ソレを見つけたのは、ほんの偶然。

なんていうことのないソレに、惹かれた。

「……ったく暑いなぁ。」

アテネ市内には、ペリプテロ(キヨスクのようなものです)が交差点ごとに建っている。

目に付いたペリプテロで買ったミネラルウォーターを飲みながら、今日何回言ったか分からない言葉をつぶやいた。

……さて、と……

あまり遅くならないうちに聖域に戻らないと、あまりフラフラするな、とサガあたりに小言を言われそうだ。

声にならない笑いをこぼしながら、ミロは目的の場所に急いだ。



1ヶ月前、サガとカノンを引き連れて買い物にやってきたショッピングモール。

あれ以来、ミロは何かと理由をつけては双児宮にやって来ては、服やら日用品やらを持ってきた。

実際、助かってはいるのだが、中にはどうやって使うのかよく分からないものもある。

「お前、買い物好きなのか? それとも嫌がらせか?」

テーブルの上に今回の戦利品をひっくり返し、箱から顔だけを出したぬいぐるみ、ウェルシュ・コーギーの鼻をつつきながら思いっ切り呆れた顔をして言うカノンに、ミロは口を尖らせて抗議してきた。

「あぁ? 人がせっかく親切で買ってきてるのに、そういうこと言う? サガもカノンも一人で満足に街中も歩けないくせに、何だよ」

……コイツ……ほんとに20才か?……

こめかみを押さえながらミロの様子を見やると、ソファに座ったままクッションを抱え込んでいる。

その姿は、どう贔屓目に見ても黄金聖衣をまとっている時と同一人物には見えない。

……なんかホントに頭が痛くなってきた……

尚もブツブツと言っているミロを置いて、さっさと自室に戻ろうと立ち上がったカノンは、一歩踏み出したとたん、カクンと膝をおってそのまましゃがみ込んでしまった。

「……カノン?」

一瞬驚いたミロは、けれどもしゃがんでいるカノンのところに来て、傾ぎそうになる身体を支えると。

……ん? 熱い?……

「カノン、もしかして熱があるのか?」

そんなことはない、と言いながらも満足に立つことの出来ないカノンを、ミロは軽々と抱え上げた。

 驚いたカノンが見上げると、そこには嬉々としたミロの顔があった。

「いっぺんやってみたかったんだよね〜、お姫様抱っこってヤツ?」

「〜〜〜〜っ! ふざけてんじゃねぇ〜〜〜っ! 今すぐ降ろせ!」

突然抱え上げられてしまったカノンは、冗談じゃないと手足をバタつかせてミロの腕を振り解こうとするが、出来ずに傍にあったサイドボードの上をなぎ払ってしまう。

「カノン! 危ないから大人しくしろって!」

黄金聖闘士といえども、188cmの長身で暴れられたらふらついてしまう。その時。

バキン、と何かが壊れる音がした。

……何を、踏んだ?

ミロが恐る恐る足元を見ると、フレームのひしゃげた伊達メガネがあった。

「うわっ!」

足下を見たとたん渾身の力でミロを突き飛ばし、射殺せるのではないかと思えるような視線で睨み付けると、カノンはそのままリビングを出ていってしまった。





「何の騒ぎだ?」

「…えっ? あぁ、サガ。お帰り」

今日の執務を終え双児宮に戻ってきたとたん、リビングから飛び出してきたカノンと遭遇したサガは、何が起こったのか分からない、という顔をしてリビングに佇んでいるミロに声をかけた。

もう一度、何の騒ぎか問いただしてみると、ミロは大人しく事の顛末を話した。

「……熱がある? 間違いないのか?」

「間違いないよ、絶対! それで部屋に運んでいこうと思ったら……」

「ソレを踏んでしまったというわけだな?」

サイドテーブルの上には、さっきミロが踏んでしまった銀フレームの伊達メガネがあり、

それは1ヶ月前にミロがカノンに買ったものでもあった。

ミロはそれを見ながら、こくんと頷いた。

「そんなメガネ踏んだくらいで、何だってあんなに怒るんだ? 訳わかんねーよ」

「本当に、分からないのか?」

一瞬目を見開き、訝しげにしながら自分を伺うミロを見て、サガは本当に分からないんだな、と深い溜息をついた。

……嬉しかったんじゃ、ないか……

何か不思議なことを聞いた、と言わんばかりの顔をするので、知らずサガも苦笑する。

「カノンは人の目に晒されることのないよう、存在しない者として扱われてきた時間が長い。それが許されて、誰にも何も言われることなく私と肩を並べて歩けるようになっても、やはり戸惑う事が多いだろう」

ひしゃげたメガネを取りながら、サガはこう言った。

「無償で何かをしてもらえる。カノンはそういう事に慣れていない。私以外の誰かに、何かをしてもらえたことが、きっと、嬉しかったのだろう」





ミロが出ていったのと入れ違いに双児宮にきたアイオロスは、リビングに入ってくるなり不思議そうな顔をしてサガに問うた。

「ミロのヤツ、妙に機嫌良さそうだったぞ? 何かあったのか?」

「……そうか、機嫌良さそうだったか。ならばいい」

この1ヶ月というもの、散々見てきたのだ。気が付かない道理もない。

お互いどこまで自覚できているのか、甚だ疑問ではあるが、今はまだ静観していたほうがいいだろう。

ムウの見立ても今度ばかりは悪くない。

……友人、というのは苦しいかもしれんが、そうだな。それも、悪くは、ない……か。

「隠し事とは感心しないな。何か楽しいことでも見つけたのか?」

「アイオロス。馬に蹴られたくなくば、邪魔はしないことだ」

 眉根を上げ、次に降参のポーズを取り、さっぱり分からないというアイオロスに、サガは口の端に微笑みを乗せた。