なことに、ぬいぐるみを抱えているミロの姿は、結構可愛かった。
正直、予想が大きく外れすぎてカノン自身が一番驚いたくらいだった。
いくら見た目も中身も少々子供っぽいところが残っているとはいえ、ミロも20歳を超えた立派な大人。
ちょっとした興味本位からぬいぐるみを抱えさせてみたものの、絶対アイオロスと同じようにむさ苦しいだけだと思っていたからである。
それがいざやらせてみたら――なかなかどうして、結構サマになっているではないか。
「何なんだよ???」
一層顔をしかめてミロはカノンに尋ねたのだが、
「別に何でもねーって。あ、でももうちょいそのままでいろ」
「はぁ!?」
「いいから。もうちょっとそのままでいろって言ってんの」
命令口調でそう言ってカノンはくすくす笑いながら、ミロの頭をくしゃくしゃと撫でた。
ミロはクエスチョンマークを飛ばしまくりながら、それでも律儀にプ●さんを抱えたまま――抱っこしてて具合がいいというのもあるのだが――小首を傾げた。
一体何故自分がこんなことをさせられねばならないのか、ミロは皆目見当もつかなかったが、今はいくら聞いてもカノンはその理由を答えてくれそうもない。
ミロは諦めたように溜息をつき、プ●さんを抱え直すとまた一気に身体の力を抜いてプ●さんに上半身を凭せかけた。
その様子がまた結構可愛く、一層カノンのツボに嵌ってしまったのだった。
同じようなことをしてもアイオロスは全然可愛くなかったが、ミロだと可愛いと素直に思える。
これはアイオロス27歳、ミロ20歳という年齢の違いが決定的な差になっているのだとカノンは真剣に思っていた。
だから「お前でギリ」と呟いてしまったのだが、実際のところ第三者から見ればアイオロスだってミロだって同じようにむさ苦しく見えて、ちっとも可愛いだなどとは思わないだろう。
アイオロスなんぞが可愛く見えるのは、サガの目には変なフィルターがついているせいだとカノンは信じて疑っていなかったが、実は自分の目にも同種のフィルターがついているのだということには、この時まだまったく気付いていなかった。
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Web拍手に掲載しておりましたSSです。
拍手に掲載しておりますSSは、今まで書いた話の一場面抜き出しSSになっております。
派生元の話はタイトルにあります通り『
ラヴ・シエスタ
』ですので、よろしければそちらもご覧いただけたら嬉しいです。
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