「双子座流星群?」
「そう! 今年は12月14日なんだってさ」
アイオロスが唐突にそんなことを言い出したのは、まだ残暑厳しい8月の終わりのことであった。
「へぇ……」
「何だよ、その気のない返事」
サガが気の抜けたような短い返事をすると、アイオロスは不満そうに軽く眉を寄せる。
「気のない返事と言われても、お前の意図がまるで見えないのだから、他に返答のしようがないだろう。しかもまだ暑さの残るこの時期に、12月の話をされてもな……」
そう言ってサガも、アイオロスと同じように軽く眉間を寄せた。
「ああ、そっか、そう言われてみればそうだよな。うん、だからさ、その日一緒に見に行こうよ」
「見に行こうって、何を?」
「双子座流星群」
「は?」
サガは今度は気の抜けたではなく間の抜けた声を上げた。
「だから双子座流星群を2人で見に行こうって誘ってるんだけど……」
サガの反応があまりに鈍いので、業を煮やしたようにアイオロスは言った。
「いや、それはわかっているが……何故そんなことを急に言い出したのかと思って」
「ん? だって『双子座』流星群だぜ? サガの守護星の流星群。絶対に見ておかなきゃって思って。もちろん2人で一緒に」
アイオロスの返答を聞いて、サガは呆れたように目を丸め、
「随分と大雑把と言うか、短絡的な理由だな」
「そう? オレにとっては充分すぎるほどの理由だけどな」
そう言ってアイオロスは楽しげに笑った。
「理由も短絡的だが、それより以前に何故急にそんなことを言いだしたのだ?」
「え? そんなことって?」
「双子座流星群のことだ。そもそも双子座流星群なんて、毎年大体同じ時期に見られるものだぞ。去年までは一緒にそれを見ようなんて一言も言わなかったくせに、何故今年に限って急にそんなことを言いだしたのか、私はそれが不思議で仕方がないのだが?」
昨年までのアイオロスは、双子座流星群の存在すら知らなかったとしか思えぬほど無関心だった。
それが今年になって急にこんなことを言い出すなんて、サガでなくても訝しく思うのは当然と言えば当然であろう。
「うん、まぁ別に理由らしい理由があるわけじゃないんだけど……」
言葉を探すように少しだけ沈黙の時を作ってから、アイオロスは再び口を開いた。
「間もなくアテナが地上にご降臨される。アテナがご降臨されると言うことは、即ちそう遠くない未来に聖戦が勃発すると言うことだ。そのことを考えたら不意に『お前と2人でのんびり星を見る機会なんて、今回が最後になるかも知れない』なんて思っちゃってさ」
アイオロスの返答にサガはハッとしたように表情を動かし、ややあってから小さく「そうだな……」と呟いた。
「だからさ、一緒に見に行こうぜ、双子座流星群」
一転して声と表情を明るくして、アイオロスが改めて誘いを向ける。サガは一瞬の間を置いた後に、「うん」と首を縦に振った。
サガの承諾を得て「やった!」と手を叩いて子供みたいに喜ぶアイオロスを見たその時、突如サガの胸の中を大きな不安感が過った。
それはほんの一瞬の出来事であったが、その不安を感知したサガ自身が困惑せずにはおれぬほど、大きく得体の知れないものであった。
何故こんな不安感が突然自分の胸を過ったのか、その原因も正体もわからなかった。喩えて言うなら「途轍もなく嫌な予感がした」という感覚に近かったのかも知れないが、この時のサガにはそれすらもわからなかった。
サガの胸の片隅にはまだ燻るように極々小さな不安が残っていたが、それも気のせいだと自分に言い聞かせ、サガは努めて明るい声でアイオロスに問い返した。
「ところでどこで双子座流星群を見るんだ? 双児宮か? それとも人馬宮か?」
「いや、スターヒル」
「スターヒル!?」
サガの問いにアイオロスは即答したが、その答えにサガの目が再び丸くなった。
「スターヒルって……あそこは教皇様しか立ち入れぬ場所だぞ。教皇様が星見で大地の吉凶を占うための場所であって、我々が星を鑑賞する場所ではない」
「そんなことはわかってるよ。でもどうせ近い将来お前かオレのどちらかが教皇になるんだし、そうすればスターヒルもフリーパスだからな。ちょっとフライングするくらい許されると思うぞ」
サガが諌めてもアイオロスは悪びれもせず、しれっとそんなことを言ってサガを益々呆れさせた。
「だってあそこほど星がきれいに見える場所なんて、聖域にもそうそうないだろう?」
「それはそうだが、でも……」
「真夜中だし大丈夫だって!」
どこまでも軽い調子で言って、アイオロスはサガの心配を笑い飛ばした。
「とにかく12月14日! 約束したからな、忘れないでくれよ」
「……うん」
結局アイオロスに押し切られる形でサガは承諾したのだが、直後に聖域を襲った悲劇により、この約束が果たされることはなかった。